第05章 アカデミック・ファンタジア -online-

5-1

 結局は――――


 MMORPGを暫くプレイしてみて思ったのは"それ"だった。


 結局は、やる事は大体決まっている。

 攻略サイトに掲載されている最適解に沿って、なぞるようにプレイする。

 それをみんなでワイワイ楽しみながら。


 結局は、ゲームそのものが舞台装置に過ぎないんだ。

 同じ趣味、同じ嗜好の人達と目的を共にし、敵を倒す達成感や語り合う事で生まれる連帯感を味わいたいだけなんじゃないの?


 最初にプレイしたMMORPGを一通り体験したところで、俺は迂闊にもそう思ってしまった。


 実際には、プレイする目的なんて十人十色。

 したり顔で俺が達観した気になっていたのは、単なる愚かな勘違いに過ぎなかった。


 俺は――――悔しかったんだと思う。

 ゲーム市場における主役をオンラインゲームに奪われてしまった事が。

 自分がずっと大好きだったものが、求心力を失っていく現実が。


 だから、まるで粗探しをするようにプレイしていた。

 そんな自分に気が付いて、絶望した。


 ……でも、その時は気が付いていなかった。


 かつて、似た体験をした事がある。

 その時もやっぱり、俺は自分自身に絶望して、沈んで、沈んで、海の底のような何かにコツンと頭をぶつけて――――そして何かを失った。


 それが表情なんだと思っていた。

 でもその漠然とした説明を聞いたアヤメ姉さんは、即座に俺の考えを否定した。


「君が失ったのは表情じゃない。もう少しだけ抽象的で、もう少しだけ具体的なものだ」


 まるで要領を得ない解説だったけど、今にして思えば、俺に事実を突きつけない為だったとわかる。

 多分、アヤメ姉さんは俺が表情を失ったきっかけを知っている。

 知っている……というよりは、両親から聞いた話の中にこれはというものがあったんだと思う。


 だけどそれを俺に話せば、治療は上手くいかなくなる。

 だから黙っている。

 きっかけとなった出来事を隠しながら、外堀を埋めるように、或いは赤い糸をたぐり寄せるように、慎重過ぎるくらい慎重に裏を取っている――――そんな気がする。


 だから俺は、無理に過去を思い出そうとはしていない。

 不思議と、この件に関しては驚くほど淡白な自分がいる。


 表情を取り戻したいっていう気持ちは何より強い筈なのに、その原因を突き詰めようという気分にはなれない。

 もしかしたら、無意識下で思い出さないようにしているのかもしれない。

 それくらい、辛い思い出なのかもしれない。


 嫌な事から逃げ出して、全て忘れてしまいたい――――そんな願望を抱く脆弱さが自分の中にあるのを、知っているから。


「研究者……いませんね」


「いないね。これだけ探してるのに一人も見つからないなんて計算外だったよ」


『エルテもここまでの難易度だったとは思わなかったと、自分の見通しの甘さをここに記すわ。もう投げ出したい気分』


 でもそれは、俺だけじゃなかったらしい。


 俺達4人のラボ【モラトリアム】が発足して、ちょうど一週間が経過した。

 その間、フィールドを我が物顔で闊歩する超弩級イーターからどうにか逃げ延びながら見つけた町村の数、実に11。

 もう殆どの集落が滅びているとばかり思っていたけど、意外にも多くの街や村が現存していた。


 ただしその全てが、俺達がかつていた10年前のサ・ベルには存在すらしていなかった。

 つまり、この10年の間に新しく興された集落。

 いずれも樹脂機関車で行ける地域の外、辺境の地に作られた人里だ。


 そしてその町村は全て、あのミネズス村と極めて似通った状態だった。


 勿論、そこに住む人々まで同じって訳じゃないけど、あの不気味な白い建物が中央に建設されていて、そしてそこで民間人が働いているという構図は同じ。

 仕事内容はそれぞれ異なっていて、ミネズス村のように武器や魔法の名称を考案している所もあれば、建物のデザインをしている所や催しの企画を考えている所もあった。


 何より重大な共通事項は、キリウスと名乗る人物がリーダーを務める集団が例の白い建物を建てさせていて、そこで村人達を雇用している点。

 かなり大規模な組織なのは間違いなさそうだ。


「樹脂機関車で行けない所ばかりだから、情報がアルテミオに入ってないんだな」


「徒歩でフィールドを移動するのは危険を通り越して無謀だからね。僕達の他にもこの10年後のサ・ベルに召喚された実証実験士はいるんだろうけど、今は息を潜めているのかもしれない」


 そう言えば……ブロウとエルテに出会って以降、10年前から来た実証実験士とは一人も遭遇してないな。

 終夜父の発言からも、俺らの他にプレイヤーがいるのは明白だし、必ず何処かにいる筈なんだけど。


 俺はフィーナって名前のキャラに誘導されたけど、水流はソウザに導かれたと言っていた。

 そいつらは今も表の方の〈アカデミック・ファンタジア〉で勧誘を続けているんだろうか。


 それを確かめるのは実のところ簡単だ。

 シーラで〈アカデミック・ファンタジア〉にログイン出来なくても、新しいアカウントを作って別キャラでログインすればいいだけだし。


 もしそれを実行すれば、アポロンに謝る事も出来るし、ソウザに事情を聞く事も可能だろう。

 フィーナを探し出す事も、もしかしたら不可能じゃないのかもしれない。


 でも俺は、その行為は自分自身に対する裏切りだと思っている。

 多分、オンラインゲームで育ってきた人達には意味不明な理論だろうけど、家庭用ゲームと共に生きてきた俺には『別アカウント』なんてものは存在しない。


 俺、春秋深海がこの世に一人しかいないように、俺は〈アカデミック・ファンタジア〉においてシーラ以外の何者でもない。

 だからこの前提は絶対に覆せない。


「今日の探索はここまでにしよう。みんな疲労が溜まってるし、明日は休んで明後日から再開しないか?」


 そんな俺の提案に対し――――


「そうですね。このままだと潰れてしまいそうですし」


「少し煮詰まってる感が否めないよね。明日は英気を養おうか」


『エルテは心の中でこの軟弱者どもがと悪態を吐いていることを正直に記すわ。でも多数決で負けてるから素直に応じておく』


 水流……タフだな。

 俺はもうゲームの中に入り込む余裕がないくらい、この一週間で疲弊し切ってるのに。


 まあ、でも休暇の案が受け入れられて助かった。

 普通のMMORPGとは違って攻略を掲載するサイトなんて一切ないし、このまま停滞が続くとモチベーションも体調も悪化の一途を辿ってしまいそうだからな――――



 ……あれ?

 何か周りの様子が……



「久し振りなの」


 テイル……か?

 そうか、こいつがテレポートで呼び寄せやがったのか。

 今からログアウトしようって時に、間の悪い……


「キリウスならまだ見つかってない。じゃ」


「露骨に煙たがられると少し傷付くの」


「人を騙してこんな体質にしておいて、煙たがられないと思う方がおかしいだろ? それに唐突に呼び寄せられても困る。せめて日時を決めて、その時だけ呼び出すくらいの配慮はして欲しいんだけど」


「それだと事務的でつまらないの」


 ……こいつの中身がスタッフなのかは知らんけど、なんか久々に他人に対して殺意が湧いた。

 いやでも、こいつだって脚本に沿ってやってるだけかもしれないしな……


「進捗を訊ねるの。手掛かりくらいは見つかっても良い頃なの」


 目聡いな……そう言えば俺には位置情報通知タグとかいうのが体内に書き込まれるとか言ってたっけ。

 こっちの行動の詳細までわかる訳じゃないけど、何処にいるかはわかってるから、俺の動きを見てどういう状況にあるのかを推察するくらいは出来るのか。


「今日までに11の町村を発見した。その行く先々で『キリウス』って名前を聞いたけど、本人は不在だった」


「キリウスはその先々で何をしてたの?」


「白い建物を建てさせて、そこで村人達に仕事をさせてるらしい」


 ……こうしてあらためて説明してみると、相当意味不明な活動だな。

 あの建物自体、〈アカデミック・ファンタジア〉の世界観とは全然相容れないデザインだし。

 何より、現実のキリウスとは名前以外何一つ接点が見当たらないのが不気味だ。


「もうそんなに進んでるの。驚きなの」


「何か事情を知ってるの?」


「キリウス本人を見つけ出したら教えるの。それまでは知らない方がいいの」


 ……知らない方がいい?


 目的を知ってた方が探しやすいに決まってるのに。

 元々信用なんてしてないけど、益々訳わからないな、この女。


「それじゃ、俺はこの辺で」


「用件はそれだけじゃないの。アレが出来たの」


 ……アレ?


 あ、そう言えば助手のネクマロンが見当たらないな。

 って事は、もしかして……


「やっほー★ ついに完成したよ! あ、シーラきゅんちっすー」

  

 きゅん……?

 それ寧ろ男の娘が呼ばれる方なんじゃないのか?


「シーラきゅんが考案した武器、完成したよ!」


 それは兎も角、ついに完成したのか。


 同期する武器。


 成長タイプの武器で、使えば使うほど威力が増す。

 そして、同一の武器全てにその効果が現れる。

 例えば10人が同じ武器で戦って、それぞれが10の熟練度的なポイントを得た場合、全員の武器に10人×10pt.=100pt.分の威力増加が見込める。


 まあ、現実にはその熟練度を上げるだけでも相当な苦労が要るし、そもそも俺達以外の実証実験士が見当たらない現状じゃ意図した威力は到底出せないけど……


「名前は確かオーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)だっけ」


「は!? ちょっ、それ俺のじゃない! 別の人の案だから!」


「えー、でもそれで登録しちゃったし」


 ……嘘だろ?

 俺、今後他の実証実験士を見つける度に『このオーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)を貰ってくれ』って言わないといけないのか……?


「せ、せめて(聴け! 我が宴)の部分だけでも取れない?」


「無理。一度登録したら、もう修正不可能」


「なんでそんな大事なことを俺に確認なしでしちゃうかな!」


「ごめんってー。悪気はないんだってー」


 1mmも反省してない……まさかこいつ、わざとか?

 実は密かにオーケストラを気に入ってたのか?

 こいつ自体、独特過ぎるネーミングセンスだったしな……


「不肖の助手がごめんなの。でもその武器を作る為にここ数日そこそこの睡眠時間で頑張ってたの。許して欲しいの」


 ビックリするくらい言葉に魂がこもってない。

 そこそこの睡眠時間って、それ普通に仕事してるだけじゃ……?


 とはいえ、こっちの無茶振りに近い案を頑張って形にしてくれたのは事実。

 少なくともテイルよりはまだマシかな……心情的に


 ……と、名前にばっかり気を取られてて、外見とか性能とか全然頭に入れてなかった。


 武器の形状は意外にも、細身の剣――――レイピアだった。

 万人に使って貰うのが前提な訳だし、てっきり短剣かノーマルな剣だとばかり思ってた。


 でもまあ、軽い剣って意味では短剣と同じだし、非力な実証実験士でも使えるからいいか。


「一応確認だけど、成長するのはイーターを攻撃した場合だけなんだよな?」


「もちろん! 人間を突いたり素振りしただけじゃ威力は上がらないよ★」


 ま、そりゃそうか。

 そもそもレイピア型とはいえ刃はちゃんとあるし、そもそもPKなんて出来ないんだから、人間を攻撃するってのは現実的じゃないんだけど。


「成長系の武器は制約がキツいから、今の攻撃力は普通のレイピアどころかその辺に落ちてる棒きれ以下だし、量産にはもう少し時間が掛かるけど、それは我慢してね?」


「了解。最初の一振り、ありがたく受け取っておくよ」


 レイピアか……今まで装備した事なかったけど、悪くないな。

 確かフレイムクレストシリーズ1作目の主人公の王子がレイピア使いなんだよな。

 その所為か、妙に高貴な人間の扱う武器ってイメージだったりもするし。


「それじゃ引き続きキリウスの捜索を頼むの。元の場所に戻すの」



 ――――返事なんて最初から聞く気がないらしく、気付けば目の前からテイルもネクマロンも消えていた。



「あ、戻って来ました!」


「テイル様から呼び出されたんだね? テイル様はどうだった? 相変わらずロリババアであらせられたかい?」


 最早何語だ……


『その手にしている武器、もしかしてこのバズーカと一緒に作られてた例の武器なのかとエルテは確信に限りなく近い疑問を記すわ』


「うん。名前はオーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)だって」


『え、何それ盗作? 酷くない?』


 思わず素になる水流を微笑ましく思いつつ、俺はさっきまでの出来事を【モラトリアム】の仲間達に説明した。


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