5-9

 たまに、一日の始まりから終わりまで一つのゲームで頭がいっぱいになる時がある。

 大抵は最高に気に入ってたRPGをクリアした翌日だ。

 その後も周回プレイとか隠しダンジョンとかアイテムフルコンプとかに着手するから、クリア即その世界とお別れ……って訳じゃないんだけど、それでも物語に決着を付ける事による喪失感は――――重い。


 この感覚は何年ゲームと向き合ってみても変わらない。

 でも嫌な気分でもない。

 寂しいんだけど何処か充実していて、感動の渦の中でゆっくりと景色が回っているような感じだ。


 例えるなら、遊園地のメリーゴーラウンド……いや、ティーカップに乗っているような気分。

 あれと似ている気がする。


 だから、終わりの来ない、若しくは自分の意思では終わりを迎えられないオンラインRPGに傾倒する人の気持ちは、完全にはわからないけど全くわからない訳じゃない。

 楽しい時間が終わるのを嫌うのは当たり前の感覚だし、ティーカップに酔って気分が悪くなる人だって当然いるだろう。


 俺の場合、あの喪失感は嫌いじゃないし、ちょっとクセになるくらいだ。

 けれど――――今日感じている喪失感は、それとは明らかに種類が違っていた。


 昨日のあの王都の有り様を見た瞬間、俺の中で一つの失望が明確に生じていた。

 家庭用ゲームでも稀にだけどある。

 夢中になっていたゲームの中に一つ、自分の中の許容範囲を逸脱している要素が現れた時、この感情が芽生えてしまう。


 それこそ、遊園地で遊んでいる途中に大雨が降ってきたような、文字通り水を差された気分。

 なんであんな王都にしてしまったんだろう――――今日は授業中も昼休みも放課後の帰り道もずっと、その事ばかり考えていた。


 王都がテーマパーク化したという事自体が納得出来ないんじゃない。

〈アカデミック・ファンタジア〉から続くあの世界の空気感が、どうにもあのカラフルでポップな街並みや観覧車のシルエットと相容れないんだ。


 あのゲームの世界はファンタジーでありつつも、常にフォーマルな雰囲気があった。

 それが壊された、というか茶化されたように思えてならないんだ。


 今の時刻は……19時50分。

 もうすぐ終夜から連絡がある頃合いだ。


 あいつは何かを知っているかもしれない。

 でも、それを知ったところでこの失望感がすぐに消えてくれるとも思えない。


 こんな一度萎えた気持ちのまま、〈裏アカデミ〉を続けられるだろうか――――


「兄ーに。いる?」


 ノックの音と同時に、ドアの向こうから来未の声がした。

 またこんな時に一体何を……

 

「お客さん来てるよ。はい確認とったからもう入ってもいいですよ。それじゃごゆっくり~」


「……は?」


 そのままパタパタと足音を立てて、来未が遠ざかっていく。

 姿は見えなくても、あいつの足音はなんとなくわかる。

 でも、ドアの前にはまだ人の気配がある。


 考えられるのは一つしかない。

 そして、今このタイミングでここに来るのは一人しかいない。


「終夜……?」


「はい。すいません、来ちゃいました」


 まさかSIGNじゃなく直接来るとは……

 っていうか、こんな時間に同級生の女子を部屋に入れるのか!?


 落ち着け。

 ここで追い返すなんて選択肢はさすがにない。

 ないけど、入れて大丈夫なのか?


 元々、来未がフリーダムに出入りする関係でエロ本とか見られて困る物は置いてない。

 入れても何ら問題はないんだけど……なんだろう、妙な背徳感がある。

 夜の8時に女子と会うのって。


「あの……」


「あ、ごめん。鍵してないから入って」


 つい自分本位な考えで頭を埋め尽くしてたけど、終夜の方が俺よりずっと緊張してるのは明白だ。

 俺があいつの家に行った時の事を考えてもそうだし、何より女子が男子の部屋に行くって方がずっと背徳的だろう。

 まずは終夜を丁重に迎えよう。


 でも、どうする?

 クッションなんて気の利いた物もないから、何処に座って貰えばいいのかさえわからない――――


「……お邪魔します」


 そんな困惑は、ドアが開いた瞬間に吹き飛んでしまった。

 終夜の顔は、一目見てわかるほどに沈んでいた。


「取り敢えず、この椅子使ってよ。俺はベッドに座るから」


「はい」


 おかげで冷静さは取り戻せたけど、代わりに不穏な空気が部屋の中に漂った。

 終夜は何か知っている……どころの話じゃなさそうだ。


「……」

「……」


 沈黙が重い。

 どう考えても向こうから話して貰わないと埒が明かないんだけど、そう持って行くのはこっちの役目だ。

 だけど気の利いた言葉がどうにも見つからない。


 せめて何か、終夜の気持ちを楽にするような雑談でも出来ればいいんだけど……


「……終夜が最初にやったゲームって何?」


 結局、思い付いたのはゲームの話題だけだった。

 俺って人間は、どうにもダメダメらしい。


「え? 最初……ですか?」


 でも、ダメダメなりにやれる事はある。

 会話だ。

 表情のない人間が、それでも相手の気持ちを軽く出来るとすれば、それは精一杯会話する事しかないからな。


「そう。覚えてる?」


「覚えて……ますよ、勿論。ソーシャル・ユーフォリアです」


「え……?」


 思わず耳を疑った。

 ソーシャル・ユーフォリアは――――家庭用ゲームだ。

 てっきりオンラインゲームだと思ってたのに。


 ワルキューレが作ったゲームだから、最初に触れるのは不自然じゃない。

 でもあのゲームは俺や終夜が生まれる前に発売した物。

 確かリメイク版やリマスター版が出たという事実もない。


 そもそも確かこいつ、家庭用ゲームは死んだとか言ってなかったっけ……?

 でも、ソーシャル・ユーフォリアはワルキューレのオンラインゲーム市場への参入のきっかけになった作品。

 敢えて原点に触れさせる為に終夜父が薦めたのかもしれない。


「評価は今もあまり高くないんですけど、それでも私はあのゲームが大好きで。ゲームの世界ってこんなに広いんだって感動したのを今でも覚えています」


「ああ、確かに当時のゲームの中では広いね。奥行きもあったし」 


「はい。もしあのゲームをプレイしていなかったら……例えば〈ロード・ロード〉みたいなJRPGをプレイしていたら、オンラインゲームに目を向ける事はなかったかもしれませんから」


 やっぱりそう繋がるのか。


 最初に触れたゲームって、後々の自分に大きな影響を与えていると、ふと気付く時がある。

 俺は確か……


「春秋君は、最初に何をプレイしたんですか?」


「俺は……」


 どうしてだろう。

 出て来ない。


「……覚えてない、かな。物心ついた時からゲームやってたのは記憶にあるんだけど」


「そうなんですか。私もです」


 それでも終夜はハッキリと覚えている。

 多分そういうものだ。


 俺自身、小学生になった直後くらいの記憶はおぼろげだけど、強烈なインパクトのある出来事は覚えてる。

 学校で初めてトイレに行った時の事。

 初めて学校の近くの店でパンを買った時の事。


 なのに――――初めてやったゲームを覚えてない。

 タイトルが出て来ないとかじゃなく、プレイしている記憶さえない。

 これは……なんだ?


 ……わからない。


「他の女の子がお菓子の話をしてる時も、アイドルの話をしてる時も、オシャレとかモデルとかの話をしてる時も、そういうのを遠くで聞きながらゲームの事ばかり考えてました。多分、周りからは不気味な生徒に見えていたと思います」


「……それ自虐のつもりかもしれないけど、俺もダメージ受けるからな」


「あ」


 あ、じゃないよ全く……

 でも結果的に空気が落ち着いた気がする。

 俺よりも終夜の方が気が利くのかも知れないな。


「それで、どうしてSIGNじゃなくて直接来たの?」


「迷惑でしたか?」


「いやそういう訳じゃないんだけど、平日だし交通費かかるし大変だろ?」


「そうですね。でも、見せたい物があったもので」


 見せたい物……?

 そういえば、前に来た時には持ってなかった大きめの鞄を持ってきてる。

 ハンドバッグじゃなくリュックなのが、らしいっちゃらしいけど。


「まず、何も聞かずにこれに目を通してみて下さい」


「……ん」


 終夜に手渡されたそれは――――綴紐で束ねられた書類だった。

 クリアファイルには収まらないボリュームで、多分100枚以上はある。


 一呼吸置いて捲ってみると、直ぐにピンと来た。

 これは……


「これ……あの王都の設定資料?」


「そうです」


 まず目に飛び込んで来たのが観覧車のイメージアートだった。

 全体像だけじゃなく、観覧車の中まで角度を変えて何パターンも克明に描写している。

 それ以外のページについても同様で、あの王都にある建物と思われる物が一つ一つ、これ以上なく丁寧に解説してある。


 経済的な理由もあって、ゲームの設定資料集はそこまで積極的に買う方じゃないけど、それでも特別気に入った作品に関しては幾つか購入していて、それもミュージアムに飾ってある。

 だから即座に理解出来た。

 今終夜に渡された書類は、設定資料集そのものだ。

 

 ただ、全てのページが市販されている資料集の水準って訳じゃない。

 最初の方のページはかなり拙くて、とてもプロのゲーム制作会社の資料とは思えない絵の羅列。

 これは寧ろ、子供か素人が背伸びして資料集の真似をして描いてみたようなイラストだ。


 これ、まさか……


「もしかして、終夜が描いたの……?」


「はい。全部私が描きました」


 ぜ、全部……?

 嘘だろ……?


 中盤以降はデジタルに移行してるっぽいし、完全にプロの仕事だぞこれ。

 さすがにラフ画的なのが多いけど、一目でこういう建物なんだとわかるくらいデザインがしっかりしてる。


 親の七光りなんてとんでもない!

 こいつ、高校一年にして完全にゲームクリエイターとしての実力を備えてやがる……!


「子供の頃からずっと描いていましたから。下手でもこれくらいにはなれますよ」


「いや、これ見せられた後に謙遜されても全然入って来ないから。凄いなお前、ゲームの中ではあんなにポンコツだったのに……」


「そ、そんな風に思ってたんですか!? わたし、女神キャラで上手く立ち回れてますよね!?」


「いやー……どうだろ」


 あれで上手く立ち回ってるつもりだったのか……

 そもそもポンコツ女神キャラ自体、割と見かける設定だし。


「でもこれは本当に凄い。もしかして人物も描ける?」


「一応。元々ファンアートから始めましたから」


 って事は、イラストレーターでもあるのか。

 驚いたというより、なんかこう……今まで自分がこいつに向けてきた保護者っぽい視線が恥ずかしくなってきた。

 終夜って、俺よりも遥か上の存在なんじゃ……


 いや、今はその猛省は置いておこう。

 問題は、この王都のデザインを終夜が描いていたという事実。

 つまりあれは終夜が作った王都だったのか。


「その資料は、わたしが小4から中2までの間、ずっと書き溜めた物です」


 5年もかけて……本当に凄いな。


 って、待て。

 それだと〈アカデミック・ファンタジア〉の開発用に描いていたとは思えないんだけど……


「この資料はお仕事として描いた物じゃないんです。わたしがわたしの為に描いた、わたしの空想を絵にしただけの物なんです」


 俺の中の混乱は更に加速し、いつの間にか混沌と化していた。

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