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「『有名声優のサインを多数入荷! 期間限定で展示中!』……と。そっちはどう?」

 

「ホレ、出来てるぞ。『ランチメニューを一品注文するごとに、写真を1枚撮影することができます!』。これでどうだ?」


「ちょっとセコ過ぎない? 一品で撮影自由で良いでしょ?」


 ……店の奥では早速、朱宮さんから貰った声優のサイン色紙を活用すべく親父と母さんが根っこから既にセコい会合を開きつつポップを作成しているらしい。

 まるでエサに集るコイのよう。


 けれど今はそんな切ないやり取りに耳を傾けてる場合じゃない。


「勝負って……え? 来未も?」


「そーだよ妹ちゃん。自分を名前で呼ぶ者同士、仲良くしましょ♪」


 厳密には苗字で呼んでいる星野尾さんにフレンドリーな笑顔で強制参加を命じられている来未は、多分まだ事態を全く把握していない。 

 とはいえ、それは俺も似たようなものだ。


 彼女と朱宮さんが何となくソリが合っていない空気なのはヒシヒシと伝わってくるけど、それだけの理由で勝負ってのは妙だ。

 元々、何らかの因縁があったのかもしれない。


「勝手に話を進めないで貰いたいね。前もそうだった。君は立場も場の空気も無視して、そうやって突っ走る悪癖がある」


「そういうアンタも、自分からは何も生み出せないみたいね。台本を読むだけのお仕事、そんなに楽しい?」


「……」


 なんだこの絵に描いたような『過去に何かありました』感。


 そして星野尾さんはチラチラとこちらを見て、その経緯を聞いて欲しいアピールまでしてくる始末。

 そんな茶番に付き合う道理はないけど――――


「わかりました。勝負しましょう」


「え? あ、そ、そう。いいでしょう、ならばカコッと受けて立つ!」


 過去の因縁について話したかったのがオノマトペに現れていた。

 それはどうでもいいけど、彼女の提案そのものは魅力的だ。


 視察した限りでは、キャライズカフェは確かに格上だけど、手も足も出ないほどの圧倒的な差はない……と思う。

 とはいえ、何も仕掛けなければ淘汰されるのは100%こっち。

 その取っ掛かりとなるアイディアが喉から手が出るほど欲しい今、二人が本気で荷担してくれるのなら、相当ありがたい。


「期間は、キャライズカフェのオープン日まで。どちらがより効果的にこのカフェを盛り上げたかどうかで決着を付けましょう」


「キャライズカフェは6月30日にオープンだから、ちょうど1ヶ月だね。よくわかんないけど、勝負なら容赦しないよ! にーに!」


 む、流石我が妹、なんとなくで事情を察したか。

 そしてこの店にとってプラスになると瞬時に判断し、適度な熱量で迎合。

 なんて無駄のない身の振り方だ。

 味方だとポンコツだけど、敵に回すと厄介なタイプなんだよな。


「そうと決まったら妹ちゃん、早速作戦会議ね! このカフェを日本一のアイドルが経営するカフェにするのよ!」


「おうさー! それじゃ来未のお部屋にレッツゴー!」


 最終的に乗っ取りを企てている邪念を隠しきれない星野尾さんは、来未をえらく気に入った様子。

 仲良く腕組んで二階へ上がっていった。


「そして取り残される野郎二人か」


「……なんか悪いね。こっちの事情に巻き込んだ形になって」


「それは構いません。寧ろありがたいです。さっきは否定しましたけど、正直今のままじゃ年を越せるかどうかも怪しいんで、この店」


 今更、このカフェの経営状況を粉飾したところで何の意味もない。

 きっと朱宮さんも崖っぷちなのを察して、サイン色紙を集めてくれたんだろうし。


「僕としても、折角の楽園を潰したくはないんだ。まだ読みたい作品のプレノートは沢山あるし、こういうゲームを専門としたカフェ自体、なくなって欲しくないからね」


「……ありがとうございます」


 若干病んでるところはあるけど、かなり良い人なのは間違いない。

 流されるままに勝負なんて始めてしまったけど、この流れに乗って俺も勝負に出よう。


〈裏アカデミ〉には夜に入れれば良いし。

 エルテがどの時間帯にいるのかはまだ定かじゃないけど、少なくとも夜間にはログインしているから、それで問題はない。


「ところで、さっきはスルーしましたけど……」


「敬語は使わなくても良いよ。パートナー、になったんだし、もっと親しくしないとね」


「スルーしましたけど、今回も粛々と聞かなかった事にさせて頂き、今後も敬語を継続したく存じます」


「あれ、なんか更に余所余所しくなってるね。どうしてだろう?」


 前言撤回。


 かなり良い人なのは間違いないけど……依然として怖い。

 パートナーって言葉のあとに一拍置いたのが怖すぎる。 

 有名声優じゃなかったらこの時点でお帰り願っていただろう。


「残念だけど、少しずつ距離を縮めていければいいね。それで作戦なんだけど、やっぱりプレノートを活かすべきだと僕は思う」


「あの、話についていけないんですけど。もう作戦会議突入って事でいいんですか?」


「あ、ゴメン。祈瑠に『突っ走る悪癖がある』とか言っておきながら、これは人のこと言えないね」


 なっ、名前呼び……だと……!?


「ああっ、違うんだ。そんな顔で見ないで。祈瑠とは小さい頃からの知り合いで、それでこういう呼び方なんだ」


 元カノかと思いきや幼なじみと来たか。

 なんか魂がフルフルする。

 俺の回りにそんな関係性が存在しないからか、やけに新鮮だ。

 

 嗚呼、俺、今、生きてるって感じがスゲーしてる……


「知り合いといっても、子供の頃に同じ劇団に所属していたってだけなんだけどね。当時の先生が『みんなで良いものを作り上げる為に、仲間意識を持ちましょう』って強制的にお互いを名前で呼ばせてて。要はその名残なんだ」


 生きてる実感は13秒で萎んだ。

 なんだ、ただのビジネス名前呼びか。


「そういう訳だから誤解しないで欲しいんだ。僕は彼女のような女性はタイプじゃない。好みじゃないんだ」


「そ、そうですか」


 何故ここまで必死にアピールするんだ……怖い、怖いぞ朱宮宗三郎。


「でも、大して親しくもない割には会話が弾んでいたような……それに、ここの事を星野尾さんに教えたの、朱宮さんですよね?」


 知り合いの二人が偶然、東京から遠く離れた山梨のしがないゲームカフェで再会するなんてのは、どう考えてもあり得ない。

 先にここを知っていたのは彼だろうから、必然的に彼が星野尾さんに教えたという推論が成り立つ。


「僕がここの事をwhisperで呟いたんだ。一人でも多くの人に知って欲しくてね。そうしたら、『ゲーム評論家になる為の参考になりそう。詳しく教えなさい』って命令口調で謎の返信があって、嫌な予感がしたら……」


「幼なじみとまさかの再会を果たした、と」   


 本当に不本意そうな顔でコクリと頷く朱宮さんの心情は、俺に推し量れる筈もない。

 とはいえ、星野尾さんがこのカフェを知った経緯はわかった。

 ただ……わからない事が一つある。


「星野尾さんは最初に来た時から、俺のプレノートを酷評してました。参考にならないって。なのに何でまた来てくれたんでしょうか?」


「今度は僕が誘ったんだ。彼女が余りにも君のノートを侮辱するものだから、つい熱いレスバトルの末に……」


「ちょっ! 人気声優がやる事じゃないでしょ!」


 慌ててスマホを開き、『朱宮宗三郎 whisper』で検索。

 すると案の定、ちょっとしたネットニュースになっていた。


「人気声優の朱宮宗三郎さんとアイドルの星野尾祈瑠さんが地方のカフェを巡ってネット上で大ゲンカ……それに対するファンの反応は『どうでもいい理由で草』『相手の女誰だよ』『炎上商法だな』『登場人物とカフェ全部ショボくて草』など様々だった」


 いやいや、様々どころか中傷で統一されてるし……

 見事に流れ弾食らってるなオイ。


「本当に申し訳ない。そのお詫びも兼ねてサインを持って来たんだ」


「ああ、成程。そういう訳でしたか」


 ま、ネット上でショボいと言われたところで今更このカフェがどうなる訳でもないし、寧ろ得したと思えば気にもならない。

 星野尾さんが強引に勝負を持ちかけたのも、伏線あっての事だったのか。


「わかりました。それじゃこっちも気兼ねなく協力を要請します」


「そう言って貰えると救われるよ。僕の評判が下がるのは自業自得でも、このカフェや君のノートまで軽く見られるのは耐えられない。意地でも挽回したい」


 かなり名の通った声優がウチのカフェの為に色々犠牲にしてまで尽くそうとしている。

 愛の重さに潰されそうな心境だけど、この好機を逃す手はない。


「それじゃ、作戦会議の続きだけど……勝負の主旨とは関係なく、プレノートの活用は必須だと思うんだ。このカフェ最大の売りなんだし」


 明らかに来未のコスプレの方が集客に貢献してるけど、いちいち訂正してたら話が前に進まないから素直に頷いておく。


「朱宮さんの声も最大限活用したいですね。となると……朗読なんてどうです? 時間の許す日に来店して貰って、ノートの内容を情感たっぷりに読み上げるとか」


 自分の書いたノートをプロの声優に読ませるなんて、この上ない羞恥プレイではあるけど、今はもうそんな事を言っていられる状況じゃない。

 それに、俺だってプレノートを通じて自分の好きなゲームをもっと周知させたい気持ちがある。

 今回は、そのビッグチャンスなんだ。


「僕は構わないけど、正直僕程度では大した宣伝効果は見込めないよ。それに、僕の活動は女性向けのゲームとアニメが中心だから、このカフェの客層にどれだけ適合しているか」


 自分の主張は雄弁なのに、自己に関する主張は妙に謙虚だな。

 とはいえ、彼の言う事も一理ある。

 来未のファンが一番多いこのカフェの現状で、男性声優の求心力に過剰な期待は出来ない。


「となると……ありきたりだけど、ネット上にチャンネルを作成して、そこで音声なり動画なりを流すとか?」


 そうすれば、彼のファンも興味を示してくれるだろう。


 でも、どうやって告知する?

 朱宮さんのアカウントでウチのカフェを宣伝するのは、何らかの法律なり契約なりに抵触しそうで怖い。

 そこまで大事にならなくても、一つ間違えたら朱宮さんの声優としてのキャリアに傷を付けかねないし……


「やっぱり却下。今のはなかった事にして下さい」


「うん。チャンネルまで作るとなると、少し難しいかな。公式の活動だと見なされるだろうし」


 その辺の事情に疎い俺の素人丸出しの提案に、朱宮さんは困惑気味だったものの、苦笑などせず真面目に解答してくれた。

 やっぱり良い人だ。

 どうにか、この人のプラスにもなる方法でカフェを盛り上げるようなアイディアがないものか――――

 

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