4-20
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「……また『キリウス』か」
ゲーム世界への集中を解いた瞬間、思わず独り言が漏れてしまった。
既にゲーミフィアの電源は切っていて、液晶画面にぼんやり映っているのは俺の顔。
疲労感に満ちた、どことなく冴えない顔――――のように俺には見えている。
けれどそれは幻視に過ぎず、実際には無表情のままなんだろう。
今日は結構進んだ。
新しい村を訪れ、そこで新たな展開があった。
あの村長がNPCなのか、スタッフが操るPCなのかは不明だけど……どっちにしても、今はあのジジイの事はどうでもいい。
キリウスが何者なのか。
それが目下最大の疑問点だ。
終夜が言うには、いろんなオンラインゲームで無双している有名なプレイヤー名であり、同時に不正ログインに関わっているという黒い噂がある。
ゲーム内において、テイルがそのキリウスを探している。
そして今回、謎の建築物を村の中央に建て、村人に仕事を斡旋した集団のリーダーとしてその名が挙がった。
ハッキリしているのは、キリウスというキャラクターがゲーム内にいて、〈裏アカデミ〉のストーリーに大きく関わっているという事。
ただしこれは、終夜が語った現実世界のキリウスと、〈裏アカデミ〉内のキリウスが同一人物だという確証にはならない。
単に名前が被っているだけという事も考えられる。
〈アカデミック・ファンタジア〉のスタッフ達は、キリウスの噂を知っていると終夜は言っていた。
〈裏アカデミ〉のスタッフが知っているかどうかはわからないけど、恐らく終夜父は知ってるだろう。
だとしたら、現実の有名なプレイヤーの名前を、自分達のゲームの中に悪役として登場させているのだろうか……?
それとも、〈裏アカデミ〉のキリウスは現実のキリウスと同一人物で、ゲームスタッフとしてスカウトされ、悪役として参加しているのか?
普通なら余りにも馬鹿馬鹿しいこの解釈も、〈裏アカデミ〉ならあり得なくはない。
そう思わせるだけの自由度があのゲームにはある。
仮に――――噂のキリウスが本当に〈裏アカデミ〉に参加しているとしたら……どうすればいいんだ?
接触するには相当なリスクが伴う。
噂はあくまで噂、と正論をかざすのは簡単だけど、本音を言えばそんな噂を流されているプレイヤーとは極力関わりたくない。
……なんていうか、この恐怖を感じてる時点で思う壺って感じだよな。
ゲームをプレイしてて、敵をここまで恐れた事があるだろうか?
どんなに優れたキャラクターデザインでも、バックボーンがドロドロしていても、演出が凄まじく迫力があっも、所詮は架空の世界の仮想敵。
でも今俺が感じているのは、紛れもなく現実に迫り来る脅威そのものだ。
恐ろしいに決まってる。
ゲームの世界が現実を脅かしてくる。
そんなの創作物だけのものだと思ってた。
ゲームの世界にダイブするとか、ゲーム内の出来事や世界が現実に投影されるとか、そういう物語は沢山あるから。
まさか、こんな方法で不安を抱かせてくるなんて……
でも、これはゲームとしてはどうなんだ?
ホラー系でさえ、現実には影響しないという安全保障があってこそ成り立つのがゲームであり娯楽だ。
もう娯楽の枠を完全に踏み越えてしまってるんじゃないか?
……ん?
SIGNにメッセージ入ってるな。
これは……終夜か。
『キリウス、どうしましょう』
ま、その件だよな。
本当はゲーム内で話し合えればよかったんだけど、村長との会話が終わったところでブロウが急用出来たとかで抜けなくちゃならなくなって、結局そのまま解散って流れになってしまった。
この問題は極めて重要だ。
全員で話し合わないと意味がない。
終夜もそれをわかった上で、まず俺との意思疎通を図ろうとしてるんだろう。
『お前の父親に話を聞きたい』『これは〈裏アカデミ〉がゲームとして成立しているかどうかの重大な問題だから』
『ですよね』『もしキリウスが犯罪者で、その犯罪者を雇っているのなら』
……それ以上は書けないか。
なんだかんだで親の事を悪くは言いたくないんだろう。
もし犯罪者と知っていて、ゲームを盛り上げる為だけに雇っているのなら、最早それはゲームじゃない。
ただの詐欺だ。
安全性を無視した娯楽なんて、絶対にあっちゃいけない。
『わかりました。わたしから父に連絡してみます』
『頼む』
『それともう一つ』
……なんだ?
『エルテプリムさんと急に仲良くなってませんでしたか?』『ちょっと親密度が今までと違ってましたけど』
しつこいな!
それゲーム内でも指摘してたろ!
……これ、もしかしてヤキモチ?
それとも友達以上恋人未満って関係を表現する為の演技?
ダメだ、女の考えてる事は全然わからない……経験が圧倒的に不足している。
『離脱を引き留めるってイベントを経て友情が深まったんだよ』『言わせるな恥ずかしい』
『そうですか』『ゲームとしての体裁を忠実に演じているのなら痛くはありますが仕方ありません』
……辛辣でごさいますね。
確かにもしそうなら、痛プレイヤーと呼ばれても反論出来ないけども。
『では明日にでも報告しますね』
『了解』
ふう……
取り敢えずキリウスの件は保留だな。
問題は他にもある。
キリウスと接触をしないのなら、今後どうするか。
その場合はあのミネズス村は一旦離れて、別の町村を探す事になる。
薄情にも思えるけど、これはあくまでゲーム。
そういう選択肢もしっかり頭の中に入れておかないと――――
……って、またメッセージか。
今度は水流かな?
『先輩、お疲れ様』
やっぱり。
顔見知りになった上に情報共有の約束をした以上は、こういう挨拶も日常的にやっていかないとな。
本当なら年上の俺の方から送るべきなのかもしれないけど……男が女にそれやるの、なんかイヤらしい感じがして躊躇してしまう。
『お疲れ様でした』『今日は結構濃かったね』
『濃厚だった』『ゲーミフィア、使い勝手どうだった?』
『全く問題なし』『あらためてありがとう』
『ゲームの中でちょっと贔屓してくれていーよ』
……贔屓って、Lv.12に何を期待してるんだ。
『バズーカ譲ったでしょ』
『あ、そっか』『あれかなり便利』『弱い方にも効果出るみたい』
弱い方にも……?
『どういう意味?』
『えっと』『ユグドマには敢えて威力を弱めた攻撃魔法があるの知ってる?』
『初耳』『でも大体わかる』
家庭用ゲームにもそっち系の武器やスキルならごまんとある。
敵の残りHPを少なくした状態で捕える、的なシステムがあるゲームでは重宝するよな。
『MP消費を最小限に抑える代わりに、威力もかなり抑えめにした魔法が最近開発されたんだよ』
『裏じゃない方で?』
『そ。裏の方に参加する直前くらいに習得した』
そうか、だから知らなかったんだ。
〈アカデミック・ファンタジア〉の一番の特徴は、武具や魔法が日々ゲーム内で研究・開発という形を経て追加されていく事。
ほんの短い間の不在でも、知らないアイテムが一気に増えたりもするからな。
『で、その節約魔法を使ってみた。村長の家で』
『峰打ち的な意味で?』
『うん』『そしたら、いつも以上に威力の弱い魔法になったっぽい』
つまり、純粋な攻撃力の増幅じゃなく、『威力弱めにした魔法』って目的そのものを強化して『より弱めにした魔法』になったって事か。
えらく有能だな、あの研究者の二人……性格は兎も角。
村長宅が派手に壊れたりしなかったのもその為か。
『それより』『キリウスどうする?』
お、本題か。
水流はゲーム内……エルテとして『キリウスとは関わらない』ってキッパリ言ってたもんな。
『関わりたくない?』
『先輩は?』
疑問に疑問で云々……は兎も角、まさか自己主張より前にこっちに聞いてくるとは思わなかった。
まさか終夜と終夜父の事を言う訳にもいかないしな……
『全員で話し合って決める事になるけど、俺個人は今のところ及び腰』
『なら2票は確保』
頭数に入れられてしまったか……
『いやでもまだわからないよ』『本物とは限らないから』
『私は疑わしいだけでダメ』
そう言ってたな、エルテが。
ま……慎重なのは決して悪くはない。
俺もゲームをやる上ではそっち派だ。
だから今までオンラインゲームを敬遠してたんだし。
『先輩、どっちつかずの態度だと女子にモテないよー』
『痛いとこ突いてくるね。確かに心当たりあるけど』
……これを一行で書いてしまうあたり、俺って陰キャなのかもしれない。
『先輩、モテないの?』
『モテねーよ聞くなよ泣くぞ』
『モテるようにしてあげよっか?』
……ん?
『私にモテればいいんだよ、先輩』
な、なんだって!?
これって……
『私好みの男子になって』
……って事は今は好みじゃないって事じゃねーか!
一瞬期待しちゃったよ……中学生相手に。
1つしか違わないけど。
『参考までに聞くけど、水流の好みって?』
『ゲームとかしない人』
あらら、これもしかしてケンカ売られてる?
この手のからかわれ方は妹から散々やられてる所為で耐性あるぞ、俺。
『なら今日から止める』
『とか言わない人って言うんだろ?』
お、沈黙。
これはやったか?
『先輩、こういう時は素直にからかわれないとモテないよ』
おおう……今のは刺さった、刺さったぞ完全に。
そうだよな……でもそれを意図的にやるのもちょっとな……
『せんぱーい、息してますかー』『雑談はこれくらいにして本題に入りますよー』
『生きてるよ』『本題って何?』
『ラスボス候補の件』
……そう、それが残ってた。
ゲーム内で話すとか言って引っ張るだけ引っ張っといて、結局触れもしなかった話題。
それでも、俺の中で早々に引っかかってる。
『先輩にだけ話すか他の2人にも話すか悩んで、全員に話しておこうって思ったんだけど』『やっぱり先輩にだけ言っておこうかなって』
『なんで?』『他の2人信用できない?』
『ううん』『個人的な理由』
どういう事だろう。
でもこれ以上は聞かないで欲しいって雰囲気出してるし、突っ込んだ話はしないでおくか。
『私が10年後のサ・ベルに来たのは、ソウザってPCに誘われたからって話』『覚えてる?』
『当然』
『その時、アイテム欄に「支配者の証」っていう知らないアイテムがあって』『使ってみたら説明が表示されたんだよね』『今から引用するね』
『わかった』
支配者の証……か。
当然、俺にはそんな物はなかったし、アイテムの追加自体がなかった。
終夜もそんな事は言ってなかったし、多分持ってないだろう。
『世界樹の支配者が持つ証。これを持つ者が倒された時、サ・ベルはある一つの結末を迎える』
『成程。それでラスボス候補か』
『うん』
中々上手い事言うな。
確かにこの文章だとラスボスだとは断定出来ないし、候補の一人って解釈は妥当だ。
『これ、ソウザに渡されたんじゃないんだよね?』
『違う』『10年後に行った後に気付いたらあった』
なら、抽選で選ばれた可能性もあるし、意図的に彼女が選ばれた可能性もあるのか。
……よくわからんけど、高レベルのPCにラスボスを担わせるって事なんだろうか。
だとしたら、ブロウも同じ物を持ってそうだけど……あいつ何も言わないな。
いや、寧ろ言わないのが普通か?
『口止めとかされてない?』
『されてないと思うけど』
……だとしたら、いよいよ意図がわからないな。
そもそもこのゲーム、PK(プレイヤーキル)って出来ないよな?
システム上、他のPCを倒せないという絶対的なルールがある以上、PCがラスボスだったら絶対倒せないんじゃ……
『あ』
『どうした?』
『バッテリーやばい』『今日はここまでにしよ』
『了解』『お休み』
『せんぱい、またね』
……なんで最後先輩を平仮名で打った?
もしかして変換するのも億劫なくらい疲れてるか、若しくは眠いのか?
バッテリー切れたってのは、俺との会話に退屈したのを隠す為の嘘?
……考え過ぎか。
さて、俺もそろそろ寝よう――――
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