5-3

〈アカデミック・ファンタジア〉のプレイヤー、つまり実証実験士のステータスはそれほど複雑って訳でもなく、パラメータは8種類しかない。

 LV(レベル)、HP(生命力)、MP(魔法力)、AS(攻撃技術)、DS(守備技術)、SP(身軽さ)、MS(魔法技術)、TO(耐性)がそれに該当する。


 これは敵であるイーターも同じと思われ、それぞれのイーターにこれらのステータスが個性として設けられている。 


 つい今しがたスマホで調べてみたところ、〈アカデミック・ファンタジア〉における【アナライザ】は2ヶ月ほど前に開発されたばかりの新しい魔法で、敵の最大HPと残りHP、最大MPと残りMP、そして弱点属性を表示する効果があるらしい。

 それ以外の詳しいステータスや落とすアイテムなどはわからないみたいだ。


 でも、今DGバズーカを用いて使用したアナライザによって表示されたのは――――


《世界樹の心が反映されたサ・ベルに住むイーター》


 ステータスじゃなく、この説明文のみだった。


「これは一体、どういう事なんだろう?」


 誰にともなく問うブロウに対して、明確な答えを持ち合わせている人間がこの中にいるとすれば、それは一人しかいない。

 終夜だ。


 何しろ終夜は〈アカデミック・ファンタジア〉の世界観を発案した張本人。

『世界樹の心が反映されたサ・ベル』の部分にもきっと心当たりがある筈だ。


〈アカデミック・ファンタジア〉の舞台となっている世界サ・ベルに関しての詳しい説明は、ゲーム内や公式HPでも行われていない。

 世界樹が存在し、それを喰らうイーターがいて、実験が盛んな世界です――――これくらいのものだ。


 当然、世界樹の心が反映された世界なんていうアナウンスは、俺の知る限りではなされていない。

 ブロウに心当たりがないんだから、終夜以外には誰も知らないだろう。


 終夜に――――リズに反応はない。

 俺やエルテ同様、押し黙ったままその場に立ち尽くしている。

 幸い、ダメージ判定のない魔法だったからか、人面樹がこっちに気付いて向かって来る事もないみたいだ。


 終夜の沈黙は、テンパってフリーズしてるって訳じゃなさそうだ。

 これはゲーム内で語るのは難しい内容。

 スマホで個別に連絡とってみた方が良さそうだな。


『どういう事かわかる?』


 終夜にSIGNで簡素に聞いてみる。

 さて、返事は――――


『もちろんです。だって私の作った設定ですから』


 幸か不幸か、予想していた通りの内容だった。

〈裏アカデミ〉独自の設定って訳じゃないらしい。


 って事は、サ・ベルというのは『世界樹の心が反映された世界』なのか。


『でも、ごめんなさい。私からは説明できません』


『了解。当然だよな』


 これは公式に発表されていない、いわば裏設定。

 この〈裏アカデミ〉じゃない、表の方の〈アカデミック・ファンタジア〉のゲーム内では明らかになっていない事実だ。

 それを漏洩するのは重大な守秘義務違反になるんだろう。


「シーラ、どう思う? 君の意見を聞きたい」


 そうだな……


「問題は、“世界樹の心が反映された”って部分かな。それがこの10年後のサ・ベルにのみ当てはまるのか、サ・ベル自体がそういう世界なのか」


 前者だけでも、二つの可能性がある。


 元々あったサ・ベルという世界が、10年前に『世界樹の心が反映された世界』となった可能性。

 10年前に『世界樹の心が反映された世界』が生まれた可能性。

 後者は要するにパラレルワールドだ。


 後者の場合、そもそもが『世界樹の心が反映された世界』でこのゲーム内の住民は生きていた事になる。

 胡蝶の夢のような話になってくるかもしれない。


「エルテ君、君はどう思う?」


『エルテは、元々この世界は世界樹の心に影響を受けていたのではという見解を記すわ』


 当然、その可能性もある。

 要するに、世界そのものは世界樹が生み出した訳じゃないけど、世界樹が干渉してくるっていう性質があるパターンだ。


「僕は数ある世界樹がそれぞれ一つずつ世界を構築していて、サ・ベルはその中の一つという可能性を提案する。そして、それぞれの世界に他の世界樹の世界に繋がるワープゾーンのようなものがあるんじゃないかな」


 そのブロウの意見も、十分に理解出来る。

 もしそれが正しければ、このサ・ベルにある世界樹がそれぞれの世界樹が作り出した別世界へのワープゾーンになってるんだろう。


 この10年後のサ・ベル――――〈裏アカデミ〉のサ・ベルは、果たして〈アカデミック・ファンタジア〉のサ・ベルと時系列で繋がってるのか?

 それとも違う世界……パラレルワールドなのか。


 まさかアナライザがこんな重大な事実を示すなんてな……


「リズ君の意見も聞かせて欲しい。君はどう思う?」


 ……あっ、これマズいかも。

 終夜にとっては何を話してもネタバレになるし、答えられる筈がない。

 でも三者三様自分なりの見解を示した後に『私わかんな~い』なんて言おうものなら、完全に無能キャラになってしまう。


 女神キャラを演じてる終夜にとって、無能キャラは御法度。

 かといって答えようがないのも事実。


 どうする、終夜!





『もし考えがまとまっていないなら、無理に答えなくてもいいとエルテは温かい眼差しで記すわ』


「ごめん、僕が自分の意見を言う前に聞いておくべきだった。順番を間違えたよ」


 ……5分待ったけど全然反応がない!


 SIGNで『大丈夫?』と送ってみたけど返答なし。

 完全にフリーズしてやがるな……


 仕方ない、フォローしておこう。

 今のままだと絡み辛いって思われそうだしな……


「前にリズはテンパるとフリーズするって話した事あったけど、実はあれは嘘なんだ。こいつは女神だけど人間の身体を依代にしてて、偶に身体と中身とのコンタクトが不具合を起こすんだよ。だからブロウがテンパらせた訳じゃない」


『それは気の毒だとエルテは同情を記すわ』


 水流、ナイス!

 こういう時にサッとノッてくれる人って本当尊敬する。


「そっか。ならいいけど、戦闘の時に不具合が生じたら少し困るね」


 しまった、それを頭に入れてなかった。

 恐らく戦闘中に凍る事はないと思うけど……

 

「万が一そうなったら、俺がフォローする。大丈夫、慣れてるから」


 実際には全然慣れてないけど、この場を収めるにはこう言うしかないだろう。

 なんか妙なところで制限が増えていくな……


「了解した。君にばかり負担を掛ける訳にはいかないから、全員で気に掛けつつフォローしよう」


『エルテもそれで異論はないとドヤ顔で記すわ』


 ドヤ顔で記すのか……

 それは兎も角、結局リズの立ち位置はお荷物っぽくなっちゃったな。

 ま、Lv.的には介護が必要なくらいの差が二人とはあるし、ここは素直に甘えても問題ないかな。


「それで、これからどうする? 予定だと王都に行くってなってたけど、こうなってくると世界樹を探すって選択肢もあるよな」


 ゲームクリアの為には、この世界の真実を解き明かす必要がある訳で、あのアナライザの表示は到底無視出来ない。

 研究者やキリウス、他のプレイヤーを探すっていうのも、結局はそこへと繋がる訳だし。


『変更なしで良いとエルテは強く記すわ。理由は単純。世界樹を探すにしても、王都は有力候補だから』


「確かに、王都がイーターに襲われたのなら、そこに世界樹がある可能性は高いね」


 流石は高Lv.のPCを操るプレイヤー、理解が早い。

 現状、王都へ行くのが一番目的に近付けそうだ。


 となると、どうやって無事に王都へ辿り着くかってところに話は戻っていく。

 デコイ作戦が使えず、アナライズで倒し方や逃れ方がわからないとなると、どうやってイーター達の猛威を回避すればいいのか。

 

『せめてルアルアが残ってればと、エルテは無念を記すわ』


「だね。10年前だったらそれほど入手が難しいアイテムじゃないんだけど」


 雑魚がいないこの世界では、敵をおびき寄せるメリットが皆無なんだろうな。

 店で買えないにしろ、せめてどこかに落ちてたりしないかな――――


「あ」


「シーラ、どうしたんだい?」


「アホだ、俺達」


 落ちてるアイテムを拾うなんて、普通のRPGだ。

〈アカデミック・ファンタジア〉はそうじゃない。


「ルアルアをテイル達に作って貰えば済む話だった」


 ないのなら開発すればいいんだよ。

 そもそもそういうゲームじゃん、これ。


「はは」


「ははは」


『ハハハとエルテは渇いた笑いを記すわ』


 虚しい空気が漂う中――――


「復活しました! それじゃスクレイユに行きましょう!」


 他のメンツがポンコツだった事で勇気が湧いてきたのか、フリーズしていたリズが活気溢れる言動で無事復帰した。




 

「ルアルアなら普通に作れるの。普通に既存のアイテムだから簡単なの」


 幸い……というか当然だけど、既に普及しているアイテムの開発レシピはちゃんとあり、材料もソル・イドゥリマの在庫に十分残っていた。

 時間が掛かる事もなく、その日の内に完成。

 20個ほど開発して貰ったから、量的には全く問題ない。


「王都に行くのなら、イーター以上に気を付けないといけないものがあるの」


「?」


「神隠しに気を付けるの」


 テイルのその助言は、正直なところすぐにピンと来た。

 王都に世界樹があって、その世界樹から別世界へワープ出来るのだとすれば、全ての辻褄が合う。

 俺らの他に召喚された実証実験士がいないのも、既に別世界へ旅立っているからなのかもしれない。


「それじゃ、まずはマグニドまで向かおう」


 その最終的な意思確認に、リズも、エルテも、ブロウも頷く。


 ようやく見えた攻略への足がかり。

 か細いその糸口を確かめるべく、アルテミオに戻り樹脂機関車に乗って――――俺達ラボ【モラトリアム】のメンバーは王都に最も近い街『マグニド』へ向かう事にした。

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