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 RPGにおける『移動』っていうファクターは、少し面倒なジレンマを抱えている。


 現在サービス継続中のMMORPG(主にオープンワールド系)は殆ど例外なく『ファストトラベル』が採用されている。

 いちいちフィールドを歩かなくても目的地まで一瞬で移動出来る利便性の高いシステムとして大分前から普及している『あって当たり前』の機能だ。


 移動する方法としては、拠点間をシステム上の処理で移動するケース、乗り物を用いるケース、特定の魔法(呪文)や道具を用いるケースの三つが大半を占める。

〈アカデミック・ファンタジア〉の場合は樹脂機関車という乗り物を用いている。


 このファストトラベル、ゲームに余り時間を掛けられない社会人、気の短い人や面倒臭がりの人にとっては必須とも言えるありがたいシステムなんだろうけど……同時にオープンワールドの魅力、そしてMMORPGの魅力を半減させた戦犯でもある。

 広大なマップ、壮大な世界観を折角用意しているのに、それを殆ど味わう事なくゲームが進行してしまうからだ。


 実はこの問題、家庭用ゲームのオフラインRPGでも30年近く前に取り上げられていたらしい。

 親父の証言だから完全には信用出来ないんだけど、『FANTASIC COCO』っていうゲームが発端だったそうだ。


『FANTASIC COCO』は元々携帯用ゲームで展開されていたCOCOシリーズの新シリーズとして、据え置きゲーム機で発売したRPG。

 従来のRPGにはない要素を幾つも備えた革新的なシリーズで、そのサプライズの中の一つに『オート移動』っていうのがあった。

 フィールド自体が存在せず、街とダンジョンのみで構成されたゲームだったらしい。


 当時のRPGはフィールドを移動するのが当たり前で、その移動スピードを速くする乗り物は登場していたものの、フィールド自体がないRPGは前代未聞。

 30年近く前のゲームだから、今と比べればグラフィックは当然貧相だし、当然そんなに広大なマップでもないから、フィールド移動にそこまで拘る必要があったのかどうかは甚だ疑問だけど、それでも『冒険してる気がしない』という不満を叫ぶ声は少なからずあったそうだ。


 時代は繰り返す、ってのはどんな分野にも共通しているのかもしれない。


 ともあれ、その利便性を最大限に活用して、俺達は僅か数十秒でマグニドに辿り着いた。

 事前にアルテミオで聞いていた通り、復興は全く進んでいない様子で、駅周辺だけでなく街全体が錆び付いている。

 特にこの都市はアルテミオよりずっと損傷が激しく、倒壊した建物があちこちに散見されていて、RPGの後半によくある『崩壊後の世界』を髣髴とさせる情景が広がっている。


 家庭用ゲームなら何とも思わないんだけど……この〈裏アカデミ〉のグラフィックだと結構胸に来るな。

 リアル寄りじゃなくアニメ描写なのが救いだった。


「さて……それじゃここからは手筈通りに」 


「わかりました。女神の祝福をシーラ君に」


「嫌な役所を押しつけてしまって悪いね。よろしく頼む」


『エルテはいざとなったらこのバズーカで貴方を吹き飛ばしてあげると記すわ。敵の攻撃を受けそうな時に仲間を敢えて攻撃して回避させる例のアレの再現』


 いや、回避以前に粉々になりそうなんだけど……

 ともあれ、デコイ役を立派に担うべく大量生産した『ルアルア』を持っていざ出発。

 ブースターの扱いにも大分慣れてきたし、準備は万端だ。


 とはいえ……このエリアのイーターがどの程度の移動速度なのかは完全に未知数。

 今回も決死の覚悟で臨まないと。


 王都エンペルドはマグニドを出て北北西に向かった先にある。

 ただし平坦な道ばかりじゃなく、『ゴルネア山砦』っていう所を抜けなくちゃならない。

 山砦という名の通り、王都に敵が侵入して来ないよう事前に食い止める大きな砦が山道の途中にある。


 ……とはいえ、ここがイーターに侵攻されたからこそ王都は封鎖を実行した訳で、既に砦としての機能は停止状態にあると思われる。

 皮肉な話だけど、通るのには支障ないだろう。


 勿論、イーターが彷徨いている可能性は否定出来ない。

 流石に砦で待ち構えてるみたいな事はないと思うけど……偶にあるからな、バケモノと思ってた敵が実は知的生命体だったとか、人間を取り込んで賢くなるとか、そういうの。 

 

 にしても、凄まじい景色だ。

 山道を歩いていると次第に周囲との高低差が顕著になってくるんだけど、これがまたとてつもない絶景。

 彩り豊かな木々と、遥か遠くに見える別の山肌が克明に温かく描写されていて、神々しくさえある。


 とはいえ、今はそんな景色に目を奪われている場合じゃない。

 イーターは……どうやらこの周辺にはいないらしい。


 取り敢えず山道を真っ直ぐ進んで、ゴルネア山砦の砦本部まで行ってみよう。

 そこまで行って一度もイーターと遭遇しなかった場合は、引き返してリズ達に報告。

 砦を新たな拠点として、デコイ作戦を再開だ。


 エチド高原でもそうだったけど、この〈裏アカデミ〉のフィールド上における敵の配置はかなり特殊だ。

 普通のRPGはそれなりにバランスを重視して、偏りが余りないように敵を配置する筈だけど、このゲームはその限りじゃない。

 いる所にはわんさかいるし、いない所には全くいない。


 何気にこれってリアルだよな。

 もしかしたら、このサ・ベルのイーター達は目的に沿った行動をしているのかもしれない。

 世界樹喰いの名の通り、世界樹に近い場所に群がっているとか、徒党を組んで襲おうとしているとか……


 もしそうなら――――ありがたい。

 人間と共通する行動パターンなら、ある程度の予測が付く。

 MMORPGに不慣れな俺にとって、なまじオンラインゲームの敵ならではの行動をされるよりも、そっちの方がまだどうにか出来そうな気がする。


 家庭用ゲームのRPGだと、レトロゲーにはランダムエンカウントのゲームが多いし、シンボルエンカウントでも『なんでお前らそんな所ウロついてるの? 散歩?』ってのが大半を占めてるからな……その経験は全くこっちには活かせない。


 ただ、こうしてオンラインゲームをプレイしていても、自分の中の感覚はやっぱり家庭用ゲーム寄りのままだ。

 オンライン特有の時間に追われるあの感じは好きじゃないし、俺自身、ファストトラベルでの移動より今みたいにフィールドを移動するのが性に合ってる。


 こうしてると……少しずつ、集中力が回復していくのを実感する。

 実際には感じ取る事なんて出来ない筈の、PCの息遣いや風の音が聞こえて来るような錯覚を抱いてしまいそうだ。



 いつの間にか――――ゲームの中へ――――意識が吸い込まれて行くかのように――――





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 ……





 ゴルネア山砦の要とも言える砦の本部は、山頂付近にひっそりと築かれていた。


 ただ、外観は全然"砦"って感じじゃない。

 この広大な景色の中にポツンと、まるで隠れ家のように佇んでいるその姿は、どこか物憂げ。

 階を重ねてるから高さはあるけど、フロア辺りの広さは一般的な民家並だ。


 敵の侵入を防ぐ為に作られた施設とはとても思えない。

 見張り台+休憩所ってのが一番しっくり来る。

 人里を離れて暮らす仙人の家と言われても、つい納得してしまいそうだ。


 イーターの侵略があっても殆ど壊された形跡がないのは、山道から少し離れた所にあって、通り道を塞いでいないからだと容易に推測出来る。

 ま、そのお陰で拠点に出来るんだから幸運なんだろう、俺達にとっては。


 何にしても、ここまでは無事に到着出来た。

 ルアルアを持っていてもイーターが寄ってこないんだから、この辺りに奴等はいない。

 リズ達を呼びに行こう。


 でもその前に、砦の中を確認しておくか。

 暖を取れる施設かどうか、寝床があるかどうかで休憩時間も変わってくるからな。

 ベッドはあるだろうけど、腐ってたら元も子もないし――――


『そこにいるのは誰なのッ!?』


 ……え?





 ……


 ――――


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 ――――――――――――――――――――――――






 ……集中力が一瞬にして切れてしまった。


 今のなんだ?

 いや、システム的な意味合いで何が起こったのかは理解出来てるんだ。

 周囲の人が視認できる『Aチャット』って機能を使って発言したんだろう。


 問題はその文字だ。


『誰なのッ!?』って……

 え? オカマ?

 オカマキャラなの?


 だとしたら、NPCの可能性はかなり高い。

 っていうか、幾らなんでもそれ以外はあり得ないと思いたい。

 オンラインゲームにはネカマが山ほどいるってのは知ってるけど、オカマキャラを演じるプレイヤーなんてそうはいないよな……


『ねェ、いるんでしょ!? 返事しなさいよ!』


 ……NPCである事を本気で願う。

 こんな孤立した所で最高に絡み辛いPCと出会うとか、拷問以外の何物でもないぞ。

 

 兎に角、このまま黙ってたら何されるかわからない。

 こっちもAチャットを使って会話を試みよう。


『はい、ここにいます。シーラって名前の実証実験士です』


『あらッ! やーだーもーうー! いきなりー!?』


 もうこの時点で既に絡み辛さ最高潮だ。

 逃げたい……でも一応、他の実証実験士の可能性がある以上は会話を続けないと……


『ちょっとこっち来なさいよフィーナ! 予想より早かったけど、お仲間のシーラくんが来たわよーッ!』


 ……何?

 今このオカマキャラ、確かに『フィーナ』って言った……よな。


『それは嬉しい誤算です。久し振りですね、シーラさん』


 間違いなかった。

 一目でそう確信した。


 程なくして現れた彼女は……黒のセミロングでローブを着用したその女性は――――


『私を覚えていますか? フィーナです』


 俺をこの世界へといざなった初対面時となんら変わる事のない姿と物腰の柔らかさで、そう名乗った。

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