5-8
王都――――或いは帝都といっても同じ意味だけど、これらの言葉から連想する都市はゲームにおいては良くも悪くもテンプレ化していて、主に二つのパターンで大半が占められている。
一つは、賑やかな城下町の奥に華やかで壮大な王宮がそびえる楽園型。
一つは、魔王などの悪の存在に支配され暗黒都市と化した魔境型。
この二つが混在し、一見楽園型のように見えるけど城下町が貧困街になっていたり、王宮内でドロドロの陰謀が渦巻いていたりするパターンも多い。
〈アカデミック・ファンタジア〉における王都エンペルドは典型的な前者だった。
尤も、話の中心となる舞台じゃなかったから実際の設定はもっと深く練られているのかも知れないけど、少なくともプレイする範囲においては市民が笑って暮らせる王都だった。
それに対し、今目の前に広がっている10年後の王都エンペルドは――――
「本当にここは王都なのか?」
ずっと沈黙してたブロウが思わずそう呟くほど様変りしていた。
ただ、魔境型になっている訳じゃない。
王都を取り囲む、イーターの侵入を防ぐ為の巨大な壁の事でもない。
それは事前に聞いていたし、仮に中が闇堕ちしていたとしてもそれは予想の範疇だ。
王都エンペルドは――――テーマパークと化していた。
比喩じゃない。
現実のテーマパークみたいに巨大観覧車がそびえ立ち、遊具施設や行楽施設も多数構えてある。
まるで今すぐにでもパレードが始まりそうな明るい街並み。
その遥か彼方、観覧車に重なるようにして王宮が見えている……けど、この景観だと城も行楽施設の一つにしか見えない。
今までの〈アカデミック・ファンタジア〉の世界観を完全にブチ壊す、圧倒的違和感。
ブロウに問いに対しどう答えればいいのかわからず、途方に暮れる以外に何も出来ない。
『エルテは現在の心境をポカーンと擬態語で記すわ』
俺もまさにエルテと同じ心境だ。
これまでの積み重ねが全部崩れ去ったような喪失感さえある。
でも……予兆はあった。
各地に建設されていた、謎の白い建物。
あれもこの〈アカデミック・ファンタジア〉、そしてサ・ベルの世界観とは明らかに異なる建築物だった。
確かにこの国では研究・開発が盛んに行われている。
いつどのタイミングで文明レベルが引き上げられても不思議じゃない。
でも……あの観覧車はどう考えてもこの世界にあっていい代物じゃない。
スマホで調べてみると、世界初の観覧車は1893年にシカゴで開催された万国博覧会で登場した『フェリス・ホイール』。
現実においては、まだ130年足らずの歴史しかない訳だ。
〈アカデミック・ファンタジア〉の世界観はそこまで近代的じゃない。
ただ、バズーカだって似たようなものではある。
あれはあくまで『魔法を増幅させるアイテム』であって、本物のバズーカじゃないけど……
もしかしたら、あの観覧車もそうなのかもしれない。
でも、ビジュアルのインパクトがバズーカの比じゃない。
なんというか……ちょっとバカにされているような気にさえなる光景だ。
だって王都に観覧車だぞ?
近未来を舞台にしたRPGでもそんな真似はしないだろう。
せいぜい冒険の途中に立ち寄るリゾート地に設ける程度だ。
これも終夜父の仕掛けなのか?
それとも、〈アカデミック・ファンタジア〉というゲームを破壊する為の暴挙?
……わからない。
リズも何も語らないし。
なら終夜に直接スマホで聞いてみるか?
「驚きの余り声も出ないでしょう。無理もありません。私も、未だにこの光景には慣れません」
ゲーム外での活動を許さないタイミングでフィーナが語り始めた。
仕方ない、まずはこっちに集中しよう。
「先程説明したように、世界の心臓を死守すべくこの王都は分厚く巨大な壁で封鎖されました。それ自体は当然の策で、仕方のない事だったのですが、封鎖後に大きな問題と直面しました」
大きな問題……か。
考えられるのは――――
「封鎖によって他の都市への行き来が出来なくなったとか?」
「それもあります。貴方がたはオルトロスのゲストという事で例外的に許可が下りましたけど、普通は外部から人を入れたりはしませんし、逆も然りです。でなければ封鎖の意味はありませんから」
……この辺りはゲームならではのご都合主義というか、ガバガバ設定臭いな。
まあ、この後に『10年前から来た実証実験士が封鎖中の王都にすんなり入れた真っ当な理由』が用意されているかもしれないから、口外はしないでおこう。
「ただ、それ以上に大きな問題なのは封鎖された王都内にいる市民です。外に出られなくなった事で職を失う人が増え、壁によって日光が遮られて郊外に畑を持っていた人達の農作物が育たなくなりました」
『それは深刻だとエルテは理解を記すわ』
「はい、その通り深刻な問題です。それだけではなく、壁に囲まれる圧迫感や閉鎖的な状況もあって市民のフラストレーションは日々募り続け、暴動寸前まで行きました」
人間の精神状態は連鎖する。
周囲が暗い気持ちで生きている環境では、どうしたって明るくはなれない。
納得の展開だ。
ただし、ここまでは……だ。
「そこで我が国の王は、娯楽に特化した研究・開発を行うように指令を出しました。丁度、世界の心臓をどう守るかという会議を行うべく各国から有識者を招いていたので、彼等の知恵も借り、少しでも市民を明るい気持ちにさせようと努力した結果、こうなりました」
「いや、まあ理屈はわかるけど」
……その結果が王都のテーマパーク化なのはどうにも納得し難い。
「今日はもう遅いですし、皆さん疲れていると思いますので、一度ここで解散にしましょう。宿は手配してあります。明日以降、全員で集まれる時に話の続きをします」
……え?
あ、確かにもう0時を回って日付が変わってる。
いつの間にこんな時間に……
って、そうじゃない。
今のフィーナの発言は、どう考えてもNPCのそれとは思えない内容だった。
ゲーム内でNPCが『今日はもう遅いですし~』などと言って一時解散するのは良くある事。
寧ろ大抵のRPGで一回は見る光景だ。
でも、さっきフィーナは"翌日"じゃなく"明日以降、全員で集まれる時"と言った。
これは言い換えれば『次に全員ログイン出来る日』を指している。
つまり、今日はもう時間も深いからログアウトしましょうと呼びかけている。
……そんなゲームあるか?
NPCが現実の時間を理由にログアウトを呼びかけるなんて聞いた事ない。
いや、そういう『ログアウトを呼びかけるプログラム』自体は存在するかもしれないけど、ゲームの中、それもシナリオ内で……となると、これはちょっと衝撃的だ。
この数分の間に、色んな衝撃が頭を揺さぶって来やがった。
おかげで俺のメンタルはボロボロだ。
恐らく他のパーティーメンバーも同じ心境だろう。
終夜に至ってはさっきまでのブロウ同様に一言も発していない。
フリーズ濃厚だ。
「皆さん、よろしいですか?」
……本当なら、今思った事を全部吐き出したい。
でもそれは愚策。
あの観覧車と同じで、世界観を壊すだけだ。
「僕はそれで構いません。シーラ、君はどうする?」
ブロウも同じ感想を抱いていたのかもしれない。
真っ先に俺に同意を求めて来た辺り、シンパシーを感じていたんだろう。
「うん。俺も今日はもう休ませて貰うよ」
『ならエルテも右へ倣えの精神に従うと記すわ』
残るリズは……フリーズしたままか。
もうブロウもエルテも慣れてしまったのか、確認しようとさえしない。
「リズは気絶しているようなので、これで解散にします。次に集まるのは明日の夜でいい?」
『エルテは構わないと記すわ』
「僕もそれでいいよ。もしリズ君が都合が悪いようなら日を改めよう。シーラ、確認をお願いしてもいいかい?」
いつの間にか俺が終夜の保護者みたくなってるな……まあ連絡先知ってるの俺だけだし構わないけど。
「了解。それじゃお疲れ様」
「うん。エルテプリム様もお疲れ様でした」
『本当に疲れたとエルテは己の心情を素直に記して眠りに就くわ』
さて、ログアウトを――――ん、SIGNに着信か。
水流からだな。
『なんか意外だったね。王都があんな感じになってるなんて』
『だな。水流はどう思った?』
『ちょっとワクワクしたかも。街並みも綺麗だったし』
俺とは全く違う感想だ。
ここでは感性が分かれたな。
もしかして水流、遊園地とかテーマパークが好きなんだろうか。
ま、女子なんだしそれが普通なのかもしれないな。
『それより、先輩って私とみたくリズとリアルで連絡とってるの?』
『え? なんで?』
『ブロウからさっき確認するよう言われてたじゃん』
目聡いな……
まあ隠すような事でもないか。
『たまにね。表の方のアカデミで知り合ったんだ』
『そうなんだ。知り合いで揃って裏の方に招待されたってこと? すごい偶然だね』
恐らく偶然じゃないんだろう。
何しろゲーム内じゃなくゲーム外からのお誘いだったからな……
フィーナと再会したものの、まだ俺をこのゲームへといざなった理由を彼女から聞き出せていない。
もし彼女がNPCかつゲームスタッフの一員で、仕事としてNPC役を演じているのなら、答えてはくれないだろうけど……その可能性は今日一気に崩れた感がある。
最後のログアウトを促した行為については、明らかにゲームスタッフらしくなかった。
スタッフがプレイヤーのプレイスタイルやログインの時間帯に介入するなんて、普通はあり得ない。
彼女は一体何者なんだ……?
『先輩?』
『あ、悪い。ちょっと眠くなってボーッとしてた』
『そっか。それじゃここまでにしよ。またね、先輩』
今日は平仮名の“せんぱい”はなしか。
……あれ結構クセになるのな。
さて、本当に寝る前に終夜に連絡を入れておこう。
明日集まれるのなら、夜に――――
……と、またSINGか。
今度は……終夜か?
フリーズが解けたのか。
思ったより早い復帰だったな。
『すいません、明日は参加できません』
……どうやら俺とブロウとのやり取りを把握していたらしい。
フリーズしつつも画面はしっかり見てたのか?
それとも――――
『フリーズしてなかったの?』
『してません。でも、少し思うところがあって絶句してました』
それはフリーズとどう違うのか……
『今日はもう遅いですし、明日の夜あらためて話をさせて貰っていいですか?』『大事な話があるんです』
『二人で?』
『はい』
何か思い詰めたような、それでいて少しハイテンションになってるような、ちょっと不安定な終夜のSIGNに対し、俺は――――
『わかった。それじゃ8時くらいでどう?』『20時のほうね』
躊躇う事なくそう返事した。
もしかしたら終夜は、あの奇妙な王都に関して何か知っているのかもしれない。
なら情報は得ておきたい。
『了解しました』『その時間でお願いします』
『ブロウとエルテには俺から伝えとく』
『お願いします』
ログアウトする前で良かったな。
水流はともかくブロウは個人的に連絡とる手段がゲーム内にしかないし。
『リズは体調が思わしくないらしい。明日は自由行動にしよう』
『了解。彼女の体調の回復を待とうか』
エルテはもうログアウトした後みたいだから、後で水流にSIGNで伝えておこう。
これでようやく今日の〈裏アカデミ〉は終了だ。
にしても……なんて一日だ。
密度が濃いなんてもんじゃない。
ゲームをプレイしててこんなに疲れたのは初めてだ。
この〈裏アカデミ〉は、誰と話している時でも、フィールドを移動している時でも、全く気が抜けない。
プログラミングされた内容を出力するだけという場面がないから、現実の世界で他人と会話したり知らない街を歩いたりする感覚と殆ど変わらない。
かなり遠出して日帰りの旅行をしてきたような疲れ方だ。
これは……ゲームと言えるんだろうか。
ベッドに倒れ込んだ俺の頭の中は、いつしかそんな不毛な自問自答に支配されていた――――
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