4-11

 水流と会う――――つまり東京に行く事が決定した時、俺の頭の中に一つの場所が即座に浮かんできた。

 それはかねてから、機会があれば行ってみたい場所だった。


 スカイツリーやお台場といったメジャーな観光スポットとは違う。

 有名なアミューズメントパークでもない。

 知る人ぞ知る、まさに穴場という表現が相応しい店だ。


「あの、何処に行くかそろそろ教えて貰っても良いですか」


 強引に連れ出し、しかもタクシー乗り場で止まった俺の行動に不信感を募らせたのか、元々目付きがよくない水流の人相が更に怖く、嫌悪感を帯びたものになっている。

 口調も丁寧語に戻っていた。


 ……流石にこの状況で『着いてからのお楽しみ』って訳にはいかないか。


「水流さんって、コンシューマもやる?」


「え? ……ちょっとは」


 やっぱり。

 待ち合わせ用のアイテムとしてゲーミフィアを提案したのは俺だったけど、その時にアッサリ了承してくれた時点で、なんとなく察しは付いていた。


〈アカデミック・ファンタジア〉はスマホでも出来るから、これをプレイする為に敢えてゲーム専用機であるゲーミフィアを購入する必要はない。

 持ち出しを即了解した時点で、身内や友人から借りる算段だったとも考え難い。


 となると、彼女自身が所持していて、しかも家庭用ゲームも多少はプレイしている可能性が高い。


「ジャンルは?」


「特定の、っていうのはないかな。キャラが可愛いのが好き」


 喋り方が戻った。

 ゲームの話題を振ったのは正解だったらしい。


「なら良かった」


 ちょうどそのタイミングで、目の前にタクシーが停まる。

 後部座席に乗り込み、水流に教える代わりに運転手に対して行き先を告げた。


「『ガメズ』にお願いします」





 ガメズ(GAMES:Game & Anime Most-Enjoy Store)――――東京限定で展開しているキャラクターグッズ専門店。

 アニメ・ゲームなどのキャラクターグッズや映像関連、CD等を販売しているホビーショップだ。


「ここか……」


 外装は、ごく普通の細長いビル。

 ホビーショップ特有の、入り口の畳みかけるようなアニメ関連広告ラッシュやマスコットキャラクターのお出迎えは一切なく、平凡なフォントで店名を記した看板があるのみ。

 のぼりやポップさえも全くない。


 その店を前に、俺は東京駅に着いた時以上に自分が東京に来た事を実感した。


 キャラクターグッズ専門店という肩書きは、あくまでも表向き。

 このお店の真骨頂は他にある。


 商品を一品でも購入すれば、店内で好きなだけ家庭用ゲームをプレイ出来る――――そんな夢のような施設だ。

 

 ゲームセンターのアーケードゲームではなく、家庭用ゲームの専用機を店内に置いて客にゲームをさせる施設は、ごく僅かながらかつて存在した。

 ただ、それを主目的とした商業施設は著作権の侵害に当たるという事で、大手とされた店が警告を受け、他の店共々撤退する運びとなった。


 ……実のところ、ウチのカフェもミュージアムに保管してあるゲーム機で客にゲームを楽しんで貰おうとした時期があった。

 でも警告の件がニュースで流れた瞬間、直ぐに計画を取り止め。

 タイミング次第ではウチが警告の対象になったかもしれない。


 そういう経験をした身としては、このガメズというショップの存在を知った時、かなり驚いたのと同時に『おいおいマジですか、許されるんですか』とも思った。

 でも結論から言えば、彼等の商売はシロと見なされている。


 理由は単純。

 ゲームをプレイさせるのが主目的じゃないからだ。


 この店では、客が望めば店員と『ゲーム友達』になれる。

 そして、ゲーム友達になると、店の奥にある休憩室(という名のフロア)で、店員の私物であるゲーム機とソフトで遊べるようになる。


 利用者がwhisperで呟いた情報によると、レトロゲーから近年の人気作まで幅広く取り揃えているとのこと。

 そういう意味でも穴場って訳だ。


 ただ、俺はそこで珍しいゲームや最新の作品を遊んでみたいって訳じゃない。

 やってみたいゲームの大半はプレイ済みだし。


 このガメズは、ウチのカフェにとっての理想像なんだ。


 全国展開している訳じゃない。

 超有名って訳でもない。

 だけど、ゲームファンの間では神スポットと言われるくらい親しまれていて、特にレトロゲー愛好家に絶大な人気を誇っている。


 まさにウチが目指しているポジションだ。


 そういうショップが、どんなゲームを置いているのか。

 これはミュージアムの展示やコラボメニューの選定においても、かなり参考になる。


 今年や去年発売したゲームの中で、どのタイトルが人気なのかはネット上の情報である程度把握出来る。

 でも、レトロゲーマニアの間でキてるタイトルは中々リサーチが難しい。

 そういう事情もあって、一度は訪れてみたかった場所だ。


「水流さん、ここ来た事ある?」

 

「ううん。名前は知ってるけど……この辺は滅多に来ないし、入ったことない」


「俺もなんだよね。入りたいって思った事は?」


「……あるかも」


 やや照れつつも、水流は興味津々って感じで目の前の店舗を凝視していた。


 ゲームハード群雄割拠の時代、中学生が複数のハードを取り揃えるのは余程のお金持ちの家じゃないと無理。

 今年はゲーミフィアだけじゃなく、柳桜殿のアルファ3D、ボイシーのユートピアQでそれぞれ大ヒット作が出ているけど、それらを全部プレイするのはかなり厳しい。 

 でもここなら、たった数時間、それも自室のリラックスした環境下じゃないという条件ではあるものの、取り敢えず持っていないゲームを遊べる。


 ゲーム好きなら、ここに来て気分転換にならない筈がない!


「でも、ここって確か何かグッズを買わないとゲーム出来ないんじゃ……」


「ちょうど妹にお土産買ってくるようせがまれてたんだ。一石二鳥ってヤツだね」


 これは事実。

 向こうは1/12フィギュアかA2タペストリー、こっちは缶バッジを……と主張し合った結果、クリアポスターで話がまとまった。

 1,000円前後の出費になるけど、それくらいなら致し方なし。


「だからお金の心配は不要。そんじゃ入ろっか」


 漲る期待を抑えきれず、水流の返事も待たずに入店。

 幸い、水流も黙ったままではあったけど重くない足取りでついて来た。


「いらっしゃいませ」


 対応した店員は、口の上下に髭を蓄えた30前後の男性だった。

 声のトーンはやや低く、落ち着いた口調。

 この時点で既に勉強になる。


 一方で、店内のレイアウトは特に目立った特色はなく、狭いスペースの中に数多くの棚を配置し、グッズ各種を陳列してある。

 乱雑な印象もあるけど、それ以上におもちゃ箱をひっくり返したようなワクワク感があって、この雰囲気は嫌いじゃない。


 とはいえ、この内装はカフェには参考にならない。

 さっさと買い物を済ませてゲームエリアに入ろう。


「すいません、『Fortune』のクリアポスターってあります? 小さめの」


「はい、ございます。A3でよろしいでしょうか?」


「大丈夫です。できれば背景までしっかりあるのが良いんですけど」


「高カロリーな品物ですね。ありますよー。こちらへどうぞ」


 幸い、来未の所望していたポスターは確保出来そうだ。

 そんな安堵感で胸を撫で下ろしていた俺を、水流は若干引き気味に見ていた。

 Fortuneのポスターを買うのって、そんな恥ずかしい行為じゃないと思うんだけどな……


 とはいえ、Fortune(正式名称:Fortune Heat Haze)はオリジナルのゲームが18禁……要するにエロゲだったから、それを知ってるのなら白い目で見る理由には一応なるか。


 でもなあ……今やFortuneってスマホゲーの最高峰だし、もうその当時の印象って皆無だと思うんだけど。

 リアルタイム世代の親父でも、その頃の記憶はとっくに上書きされたって言ってたし。


 ってか、親子でエロゲについてアレコレ会話してる家庭って一体……


「こちらになります」


 自分の生い立ちに絶望しかかっていたところに、店員の穏やかな声が現実へ引き戻してくれた。

 馴れ馴れしさは微塵もなく、それでいて突き放すような冷たさもない。

 俺もいずれ、表情を作れるようになったら、こういう接客をしてみたい。


 幸い、来未が欲しがっていたキャラのポスターは早々に発見出来た。

 ただし――――


「……マジか」


 人気投票で常にTOP3に入る男キャラらしい……が、何故か上半身は裸。

 しかも下半身はブーメランパンツという、狂気じみた格好だ。


 これを男に買わせようという発想が既にイカれてるぞ、妹! おいコラ妹!


「……」


 ああっ、水流さんの目が白どころか永久凍土に!

 事前に妹に買う事は言ってたから変態扱いはされてないだろうけど、殆どセクハラだよな……コレ。


「やっぱり『コン♪マイ』のグッズにしよう、うん。妹そっちも好きだし、うん」


「や、私なら大丈夫なんで。どうぞ」


 知り合って間もない後輩に気を使われてしまった……

 来未、後で泣かす。

 この土産を目の前で破り捨ててやろうか。


 そんなブラックな思想に取り憑かれたまま、会計を済ませ――――


「ちょっと先輩。アレは? ゲーム」


 不意に水流が焦ったような声で何か促してくる。


 ゲーム?

 ……あ、そうだった。

 来未の爆弾の所為で頭から抜け落ちてた。


「すいません、友達になって貰っていいですか?」


「はい。では友人となった証に、わたくしのプライベートルームに御招待します。ただし持ち出しは禁止事項ですので、御勘弁を」


「了解しました」


 ここでゲームをするには『店員と友達になりたい』と言わなくちゃならない決まりがある。

 若干の気持ち悪さはあったものの、ここに来た主目的を果たす為だ、それくらいは仕方がない。


 にしても、水流……もしかして俺よりノリノリなんじゃないか?

 

「……」


 そう訊ねようとしたけど、露骨にそっぽを向いていたんで聞かない事にした。


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