4-18
ミネズス村の全景は、紛れもなく村に分類される集落だった。
家屋は少ない上、前時代的な木造住宅が大半を占めていて老朽化も目立つ。
その周辺は自然豊かと……言えば聞こえはいいが、未開発ならではの原始的な様相が目立ち、舗装も全く行き届いていない。
特に街道はその傾向が顕著で、平らには程遠い石の板が敷かれているのみ。
荒廃している、或いはイーターに破壊されているといった様子はなく、元々の仕上がりが甘いとしか思えないほど露骨に凹凸が激しい。
だが――――そういった田舎らしさを凝縮した景観は、たった一つの建築物によってその印象をいとも容易く塗り潰されてしまっている。
「これは……驚きだね」
第一声、ブロウが呟いたその声は、きっと俺ら他の三人の心の声でもあった。
実際、驚きだ。
それ以外の言葉が出て来ない。
今、俺達の目の前には、こういう光景がある。
絵に描いたような田舎村の真ん中に、極めて近代的かつ巨大な建物が一つ。
教会とも、ソル・イドゥリマのような研究施設とも違う、真っ白で角張った建物がドドンと居座っている。
屋根はなく、窓がやたら多いのが特徴で、威圧感はないものの妙に入り辛い雰囲気が漂っている。
近代的なのか先進的なのか最新鋭なのか、或いは単に奇抜なだけなのか――――とにかく周囲に全く溶け込もうとしていない事だけはわかる謎の建築様式が、その不気味さをより際立たせている。
「村人達が作った建物なんでしょうか……?」
ポツリと、誰にともなくリズが問いかけるが、答える気にもなれない。
どう考えたって違うし、それはリズもわかっているだろう。
それでも思わず呟いてしまったのは、何か話さないと自分達が消えてしまいそうな感覚があるから。
それくらい、この村は現実感を失っていた。
『ここで立ち止まっていても仕方がないとエルテは怖じ気付きながらも勇気を持って記すわ』
「確かに……気味悪い建物だけど、避けては通れそうにないな」
決死の覚悟で来たんだ。
収穫なしに終わる訳にはいかないし、好奇心だって黙っちゃいない。
こんな異質な存在感を放つ建物を無視するのは無理だ。
とはいえ、村人が建てた物じゃないとすれば、一体誰が何の為にこんな物を作ったのか。
まさかとは思うけど……イーターの拠点とかじゃないよな?
幾ら10年で強化されたとはいえ、こんな建物を建てられるくらい知能が発達してしまったとしたら、もう支配される以外の選択肢はない気がする。
つまり、絶望だ。
「シーラ君に先行して貰う必要はなさそうだね。全員で行こう」
ブロウもそれがわかっているんだろう。
もしこれがイーターの造った建物だったら、どのみちこの世界はもうとっくに終わっている――――と。
全員で頷き合い、意思を確認したところで入り口と思しき扉の前に立つ。
この扉も、開き戸という余りお目にかかれない種類のもの。
10年前の世界では、存在こそ確認されていたけど一度も目にする機会はなかった。
となると……ヒストピアの外、つまり外国から来た人間が建てたのかもしれない。
イーターの脅威とレジンの枯渇は世界中の問題だけど、その程度は国によって異なる。
聞くところによると、ここヒストピアは特に被害が激しらしい。
見るに見かねて、他国から応援が来た――――というのは、流石に考えが甘過ぎるだろうか。
「中も随分と変わってるね。床も壁も、余り見ない材質だよ」
『足音がいちいち響くし、居心地が悪いとエルテは不平不満を記すわ』
「私もちょっと肩が凝るっていうか、好きになれないです、ここ……」
俺とブロウはそうでもないけど、女性2人は露骨に嫌悪感を示している。
新しいものに対する抵抗というより、単純に感覚的な問題かもしれない。
にしても……外から見る印象ではそれこそ城に匹敵する大きさだったんだけど、通路は結構狭いな。
横並び出来るのはせいぜい4人までだ。
すれ違う人の為のスペースは当然空けておかないといけないから、2人ずつ並んでの移動にならざるを得ない。
その結果、俺の隣にはいつの間にかエルテがいて、その後ろにリズとブロウが並んで歩いている。
多分、ロリババア扱いしてくるブロウが鬱陶しいから避難して来たんだろうな……
ん?
今、腕に軽く触れられたような……
『シーラ、このバズーカ本当にエルテが貰ってもいいのかをあらためて問うべく記すわ』
ああ、その紙を見せる為か。
「背中に担ぐの、やっぱり重い? それなら俺が持つけど」
『Lv.12風情がLv.87の実証実験士エルテプリム様を気遣うなんて2年早いと教示をもって記すわ』
2年か……割とすんなりその境地に達する事が出来るんだな。
といっても、この10年後の世界じゃまともな方法で経験を積むなんて不可能に近いけど……
「なら何も問題ないじゃん。そのバズーカは魔法用の増幅装置なんだし、Lv.87の魔法専門家が持ってる方が戦力の補強になるだろ?」
『弱い人が持ってた方が危機回避の観点では有用だと提案を記すわ』
「でもそれ試作品だし、いざ爆発とかした時には耐久力に優れた方が持ってた方がよくない?」
『爆発前提で語るのはどうかとエルテは白い目で記すわ』
……どうでもいいけど、いちいち紙に字を書く度にバズーカがゆさゆさと揺れるのは若干怖いな。
魔法を込めて持ち歩いてる訳じゃないから暴発とかはしないだろうけど……
「あのー……後ろから神様が失礼しますけど、2人ちょっと仲良くなってませんか?」
「ん? そう?」
「会話が全体的に軽やかさを増してる気がします。ワンランクアップって感じで」
リズは偶に意味がよくわからない事を言う。
ある意味では確かに神なのかもしれない……脳がフワフワ浮いているって意味で。
『そんな事はないとエルテは記すわ』
「そうですか? でもその返し、なんか素っ気なくないですか? シーラ君に対しての反応と違うような……」
『気の所為だと記すわ』
更にシンプルになっていくエルテの表記に対し、リズの瞼がどんどん落ちていく。
ジト目……というより訝し目、略してイブ目だ。
「訝しいです。略してイブいです……イブい……」
造語がシンクロしてしまった!?
なんて確率引き当ててんだよ……運命の人か。
『シーラも反論してとエルテは救援を求めるべく弱者の眼差しで記すわ』
「ほらー! シーラ君にだけ素っ気なさがないじゃないですか!」
「いや、それは多分……」
お前が長文を理解出来ないバカだと思われてるからじゃないのか、とは言えないなあ……
「微笑ましい光景だね」
「だね、じゃなくてフォローの一つくらい入れてくれよ……なんの為のLv.150だよ」
「少なくとも、僕の愛するロリババアを独占するような人を助ける為じゃないよね」
……なんで俺、ヘイト溜めてんの?
やっぱり4人も集まると自然と気苦労増えるな……
「あ、突き当たりみたいだね。右側に扉があるよ」
「よーし入ろう直ぐ入ろう」
幸い、ギスギスした空気になる前に逃げ込む事に成功。
扉の奥には――――
「……なんだ、これ」
思わずそう口に出してしまうほど、異様な光景が広がっていた。
机、机、机、机。
人、人、人、人。
単純にそう記号化された空間とさえ思えるほど、そこにあるのは整然と並ぶ無数の机とそこに向かう人々――――のみ。
恐らく村人なんだろう。
農作業が似合いそうな服装の年配者が多い。
それだけに不気味過ぎる。
ここがどこぞの研究室で、調べ物をしている研究者達……というのならまだわかるけど、明らかにこれは異様だ。
「え? な、なんですかこの方々……何をしてるんでしょうか?」
『さすがのエルテも若干引き気味だと素直に記すわ』
「何かを書いているみたいだね。あのおじいさんにちょっと聞いてみようか」
こういう時、(ロリババア絡みじゃなきゃ)精神的に成熟しているブロウがいるのはありがたい。
これだけ異様な光景にも臆さず、堂々と部屋に入って年配者相手に爽やかな笑顔で質問攻めしてるし。
「……」
そのブロウが、青い顔をして戻って来た。
「な、何言われたんだ? ヤバい宗教でも流行ってるとか?」
「いや。至って健全だよ。健全だけど……頭がおかしくなりそうだ」
『お前より頭のおかしい奴はいないから大丈夫とっとと話せ、とエルテは正論を記すわ』
ロリババア扱いされたのを契機に、エルテのブロウへの攻撃性が酷い事に……
ま、冷静に考えたらロリもババアも不本意だろうからな……
「彼等が今やっているのは、仕事みたいだ」
「仕事? ここで?」
「ああ。ネーミングの作業中と言われた」
……ネー……ミング?
どういう事?
「新開発された武具や魔法、或いは施設やサービス名などの名前を、資料を元に考えているらしい。採用されたら一定の報酬が支払われるそうだよ」
「……それってつまり、コンペですか?」
「そういう事になるね。流石にここにいるだけで村人全員じゃないだろうけど……」
それにしたって、ざっと見る限りでは30人はいる。
一体何がどうなったら、こんな異様な建物の中で『村人が武器や魔法の名称を考える仕事をしている』って状況が生まれるんだ……?
「ちなみに、さっき話し掛けた人は最近開発された氷属性の短剣のネーミングを考えていたみたいだ。『シベリアンクリス』と『アイシクルダガー』、どっちがいいか訊ねられたよ」
「……意外とまともな名称だな」
もっと、なんか『かち割りの剣』みたいなの想像してた。
年配者だからセンスも古臭い、ってのは完全に偏見だったかな……
「君達、もしや旅人ではないですか?」
そんな事を考えていた罪悪感から、突然背後から聞こえて来たその嗄れ声に思わずビクッと身を震わせてしまった。
なんとなく、この村の村長だろうなと思って振り返ってみると、そこには――――
「やはりそうですか。この御時世に旅人が訪れるとは……ミネズス村は貴方がたを心から歓迎しますぞ」
重量級の鎧を上半身に着用し、ピッチピチのタイツを下半身に履いたスキンヘッドのジジイがいた。
「エルテ、撃ち方用意!」
『らじゃ』
「ち、違いますぞ! 敵ではありませぬ! 砲口をこちらに向けないでくだされ!」
命乞いをする変態に、エルテは面白くなさそうな顔でバズーカを背負い直した。
撃ちたかった気持ちはわかる。
「……ならどうしてそんな本能的に敵だと認識せざるを得ない格好を?」
「うむ。取り敢えず私の家へ来てくだされ。旅人の皆さんを見込んで頼みたい事があるのです」
全く答えになっていないけど……取り敢えず、村がどういう状況なのかはこの人が教えてくれそうだ。
「自己紹介が遅れましたな。私はミネズス村の村長、エドモンドと申します。さ、こちらへ」
名前だけは妙に知的な印象の村長は、肩幅が通常の4倍くらいありそうな上半身鎧を悠々と着こなし、足早に通路を戻っていく。
一人で通路を塞ぐほどの大きさなので、途中ですれ違う村人はいちいちしゃがまないといけないし、兎に角邪魔だ。
「あの……シーラ君。あれに付いていって大丈夫でしょうか? 頭ツルツルはいいとしても、上半身ゴリゴリで下半身ピッチピチのおじいさんですよ? 見るに堪えません」
『エルテもあれと行動を共にするのは無理だと弱音を記すわ』
女性陣の嫌悪感は露骨だったけど、俺も心情的にはほぼ同じだ。
まともな神経をした人間の格好じゃない。
この村全体がまともじゃないのは確かだ。
とはいえ――――
「他に選択肢がないからな……どうしても無理っていうなら、俺とブロウだけで行ってみるけど」
『こんな村に女だけで取り残されるくらいなら付いていく方がマシだと切実に記すわ』
心なしか、エルテの字が荒い。
切迫感がヒシヒシと伝わってくる。
「取り敢えず行ってみよう。エルテプリム様は僕が命を賭けて守りますから、心配はしないでください」
『精神がおかしくなりそうとヘロヘロな顔で記すわ』
気の毒に……
ともあれ、俺達は仕方なく変質者にしか見えない村長の家へ向かう事にした。
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