4-10

「お取り込み中、申し訳ございません。照り焼きバーガーセットのお客様は……」


 ――――イイ感じで話がまとまりホッとしていたのも束の間。


 すっかり周りが見えなくなっていた俺等は、店員が傍でずっと機を窺っていた事にさえ全く気が付いていなかった。


「す、すいません」


「いえ、ごゆっくりどうぞ~♪」チッ


 去り際、何か聞こえた気がしたけど……聞かなかった事にしておこう。 


「春秋さん」


 ゲンナリする俺とは対照的に、水流は余り感情の乗っていない表情で俺の顔をじっと見据えていた。

 テンパらない限りはクールな子……って事でいいんだろうか。

 なんというか、絶妙に掴み所のない女子だな。


「失礼ですけど、年齢聞いてもいいですか?」


「全然良いけど。えっと、15。高校一年」


「あ、やっぱり先輩でしたか。それじゃ春秋先輩って呼びますね」


「呼びやすい呼び方で良いよ。敬語じゃなくても構わないし」


 表情の作れない俺にとって、洞察はとても重要なスキルだ。


 初対面の相手に常に真顔というのは、どうしても相手に違和感を持たれてしまうし、場合によっては不快感を与える事もある。

 もしそう思われたなら、誤解を瞬時に解かなくちゃならない。

 その為には、常に目の前の人物の感情に対して敏感じゃなくちゃいけない。


 そういう生き方をずっとしてきたから、水流が今抱いている感情にもある程度は予想可能。

 彼女は今、俺に対して……というより、自分自身に対して窮屈に感じている。

 多分、普段使い慣れていない言葉遣いなんだろう。


「でも、年上の人に失礼じゃ」


「エルテはシーラに対して普通にタメ口だったろ?」


「現実とゲームは違いますから」


 あれま、そういうものなのか。


 いや、俺も勿論そう思うし、全く異論はない。

 ただ俺とは違ってオンラインゲームをやり込んでいる人は、ゲーム内の関係性は兎も角として、言葉遣いくらいは同一化したがるものだと思っていた。

 いちいち切り替えるの面倒そうだし。


 でも、どうやら的外れな先入観だったらしい。


「ただ、その方が春秋先輩の気が楽で良いのなら、そうしますけど」


 ……そうでもなかったらしい。


 素直じゃないというか、少し捻くれた性格なのかもしれない。

 ある意味、ようやくゲーマーらしいゲーマーと出会えた。

 終夜もブロウも、そしてソウザもアポロンもやたら素直というか、眩しいくらい性格良いからなあ。


「じゃ、なしで。妹いるから、タメ口の方が自然に入って来るんだよね」


「ならそうします」


「お願い。ちなみに何歳差?」


「1歳。中三」


 そう答える水流は、破顔こそしなかったものの、露骨なくらい気負いが取れた様子だった。


 でも、よくよく考えたら当然か。

 向こうにしてみれば、年上の見知らぬ男と外で会話してるんだ。

 気負わない方がおかしい。


「春秋先輩は、どうやってあっちのアカデミに入ったの?」


 案の定、すっかり落ち着いた水流はエルテを思わせる遠慮のなさでズバッと切り込んできた。

 思わずドキッとする。

 内容の問題じゃなく、初対面の年下の女子にこういう言葉遣いされると、なんだろう……なんかゾクゾクするな。


 敬語を使わせないようにした1分前の俺、よくやった!


「……」


 身悶えてた俺に、不審者を見るように冷然とした視線が。

 これはマズい、早く感情を切り替えよう。


「俺は、フィーナって名前のキャラに何も知らされないまま連れて行かれたんだ。それまでは〈裏アカデミ〉……勝手にそう呼んでるんだけど、あんな世界があるなんて一切知らなかったから、驚いたよ」


「そうだったんだ。なら、私とは少し違うね」


「そうなの?」


「うん。私はゲームの中でスカウトされたから。『10年後の世界に来て欲しい』って」


 意外と言えば意外、でも納得と言えば納得の事実。

 実際、その方がまだ自然な導入だよな。

 少なくとも事前に何も知らされないまま、あんな恐ろしい敵が蔓延るフィールドに放り出されるよりは健全だ。


「でも、そのキャラはフィーナって名前じゃなかったよ。確か……ソウザ、じゃなかったっけ」


 ……は?


「ちょ、ちょっと待って。ソウザって今言った?」


「うん、言った」


 落ち着け。

 ……落ち着け俺。

 

 ソウザって名前は、ブラジル人やポルトガル人の名前として現実にも存在している。

 決して創作オンリーの稀有な名前って訳じゃない。

 偶然被っている可能性も、ゼロとは言えない。


「そのキャラ、どんな格好してたか覚えてる? 銀髪で優しい顔立ちのイケメンとか?」


「そう。そんな感じ」


「……マジかよ」


 流石に容姿まで一致したとなると、否定する訳にはいかない。


 ソウザは――――優しく気配りしてくれたあの青年は、スタッフが操作していたのか?

 俺は騙されていたのか……?


 でも、だったらなんで俺はソウザじゃなくフィーナに誘導されたんだろう。

 驚愕の事実が判明したものの、却って謎が増えた。


「何? まさか知り合い?」


「ああ、そのまさか。ってかラボ仲間」


「そう」


 リアクション薄!

 でも、向こうにしてみたら意外性を感じる理由もないのか。

 ソウザがスタッフとして他のプレイヤーと交流を図っていたのは想像の範囲内だろうし。


「……で、そのソウザがなんて言って〈裏アカデミ〉に誘ってきたの?」


「『10年後の世界に行って欲しい』って。何かのクエストかイベントって思って、受けてみた」 


「それからCチャットで一時間?」


 コクリ、と控えめに水流は頷く。

 10年後の世界へジャンプする方法自体は不動らしい。


「急にあんなグラフィックになったから、驚いたよな」


「そう。結構いろんなゲームやってるけど、あんなの初めて」


 オンラインゲーム熟練者でも、あの変化には驚くよな。

 全く別の世界、それも正統進化した世界に来たんだと本能に訴えかけてくる。

 きっと終夜父の狙いもそこにあるんだろう。


 これまでプレイしていたあの〈アカデミック・ファンタジア〉はなんだったのか……と思わせる為の、究極のギミックだ。


「そっか。経緯は少し違うけど、立場俺やしゅ……リズと同じなんだな」


「だと思う」


 会話が続いた事で多少はリラックスしたのか、水流はドリンクに手を伸ばした。

 表情は相変わらず堅いままだけど、元々感情表現豊かなタイプじゃないんだろう。

 俺としては、その方が接しやすい。


「ならホッとしたよ。いきなり『世界樹の支配者』とか言い出すからさ。てっきりラスボスか何かと思ったよ」


 そんな友好的な感情もあって、つい軽口など叩いてみる。

 実際、どういう意図でアレを言ったのかは気になっていた。


 危ない奴を演じて、追ってきた俺を遠ざけようとしたのか。

 若しくは、自分が『世界樹の支配者』というNPC側のキャラだと主張する事で、俺の正体を見極めようとしたのか。


 もし俺がスタッフ側の人間だったら、『もしかしてこっち側の人?』とか『そういう役職はプレイヤーに与えていない』なんて感じで、ウッカリ口を滑らせた可能性がある。

 というか……即座にログアウトした俺の当時の行動も、エルテというキャラが何者なのかをデータベースで確認しに行くスタッフと疑われかねないな。


 そうか、あの時点で水流は俺をスタッフだと確信したのか。

 俺の会いたいという懇願に応じたのも、それが伏線だった――――


「……ん?」


 などとアレコレ考えていると、頭にポツンと何か水滴のようなものが落ちた気がして、思わず手を乗せてみる。

 確かにその箇所は濡れていた。


 黒い液体で。


「~~~~」


 ああっ!?

 水流がまたガタガタ震え出してる!?


 しかも今回はドリンクの容器を持ったまま。

 中身のコーヒーがテーブルの周辺に四散するというとんでもない事態になっていた。


「お客様!? どうなされました!?」


 今度は流石に店員も飛んできた。

 それでも水流は縦揺れを止めない。

 動揺の極地なのか、完全に我を忘れている。


「汚してすいません! 直ぐ出ますんでお会計お願いします!」


 こういう時の店員の気持ちは良く知ってる。

 アレコレ言い訳や弁明をするより、一刻も早く立ち去って欲しい筈。


「は、はい。ゴールデンバーガーセットと照り焼きバーガーセットで1770円です」


 あらためてゴールデンバーガーセットの値段に驚嘆しつつ、1000円札を2枚出し――――


「お釣りはいいです! ごちそうさまでした!」 


 逃げるようにハンバーガーショップを後にした。

 勿論、水流の手を引っ張って。


「……っと」


 ただ、流石は東京駅。

 歩く人の群れは容赦なくハイレベルな障害物と化し、スムーズに逃げる事さえ出来ない。

 そんな田舎者の俺を嘲笑うかのように、営業と思われるサラリーマンの方々はしなやかな動きでスルスルと隙間を抜けて行く。


 これが……東京……

 達人の巣窟……!


「あの、もう大丈夫だから」


 圧倒され立ち竦んでいた俺は、その気まずそうな声でようやく気が付いた。

 水流の揺れが収まっていた事に。


「あ、ゴメン」


「違う、悪いのはこっち」


 謝らないで、と訴えてくる水流の目は、微かに潤んでいるように見えた。

 まだ完全に立ち直ってる訳じゃないらしい。


 ……にしても、なんで突然あんなガクブル状態に?

 自称"世界樹の支配者"が彼女的にとって黒歴史で、それを俺が蒸し返した所為だろうか。

 そもそもなんでそんな自称をしたのかは謎だけど。 


「迷惑かけてゴメンなさい。お店にも……」


「あれくらいは問題ないよ。多分」


 客がドリンクを零すのなんて、ごく普通に起こる出来事。

 トラブルでさえない。

 それを迷惑なんて思ってたら、飲食店で働くなんて到底無理だ。


 とはいえ、俺は働く側だからそう思う訳で、水流はそう楽観視出来ないだろう。

 案の定、震えこそ止まったけど顔色は良くない。


 こういう時、自分の欠陥が浮き彫りになる。

 表情のない俺には、今の水流を安心させる事が出来ない。

 どんなに気の利いた発言をしたところで、笑顔を添えなきゃ『どうせ心の中ではそう思ってないんでしょ?』と取られるだろう。


 ……だったらこの際、割り切ってみるか?

 どうせ有効打は期待出来ないなら、メチャクチャやったれの精神で。


「水流って、門限とかある?」


「え? えっと、夜ご飯までに帰れば……6時くらい」


「OK。行こう」


「な。ちょっ――――」


 俺には彼女を落ち着かせたり、笑わせたりは出来ない。

 ならそれが出来るもののある所へ行こう。


「行くって、何処に?」


 不安で声が震える水流に、俺は敢えて行き先を告げないまま、その場所へと向かった――――

 

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