4-19

 村長宅は、謎の白い建物からかなり離れた、村の郊外にあった。

 普通、村長の住む家っていうと村の中心にあるイメージだけに、かなり意外だ。


 ただ、家自体は村長宅に相応しい、かなり大きくて立派な建物だ。

 あくまでこの村の建築様式に則っていて、異質感は一切ない。

 完全なる木造住宅だ。


「実はこの家、最近建て替えたのです」


「……最近? それは随分と景気の良い話ですね」


 これだけ国全体、或いは世界全体が絶望的な状況にある中で、家を建て替えるとは中々出来る事じゃない。

 皮肉とかじゃなく、割と本気で感心してたんだけど……


「立ち退きなのですよ」


「……へ?」


「村長なのに……立ち退きで……郊外に追いやられ……うう……ううう……」


 景気の良い話かと思いきや、泣くほど暗い話だった。

 いや、村長宅が立ち退きってレア過ぎるだろ……


「旅のお人! この村は……ミネズス村は乗っ取られてしまったのです!」


『なんとなくそんな説明を受けると思ってたと、エルテは決して後出しとかじゃなく記すわ』


 ……ま、同感だ。

 あの異様な建築物が村の中央にデデンと構えてる時点で既にそれっぽい。

 恐らく村長宅は元々、あの白い建物がある場所に建てられていたんだろう。


「複雑な事情がおありのようですが……僕達に出来る事は恐らく何もないのでは」


 意外にも、ブロウが率先してドライな事を宣告した。

 まだ殆ど説明を受けていない段階での今の発言は、事実上の拒絶だ。

 Lv.150ならではの嗅覚で、ヤバい臭いを嗅ぎつけたか……?


「……仰るように、余所から来た皆さんに頼るような問題ではないのかもしれませぬ。しかし! このままでは村長としての立場が……!」


『その立場とやらをアピールしたくてあんなヘンテコな格好をしていたとしたら、これ以上話す事は何もないと現実を記すわ』


 ああ成程、そう結びつけるのか。

 さすが高レベルの実証実験士、頭の回転が速いな。


「僕が見る限りでは、あの建物の中でネーミングの仕事をしていた村人は、決して嫌々という感じではありませんでした。仕事を斡旋されて助かってるのでは?」


「そ、それは……」


『そうなると、乗っ取られたっていうさっきの言葉には修正が必要なの』


 ……ミネズス村が、じゃなく村長としての役職が、って事か。


「う、ううう……あひゃあああああああああーーーーーーーーっ!」


「な、なんだ!?」


「わ、私はミネズス村を統べる男だぁ! うわっ、あああっ、負けないぞぉおーーーっ!」


 おいおい……シャレになってないぞ?

 この老人、格好だけフザけてたんじゃなく、本格的に狂ってたのか?


「事情はわからないけど、今の彼は危険だ。2人は下がって」


「は、はい! 私、戦力どうこう以前に生理的にあの人ダメです!」


 いち早くリズが村長宅から出て行った。

 郊外だからなのか、さっきの村長の奇声も他の村人には聞こえていないらしく、誰も様子を見に来ない。


「シーラ、君も早く」


『サクッと終わらせると簡易に記すわ』


「わ、わかった」


 Lv.12が何したところで足手まといにしかならないし、ここは素直にこの2人に任せよう。


 にしても……状況が中々呑み込めないな。


 少なくとも、あの村長がまともじゃないのはわかった。

 俺達を使って、あの白い建物をどうにかしようとしていたのも想像がつく。


 問題は……一体どういう勢力が何の目的でアレを建てたか、だな。


「リズ。どう思う?」


「あの村長が何者か、ですよね。私は自分を村長だと思い込んでいる憐れなおじいさんだと思います」


 いや、そっちじゃなくて……


 でも割と当たってそうな推理だ。

 っていうか仮に当たってたら涙出そうなくらい切ないな……それ。


「あのおじいさんは兎も角、白い建物は気になります。少し文化が違う感じですし……」


「うん。この国の人間が建てたんじゃないのかもしれない」


「だとしたら、海外ですか? でも一体何の為に?」


「それは――――」


 言おうとした言葉が体内で蒸発するほどの、突然の衝撃。

 といっても殴られたとか魔法食らったとか、攻撃を受けた訳じゃない。


 村長宅の方から、凄まじい破壊音と地響きがした。

 恐らくあれはエルテの魔法だろう。

 DGバズーカが火を噴いたか。


「……終わったよ」


 精神的疲労を携えた顔で、ブロウが村長宅から出て来た。


「どうだった?」


「大変だったよ。実証実験士である以上、人間への攻撃は御法度だからね……」


 そういう法律があるのは知っていた。

 何しろ様々な武器や魔法を扱う事を国から許可されている身。

 その分、傷害に対する罰則は一般人よりかなり厳しめに設定されている。


『あくまでも自己防衛の為の威嚇射撃を行った結果、その衝撃波で偶々村長がひっくり返って頭を打って倒れたとエルテは陳述書を記すわ』


「それ本人が書いていいのか……?」


 まあ、正当防衛には違いないし、余りしつこく追求するのは止めておこう。 


「み……見事だ旅の人らよ……よくぞこのエドモンドを倒した……」


「なんか意識あるみたいだけど」


『距離感が今一つだったとエルテは口惜しく記すわ。次は間違えない』


「ま……待て……砲口をこっちに向けるでない……我の負けだ……真相を話そうぞ」


 正直『もういいからぶっ放しちゃって』と言いたい気持ちだったけど、流石にそれは自重した。

 この村長が何者なのかは最早どうでもいいけど、あの建物は気になるしな……


「あれは……半年ほど前だった……」


 村長がようやく本当の事を語り始めたみたいだけど、エルテの攻撃でダメージを受けている為か声が弱々しくてどうにも聞こえ辛い。


『これに書きなさいとエルテは老人を労る天使の笑顔で記すわ』


「う……うむ……」


 ……要するに、真相はこうらしい。


 今から半年前、この村に謎の集団が現れた。

 既に新種のイーターが蔓延り村の周辺をウロくようになっていた為、事実上の孤立状態になって久しい状況だった為、かなり珍しい来客だった。


 もてなそうにも村の宿は開店休業。

 急遽民泊を始めようとするも、村人との連携が上手くいかずに頓挫。

 謎の集団の代表者らしき人物は、困惑する村長にキッパリとこう言い放ったという。


「貴方のような判断力も決断力も信用もない個体が代表をしているから、人類はイーターに滅ぼされようとしているのだ……確かにそう言ったんですね?」


『うむ。無論一字一句全て覚えている訳ではないが、ほぼ間違ってはいまい』


 そして、そんな辛辣な言葉に対する村長の返答は――――沈黙。

 正論という名の暴力を食らい、屈辱感と無力感に苛まれた村長は項垂れる事しか出来ず、村人達からの信頼を失う。

 実際、他の町村との交易が不可能になって以降、自給自足を余儀なくされる事になったんだけど、特に何らかの方策を示す訳でもなく、村民の鬱憤が溜まっているのは感じていたらしい。


 そんな中、謎の集団はある提案をする。


 村長の更迭、そして追放。

 新たな労働環境の提供。


 労働の分野は『開発品の名前を考える』というもの。

 今まで畑を耕したり畜産を行っていたりした村民にとって、完全なる未知との遭遇。

 当然、最初は訝しがっていた村民達だったが、実際に採用された者に正当な、それも法外な報酬が支払われた事で、皆色めき立ってネーミングの仕事を始めたという。


「で、その格好の理由は?」


「宣伝だよ。この鎧の。名は『エグゼクティブアーマー』という上流階級用の鎧らしい」


 ダメージから回復したのか、村長は急に流暢に喋り出した。


「……鎧の宣伝じゃなくて、自分が村長だっていう宣伝なんですね」


「鎧を強調する為に頭を剃って、下半身もコントラストとなるよう薄手の装備にしてある。全ては我こそが村長であるという誇示の為。しかし村民は見て見ぬフリ……」


 どちらかというと関係者だと思われたくないから無視してるんじゃ……


「旅の人らよ。確かに我は間違えた。リーダーたる素養を必要な時に見せられなかった。しかしこの村の現状……果たしてこれは健全なのだろうか? 我には判断しかねるのだ。本当にこの村はこのままでいいのだろうか……?」


「確かに、仕事内容も謎の集団の素性も少し疑わしい所はありますね。貴方の格好ほどじゃないですが」


「そうだろう! どうか奴等の正体を暴いてくだされ! お願いします! この通り! もうね、もうこのままだと誇りがズタズタなの! 村長ってね、誇りが失われると死ぬの! そういう役職なの!」


 若干見苦しい懇願だったけど――――ここまで足を運んだ理由が『この世界で生き抜く方法の模索』である以上、その新勢力とはぜひ接触してみたい。


 一体何者なのか。

 少なくとも、開発品に名前を付ける仕事をさせてる時点で研究者が一枚噛んでいるのは確かだろうが……

  

『エルテはここで敢えて断って、それはそれで独自で調査する道をいう提案を記すわ』


「それ酷くない!? 村長イジメじゃない!? 村長ってイジメに遭う役職じゃなくない!?」


 エドモンド氏は必死のあまり口調が完全に変わっていた。

 誇りが破壊され人格が荒廃してるのかもしれない。


「……わかりました。もし何か情報があるのなら教えて下さい」


『不満』


 珍しく短い言葉を見せてくるエルテは無視するとして……


「集団の大半は既に村を出ておる。その中の三人がこの村に滞在中なのだが……出歩いている所を見た事がないのだ」


「居場所は?」


「恐らくあの忌々しい建物の中。調査しておるのだが、村民のいる部屋には入り辛くてな……済まぬ、済まぬ」


 ……そう言えば、あのネーミングって仕事をやってた部屋の奥は見てなかったな。

 扉があったかどうかも確認してない。

 余りにも衝撃的だったからな……あの光景。


「行ってみましょう。もしかしたら、イーターの事を私達より知っている人達かも知れませんし」


『仕方がないから頑張るとエルテは健気な所を存分に記すわ』


 女性陣も了承してくれた事だし、もう一度あの白い建物に戻ってみるか。


「それじゃ……」

「村長。最後に一つお聞きしたいのですが」


 村長宅を出ようとした俺を遮るように、ブロウが険しい顔で村長に問いかける。


「その謎の集団の代表者、名前を明かしましたか?」


 その時、直感した。

 ブロウは――――何かを感じ取っている。


「うむ。確か……」


 若しくは、何かを知っている。


「キリウスと名乗っておったな」


 普段とは雰囲気の違うその背中が、表情以上にそう語っていた。

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