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 月が変わって、6月1日(土)。


『本日は取材の為に休館日とさせて頂きます』という張り紙をミュージアムの扉に張り終えた俺は、その足で終夜の住む神奈川に向かう為、一人電車に揺られていた。


 昨日、ゲーム世界でも同じような乗り物を利用したばかりだけど、現実の電車は出来れば乗りたくないのが本音。

 普段使っていないのもあるけど、どうにも居心地が悪い。


 ゲームっ子だった俺は、幼少期から外出というものを余り好まない人間だった。


 外に出ていてもスマホや携帯用ゲーム機でプレイは出来る。

 街を歩けば、またファミレスやハンバーガーショップにでも入れば、外でゲームを楽しんでいる人なんて幾らでもいるし、その中の一人になればいいだけ。


 でも俺は、雑音が蠢き太陽が我が物顔で空を作る場所で、ゲームを楽しむ事がどうしても出来ない。

 深海って名前に引っ張られているのか、陽の光そのものが苦手だ。


 だから高校生になった今でも、公共の乗り物を使った移動は億劫だし、妙に落ちつかない。

 前回終夜の家に行った時は、そんな感情よりも『知らない女の子の部屋に行く』という緊張・高揚の方が遥かに勝っていたから問題なかったけど。


 ……あらためて、自分という人間の不気味さを思い知って、どうにも気が滅入る。

 表情を作れない自分が他人にどう映っているのか――――考えるだけ無駄なのに、普段身を置かない空間に踏み入れると、つい考えてしまう。


 2時間程度、それも満員でもない電車に乗るだけで神経を磨り減らす高校生男子が、この世に何人いるだろうか?

 そんな人間が、社会に出て何が出来るというのか?


 一応、子供の頃から実家の手伝いという形で仕事らしき事はして来た。

 でも一生それを続けられるかというと、差し迫る現実が中々許してはくれないだろう。


 こういう実家や学校とは離れた"社会"を感じさせる場に出ると、ついネガティブな自分が顔を出す。

 将来、俺は一体どんな仕事に就けるんだろう……


 そんな事を考えていたからだろうか。

 ふと、〈裏アカデミ〉の説明の際にテイルが言っていた事を思い出した。


『プレイ実績によっては、就職も可能なの』


 これが真実なら、〈裏アカデミ〉は就職活動の場という事になるだろう。

 そしてもしそんなゲームが発売されたら、『娯楽』であるというゲームの概念は根底から覆されるかもしれない。


 ゲーム好きの一人として、こんな事を考えたくはないんだけど……ゲーム市場の低迷期は長く、トンネルの出口は見えない。

 家庭用ゲームは中々ヒット作に恵まれず、爆発的に売れるのは過去の大ヒット作のシリーズものばかり。

 オンラインゲームも一時の勢いはなく、スマホゲームも濫造され似たような内容のものばかりになっている。


 長らくゲーム業界に身を置く終夜父は、そんな現状を俺より遥かに正確に、そして生々しく実感している筈。

 もし、彼が〈裏アカデミ〉に新たなゲームの可能性を求めているのだとしたら、『娯楽からの脱却』をテーマに掲げたとしても不思議じゃない。

 娯楽以外の、別の役割をゲームに持たせようとしているのかもしれない。


 仮にそうだとしたら……俺が今〈裏アカデミ〉に抱いている不信感は、いよいよ現実味を帯びてくる。

 娯楽じゃないのなら、ユーザーに対するサービスや配慮も変わってくるだろうし、何より――――


 ……と、そんな事をあれこれ考えていた矢先、不意に窓を流れる景色の質が変わり、近代的な建築物の割合が増える。

 いつの間にか2時間が経過していたらしく、もうすぐ終夜の住む街の駅に到着するというアナウンスが聞こえて来た。


 ここまでは前回の来訪時と同じ。

 でもここからは違う。

 今回の待ち合わせ場所は終夜のマンションじゃなく、駅の近くにある『キャライズカフェ』だ。

 

 今月末にウチのすぐ傍にオープンするコラボ専門カフェ……つまりは競合相手。

 全国各地に店舗を構えている大手とあって、神奈川にも数年前から出店しているらしく、終夜との会合と敵情視察を兼ねて俺が強く希望した。


 何か一つでいい。

 何か一つだけでも得る物があれば……対抗策を練られるかもしれない。

 大手相手に競争出来るようなカフェじゃないのは重々承知してるけど、それでもアッサリと諦めたくはないからな。

 

 そんな気概を胸に、要塞を思わせるような複雑な構造をした駅をどうにか抜け、昨日プリントアウトした地図を頼りに歩きで移動。


 公共空間なら無料でネットに繋げるから、スマホで地図を見る事も出来るんだけど、なんとなく躊躇してしまう。

 多分、〈裏アカデミ〉のゲーム内で"不正ログイン"に関する話を聞いたからだ。

 外で無闇にネットに繋ぐのはちょっと怖い――――


「ん?」


 右手首に違和感が発生。

 まるでシャツの袖が後ろに引っ張られているような感覚だ。


「……」

 

 もとい。

 シャツの袖が後ろに引っ張られている感覚だった。


 そして、その引っ張っていた張本人――――終夜は、視線を道路に向け顔を真っ赤にしていた。





 キャライズカフェ神奈川店の室内は、当然と言えば当然なんだけど、ウチのカフェよりも随分と広く、そして整然としていた。


 ただし、全てが完璧って訳でもない。

 テーブル間が近いため開放感がなく、テーブル自体も小さくて少し座り心地が良くない。

 恐らくウチの近くでオープン予定の山梨店も、これとほぼ同じレイアウトになるだろう。


 それに接客がやや粗く、メニューの値段も高い。

 有名作品とのコラボレーションが最大の売りで、展示や物販コーナーの充実ぶりは目を見張るものがあるけど、飲食店としては……それほどでもないかもしれない、と言えなくはない。


 大手だから絶対に敵わない――――そんな先入観さえ捨ててしまえば、十分戦える。

 店内をくまなく見渡した俺は、そんな感想を抱いていた。


「……」


 一方、俺の向かいの席に座っている終夜はというと、一言も発しないまま目をグルグルさせ固まっている。

 俺達の他にも4~5組ほど客がいるけど、隣の席は空いている為、他人と密接している訳じゃない。

 それなのに、人見知り全開で縮こまっているその姿は、ここを待ち合わせ場所に指定した俺に罪悪感を抱かせた。


「悪かったな。場所変えるか?」


「……ぃ丈夫です」


 白い歯を見せて笑った……ものの、その声は晩夏の蚊の鳴き声のように弱々しかった。

 明らかに顔が赤いのも気になる。


「前に家に来た時はそこまでじゃなかったよな。もしかして体調が悪いとか?」


「いえ……普通です。少しだけ……緊張してしまって」


 終夜の様子はどう見ても緊張という次元のものじゃない。

 熱があるのかもしれない。


 でもなあ……ラブコメで良くある、おでこに手を当てて測ってみるアレをここでするのは正直気が引ける。

 人前でそんな事出来ないし、そもそも基礎体温も知らない相手の熱を手だけで測るのって無理だと思うんだ。


「終夜、具合が悪いのなら日を改めよう」


「ダメです!」


 思いの外強く、そして鋭い声が返ってきた事に、驚きよりも心配が先に立つ。

 案の定、周囲の客や店員の注目を集めてしまった終夜は、先程より更に縮こまってしまった。


「……わたしは大丈夫ですから」


「いや、とてもそうは見えないよ。俺の事なら気にするな。このカフェの店内が見られただけでも十分収穫あったからさ」


 これは別に気を使った訳じゃなく、事実だ。

 話し合いだけなら、フリーズによる時間のロスにさえ目を瞑ればSIGNでも出来る。

 ……まあ、そのロスが何時間になるのかわからない怖さがあるからこそ、こうして直接会ってるんだけども。


「すー……はー……うん、大丈夫、大丈夫です。春秋君となら、怖くないですから」


「怖い……?」


 若干落ち着きを取り戻した終夜の声は、確かに以前の彼女の音量に戻っていた。

 顔色もみるみる正常化していく。

 どうやら本当に体調の問題じゃないらしい。 


「先に注文しましょう。店員さんがソワソワしてますし」


「ん、それもそうだな。奢るから好きなの頼んでよ」


「え? それは幾らなんでも……」


「心配すんな。偵察兼ねてるから経費で落とせる」


 実際には、そんな余裕なんてウチにはない。

 ま、俺の都合でこの店を選んだんだし、多少の出費は覚悟の上だ。

 

「そういうことなら……それじゃその、コレ、いいですか」


 遠慮がちに終夜が指差したのは『コンサートの神様♪マイスター』とのコラボメニューで、【俺について来なパンケーキ】という物。

 掌サイズのパンケーキが2個で、申し訳程度のホイップクリームが乗っているだけなんだけど、価格は1,000円。

 多分オラオラ系の強気キャラを表現したメニューなんだろうけど、外見上でそれを感じる箇所がないだけに、価格に反映させているんじゃないかと勘繰りたくなる。


「意外だな。コンマイってお前の嫌いな家庭用ゲームが原作なのに」


「女子には色々と事情があるんです」


 良くわからない誤魔化され方をしてしまった。

 ま、いっか。


 その後、俺は来未に頼まれていた特典(コースター)付きのメニューを頼んで、店員を呼び注文。

 あらためて、終夜と向き合う。


「体調は大丈夫なんだな?」


「はい。心配をかけてしまってすいません」


 それはいいけど、と言おうとした俺は、終夜の切羽詰まったような表情に思わず口を閉ざしてしまった。

 具合が悪いんじゃなく、何か言いたくない事を言おうとしているような、悲壮な覚悟を感じる。

 

 これから終夜は、自分の事を話すのだろう――――そんな予感があった。


「わたし、人見知りなんです」


 ……確かに予感は的中したけれども。


「いや、知ってるし」


「ただの人見知りじゃありません。お医者さんが匙を投げるくらいの人見知りです」


「……医者? 医者の世話になってるのか?」


 驚いた。

 終夜も、そうなのか……?


「昔です。今はもう、通う意味を見出せなくなって、病院にも行っていません」


 勿論、単なる人見知りで病院に行く道理はない。

 かつて医者に掛かっていたって事は、日常生活に支障を来したから。

 それは当然、人見知りというレベルじゃなく、対人恐怖症……或いはそれ以上の深刻な症状があったと思われる。


「多分、お医者さんには頭のおかしい子だって思われてると思います」


「いやいや、医者は色んな患者を山ほど見てるんだ。そんな事いちいち思わないって」


 思わず医者側に立ってしまったのは、俺が現在進行中で通院中なのに加え、主治医が親戚だからってのもある。

 身内に悪い印象を持たれているような錯覚に陥ったからだ。


 でもそれは、誤解だった。

 終夜は、医師への信頼を失くして通院を止めたんじゃなかった。


「わたし……ゲームが好きな人じゃないと、普通に接する事が出来ないんです」


 それは――――確かに医師が匙を投げるのも理解出来るほどの、特異体質だった。


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