4-12

「こちらです。どうぞ」


 案内されたフロアは、ビルの2階。

 長いテーブルを幾つも連ねていて、その上に16インチのテレビ、そしてハードが無数に並べてある。


 ハードの種類は一目見ただけで豊富だとわかる。

 柳桜殿、ボイシー、更には一時ハード業界から撤退するって噂もあったけどゲーミフィアで見事復活したゲイスの物まで、歴代の据え置きゲーム機が勢揃いだ。


 ソフトは反対側の壁際に並んだカゴの中にあるらしい。


 昔のソフトは『ROMカセット』と呼ばれているタイプのもので、携帯用ゲームのソフトであるカード型に近い。

 ただしカード型よりかなり大きいから、スペースは円盤のソフトと同じくらい食う。


 そのソフト群が、無造作に、そして剥き出しの状態で詰まれている様は、まさに『友達の家』の再現。

 成程、参考になる。

 ミュージアムのレイアウトはちょっとお行儀良すぎるのかもしれない。


「どのハードも自由に遊んで頂いて構いませんが、30分以上遊んでいる場合は、他のお友達の方がご所望なされた際にお譲り頂ければ幸いです」


「わかりました」


 何しろ、こっちは新参も新参。

 ルールを守るのは勿論の事、場の空気を乱さないようにしないと。


 周囲には日曜という事もあってか、既に20人以上の『お友達』がいる。

 年代はかなり幅広く、明らかに10代前半の子もいれば、50代くらいの人もいて、プレイしているハードもバラバラ。

 年配の方なのに今年リリースのゲームをプレイしていたり、明らかに俺等と同世代なのに80年代や90年代のゲームで遊んでいる人もいる。


 ただ、共通点が一つ。

 新参の俺達には目もくれずゲームに夢中になってる彼等の瞳は、眼前のテレビ画面を見ているというより、その遥か遠くを眺めているように感じられる。

 きっと、ゲームで遊んでいる時の俺もそうなんだろうな。


「……」


 一方で、今この空間に向けて目を輝かせている人もいる。

 意外にも水流は最新のゲーム機よりも昔のハードに興味があるらしく、丁度今から10年くらい前に流行っていた、一世代前の『アルファ We』や『ユートピア4』を凝視していた。


「最初に買ったハードって、やっぱりこの辺?」


「え……あ……ううん。違う」


 水流は我に返ったようにビクッと身体を震わせ、慌てて否定した。

 懐かしんでいるみたいに見えたんだけど、違ったか。


「ごめん。自分のことってあんまり話したくないっていうか……自分語りって一番嫌われるよね? ネットでもそうだし」


 寧ろ、ネット上限定で嫌われてるような気がするけど……


「俺は別に、人の生い立ちとか過去とか聞くの嫌いじゃないけど。バックボーンわかった方がキャラに厚み出るし」


「何それ? それゲームとかのキャラの話じゃん」


 ようやく――――水流は笑顔を見せた。

 出会う前から倒れてたり、異常な振動を見せたり、ずっと不安定だった水流が、やっと。

 ここに来て良かった。


「……でも、やっぱりごめん。自意識過剰なのわかってるけど」


「いやいや。こっちこそ不躾なこと聞いてゴメンね。取り敢えず座ろっか」


 アルファ Weの置いてある所の椅子に二人、荷物を下ろす。

 水流の持って来ている鞄には、キャラクターもののストラップが付いていたけど、それが何のキャラなのか俺にはわからなかった。


「Weでやった事あるゲーム、ある?」


「3Dでも出てるヤツなら、幾つか」


 3D……携帯用か。


「なら、ド定番のプラムカートは?」


 看板キャラクターのプラムをはじめ、柳桜殿の人気キャラクターが集結してコミカルなカートを操縦し、様々なギミックのあるコースでレースを行う大人気シリーズ。

 老若男女どの年代、性別からも支持を集める無難オブ無難なチョイスだ。


 でも、MMORPGを好んでやってるようなプレイヤーには――――


「プラカーは……あんまり」


 案の定、微妙な反応だった。

 ならもう一つの定番はどうだ。


「クリーチャーハントは?」


 ハンティングアクションゲームの代名詞でもあるクリハン(略称)なら、MMORPGとの親和性は高いだろう。


 ただし、アクションの苦手な俺には鬼門だったりする。

 このゲームで一番大事なのは、敵の攻撃を回避する事。

 その為には、全ての敵のモーション(予備動作)を覚えるのが必須だ。


 このモーションってのは、クリハンに限らず格闘ゲームなどの敵と戦うアクションゲーム全般において、判定(攻撃が当たる箇所・範囲)や発生(ボタン入力と出力のタイムラグ)、持続(攻撃効果の継続時間)、硬直(攻撃終了から次に操作出来るまでのタイムラグ)と並び重要視される。


 一人で遊ぶ分にはそこまで神経質にならなくても良い。

 攻略出来ようが出来まいが、全部自分の責任だから。


 けれど協力プレイは別。

 特にクリハンの場合、敵のモーションを覚えておかないと簡単に倒されてしまうから、協力プレイでモーションを覚えていない敵と戦うとなると、確実に足手まといになってしまう。


 ある程度の技術と知識さえ身に付けていれば、協力プレイはとても楽しいものになる。

 自分1人では体験出来ないような達成感が味わえる。

 でもアクション系のセンス皆無の俺は、足手まといになる恐怖と常に向き合わないといけない辛さの方が先に立ち、この手のゲームからは距離を置いている。


「普通のクリハンは苦手。デザインが可愛いのはやった事ある」


「ああ、割と最近出てたね。確かクリハンワンダーランドだっけ」


「でも、こんな所まで来てクリハンはないじゃん? どうせならもっと珍しいのがよくない?」

 

 俺の顔が引きつったり弱気な表情になる事はない筈だけど――――水流は俺の乗り気じゃない空気を感じ取ったのか、そんなセリフと共に率先してソフト漁りへと向かった。


 ……助かった。

 結構トラウマなんだよね、クリハン。


 まだ知識のなかった小学生時代、お試し感覚で協力プレイしてみたら、えらく口の悪いヤツがいて、散々罵られたんだよな。

 思えば、オンラインゲームから距離を置いていたのは、あれが原因だったのかも。

 

 なんて黒歴史を発掘してる場合じゃない。

 俺もソフトを探そう。

  


 ……で、それから。


「先輩、そっち塗って。そこからずーっと先まで。だから、ずっと先まで。もっと!」


 今も大人気の定番シューティングゲーム『スミスプラッシュ!』をオフラインプレイで楽しみ――――


「先輩! 攻撃全部単発じゃん! コンボ! 繋げないと!」


 今も大人気の定番対戦型アクションゲーム『クラッシュパルズ』で対戦プレイを楽しみ――――


「先輩? 今その『びょうどういんほうカード』を使ったらどうなるか……わかってるよね? 先輩の家が放火されても文句言えないよね?」


 近くの客を2人迎え入れ、友情破壊ゲームの定番『金太郎電通』を楽しみ――――


「すいません、そろそろ閉店時間なので……」


「「あ」」


 気付けば、水流の門限時刻まで夢中で遊んでいた。





「――――だから! 違うってば、もう」


 東京の夜は、田舎と違って異様に明るい。

 あの夜間独特の張り詰めた空気も、ここにはない。


 そんな非日常を肌で感じつつも、年下の女子を門限までに帰せなかった事への罪悪感に身を焦がしていた俺は、東京駅の壁にもたれながら家族とSIGNでやり取りしている水流の声をビクビクしながら聞いていた。


「あーもう……一時間くらい別に良いじゃん。そんなに娘が信用できない?」


 な、なんか荒れてるぞ。

 なんてこった、これが原因で家族が不仲になったら、俺は一体どうお詫びすれば……


「あーもう! わかったって、しつこい! はいはい……っと」


 それでも、最後はどうにか丸く収まったらしく、水流は安堵の表情でスマホをしまった。


「ど、どうだった?」


「フツー」


 どう見てもフツーな感じじゃなかったけど……

 とはいえ、彼女にとっては本当に普通の家族とのコミュニケーションだったのかもしれないし、野暮なツッコミは止めておこう。


「じゃ私、地下鉄だから。お疲れです」


「あ、うん。お疲れ様でした」


 ガメズでの盛り上がりは何処へやら。

 実にアッサリとした口調と態度で、水流は駅の中へ消えていった。

 本当、"消えた"って表現がしっくり来る人の数だ。


 ……俺、ちゃんと家に帰れるかな。


 最後は呆気なかったけど、トータルで考えたら有意義な一日だった。

 お互い相手をスタッフだと疑った挙げ句のリアルエンカウントだったけど、その誤解が解けただけじゃなく、エルテ――――水流の人となりがわかったのは収穫だ。


 特に、家庭用ゲームを楽しめる人だったってのはかなり大きい。

 話も合うし、仲間として申し分ない。


 とはいえ、俺が彼女にどう見られたかはわからない。

 門限を破らせた痛恨のミスもあったし、次のログインの時にはしれっと無視されるかもしれない。

 もしそうなれば、収穫どころか大失敗だよな――――


「……っせ、先輩……!」


 黄昏れていた俺の前に突然、息を切らせた女の子が現れた。

 突然の事に驚いた――――なんて言うつもりはない。


 実はほんの少しだけ、期待していた。

 だからこうして、ホームにも向かわずに待っていたんだ。


「帰りの電車、暇じゃない?」


「うん。暇」


「だったら、もう少しだけ話、しても良い? これで」


 息を整えながら、水流はスマホを掲げていた。

 良かった、思いは同じだった。

 俺も、もう少しだけあのガメズでの熱気の余韻に浸りたかったんだ。


 今のこの時代、家庭用ゲーム好きと出会う機会は少ない。

 勿論、ネットを使えばそういうコミュニティは幾らでもあるから、会話するだけなら難しくはない。

 でもこうして直に会う人とそういう話が出来るのは、もう今後ないかもしれない。


 多分、水流も同じ気持ちだった……と思う。


「ID交換しよっか」


「……うん!」


 終夜と出会った時とはまた少し違った感覚。

 まるで冒険の途中、新しい仲間が加わった時のような充実感と共に、俺は少しだけ慣れつつあるQRコードの表示に着手した。

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