4-7

 プレノートを使ってこのカフェを盛り上げる方法は?



 そんな難題に直面していた俺は、直ぐそこまで忍び寄っている危機に気が付かずにいた。

 その危機とは――――


「あのー、すいませーん」


 まさかの来客!

 木曜でもないのにこの時間帯に客が来るなんて……!


 常連客じゃないし、恐らくは旅行客。

 想定の範囲外だ。


 来未は二階だし、両親ズはポップ作成に集中していて気付いていない。

 かといって、客前で大声出して呼ぶのも気が引ける。


 仕方ない、愛想がない店員だと思われるのを覚悟して、俺が行こう……

 と思ったけど、俺今私服じゃねーか!


 制服に着替えている暇なんてない。

 何気にピンチかも――――


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 その声は、若干パニック気味だった俺の目の前から聞こえて来た。

 イケボというよりはナチュラルに耳に馴染む、丁度良い高さとテンポの声。

 カフェの店員が発する声の理想像が、そこにはあった。


「は、はい」


「ではこちらへどうぞ。直ぐにメニューをお持ちします」


 明らかに手慣れた様子で、朱宮さんは空いた席に客を誘導している。

 彼も私服だけど、セットアップスーツを若干着崩したようなコーデだから店員として対応しても違和感がない。


 事実、朱宮さんにエスコートされた客も不自然に思う様子は微塵もない。

 それどころか、その余りに洗練された声に思わず高揚したのか、頬を赤らめてさえいる。


 ……と、傍観していてどうする。

 今のうちに両親を呼んでこよう。





「――――ごちそうさまでした。美味しかったです」


 どうやらその客はゲーム好きでも何でもなく、単に少しゆっくりしたかったみたいで、ゲームとは無関係のドリンクのみを頼んでそそくさと店を後にした。

 終始落ち着かない様子で、客席に座る朱宮さんをチラ見していたのが印象的だった。


「ありがとうございます、助かりました」


 一段落したところで、あらためて朱宮さんに頭を下げる。

 もし彼の機転がなかったら、俺は無愛想&私服という最悪の対応をしてしまうハメになっていただろう。

 彼が旅行者だという仮定が真実で、今日の出来事をSNSにでもアップしようものなら、悪評が全国に広まっていたかもしれない。


「良かった。まさかバイトの経験を活かせる機会があるとは思わなかったよ」


「やっぱり、接客業の経験があったんですね」


「ファミレスだけどね。声優は結構、接客業を兼任してる人が多いんだ」


 売れっ子にならない限り、声優業だけで生活するのは厳しいって話は聞いた事がある。

 彼も人気が出る前は苦労していたんだろう。


 にしても……さっきの対応、というか声は見事だった。

 力みすぎず、滑舌良くし過ぎず、客が落ち着くような自然なトーン。

 狂気に満ちたキャラとかクールな役とか、その手のわかりやすい演技は誰でもそれなりに出来ると思うけど、シチュエーションにしっかり合わせて最適な声をチューニングするのは難しい筈。


 さっき星野尾さんが皮肉っぽく『台本を読むだけのお仕事』って言ってたけど、とんでもない。

 まさにプロの仕事だった。


 何より、初見の客をあそこまで骨抜きにしてしまうのがスゴい。


 しかも――――男性客を。


「朱宮さんの声、男にも通用しますね。こりゃ作戦を根本から見直さないと」


「いや、流石にそれを前提にされるのは……でも、同性に評価されるのは正直嬉しいし、そうなりたいとは思ってるんだけどね」


 少しこそばゆそうに、朱宮さんは喜びの微笑を携えていた。

 俺にはよくわからないけど、そういうものなんだなと納得させられる説得力が、その笑顔には確かにあった。


「出来ればこのまま会議を続けたいところだけど、これから約束があるんだ。続きはSIGNでいいかな?」


「学校いる時とゲームやってる時は対応出来ませんけど、それで良ければ」


「了解。僕も仕事入ってる時は無理だから……明日の早朝なんてどうかな」


「それが無難ですね。じゃ、余裕をもって6時で」


 話がまとまったところでQRコードを表示。

 無事SIGN交換を終え、朱宮さんは読みかけのプレノートを持って店を後に――――


「だから持ち出し厳禁っつったでしょ!」


「……惜しい」


 割と本気で悔しがりつつ『まけるな鼠小僧外伝 ~火花なき花火~』のプレノートをそっとテーブルに置き、今度こそ朱宮さんは店を後にした。

 余談だけど、『まけるな鼠小僧』は1980年代を代表するアクションゲームの一つで、その外伝に当たる『まけるな鼠小僧外伝 ~火花なき花火~』は世界観をそのままにRPGとして製作された意欲作だ。

 粗も多いけど何気に名作で、仲間になるくノ一が可愛いことでも有名だったりする。


 ……本当にレトロゲームが好きなんだな、あの人。


「それじゃ、明日また来るから! それまでにアイドルとしての方向性をまとめておいてよ!」


 同じタイミングで話し合いが終わったらしく、二階からドタドタと星野尾さんが降りてくる。

 明日も来るって……


「星野尾さん、近場に住んでるんですか?」


「いきなり何? 女の子に居住地聞く? 普通」


「いや、費用とか大丈夫なのかなと思って……交通費が嵩むようだと、ここでの食事代にも影響するでしょうし」


「暗に『何も頼まないなら来るな』って言われてる気がするんだけど」


 言ってるんです。

 そもそも住所やマンションを聞いてる訳でもないのに、自意識過剰だ。


「心配しなくても、星野尾クラスになるとお金が自分から駆け寄ってくるからヘーキヘーキ。そんなことより自分の心配しなさい。星野尾を相手に勝利を掴むなんて、クモを掴むのと同じくらいキモいことよ」


 後半何言ってるのかよくわからないけど、勝負に対する入れ込み具合は相当なものだ。

 そして再びこっちをチラチラ見始めた。

 どうやら『そんなに勝負に拘るなんて、もしかして朱宮さんと過去に何かあったんですか?』と聞いて欲しいらしい。


「わかりました。またのご来店をお待ちしております」


「んが……! こ、今度はもっと気の利いた笑顔の一つでも寄越しなさい、この愛想なし店員!」


 まるで負け惜しみのような言葉を残し、星野尾さんも去って行く。

 正直、二人の関係性に興味がない訳じゃないんだけど、これ以上面倒臭い案件を背負いたくないんで、今後もスルーの方向で行くとしよう。


「にーに」


 星野尾さんから少し遅れて、悪役のように口を歪ませ笑う来未が階段を降りてくる。


「悪いけど、この勝負は来未達の圧勝だから。可哀想、にーに。どれだけ努力しても、兄は妹に勝てない運命なんだね。ぷぷー」


「そんな露骨な煽りに俺が乗るとでも?」


「あーやだやだ。ちょいクールぶってる陰キャ寄りの性格だけど一旦キレたら錆びたナイフでズシュズシュ刺す覚悟もあるんだぜ、みたいなその口調。ぷぷぷのぷー」


 こっ、こいつ……!?


「おい。人をそんな一山幾らみたいな安っぽいキャラ付けしないで貰おうか」


「でも、にーにってそういうトコあるし? 一歩引いた感じのコメントでオトナぶってるのが偶に鼻につくんだけど」


「……上等だ。俺にケンカ売った事、あの世で後悔させてやる」


 特にゲームから引用したセリフとかじゃない。

 単純に『死ぬまでどころか死んだ後でも後悔させてやる』って意味だったんだけど――――


「あっ、あにゃにゃにゃにゃ……ごごごゴメンにーに、ホントゴメン、謝るから命だけは取らないで」


 ガタガタ震え出す来未の様子に、違う意味で取られたことを自覚。

 確かに字面通り捉えると、普通に殺人予告だった。


「にーにの死んだカブトムシみたいな顔でそんな言われたらシャレにならないって! 超怖い!」


「誰が死んだカブトムシだ! あいつら死んでても顔変わんねーよ! あっそれ俺じゃん! クソ、ウイットに富んでんな!」


「ま、負けないんだからねー!」


 一通り兄妹ゲンカのような何かを終えた来未は、二階の自分の部屋へ全力疾走で戻っていった。

 アイツなりに、勝負に緊張感を持たせようと思って俺を挑発したんだろう。


 そしてそれは確かに効果的だった。

 死んだカブトムシは兎も角、あんなチープなキャラ付けされて黙っていられるか。

 この勝負、絶対勝つ!


 ……と、それはさておき。

 

 その後、17時30分を過ぎたあたりからポツポツと来客はあったものの、特に忙しくなる気配もないままカフェの手伝いは終了。

 夕食後すぐ自室に戻り、早速ゲーミフィアを手に取る。


 今日は〈裏アカデミ〉も進めないとな。


 まずはエルテとの交渉だ。

 そして、可能ならリアルの方の彼女と会う約束をするところまで持っていきたい。

『彼女』と言っても、エルテを操作しているプレイヤーが女性とは限らないけど。


 今回は現実を視野に入れてのプレイだから、意識をゲーム内にダイブさせるのはよそう。

 客観視モードだ。


 さて、どうなるか――――





『世界樹の支配者たるエルテを待たせるなんて良い度胸しているわね、とエルテは苛立ちをここに記すわ』


 意外な事に、エルテは俺がログインした19時より前に来ていたらしく、直ぐに通知が来た。

 しかも拠点であるアルテミオで待っていた為、早速Cチャットを開始。

 交渉の時間だ。


『それで、信じる気になった? 十分に時間はあげたんだから、即座に返答を求めるとエルテは強気に記すわ』


「ああ、結論は出た。率直に言うと、会いたい」


『    』 


 わかりやすい絶句だった。

 この表現はオンラインゲームではありきたりなんだろうか……?


『もう既に今ここで会ってるとエルテは正論を記すわ』


「そうだな。でも、場所を変えて会いたい。襟を正して」


 露骨なメタ発言は嫌がられるって事で、婉曲な表現になってしまったが、これで通じるだろう。

 さあ、どう出る……?


『それは――――』


 エルテの返答は、俺にとって余りに予想外なものだった。






 


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