5-5

「フィーナ……」


 思わず口から漏れてしまったその名前を反芻して、記憶の糸をたぐり寄せる。

 彼女と最初に会ったのは、今から約3週間前の事。

 ミュージアムの棚に『アカデミック・ファンタジアへの案内状』を置いた張本人であり、俺をこの〈裏アカデミ〉に引き入れた人物でもある。


 この世界に来た直後、俺の操作するこのPC――――シーラはフィードを練り歩く雑魚イーターにあっさりと倒された。

 その際、それまで同行していた彼女とは完全に音信不通になってしまい、今まで一切の接触がなかった。


 ここで会ったのは間違いなく偶然だ。

 でもさっきの二人のやり取りから、俺がここに来るのを予見していたのも確実。

 って事は、この二人がゲームスタッフで、王都へ向かうという行動は攻略における正規ルート……と見なすのが妥当だろう。 


 ……でも、本当にそうか?

 正直、今俺は冷静さを欠いている。

 自分でもそれをハッキリと自覚出来るくらい、頭が真っ白になりかけている。


 お前は一体何者だ?

 どうして俺を、シーラじゃなく春秋深海をこのゲームに誘い込んだ?

 水流を〈裏アカデミ〉に引き入れたというソウザとは仲間同士なのか?


 これらを全部、問い詰めたい。

 今すぐにでも。

 でも、もしフィーナが当初からの予想通り終夜父の関係者でゲームスタッフだったとしたら、真相を語れる筈もなく、無意味な質問になってしまうどころかこっちの焦燥があからさまになるだけだ。


「警戒していますね。当然です」


 ……こっちの心理状態は筒抜けか。

 沈黙が長過ぎたのが良くなかった。 


 くそっ……動悸が収まらない。

 最初に会った時には、ここまで動揺はしてなかったんだけど……


 あの時はフィーナのミステリアスさよりも〈裏アカデミ〉の強烈なインパクトが勝っていて、彼女への意識が弱かったのかもしれない。

 でも〈裏アカデミ〉が終夜父の作っているゲームだとわかって、その中身が少しずつわかって来るにつれて、この女性の特異性が浮き彫りになってきている。


 彼女は以前、俺に目を付けた動機として『ミュージアムの一ファン』だと言っていた。

 もし本当ならありがたい話だし、あれだけの熱意でプレノートを褒めてくれたから嘘じゃないとは思うけど……


 プレノートを評価している事と、俺をこの〈裏アカデミ〉に引き入れた事が、どうしても繋がらない。


 何しろ俺はオンラインゲームに関しては完全に素人。

 ミュージアムのファンなら当然知ってるだろう。

 つまり、家庭用ゲームに精通しているけどオンラインゲームは初心者――――そんな人間を誘った事になる。


 正直、意味がわからない。

 

 オンラインゲームを普段プレイしていない人でも楽しめるゲームを目指していて、そのテスターとして俺を招いた……というのが唯一の現実的な解釈だ。

 でもそれはもう、俺の中ではあり得ない解釈になってしまっている。


〈裏アカデミ〉は、〈アカデミック・ファンタジア〉との関連性が濃過ぎる。

 それぞれ独立したゲームとしてプレイするのは到底考えられない。

 明らかに、〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしている人間をターゲットにしたゲームデザインだ。


 それはつまり、オンラインゲームをプレイしている人向けのゲームデザインでもある。

 ならさっきの解釈とは完全に矛盾する。

 俺に声を掛けるメリットがないんだ。


 だったら、どうして……?


「私の行動がシーラさんに猜疑心を生んでいるのはわかっています。それを少しでも小さくする為にも、なんでも聞いて下さい。答えられる範囲でお答えします」


「アラ、そんなこと言っちゃっていいのォ~?」


「勿論です。私には彼が必要なのですから、信用を得たいと思うのは当然でしょう?」


 ……信用を得たい、か。

 言葉通りに受け取るには、それこそ信用が足りない。

 とはいえ、お言葉には甘えよう。


「なら早速聞きたい事があります。でもその前に一つ確認させてください」


「はい、窺います」


「仲間を連れて来てもいいですか? 少し遠くで待機させてるんですが」


 今の俺は平常心じゃない。

 終夜達に介入して貰った方がいい。


「構いません。私達はここで待っていますので」


「ありがとうございます。すぐに戻ります」


「囮役だったんですね。この世界を生き残る上での最善策です」


 ……こっちの戦略を一瞬で見破ったのか。

 やっぱりスタッフの線が濃厚なのか?


 いや、今はそれについては保留だ。

 これから質問するんだから、無駄に先入観を持たない方が良い。

 

「ねぇ~、アナタのお仲間にイケメンいらっしゃる? いるなら紹介して欲しいんだけどォ~」


「いますけど、そいつはロリババア以外眼中にないですよ」


「えェ~! ヘ~ン~タ~イ~!?」


 このオカマさんは無視していいんだろうか……? 

 でも案外、こういうキャラが有能だったりキーパーソンだったりするからな……

 一応キチンと接しておくか。


「でも好みなんてコロコロ変わるものですし、一応事前に紹介しておきますね。お名前を聞いてもいいですか?」


「アラ、アナタ良い子ね~! 好みじゃないのがザ~ン~ネ~ン~」


「いいから名前言えや殺すぞ」


 ……と実際に言いたかったけど、ゲーム内で言う訳にはいかないから独り言で呟いてみた。

 家庭用ゲームでも偶にいるよな、イラっとさせてくるNPC。

 それまでは快適に進めてたのに、たった一人のNPCがゲームの空気壊してるパターン。


 あれホントなんなんだろう。

 作ってる途中にそう思わないんだろうか?

 しかも大抵、作中の重要なポジションにいるんだよ、そういう奴に限って。


 綺麗事大好きな俺にだって、綺麗事では語れない事は幾つもある。

 デキの良いゲームが一人のキャラで印象悪くするのは本当、ガッカリする。


 ……ま、今はそんな愚痴言ってても仕方がない。


「アタシはエメラルヴィ。好きな物は宝石とイケメン。嫌いな物は悪意ある嘘と白い花と肌を焼くのが好きな女。ヨロシクね」


「よろしくお願いします」


 前言撤回。

 彼は信頼に値する人物だ。


 さて……それじゃ一旦戻るか。



 


「フィーナ……?」


 仲間と合流して開口一番、その名前を出してみたものの――――よく考えたらフィーナの事を話したのは水流にだけだった。

 しかもあれはゲーム内じゃなくリアルでの事。

 つまりシーラとしては一度もフィーナの名を出してなかったんだった。


「以前いたサ・ベルで知り合いだった女性だ。途中ではぐれて音信不通になってたんだけど、山頂付近の砦で偶然再会したんだよ」


 そもそも、この〈裏アカデミ〉にフィーナから導かれてやって来たっていうのは、あくまで俺自身の真実。

 ゲーム内のシーラは、気が付いたら世界が一変してここにいたって設定だったんだっけ。

 ならフィーナに関しても、その設定に矛盾がないような説明をしなくちゃならない。


「同じパーティにいた仲間だったのかい?」


「いや。昔俺が受けたオーダーで使った試作品の武器をえらく気に入ってて、その話を聞きたいって近付いて来たんだよ」


 事実のエッセンスを混ぜた作り話。

 とっさに考えたにしては、そこそこの設定だと思う。


「どうやら俺達と同時期か、それより早くこっちに召喚されたみたいでさ。俺達が知らない事情を知ってそうだから、話を聞くって事になったんだ」


「嬉しい誤算だね。心変わりされない内に会いに行こう」


 ブロウは特に抵抗なく承諾してくれた。

 一方――――


『エルテは一抹の不安を覚えるとここに記すわ』


 唯一フィーナが何者なのかを知っている水流は、慎重な構えをとった。


『シーラの知り合いだからとすんなり会うのは危険だと警告を記すわ。罠かもしれないという可能性を一応は考慮しないと』


「エルテさんに賛成です! 大体、山砦にいるのって山賊って相場が決まってるじゃないですか! 怪しいですよ!」

 

 終夜まで慎重派に回ったか……こうなると少し厄介だな。

 男二、女二で意見が割れると、どうしても男の方が勝てる気がしない。


 とはいえ、ここで時間とってブロウが言うように心変わりされるのも困る。

 ここは……


「わかった、なら俺一人で話を聞いてくる。俺ならいざって時でもテイルが瞬間移動させてくれるだろうし」 


 自己犠牲の精神を含んだ理詰めの回答。

 どうだ……?


『そういう問題じゃないとエルテは筆圧強めに記すわ』


「そうですよ。罠かどうかが問題なのに、罠前提でシーラ君にだけ危険を押しつけるのは納得できません」


 ……もしかして、俺の心配してるのか?


 いや、わかってる。

 これはゲームであって、終夜や水流が心配してるのはあくまでもシーラだ。

 このパーティ内において、リズっていうキャラとエルテプリムってキャラがとる行動として、シーラを心配するのが妥当だからそうしてるだけの話だ。


 わかってるんだけど……なんだろう、ちょっと嬉しい。


 そうか、これがオンラインゲームの魅力なのか。

 ようやく確かなものを一つ見つけた、そんな気がした。


「心配してくれるのはありがたいけど、罠かどうかの判断をするだけの材料はないに等しいんだ。賭けに出るしかないよ」


『それもそうねとエルテは納得を記すわ』


「そこまでシーラ君の決意が固いなら止められないです」


 納得するの早いな!

 一回は引き留めておかないとの精神かよ!


 感動して損した……


「申し訳ない。何一つ援護出来ない僕は無力だ」


 ブロウの優しさが身に沁みる。

 あ、そう言えばこいつにあのオカマを紹介しないといけないんだった。


「実はフィーナの他にもエメラルヴィって言う男がいて、その人がブロウと会いたがってたけど、どうする? 一緒に行くか?」


「え? どうして僕に?」


「イケメン好きなんだと」


 ……あ、ブロウがフリーズした。

 まさか終夜の特技をラーニングするとは、さすがLv.150。


『俄然興味が湧いてきたとエルテは同行の意を記すわ』


「右に同じです! やっぱりシーラ君にだけ危険な目に遭わせる訳にはいきませんし、みんなでワイワイ行きましょう!」


 何故か女二人がノリノリになった。

 こいつら……


「シーラ君、僕はここで待ってるから三人でっていうのはど「ダメです」『ダメ』


 セリフが喰い気味どころか完全に喰われたブロウに同情しつつ、結局【モラトリアム】全員で登山する事になった。 

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