5-2

「……つまり、その新武器が量産されるまでに出来るだけ多くの実証実験士を見つけておく事も重要という訳だね」


 一通り説明を終えた後、第一声を放ったのはブロウだった。

 どうやら正式名称では呼びたくないという意味で、俺とブロウの感性は一致しているらしい。

 

「キリウス、研究者、そして他の実証実験士ですか。探す人が増えましたね」


『問題は、もう11も新しい町村を見つけたのに、そのどれとも遭遇してない事だとエルテは絶望を記すわ』


 確かに、これだけ歩き回っても他の実証実験士と一人も出くわさないのは絶望感を抱かずにはいられない。

 というより、ちょっとあり得ない気がする。


「もしかしたら、何処か一箇所に固まってるのかもしれない」


「それって……この前話で聞いた王都ですか?」


 どうやらリズは直ぐにピンと来たらしい。

 さすが相棒。

 ゲーム慣れしてるだけあって、ポイントを抑える能力は優秀だ。


「そう。封鎖された王都。そこに実証実験士や研究者が固まってるって事はないかな」


 以前その話を聞いた時には、特に何の疑問も抱かなかった。

 如何にも上流階級のやりそうな、保身第一の姿勢。

 ゲームのシナリオとしては王道の部類に入るし、半ば聞き流していたくらいだ。


 でも、よくよく考えたら妙だ。

 イーターの目的はあくまでも世界樹。

 世界樹を喰らうバケモノなんだから当然だ。


 王都エンペルドに世界樹が生えているなんて話、聞いた事がない。

 ならどうしてイーターは王都に押し寄せたんだ?


 少なくとも、そこには何かがある。

 行ってみる価値は十分にありそうだ。


「王都を目指すんだね」


『エルテはワクワクする胸の内を敢えて赤裸々に記すわ』


 テンションが上がる気持ちはわかる

 ゲーム好きにとって、特にファンタジー世界が好きなゲーマーにとって、『王都』はそれだけでご褒美だ。


 王族の住む都――――王都がファンタジー世界においてどういったポジションになるのかは意外と定まっていない。

 物語のスタート地点になることもあれば、中継地点になることも、ラストダンジョンになることもあり、割とどのパターンも満遍なく存在する。

 世界を股にかける冒険ファンタジーの場合は、用意される街の半数以上が王都である事も珍しくない。


 それでも尚、王都はゲーム好きの心を揺さぶってくる。


 雄大かつ壮美極まりない王城。

 活気溢れる城下町。

 その下層にスラム街が用意される事も結構ある。


 たった一つの街に幾つもの清濁が混在し、絡み合い、醜くも美しいハーモニーが奏でられている。

 王都っていうのは要するに世界の縮図だ。


〈アカデミック・ファンタジア〉の王都エンペルドは、比較的序盤に行く事が出来る場所で、周辺のイーターもかなり弱い。

 また、ゲームの根幹が研究機関という事もあって、その中核たるソル・イドゥリマを配する研究都市スクレイユと比べると、エンペルドはどちらかというと地味な扱いだった。


 でもこの10年後のサ・ベルでも同様とは限らない。

 圧倒的に進化したグラフィックを活かすという意味でも、王都の存在がクローズアップされていても不思議じゃない。

 俺自身、この日本の最新鋭を凌駕するグラの王城や城下町を見てみたいし。


 とはいえ、観光地気分で行く訳にはいかない。

 10年前とは違い、恐らくエンペルド周辺にはとてつもなく強力なイーター達がいるだろう。

 少なくとも、このアルテミオの周辺より敵が弱いって事はあり得ない筈。


「問題は行き方だな。確か王都まで樹脂機関車では行けないんだっけ」


「閉鎖されてるからね。機関車で行ける王都に一番近い都市は『マグニド』かな」


 さすがLv.150、そういうのがパッと出て来るとやり込んでる感あるよな。


『マグニドまで行ってそこからブースターで移動するのが現実的だとエルテは面白味もなく記すわ』


 確かに普通過ぎて面白くはないけど、他に選択肢はなさそうだ。

 問題はブースターが2人分しかないって事だけど……


「ブースターを使う人が一人背負うっていうのはどうですか? 女神の啓示なのですが」


「いや……普通に一人用だし無理だろ」


 多分終夜もそれをわかった上でのリズのこの発言なんだろうけどな。


 ゲームシステム上不可能でも、思い付いたのなら案として出してみる。

 それだけで、なんとなくリアリティが生まれる。

 MMORPGにありがちな悪ノリの一種だ。


「なら結局、これまでのようにシーラ君を囮にして進んでいくことになりますね」


「ところがそうもいかない。ルアルアがもう尽きてしまった」


「え? そ、そうなんですか?」


 本気で知らなかったのか、キャラ付けの一環で惚けているだけなのかは知らないけど――――ブロウの言うように、イーターをおびき寄せるアイテム『ルアルア』はもう使い果たしてしまった。

 これからは、俺がデコイになる戦術は使えない。

 別の方法で王都を目指さないといけない。


 マグニドから王都までは、そう遠くはなかったと思う……けど、それでも歩行で20分以上掛かった記憶がある。

 ブースターは歩行速度の4倍くらいだったと思うけど、それでも5分くらいはかかる。


 捕まれば終わり、エンカウントしたら絶対に勝てない敵を相手に5分間逃げ続けるのは、結構なプレッシャーだ。

 どうするか……


『一つ提唱を記すわ。このDGバズーカで試してみたい魔法があるんだけど』


「え? もう全部試しませんでした?」


 リズの言うように、DGバズーカを入手してからの一週間、エルテの使えるユグドマは全て使ってみて、どれくらいの増幅効果があるかは確認済だ。


 何しろエルテはユグドマの専門家だから、使える魔法が兎に角多い。

 しかも需要の大きな攻撃魔法や回復魔法だけじゃなく状態異常の魔法もかなりの数を習得している。


 例えば、イーターを猛毒状態にする〈ベリム〉。

 これを人面樹に使ってみたところ、全く効果はなかった。

 恐らく毒ダメージはアップしているんだろうけど、毒そのものに完全耐性のある敵にはやはり無意味だった。


 貫通効果がないとわかった以上、他の状態異常魔法を試す意義は薄かったけど、一応全て実証実験済。

 今更試す魔法なんてないと思うんだけど……


『アナライザを使ってみたいと率直に記すわ』


 アナライザ……?

 そんな魔法あったっけ?


「確か割と最近開発された新規の魔術だね。イーターの基本情報を解析する」


 ああ、そういう事か。

〈裏アカデミ〉をプレイしてるとつい忘れそうになるけど、〈アカデミック・ファンタジア〉では常に新しい武具や魔法が研究・開発されてるって設定なんだ。

 だから魔法も結構頻繁に新しいのが追加されるらしい。


 当初は一ヶ月で辞める予定だったから、追加武器や魔法の情報は完全にスルーしてたんだよな。

 今にして思えば、このゲームの面白さから目を背けてプレイしていたような気もする。

 ネトゲコンプとでも言うのかな、こういうの……


『この魔法を使えば、標的の最大HPや残りのHP、弱点属性などを知ることができる。でもボス級のイーターには効かないと予防線を記すわ』


「状態異常魔法と同じパターンになりそうだけど、それでも試す価値があるってエルテは思ってるんだね?」


 ……俺のその質問に対して、エルテのレスポンスは鈍かった。

 トゲのある言い方だったかな……?

 責めるつもりは一切なかったし、信頼あっての発言のつもりだったんだけど……


『お願い』


 1分くらい待った結果、この上なくシンプルな言葉が返ってきた。

 色々迷った結果、これが一番効果あると思ったんだろな。

 そしてそれはきっと正解だ。


「わかった。また人面樹を実験体にしよう。あいつら移動速度遅い上に初動モーションもトロいから、リスクは殆どないし」


 幾らこの世界のイーターが絶望的に強いといっても、移動面まで無敵って訳じゃない。

 逃げるだけなら難しくない種もいる。


 ……希望と呼ぶには余りにも弱々しい灯火だけど。


「異議はありませんけど……シーラ君、エルテちゃんに甘くないですか?」


「気のせい気のせい」


「僕もそれは少し感じるようになったかな。エルテ君を贔屓してないか?」  


「してないしてない」


「二度繰り返すところがなんか怪しいです……」


 ……なんか最近、この手のツッコミが多いな。


 まあ贔屓はしてるんだけど。

 だってなあ、年下なんだもん。

 後輩女子の面倒みたくなるのって、これもう男の遺伝子に必須事項として明記されてると思うんだ。


『贔屓じゃなくて、エルテの人間性と女性としての愛らしさにシーラが勝手に魅了されていると記すわ』


 おい、それ逆効果になるやつじゃないのか。

 わかってて言いやがったな、水流。


 この手の話は、例え忠実にキャラ設定を守っているのだとしても、延々と続けるのは寒い気がする。

 ましてリズが乗っかって『なんですってー! シーラ君は私の友達以上恋人未満なんですからね!』的な入り方してきて言い合いするとか、もう耐えられる自信がない。


 流れぶった切ろう。


「それじゃエチド高原の沼地に行こう。今日はアナライザの実証実験までってことで」


「そうだね。王都に行くのは明日からでいいかな」


「わかりました。では早速行きましょう」


『エルテは異論なしと記すわ』


 ブロウが率先して乗っかってくれたおかげで、事なきを得たな。


 ……ん?

 SIGNに着信が……


『先輩、怒った?』


 あ、そう取られちゃったか。

 ちゃんとフォローしとかないとな。


『全然。エルテってそういう奴じゃん』


『うん。だよね』


『そういうのは信頼してくれていいから』


『頼もしいね』


『心から思ってる?』


『思ってるよ。エルテ的に』


 ……完全に弄ばれてる気がする。

 それを悪い気がしないと思ってるところも含めて。


 さて、それよりも――――アナライザだっけ、あれの実験だ。

 もし人面樹にアナライザが通ったら、どんな効果が得られるんだろう。

 解析の強化……より詳しいデータや弱点が見られるんだろうか?


 敵の情報を解析する魔法は、家庭用ゲームのRPGでは割とポピュラーな部類に入る。

 まあ、ネットが普及して以降のゲームには正直あんまり恩恵がないというか、使うプレイヤーは少ないと思うけど。

 ネットで敵の情報見た方がよっぽど早いし。


 それは一先ず置いといて……こういう解析系の魔法は状態異常とは違って、大抵の敵に効果がある印象だ。

 ただしボス系には効かないのもお約束。

 ボス並の耐性を持ってるこの世界のイーターには恐らく効かないろうな……


「これくらいなら届くと思う。ダッシュで十分逃げられる距離だし、ここから撃ってみないか?」


 ……と、いつの間にか目的地に着いてたか。

 転移魔法でも使ったのかと思うくらいあっという間だったな。

 

〈アカデミック・ファンタジア〉には、RPGによくある一瞬で今まで訪れた街に転移する魔法は今の所ない。

 恐らくストーリーに組み込んで、もっと先で実装する予定なんだろう。

 もしそれがあれば、王都まで何のリスクなく行けるんだけど。

 

『了解、ぶっ放すわとエルテは律儀に記すわ』


 本当に律儀にバズーカを一旦置いてその文章を記しているんだろうな、水流の中では。


 もし今日、俺がいつもみたくゲーム内に意識を潜らせていたら、そういう情景もしっかり頭の中で描いていただろう。

 でもここ数日は疲労もあって、そこまで集中しきれていない。

 出来れば、潜った方がより楽しめるんだけど――――


「てー!」


 ……何故かリズが発射の合図を出していた。 

 そして実際にぶっ放すエルテ。

【モラトリアム】、なんだかんだで結構いいチームなのかもしれない。


 さて、結果は――――


「……驚いたね」


 第一声、ブロウが思わずそう呟いた通り、驚きの内容だった。

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