5-7
ゴルネア山砦から王都エンペルドへの移動は困難を極める――――と覚悟していた俺達にとって、この現実は拍子抜けという表現を使いたくなるほど意外なものだった。
その要因はエメラルビィの特殊な能力による恩恵なんだけど……
「彼の愛用している口紅には【スネーク《気配消失》】っていうパッシブスキルが備わってて、これを塗っていればイーターに察知されなくなるんです」
言いたい事は幾つもあった。
口紅にパッシブスキルってどういう事?
あのオカマの口紅を俺も塗らなきゃいけないの?
そもそも口に塗らなくても良くない?
……諸々。
でも、その口紅は一点物で使い切ったらもう補充出来ないらしく、にも拘らず俺達にも使わせてくれるというエメラルビィの厚意を前にしたら、野暮な質問や不満はグッと呑み込むしかなかった。
「ウフフ・フ♪ ウフフ・フ♪ 間接キスの雨あられ♪」
胃もたれ起こしそうだけど……
兎に角そういう訳で、俺達は全員エメラルビィの口紅を塗ってゴルネア山砦を越え、徒歩で王都エンペルドへと向かっている。
スネーク《気配消失》というアレな名前のスキルの効果は絶大で、途中サイクロプス的な超巨大イーターやプテラノドン的な翼竜っぽいイーター等と遭遇するも、こっちには全く気付く様子はなかった。
まあ、彼等がNPCならこれくらいのチートアイテムを持っていても不思議じゃないし、感謝する必要もないんだろうけど……心の何処かで、まだそう断定出来ない自分もいる。
王都に着けば、その疑問にもある程度の答えが提示されるんだろうと思うけど……
「一応、私達は世界樹を研究している機関の所属ですので、その世界樹の天敵であるイーターに関しても常日頃研究しています。彼等をやり過ごす手段も、それなりに確立してはいます」
『心強いけど奢りは禁物だとエルテは初対面の相手に敢えて苦言を記すわ』
「仰る通りです。あ、すいません。お書きしている通りです」
『そこはそのまま仰る通りで構わないとエルテは赤面しながら記すわ』
……フィーナって真面目な性格なんだろうけど、何処か抜けてる人なのかもしれない。
こっちとしては、それくらい隙がある方が接しやすいけど。
さっきのエメラルビィに発してた謎の禍々しいオーラは出来れば永遠に封じていて欲しい。
あ、封じていると言えば……
「そういえば、王都に世界樹が生えてるって10年前の世界では聞いたこともなかったけど、口封じというか箝口令を敷いたりしてたんですか?」
「はい。と言っても、10年前の時点では王都の世界樹が『世界の心臓』だとは判明していませんでしたので、別の理由です」
何かキナ臭い話になりそうだな……
「通常、国内の世界樹の本数は『国際世界樹保護委員会』に報告して、彼等の定めた制限内においてレジンを採取しなければなりません。ですが、申請していない世界樹に関しては制限がないので、自由にレジンを採れるんです」
やっぱりその手の話か。
公式サイトに載ってある〈アカデミック・ファンタジア〉の世界樹に関する解説には『巨大な樹』とある。
普通なら隠蔽は不可能だろう。
となると、王都内の世界樹が何処にあるのかはなんとなく想像が付くな。
「あの、王都に着くまでの間、この10年でヒストピアに何が起こったのかをお話して頂けますか」
「はい。私もそのつもりでした。女神様なら既にご存じでしょうが」
終夜は暫く時間を置き――――
「無論です。私は全てを知る者なのですが、神が人の子らに啓示を与える際には得体の知れないアレが必要なのです」
最終的に残念な結果に終わったけど、キャラ作りへの執念は見せていた。
別にそこまで無理して見せなくてもとは思うけど、これもオンラインゲームならではの呪縛なんだろう。
にしてもフィーナ、各人が作ってるキャラに対して理解が早いというか、対応が丁寧だな。
真面目だからなのか、そういうマニュアルがあるのか……
「では私が女神リズ様に代わってお話します。10年前、世界は突然一変しました。理由は未だに不明ですが、世界の心臓たる王都の世界樹に何かがあったと推察されています」
『イーターがほぼ無敵になったのもその時なのかとエルテは確認を記すわ』
「はい。段階を踏んだ訳ではなく、一気にです」
そういう気はしてたけど、あらためて考えると恐ろしい事態だな。
今まで一撃で倒してたような敵に突然手も足も出なくなるなんて、ゾッとするくらい絶望的だ。
単純にゲームとして考えてみても、それまで雑魚だったフィールド上の敵が全員ラスボス級の強さになるって展開は異常だ。
強敵がウヨウヨいるゲームがない訳じゃないけど、元々がそういう世界観――――敵一体を何十分もかけて倒すハンティング系のものが殆どで、MMORPGでは殆どあり得ない設定だ。
「不思議よねぇ~。でも不思議不思議言ってても何にも解決しないワケ。だからぁ~、アタシ達考えたのぉ~」
「どうしてイーターが突然変異を起こしたのか。その結果、思い至ったのが『世界の心臓』です」
……?
イーターの突然変異と、世界樹が世界に与える影響とがどう結び付くんだ?
「私達はずっと、何者かがイーターを増強するアイテムを開発して、それを投与したのだと考えていました。それが一番簡単に説明出来るからです。この世界を壊したい誰かが、イーターを使って実行しようとしていると」
『妥当な見解だとエルテは所見を記すわ』
「それには女神も納得なのです」
……いつもならここで『僕でもそう思うだろうね』とか言って割り込んでくるブロウが、さっきから一切口を開かない。
オカマに見初められて精神が摩耗し切ったんだろうか。
というか、LGBTについてブロウがどういう考えを持ってるかわからないから、推察しようがない。
俺自身、そっちに関して今まで深く考えた事なかったし。
でもよくよく考えたら、今までウチのカフェに来た人の中にもLGBTに該当する人がいたのかもしれない。
接客業務を担当してないとはいえ、ちょっと迂闊だったかも。
とはいえ、少しくらいの知識はある。
例えば『オカマ』って言葉は差別用語に当たるって事とか。
でも心の中でまで『オカマ』を別の言葉に言い換えるのは難しい。
そういう事じゃないとも思うし。
そういうのを窮屈に感じてしまうように自分を仕向けるのも、却ってマイナスになりそうな気がする。
オカマキャラはオカマキャラ。
でも『オカマ』とは言葉にして口には出さないし書き込みもしない。
俺はそういう線引きで今のところはやっていってるけど……ブロウはどこにどんな線を引いているんだろう。
オカマキャラと遭遇した以上、そういう事を話し合った方がいいんだろうか?
話し合う事自体が差別なんだろうか?
難しい……
「現在もその見解について完全には否定されていません。でも当初想定していた事態とは違うと、世界樹の調査中に判明しました」
『調査はそれ以前からもしていたんじゃないのとエルテは疑問を記すわ』
「はい。でもその時は世界樹そのものというより、イーターが世界樹に接触したことで突然変異を起こした可能性についての調査でした。その見解は余り優勢ではなかったのですが、もしかしたら特定の世界樹がイーターに何らかの影響を与える成分を分泌しているかもしれないという可能性もありましたので」
確かに……イーターが世界樹喰いである以上、そこは疑うべきだ。
「世界樹保護の観点から、普段は世界樹に対してレジンの採取以外では触れないのがルールでした。でもその時は詳しく調査する必要があったので、世界樹の一部をくり貫いて中心部を取り出す作業を行いました」
「それってやっぱり王都の隠蔽してる世界樹を、ですよね」
「はい。すると、くり貫いた直後に世界各国で自然災害が頻発したんです。同じ事をその後二回繰り返しました」
……ん?
さっきは『イーターから喰い付かれた時に天変地異が起こった』って言ってなかったか?
まさか……
『世界樹をくり貫く作業にイーターを利用したと、エルテは舌鋒鋭く記すわ』
その修飾語はどうかと思うけど、エルテの発言は今まさに俺が想像した内容そのものだった。
まさか、オルトロスって組織ではイーターを飼い慣らしてるのか?
「仕方がなかったんです。世界樹は『レジンを原材料に含んだ武器や魔法』を寄せ付けませんので、イーターでなければ中心部に達することさえ出来ません」
「ならそれ以外の伐採の道具を使えばいいんじゃ」
「残念ながら、単純な硬度の問題でレジンを含有しない刃で中心部をくり貫くのは不可能なんです」
世界樹ってそんなに硬いのか……それは初耳だった。
「そういった理由で、批難は承知の上でイーターを数体ほど使役しています。必要以上に世界樹を傷付けないタイプのイーターを厳選して」
『事情はわかったけど、あんまり聞こえの良い話じゃないとエルテは率直に記すわ』
「そうですね。でも、私は仕方がないと割り切っています。倫理的観点を意識するあまり何事にも手を付けられず傍観するよりは得策だと」
力強い言葉だ。
とはいえ、そういう健全な前向きさがどこかで脱線して、結果的に巨悪になるってのもお約束な訳で。
ゲームらしいシナリオと言えばそうなんだろうけど、彼女達を心から信頼するのは難しいかもしれない。
「少し話が逸れましたが、そういう経緯で王都の世界樹が『世界の心臓』だと判明し、王都の封鎖が決定しました。それによって王都以外の都市には混乱が起こり、また王都からの支援も途絶え、凶悪化したイーターへの対処もままならず、一気に衰退が始まりました」
「必然の展開です。女神はぷんぷんなのです」
終夜……キャラを守ろうとし過ぎて発言内容がスカスカになってるぞ……
「王都では現状を打破する研究や検証って行われてるんですか?」
「はい。私達もそうですが、何も我が身可愛さで引きこもっている訳ではありません。王都に世界の心臓がある以上、イーター達が狙ってくるのは当然ですし、手をこまねく余裕なんてないんです」
私達だって必死なんです――――そういう気持ちが画面越しに伝わってくる。
本当に今の言葉は、脚本に従って言っているだけのものなんだろうか。
それとも、プレイヤーにこう思わせるのが目的のゲームデザインなんだろうか?
「もうすぐ着くわよぉ。ここからイーターの数が増えるけど、口紅付けてる限りは大丈夫だから怖がらないでねぇ~」
「やっぱり王都に周辺は多いんですね。取り囲まれてるとか?」
「いえ。多いことは多いですが、大群というほどではありません。彼等にも知能があって、壁の破壊は難しいとわかるとすぐに引き返しますので」
知能……か。
異形の敵が賢くなるのって、ベタだけど恐いよな。
その後――――山を下りた辺りから、エメラルビィの言うようにイーターとの遭遇率が急増した。
幾ら敵からのサーチを逃れるアイテムを使っているといっても、連中の恐ろしさを何度も味わってる身としては、中々平常心では歩けない。
幸いだったのは、グラフィックがアニメ寄りなところ。
もしリアル志向だったら、その辺のホラーゲームが裸足で逃げ出すくらいの迫力だっただろう。
それくらい、このゲームのグラフィックは美しいしきめ細かい。
にしても、ガチでシャレにならないくらい綺麗だな……今更だけど。
日本にここまでの3DCGを作れる会社ってあるんだな。
アニメに詳しい来未なら知ってそうだけど……
「アナタ達、王都に入ったらビックリするわよぉ~」
「そうかもしれませんね」
不意に、先導者の二人が不穏な事を言い出す。
これ以上こっちの精神を磨り減らすような事にはならないで欲しいんだけどな……
『こっちには女神がいるけど、神様をも驚愕させることって何なのか興味津々だとエルテは不敵に記すわ』
「そうです! ビックリさせられるものならさせてみろなのです!」
……少し前から思ってたけど、水流って意外と終夜のフォローを積極的にしてるよな。
あの女神キャラがお気に入りなんだろうか?
後で本人に聞いてみるか。
っていうか、喋らな過ぎだろブロウ。
流石にちょっと怖くなってきた。
「ブロウ、大丈夫か?」
「如才ない」
……ダメそうだな。
暫く放っておこう。
「イーターの凶悪化によって、王都内の市民にも大きな不安が蔓延しました。封鎖によって外に出られず仕事が出来ない人も増えました。そういうストレスや諸問題の蓄積をどうにかしようと、王都では今ちょっとした革命が起こってるんです」
フィーナの説明が一段落した頃合い――――
現在の王都エンペルドが、画面にその姿を現した。
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