4-21
6月5日(水)。
「……んぁ?」
朝一で鳴り響くSIGNの通知音が、目覚ましの音じゃないと気付くのに要した時間――――2分半。
余り目覚めの良い方じゃないと自覚せざるを得ない鈍さだった。
『一つ行けそうな企画を思い付いたよ』
……企画?
あ、そうか。
星野尾さん&来未と勝負してる、この店を盛り上げる勝負のアレか。
最近〈裏アカデミ〉の事で頭がいっぱいだったから、全然考えてなかったな。
ウチの店の関係者でもない朱宮さんがこんなに真面目に取り組んでくれてるっていうのに……申し訳ないな。
『おはようございます』
『あ、起きてたんだ』『起こしてごめんね』
起こして……?
あ、まだ6時前なのか。
幾ら仕事があるとはいえ、こんなに早く起きて連絡くれるとは……つくづく愛が濃いなあ。
『コラボしかないと思うんだ』
……え?
あ、もう説明始まってるんだ。
『コラボですか?』
『そう』『ある程度の知名度がある媒体とのコラボ』『そうすれば確実に知名度は上がる』
コラボか……それ自体は当然、考えた事はある。
特にゲームなんて他のどんなジャンルよりコラボコラボ言ってるからな。
でもウチみたいな零細カフェには何のコネもなければ見返りも用意出来ないから、早々に諦めていた。
『コラボしようにも、してくれる相手がいないと思うんですけど』
『コンシューマゲームや企業とのコラボは難しいだろうね』『かといって人気の高いニュースサイトや動画投稿者だと違う問題が発生するし』
立案者だけあって、その辺の事は既に考慮済か。
今の時代、ネットを使って有名になったアンオフィシャルな人達は大勢いる。
要するに芸能人とかゲームのスタッフとは違う、完全に個人で情報や創作物を提供する人達だ。
でも現実問題、知名度を上げた人達には多かれ少なかれその背後に協力者がいるもの。
芸能事務所だったり、どこぞの企業だったり、物好きなパトロンだったり、怪しげな団体だったり……
そういう事情もあって、個人でやってる風だからといって気軽に声を掛ける事は出来ないのが実情だ。
『ゲームのコミュニティサイトはどう?』
コミュニティサイトか……
ゲームを扱うサイトは今もそれなりに多いけど、その多くはwiki関連の攻略サイトで、コミュニティ要素がない訳じゃないけどコミュニティサイトとは言い難い。
スマホゲームの総合コミュニティサイトなら確か有名な所が幾つかあったと思うけど、家庭用ゲームは各メーカーの運営する公式サイトくらいしか見当たらない。
『厳しいと思います。まずサイト自体があるかどうか』
『だよね』『僕も調べてみたけど、家庭用ゲーム関連のサイトは一方的な情報提供の形が多くて、交流手段をもってない所が多い』
……要するに昔のサイトが殆どって事だな。
主に親父の世代が昔作ったサイトなんだと思う。
多分更新自体、何年も前に止まっているだろう。
レトロゲームを芸能人がプレイするテレビ番組の影響もあってか、昔の家庭用ゲームに対する関心そのものは現在も意外と高い。
未だにウチみたいなカフェに足を運んでくれる人がいる事からも明らかだ。
でも、その熱意はやっぱり懐古やノスタルジーが主で、迸る情熱というよりは遠い目で見つめているような、達観した印象を受ける。
『そこで僕が目を付けたのが、PBW』
PBW(プレイバイウェブ)――――いつだったか、前に一度頭の中に浮かんだっけ。
WTRPGとかクリエイティブRPGとも呼ばれるそれは、簡単に言えばネット上のTRPGだ。
オンラインRPGの一種ではあるけど、そのプレイ手段はかなりレトロで、その点では家庭用ゲームと共通するかもしれない。
自分のオリジナルキャラクターで参加するのはMMORPGなどのオンラインRPGと同じだけど、PBWの場合はプレイ手段がコントローラーやボタン、レバーなどじゃない。
文章だ。
ゲーム内に用意されている投稿フォームに自分の行動を文章で記載して、それを送信する――――PBWとはそういうゲームだったりする。
PBWに参加すると、そこには幾つものシナリオが用意されている。
クエストのようなものだ。
シナリオの参加人数は予め決められていて、そのグループ内で話し合ってから各々の行動を決めて、各自執筆する。
そして、その内容を運営側が確認して、成功か否かを判定。
結果は各参加者の行動を描写した小説のような形で発表される。
例えば『ゴブリンが街で暴れている』というシナリオに参加した場合、まず誰が戦うかを決めて、戦闘担当になったプレイヤーは装備品の中から何を使って戦うか、どんな戦略で攻めるか等を決めて、その旨を記載する。
戦闘以外の担当になった人は、回復を主に行うとか、街の人々を避難させるとか、自分のレベルや役職に合った行動をそれぞれ明記する。
それらの行動が的確ならば成功判定となり、『彼等はこうしてゴブリンを倒しました』という結果が一つのストーリーとなって届けられる――――という流れでゲームが進められるらしい。
ある意味、家庭用ゲーム初期の頃以上にレトロ感のあるゲームだけど、自分達だけのストーリーを紡げるし、オリジナルキャラを指定したイラストレーターが描いてくれるなどのサービスもあるらしく、今も一定の人気を確保している。
確かボイス付きのゲームもあるんだよな。
『コラボ出来るのならありがたいけど、受けて貰えるでしょうか?』
『一応、事務所の先輩がPBWに結構詳しくて、参加もしてるからコネならあるよ』『といってもあくまで紹介ならできる、程度だけどね』
まあ、実際には紹介と言っても『露骨に怪しい者じゃないですよ』くらいのものになるだろう。
現実問題、向こうにメリットがないとコラボなんて成立しないんだ。
それでなくても、家庭用ゲームとPBWではユーザーが重なるとは限らない。
PBWはPBWで、TRPGから続く独自の路線だし。
コラボ効果が未知数なのはこっちも同じだ。
とはいえ、期待できるメリットはある。
PBWは結構コストが掛かる事でも有名なゲームジャンルで、そういう意味ではお金を持ってるユーザーが多いと思う。
若い世代よりも家庭用ゲーム全盛期の世代、或いは更にその前の世代が多そうだし、マッチングの面ではそこそこ期待は出来る。
……このままアレコレ悩み続けるより、一手進めてみるべきか。
『わかりました。やってみましょう』
『OK』『今晩あたり先輩に連絡入れてみる』
『ありがとうございます』『なんかお世話になりっぱなしですいません』
『LAG存続の為ならおやすいご用だよ』
……一体俺の書いたプレノートの何がそこまで彼を引き付けているのか、我ながら謎だ。
ご都合主義にも程がある。
大がかりなドッキリじゃないよな……?
『それじゃ、明日の朝にでも連絡するよ』
『了解です』
……取り敢えず、店の方はこれでよし、と。
そういえば来未達の進捗はどうなってるんだろう。
あ、そう言えば水流と会った時のお土産、渡し忘れてた。
渡すついでに探りを入れてみるか。
何気に来未の部屋に入るの久し振りだな。
ちゃんと片付けてるといいけど……
「来未、起きてる?」
ノックしたのち、部屋の前から声を掛けてみるが――――返事なし。
仕方ない、開けるか。
流石にこの時間帯に着替えとかしてないだろうし、仮にそうでも妹のラッキースケベとかこの世で最もどうでもいい。
「入るぞー……」
本来なら了解なしに部屋に入るのは最低な行為に属するものなんだろうけど、こっちだって何度も来未にやられてるから問題なし。
来未は……
「……すー」
寝てるな。
相変わらず寝相悪いな……片足ベッドからはみ出てるし。
その割に寝息は上品なんだよな。
ガサツなのか繊細なのかわからないのは、来未の特徴でもある。
普段の言動は雑な癖に、店で披露するコスプレに関しては細部まで拘るし、気遣いもしっかり出来るからな。
誰にも話した事はないし、今後も口外する気は一切ないけど、俺はひっそりとこいつを尊敬していたりする。
俺もいつか、こいつみたいに活き活きとした顔で人と接する事が出来ればいいんだけどな……
……とはいえ、この部屋は真似したくない。
予想はしていたけど、前に来た時より展示グッズがエグい事になってる。
壁一面にポスターやタペストリーが……なんてのはよくある話だけど、そういう次元じゃない。
ポスターonタペストリー、みたいに重ねて飾ってあるから妙に立体感があるレイアウトになっている。
何より怖いのがフィギュア。
フィギュア自体はショーケースに整然と並べられてるんだけど……全員後ろ向きなのはどういう理屈だ?
微妙に闇を感じるんだが……
それはともかく、コレクションの種類も多種多様だ。
アニメのキャラクターが多いけど、中には夢の国のキャラクターとかも混じってる。
かと思えば、裸の男も隣に並んでるし……一貫性がない事この上ない。
……ん?
机の上にゲーミフィアが置いてあるな。
こいつ、ゲームはあんまり好きじゃないとか言っておいて、ちゃっかりやってるのか。
どれどれ、一体どういうゲームをプレイしてるのか……
「あれ? にーに?」
なっ……このタイミングで都合良く起きるか?
まさか狸寝入りだったんじゃないだろな。
「なんでにーにが私の部屋に……あれ? 夢?」
「現実だ起きろ。腹出てるぞ」
「あーあはは……あれー……パンツも見えてるー……あれ? あれぇ?」
ようやく目覚めたらしい。
確かに本人の言うように、寝衣用の短パンが下にズレて4分の1くらい下着が見えてる。
「に、にーに……もしかして……襲った?」
「勝手に案件にするな。朝っぱらから気持ち悪い事言いやがって」
「うわ、ひっど! っていうか妹のパンツ見えて興奮しない兄とかないわー……引くわー……」
こういう所は尊敬出来ない。
「前に頼まれてた悪趣味な土産、ここに置いとくぞ」
「あっ、ありがと! コレあったんだ! ネットでは売り切れてたんだよねァー!」
朝一で男の裸が描かれたクリアポスターを恍惚とした表情で抱き抱える妹……
引くわー。
「それと、ちょっと気になったんだけど……星野尾さんとの連合チーム、進捗はどんな感じ?」
「ふふーん。敵情視察? 心配しなくても毎日連絡取り合ってるから大丈夫。星野尾ちゃん暇だから直ぐ連絡付くし」
「割と親しくなったみたいだったけど苗字呼びなんだな」
「なんか名前より苗字の方が好きなんだって」
確かに、一人称も苗字だったな。
星野尾祈瑠……そんなに変な名前でもないと思うけど。
いのるんとか不本意な渾名でも付けられた事があるんだろうか。
「見てなさい、にーに。可愛い女の子が2人揃った時のパワーは無敵なんだからね。このカフェをライブ会場に変えてみせるから!」
……若干ネタバレを食らった気もするけど、どうやら順調らしい。
勝負は勝負だけど、あくまで目的はカフェの活性化だからな。
盛り上げてくれるのなら、それに越した事はない。
「聞きたいのはそれだけ? なら早くここを出て行きなさい。にーにはそもそもデリカシーがないんだよ。乙女の部屋に勝手に入るとか、ないから」
「今更……? いや、出て行くけど」
結局なんの収穫もないまま、妹の部屋突撃レポートは尻つぼみに終わった。
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