4-17
「――――おお シーラ! しんでしまうとは なんと いなかものなの!」
「……いや死んでないし」
とてつもない数のグール&人面樹から逃げて逃げて逃げまくって――――
一体どれくらいの時間、追いかけっこをしていただろう。
気付けば、俺はテイルとネクマロンのいるソル・イドゥリマの文化棟で倒れていた。
覚えているのは、ブースターの燃料となる樹脂も切れ、その後はダッシュで逃げ回り、体力も精魂も完全に尽き果てたところまで。
そこからは頭が真っ白になり、周囲の景色も視認できなくなっていた。
恐らく酸欠で倒れてしまったんだろう。
普通ならその時点でイーターに取り囲まれて一巻の終わりだったんだろうけど、作戦通りテイルがちゃんと呼び寄せてくれたみたいだ。
かなりギリギリのタイミングで転送したようだから、俺の状態をかなり克明に捉える事が出来るんだろう。
そう考えると、やっぱりこのテレポート奴隷は厄介極まりないな。
「でも作戦に協力してくれてありがとう。あれだけ引き付けられれば、多分リズ達はノーリスクで沼地を抜けられたと思う」
「よかったねー★ 実はこっちにも朗報があるんだよ!」
ネクマロンの明るく跳ねるような声は、その朗報の中身を容易に想像させるものだった。
「新武器、試作品が完成したんだね?」
「そうそう! バズーカだけなんだけど、一応形になったからキミに預けようと思って★」
リズ考案の魔法増幅装置か。
大したユグドマ使えない俺が持っていてもあんまり意味ないし、ブロウかエルテに使って貰おう。
「ちなみに名前は『ドカングェーバズーカ』だよ★」
「……せめて『DGバズーカ』とかにならない?」
「えー? まあいいけど……」
幸い、仕様書見る度にテンションガタ落ちの名称は回避出来た。
で、そのDGバズーカ。
どうやら肩に担いで固定させてから前方に発射するという遠距離型の武器らしい。
正確には増幅装置だから武器というより攻撃補助アイテムなんだろうけど。
「それじゃ、使い方を教えるね★ 詳しい事は仕様書見て貰うとして……まずは普通にバズーカをセット。次に魔法を使う準備をして、それから――――」
意外というかなんというか、ネクマロンの説明はとてもわかりやすく、しかもツボをしっかり抑えた内容だった。
まずはバズーカを構え、その状態でユグドマを使用。
すると自然にバズーカがその魔法を吸い取るように吸収して補填するらしい。
「このバズーカの一番の特徴は、どんな魔法でも効果を格段にアップできるところなの」
説明を助手に丸投げしていたテイルが、ようやく会話に加わってきた。
「どんな魔法でも、って事は……回復魔法も?」
「当然なの。例えば回復魔法〈ニュウ〉をこのバズーカに補填して使えば、回復量も範囲も大幅アップなの」
それは凄いな。
ユグドマを主戦力にしてる実証実験士には最高の発明品だ。
俺はあんまり恩恵を得られそうにないと思ってたけど、初級レベルの回復魔法で全体回復が出来るのなら、それだけで十二分な戦力になれる。
勿論、元々強力なユグドマが使えるブロウ、エルテに渡せば更なる効能が期待出来る。
仮に最強の攻撃魔法を増幅して、それがイーターに通じなかった場合でも、補助魔法や回復魔法の増幅効果を上手く使えば生き延びる可能性をグッと上げられるだろう。
「あくまで試作品だから、確実性を求められるのは困るの。実証実験でその辺の問題点をしっかり洗い出して欲しいの」
「了解。体力も回復した事だし、早速さっきの地点に戻して」
「わかったの。また危なくなったらここに戻してやるから、さっさとキリオス見つけるの」
実際には探してないんだけどな――――なんて言える筈もなく、黙って頷いておく。
騙す事の罪悪感はない。
ただ、彼女がそこまでキリオスに拘る理由は少し気になった。
「あ――――」
けれど、それを聞いてみようと口を開けた瞬間、俺の身体は既にエチド高原の沼地へ転送されていた。
幸い、さっきまで俺を執拗に追いかけて来たイーター連中は普段の縄張りに戻ったらしく、周囲に殺伐とした気配はない。
一応、その縄張りの範囲外を目指して北東の方向に逃げ込んでいたから、計算通りではある。
あとはここから西へ向かえば、砂漠地帯の入り口に辿り着く筈。
バズーカの重さが少し気になるけど……仕方ない。
このまま西を目指そう。
それにしても……魔法増幅装置か。
なら例えば〈ピアホーリー〉みたいな状態回復の魔法はどんな風に増幅されるんだろう?
確かあの魔法は毒と暗闇と能力低下のステータス異常を回復出来るんだったな。
結局その魔法を実験したオーダーは失敗に終わったから、魔法の取得も出来なかったんだけど……治せるステータス異常の種類が増えるんだろうか?
ま、今それを気にしても仕方ないか。
大事なのはこれからの移動だ。
ブースターは燃料を補充するまでは使えないんだから、速度に物を言わせて逃げる事はもう出来ない。
例え一体でも遭遇してしまうと命取りに――――
「ギギギギョギギギョギョギギギ」
うおおおおっ!?
何の前触れもなくいきなりグールが現れた!
結構距離はあるけど、確実にこっちを見てる……
ど、どうする?
幾ら量産型、しかも一体のみとはいえ、俺の攻撃が通じる相手とも思えない。
そりゃバズーカの効果を実験するチャンスだけど、同時に生命の危機でもある。
しかもこいつら、仲間との意思の疎通が出来てそうなんだよな。
仲間呼びやがるし。
ここは一旦逃げて、沼地の出口に近付いたところで転送して貰うのがいいのかも知れない。
でも、本当に大丈夫か?
ゾンビ系の敵とはいえ、さっきの追いかけっこの感じでは相当移動速度早いぞコイツ等。
ブースターがない状態で、簡単に逃げ切れるのか?
……まずは足を止めてみるか。
1発ぶちかませば、例えノーダメージでも警戒くらいはしてくれるかもしれない。
俺の使用できるユグドマの中で、ゾンビ系への特効が期待出来るのは炎系の初級攻撃魔法〈プラム〉くらい。
Lv.12の実証実験士なんてそんなもんだ。
でも、今はそれを使うしかない。
やり方はネクマロンから教わってるし、それを実践するのみだ。
幸い、このグールは加速すればそこそこ速く動けるけど、初動のモーションは遅い。
こっちに接近してくる前に攻撃は出来そうだ。
まずは腰を落として、DGバズーカを肩に担ぐ。
砲口の角度を固定したら、次はユグドマ〈プラム〉の発動だ。
……お、バズーカが光った。
魔法が補填された証だ。
あとはトリガーを引いて、ぶっ放す――――
ボッ。
そんな擬音が聞こえた瞬間、眼前で火花が散った。
魔法の炎じゃない。
突然、そして余りにも予想とかけ離れた光景に、思考がショートしたような感覚だった。
炎。
炎。炎。炎。炎。炎――――炎。
いつ着弾したのかさえ認識出来ない、圧倒的出力速度。
まるでレーザーのようだと表現しようにも、軌道さえ見えないのだから偽造でしかない。
音だけは聞こえた気がする。
でも余りにも大き過ぎる爆発音で、耳がやられてしまったようにも思う。
だから正確な音量はとても把握出来ない。
頭に残っているのは『ボッ』という小さな音だけ。
もしかしたら、バズーカの発射音か何かだったのかもしれない。
何にせよ――――俺の放った炎系の初級攻撃魔法〈プラム〉は、DGバズーカの増幅効果を得て、前方を火の海に変える殺戮兵器へと変貌した。
10年前の世界ではユグドマの研究も盛んで、炎系の攻撃魔法は3段階目の〈プラムトロワ〉まで開発されていた。
高レベルの実証実験士とクエストで一緒になった時、その〈プラムトロワ〉を使うところを見せて貰った事があったけど、今のはそれより遥かに強力……だと思う。
少なくとも外見上は。
恐るべしDGバズーカ。
こんな物をサクッと作れてしまうテイルは、もしかして神レベルの研究者なのでは……
「ギギギョギギョギョギギョ」
――――けれど、そんなテイルが俺達に頼らざるを得ない状況なのも、目の前のグールを見ればわかる。
……効いてない。
あれだけ爆発的な威力の炎魔法を食らっても、原型を留めている上に構わず前進してきた。
覚悟はしていたけど……あれだけ強力で、しかも弱点を突いた筈の魔法でも通用しないとなると、打つ手なんてない。
どうする?
逃げ回るにしても、体力が持つか……?
それとも、他のユグドマを使ってみるか?
例えば回復魔法の〈ニュウ〉なら、ゾンビ系の場合効果が反転してダメージを与えられるかもしれない。
でもさっきの〈プラム〉より格段に威力が勝るとも思えないし、普通に回復されたら目も当てられないな……
他に使えるユグドマは……毒を与える〈プワゾ〉、毒を回復させる〈デザント〉、物理防御力を一時的に上げる〈ジュシス〉、あとバーサーカー状態になる〈ベルセルク〉か。
〈ジュシス〉以外は役に立ちそうにないし、かといって俺が防御力アップさせたところで意味は薄そうだ。
いや……待てよ。
〈ベルセルク〉は使えるかもしれない。
当然、今の俺がバーサーカーになったところで、あのグールに攻撃が通用するとは思えない。
なら……
あのグールをバーサーカー状態には出来ないだろうか?
10年前だと、〈ベルセルク〉みたいな自分一人に効果を発揮するユグドマを敵に向かって使うことは出来なかった。
使った瞬間に自分の身体に魔法が浸透する、そんな感覚だったからな。
でもDGバズーカを使えば、少なくとも敵に向かって撃つ事は出来る。
グールが加速を始めた。
ノロノロ動きなのはここまでだ。
……やってみるか?
もし上手くバーサーカー化出来れば、攻撃力と攻撃性こそ増すけど、頭に血が上った状態になるから避けやすくはなるし、『仲間を呼ぶ』『縄張りへ戻る』等の行動も封じる事が出来る。
元々一撃食らえば終わりなんだからデメリットはない。
仮にダメでも、テイルから転送して貰えば、即死は回避出来るし。
どの道、他に選択肢はない。
〈ベルセルク〉使用――――よし、上手くバズーカに補填された。
「ギョギギョギョギギョギョギョ」
「元々脳みそは腐ってるんだろうけど……これで更に頭おかしくなっちまえ!」
射出――――直撃!
攻撃魔法じゃないから派手な爆発とかはない。
緑色の光が放たれ、グールは回避する様子もなく光に包まれていった。
さあ、どうなる……?
「ギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョ!」
よし、明らかに挙動が変わった!
集中しろ。
直線的に、単純にこっちへ突っ込んでくる筈だ。
攻撃を躱して回り込み、ダッシュで逃げる。
仲間さえ呼ばれなければ一対一の追いかけっこ。
なんとかなる筈――――
「ギョギョ! ギョ! ギョ! ギョギョギョ! ギョギョ! ギョ! ギョ!」
……なんだあいつ?
こっちに向かって来るどころか、その場で踊り始めたんだが……
ゾンビ系って、バーサーカー状態になると踊るの?
初耳だし、そもそも事前に得られる知識でもないけど……どういう原理?
「ギョ! ギョ! ギョギョギョギョ! ギョギョギョギョギョギョ!」
よくわからないけど、今のうちに逃げられそうだ。
……驚いたな。
どうしようもない、手の打ちようがないと思っていたこの時代のイーターも、何かしら普通と違うアプローチで戦ってみたら、意外となんとかなる。
これが今後の光明になるのかどうかはわからないけど……
その後――――
何度かイーター達と遭遇したものの、〈ベルセルク〉の使用とテイルの転送を駆使した離脱作戦でやり過ごす事に成功。
砂漠地帯もどうにか切り抜け、俺達は無事ミネズス村へと辿り着いた。
そこは――――俺達が予想していた『寂れた村』とは全く異なる、とんでもない場所だった。
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