4-9

 幸いにも貧血の程度は軽かったらしく、エルテ(の中の人)は直ぐに回復。

 ちょうど昼飯時という時間帯だった為、構内のハンバーガーショップで昼食を摂る事にした。


 山梨にも無数にある、おなじみのチェーン店……の筈なんだけど、見慣れた店内とは全く違う様相を呈していて、妙にポップでオシャレな内装になっている。

 こんなところでも格差を思い知らされてしまった。 


「……」


 そんな若干肩身の狭い空間で2人用の小さなテーブルを挟み、俺とエルテは向き合っていた。


 ゲーム内では16ものテールをぶら下げた特異な髪型だったけど、本人はそれと似ても似つかない、ごく普通の黒髪ロング。

 ポニーテールですらない。


 一方、容姿は結構特徴的で、まず何より目付きが悪……もとい、鋭い。

 細目じゃないから切れ長って程じゃないけど、一目見たら忘れないくらいのインパクトはある。

 

 ただ、派手さは全くなく、終夜と同じく化粧をしているような感じもない。

 実際にはすっぴんって事はないだろうけど、かなりナチュラルな仕上がりになっている。


 体型はかなり細身で、まだ完全に出来上がっていないんじゃないかと思うくらい華奢。

 服装はネイビーのシャツワンピースで、割とタイトだから体型が外からもハッキリとわかる。

 断定は出来ないけど、もしかしたら来未より年下かもしれない。


「……」


 というか、自己紹介すら始まらない。

 俺としても、どう名乗るべきか正直迷っている。


 何しろ、名前も知らないゲーム仲間と外で会うって事自体が初めての経験。

 こういう場合、キャラクターネームで一貫すべきなのか、本名を名乗ってもいいのか……セオリーが何なのかさえわからない。


 だから向こうの出方を待っている状態だけど、エルテの方も一切言葉を発しないもんだから、注文さえしないまま沈黙が続き、まるでクラス替えした直後の教室みたいな空気が漂ってしまっている。

 

 仕方ない。

 相手がどんな性格なのかさえわからないけど、ここは俺が突破口を開こう。


「身体、もう大丈夫ですか?」


 年齢がわからない初対面の相手には敬語、これは基本だ。


「ご迷惑をおかけしてすいません。もう問題ありません」


 外見のイメージ通り、若干冷たい印象を受ける声で、答えは返ってきた。

 会話を弾ませる気はなさそうだ。


 少なくとも、ゲーム内のエルテとは完全に別人格。

 つまり、キャラクターに自分を反映させないタイプだと推察出来る。

 慎重に接して正解だったかもしれない。


「取り敢えず注文、しましょうか。奢りますから、好きなの頼んで……」


「いえ、結構です。自分の分は自分で払いますから」


「今日会うように依頼したのはこっちだし、それくらいさせて下さい。というか……そうしないと、安いトコに入った意味ないし」


 周りに店員がいないのを確認し、声のトーンを抑え、ぶっちゃける。

 実際、そんな理由でもなけりゃ東京まで来てハンバーガーを食べようとは思わない。


「……」


 気さくに接したのが裏目に出たのか、エルテは黙ったまま俯いてしまった。

 見ず知らずの男に奢られるのは、やっぱり気持ちが悪いのかもしれない。

 

 なら仕方ない、割り勘にしようと――――


「……ご」


「ご?」


「ゴールデンハンバーガーセット……良いですか?」


 あ、一番高いのだ。

 割り勘どころか、そこの葛藤だったんかい。


「勿論。良かったらスイーツもどうぞ」


 パアアア――――そんな擬音が聞こえてきそうな笑顔が咲いた。


 っていかエルテさん、思った以上にチョロくないですか?

 ゲーム内の方がIQ高いような……


 取り敢えず、堅苦しい言葉遣いは解除しても良さそうな雰囲気にはなった。


「ストロベリーサンデー……良いですか?」


「うん。それじゃ食べよっか」


 俺はごく普通の照り焼きバーガーのセットを注文。

 その後、再びエルテと向き合う。

 今度は妙な空気になる前に仕掛けよう。


「あらためて、こっちでは初めまして。シーラです」


「エルテプリムです」


 彼女はクールに名前だけを告げた。


 そして……以後、沈黙。


 俺の方も何喋っていいかわからず、早くも気まずい空気が漂う。


 本来なら、直ぐにでも彼女の正体を突き止めたい。

 ゲームスタッフかどうかを確認したい。


 だけど、出会って間もない相手にいきなり探りを入れるなんて失礼過ぎる。

 というか……来未と同年齢に見える時点で、社会人の可能性は相当薄くなってきた。

 終夜はあくまで例外だし。


「……あの」


「アッハイなんでしょう」


 向こうから口を開くという予想外の出来事に、思わず棒読みで返事してしまった。


「失礼を承知で、お聞きしたい事があるんです」

 

「はい。なんですか?」


「シーラさんって、スタッフの方ですか?」

 

 ……おいおい、マジか。


 いやでも、よくよく考えたらこれは自然な質問だ。


 俺がエルテ(の中の人)をスタッフだと疑ったのは、彼女の言動が怪しかったからだけじゃない。

 あの〈裏アカデミ〉に出て来るNPC――――特にテイルが、明らかにスタッフの操作しているキャラだと思ったからだ。

 もしそうなら、表面上はPCに見えるキャラの中にも、スタッフの操作するNPCが存在しているかもしれない、と。


 でもそれはつまり、俺以外のプレイヤーも同じ見解を示す可能性があるって事。

 なら、俺がエルテにそうしたように、エルテが俺に対して同じような疑いを持っていたとしても何ら不自然じゃない。


「……どうしてそう思ったんですか?」


「やっぱり、そうでしたか」 

 

 あれ?

 俺としては、純粋に俺の言動の何が引っかかったのか聞きたかったんだけど、エルテは俺の返事を肯定と受け取ったらしい。


「まさか、スタッフがNPCどころか普通のPCまで操作しているなんて。信じられません」


「あ、いや、それは……」


「そんな事して、恥ずかしいと思わないんですか?」


 完全にスタッフ側への敵意を露わにしたエルテは、元々余り良くない目付きを更に尖らせ、俺をあからさまに睨み付けてきた。


「あなたを怪しいと思ったのは、私が"キリウス"の名前を聞いてパーティから抜けようとした時です。あんなに直ぐに引き留めに来るなんて、何か裏があるに違いないと思いました」


 急に饒舌になったエルテは、俺の反論を許さない剣幕と勢いで更に畳みかけてくる。


「私は疑われてるんですね。キリウスと何か関係があるって。もしかして、私がキリウス本人だと思っているんじゃないですか?」


 思ってません。

 というか、今ここで名前が出て来るまでキリウスって存在を忘れてました。


 確かキリウスってのは、不正ログインの噂もある難アリのプレイヤーだったっけ。

 テイルがこいつを探すよう、俺達にオーダーを出したんだよな。

 ほぼ強制的に。


「そもそも、特定のPCを探すようなクエストがある時点でおかしいんです。そんなゲーム、あり得ません」


「確かに」


「認めるんですね。あなたがスタッフで、私をキリウスだと……犯罪者だと疑っている事を」


「いや――――」

「お待たせ致しました! ゴールデンバーガーセットとストロベリーサンデーです! ごゆっくりどうぞー♪」


 間の悪い事に、反論しようとした瞬間エルテの頼んだメニューが運ばれてきた。


「……」


 ゴクリ、と喉の鳴る音が聞こえて来そうなくらい、エルテは包装紙が金色のハンバーガーを凝視していた。

 さっきまでの緊迫感はどこへやら。


「先にどうぞ。話の続きは食べながらでも」


「い、頂きます」


 そこは断らないんだな……いや、いいけどさ。


「兎に角、私はキリウスじゃありません。大体、あんな事を任せておいて疑うなんて非常識じゃないですか?」


 包装紙を開けながら、憤怒を隠さないエルテ。

 ただそれは声と言葉に限定したもので、表情は明らかにゴールデンハンバーガーの中身にワクワクしているという顔だった。


「あんな事って?」


「スタッフさんなんですよね? だったら私の事情、知ってますよね?」


「いえ。そもそも俺、スタッフじゃないんです」


「……え?」


 ようやく訂正出来た。

 にしても、事情ってのは一体……


「スタッフじゃ……ない?」


「はい。全然違います。一般人です」


 次の話題について考えていた俺は、目の前のエルテの"異変"に気付くのに少し時間がかかってしまった。

 かかったのは時間だけじゃない。

 ゴールデンハンバーガーの中に入っていたと思われる何らかのソースが、顔に、身体に、至る所に付着した。


 原因は――――


「~~~~」


 急にエルテが物凄い勢いでガタガタと震え出していた!

 勿論地震とかじゃなく、彼女自身が震えている。

 しかも縦揺れだ……!


「えっと、ちょっと、エルテさん? 大丈夫?」


「~~~~」


「一旦落ち着こう! ね!? 一旦! 一旦!」


「~~~~」


 どれだけ宥めても震えが止まる気配なし。

 周囲の客も流石に異変に気付いたのか、驚いた様子でなにやらコソコソ話している。


 一瞬、てんかんなどの病気かもと思ったけど、よく見ると烈火の如く顔が赤い。

 恐らく……完全に正解だと思い込んでクールに話を進めていたが、実は的外れだったという事実に直面し、最大級の羞恥に襲われているんだ。


 なら、止める方法は一つ!


「実は、俺も君をスタッフだと疑っていたんだ! だから同じ穴の畜生!」


「そうなんですか?」


 見事にピタッと震えが止まった。

 遅きに失した感はあるけど、取り敢えず良かった。


「あ、服が」


 流石にソースまみれになったこの惨状には直ぐ気付いたらしく、今度はオロオロし始めた。

 声のトーンとか言葉は至ってクールなのに、メンタルは明らかに豆腐。

 なんというか……ゲーム内のエルテと通じるものがあるな。


「申し訳ありません。弁償します」


「大丈夫。余所行きの服なんてこれくらいしかないから、今日使い終わったら即クリーニングに出す予定だったんだ」


 実際にはそんな予定はなかったけど、そういう事にしておこう。

 じゃないと話が全く進みそうにない。


「せめてクリーニング代だけでも。こんなに迷惑掛けておいて何もしないなんて」


「なら、代わりに情報の共有をお願い出来るかな」


 エルテがスタッフじゃないのは確定した。

 なら、これから交わすのは――――


「共有、ですか?」


「うん。これから一緒にあのゲームを攻略していく上で、色々教えて欲しいんだ」


 仲間としての会話。

 彼女もそう望むなら。


「隠しても仕方ないから正直に言うけど、俺はオンラインゲームの経験が殆どない。でも、俺はあのゲームをクリアしたい。エルテはどう?」


「クリアはしたいです。でも、いいんですか? 私、あなたを疑っていたんですよ?」


「それはこっちも同じ。そういう意味では、感性は近いのかも」

 

 まるで口説いているみたいだと思いつつも、ブレーキを踏むつもりなんてなかった。

 実際、少し嬉しかった。

 俺と同じ視点で、〈裏アカデミ〉に臨んでいるプレイヤーがいると判明した事、そしてこの時間が。


「あらためて、俺とパーティを組もう。エルテ」

 

「……水流瑪瑙です」


「え?」


「水流瑪瑙(ミズル メノウ)。それが今の私の名前です」


 もしかしたら、エルテも――――水流もそう感じていたのかも知れない。


「契約するのに、本名は必要でしょう?」


「……俺は春秋深海。ありがとう、水流さん」


「呼び捨てで構いません。多分、そっちが年上だと思うので」


「じゃ、水流。よろしく」


 こういう時でも笑いかける事が出来ない俺は、やっぱり欠陥人間なんだと思い知らされる。

 でも、水流は怪訝そうな顔一つ見せず、照れた様子でそっぽを向いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る