第04章 モラトリアム・ルーム

4-1

 ――――ゲームは楽しい。


 そんな当たり前の事を俺は、毎年のように、毎月のように感じ続けている。

 とても幸せだ。


 ただしジャンルは限定的。

 ACT系、STG系は余り得意じゃない。

 ゲーム内に潜り込むようにしてプレイする俺のスタイルだと、その手のジャンルはどうにも刺激が強過ぎて具合が悪くなってしまう。


 それに、機敏さや敏捷性に欠ける俺にとって、最新鋭のゲームコントローラーを駆使するアクションはボタン数が多過ぎてついて行けない。

 これは多分、大昔のゲームに慣れしまった弊害。

 物心つく前から最新のゲームをプレイしていたら、もう少しマシな操作が出来るようになっていた……と思いたい。


 とはいえ、後悔はない。

 RPGやSLG、ADVのようにじっくり腰を据えて解くゲームの方が俺には合っているし、アクション系は親父が得意だから、プレノートも各々の得意分野を担当すればいいだけの話。

 自分の好きなゲームを、自分の感性の赴くままにプレイするからこそ、その記述には個性と価値が生まれるんだろう。


 でも今、俺はその魅力を自ら放棄しようとしている。

 堂々と胸を張って『好きだ』とは言えないゲームの記録を、プレノートに書かなくちゃならない。


 ゲーム名は〈アカデミック・ファンタジア〉。

 ただし今プレイしているのは、そのゲーム世界の10年後を描いた全く別のゲーム。

 正式名称は別にあるんだろうけど、便宜上〈裏アカデミ〉なんて呼んでいる。


 魅力は感じている。

 近年の家庭用ゲーム、そして他のオンラインゲームでは味わえなかった緊張感と興奮も。

 けれど同時に、難しさや煩わしさも徐々にクローズアップされてきた。


 特に厄介なのが、対人ならではの問題。

 色んな人が同サーバー内でプレイするオンラインゲームにおいては、どれだけ上手に立ち振る舞おうと、事故に遭う時は遭う。


 誹謗中傷を受けたり、身勝手な行動をされたりして不愉快な思いをする可能性は常にあるし、逆に自分が無意識の内にそれをしてしまう事だってある。

 また、それまでまともだと思っていた人物が突然訳のわからない事を言い出す恐怖も内在している。

 プログラミングされた内容をなぞる家庭用ゲームにはない、凶悪な刺激だ。


 そして今日、俺はその刺激を全身に受け、一人部屋で呆然としていた。

 思わず、一体化していた『シーラ』と意識が分離してしまうほどの衝撃。

 こんなの始めてだ。


 自分は世界樹の支配者――――エルテはハッキリとそう断言した。

 それは明らかに、プレイヤーの領分じゃない立場だ。

 

 もしこの話が虚言なら、尋常じゃないイタさだと言わざるを得ない。

 自分がゲームの中の住人である事を前提に語る人は珍しくないけど、ゲーム内における重要人物を自称する人はまずいないだろう。

 オンラインゲーム経験の浅い俺でも、そのイタさがどれほどのものかはわかる。


 でも、虚言と断定は出来ない自分がいる。

 これまでのエルテの発言に『キャラになりきる』という意味でのイタさはあっても、妄想の世界で生きているような不安定さは感じなかった。


 彼女は地に足を付けた上で、自分のキャラを演じている。

 そういう印象だ。


 よって、虚言じゃない可能性……彼女が本当に世界樹の支配者である可能性も、ないとは言い切れない。

 テイルと同じように、スタッフ側のPCかもしれないからだ。

 もしそうなら、彼女が世界樹の支配者であっても何ら不思議じゃない。

 

 でも……もし仮にそうなら、この〈裏アカデミ〉のゲームデザインはどうなってるんだ?

 テイルのような、案内役としての立場がスタッフPCというなら、まだわかる。

 だけどエルテは完全に俺や終夜と同じ目線で戦い、行動を共にしていた仲間だ。


 自分と同じ立場、ユーザーの一人だと思っていたPCが、実はスタッフが操作していたPCだとしたら……これはハッキリ言って猛烈に不快だ。

 今すぐにでも、このゲームから距離を置きたいと思うほど。

 これまでにないゲームの形と言えばそうなんだろうけど、実際には詐欺に等しい。


 それに、テイルの行動についても思うところがある。


 彼女はこのゲームのナビゲート役だと言っていた。

 しかもメタ発言でシステム面での説明を行っていた訳だから、物語からは切り離した運営側のメッセンジャーだと受け取るのが自然だ。

 少なくとも、純粋な作中の登場キャラクターとして捉えるのは難しい。


 だけど彼女は現在、物語内の重要人物として積極的に絡んで来ている。

 それどころか、俺のプレイを制限するような"脅し"さえ行ってきた。


 こういった行動は純粋なNPCが担当するなら兎も角、ナビゲーターが行うべきじゃない。

 混乱の元になるし、何よりスタッフが操作している可能性があるPCが行う事で、そのスタッフの個人的感情でプレイヤーに対し悪意ある行動をとっているのでは……と疑われるからだ。 


 俺がゲームに没入できるのは、そのゲームが面白いからというだけじゃなく、ゲームそのものに不信感を持っていないという前提あってこそ。

 夢中になっても問題がないと心の底から思えていて、初めて出来る事だ。

 だけど今は、俺の意識と『シーラ』が完全に分離してしまうほど集中力が途絶えてしまっている。


 このゲームは本当に大丈夫なのか?

 純粋に楽しめるものなのか?


 今の俺は、そんな疑念がまるでジャミングのように周囲を飛び交っている状態だ。


『色々と考えを張り巡らしているのね、とエルテは鋭い推理を記すわ』


 そんな俺の不信感を見透かしているのか、それとも単にリアクションがないのを不安に思ってなのか、エルテは勝手な解釈で話を進めようとした。

 今までなら『そういう性格だから』で流せていた事も、今となっては気になってしまう。


 彼女がスタッフ側のPCだとしたら、ストーリーを進める為に多少強引にでも進行しなくちゃならないんだろう……と。


「悪いけど、この話は一旦ここまでにして欲しい。考える時間をくれ」


 熟考するまでもなく、俺はそう結論を口にした。

 今のモヤモヤした気持ちままこの会話とゲームを進めても、楽しい時間を過ごせるとは思えない。


 かといって、ただの推察と一方的な決めつけで不信感をそのまま口走る訳にもいかない。

 よって『今日はここまで』。

 例えオンラインだろうとそれを出来るのが、ゲームの美点だ。


『了解。どうやら刺激が強過ぎる打ち明け話だったと、エルテは素直に反省を記すわ』


 俺の不穏な雰囲気を察したのか、こっちの強制的なシャットアウトにも拘わらず、エルテは快諾してくれた。


 そんな訳で、プレイ終了。

 ログアウトしたのち、ゲーミフィアの電源を落とし、そのままの格好でベッドに転がる。

 

 ……疲れた。

 特殊ではあるものの、これは紛れもなくオンラインゲームの洗礼だ。

 

 対人関係の煩わしさ。

 リアルタイムならではの判断の難しさ。

 家庭用ゲームでは殆ど不要だった、流動性の物事に対する適応力のなさが露呈してしまった。


 とはいえ、一時退却の判断そのものは間違っていないと思う。

 ゲームそのものに対する不信感が芽生えている今、継続しても更なるストレスを生むだけだろう――――


 ……と、そんな自己弁護をしているところに、SIGNの通知が来た。

 終夜だろうな、間違いなく。

 フリーズが解けて、裏切った俺に対する恨みを送ってきたんだろう。

 

 多少の怖さはあったものの、即座に既読にしてみる事にした。

 一体、どんな文面を送りつけてきやがったのか――――


『ほええ』


 どんな感情……!?


 ダメだ、この文章から終夜が何を伝えたいのかサッパリわからない。

 何かの暗号か、打ち間違えか……いやいや、たった三文字にそこまでの深い意味はないだろう。


 っていうか、直接話をすれば済む話だ。


『悪い、ビックリさせたかな』


 取り敢えず無難に軽い謝罪から入ってみた。

 それに対する反応は――――


『はい。でも大丈夫です。裏切られるのには慣れていますから』


 ……これはマズい、本気で怒ってる女子特有のチクッと刺してくる文面だ。

 来未も稀にこんな感じの言い方する時あるし。


 こういう場合、言い訳したり否定したりするのは良くない結果を生む。

 かといって、変に悟って相手の気持ちをわかったかのような言い方をしてもダメ。

 経験上、感情を吐露して貰うのが一番早く関係を正常化出来る。


 かといって、余計怒らせてしまうなんて論外。

 残された道は……オウム返しのみ。


『そうか。俺はお前を裏切ったのか』


『そうですよ! わたしショックでした!! せっかく一緒にがんばろうってしてたのに突然抜けるなんて酷いです!!』 


『やっぱり酷いかな』


『酷いに決まってますよ!! しかもわたしあの変な人と二人きりになったんですよ!? 最悪です!!』


 最悪とか言ってやるなよ……確かに変態だけど多分悪い人じゃないぞ、ブロウは。

 でもそれを今言えば更なる怒りを買うだろうから止めとこ。


『二人きりになって最悪だったの?』


『そうですよ。だから慌ててログアウトしちゃって。ブロウさんには悪いことをしてしまいました』


 お、ちょっとトーンダウンした。

 どうやら嵐は去った模様。

 ならここは……敢えて攻める!


『お前さ、自分が対人恐怖症みたいに言うけど、俺に対してはそこまで酷くないよな? 他のヤツにも同じように接すればいいじゃん』


『それは無理です』


『なんで』


『春秋君が特別だからです』


 ……マジでか。


 いやいや、騙されるな俺。


『お前の家に招かれた時点で、普通の人見知り程度の警戒レベルだっただろ。初対面なのに特別もクソもあるかよ』


『それでも、春秋君は特別、例外なんです。同じように他の人となんて無理です』


 力押しだな随分。

 仕方ない、これ以上は水掛け論にしかならないだろうし、ここは一旦引こう。

 幸い、終夜の怒りは収まったみたいだし。


『わかったよ。それに、別にお前を裏切った訳じゃないんだ。考えがあっての行動だったんだよ』


『考えって……何ですか?』


 三点リーダーを使い出したって事は、冷静になった証。

 今なら説明しても問題なさそう――――いや、あるな、問題。


『なあ、SIGNじゃなくて直接会って話さないか?』


 ……返事がない。

 突然の申し出に困惑し、フリーズしたらしい。


 そう。

 このフリーズが問題だ。


 SIGNやゲーム内での会話だと、終夜がフリーズした時点でこっちもウエイト状態になってしまう。

 それだと話が進まないから、顔を突き合わせて話し合う方が良い。


『ブロウとエルテにはオフ会断られてるし、二人きりって事になるけど』


『二人きり……?』


 あ、復活早い。

 更なる刺激を与えると再起動するのか。

 大昔の家電は壊れたら叩けば直ったって親父が言ってたけど、それと同じようなものか。


『でもでも、友達以上恋人未満の関係なのに、ちょっと早過ぎませんか?』


 叩いた結果、違う故障箇所が発生していた!


『そんなに構えなくても大丈夫だよ。二人きりって言ってもデートとかじゃないんだから』


 ……フリーーーーーーズ。

 デートって言葉を使ったのがマズかったんだろうか?


 こうなると、やっぱりSIGNだと埒が明かないな。

 

『とにかく、明日会って話をしよう。その時に今日の行動の理由と、それによって判明した新事実を全部話すから』


『……わかりました。二人きりで会いましょう!!!!』


 感嘆符の多さが何を意味するのか気になるけど、終夜との会合が無事決定した。 

 

 俺は今、〈裏アカデミ〉に不信感を抱いている。

 でも直ぐに止めようという気にはならないし、止める訳にはいかない。

 アポロン達と胸を張って再会する為にも、爪痕くらいは残さないとな。

 

 明日からはゲーム外での戦いが始まる。

 これもまた、家庭用ゲームでは味わえない刺激だ。

 

 でも。

〈裏アカデミ〉をクリアした時、俺は果たして――――楽しかったと思えるんだろうか?


 それが少し、気になった。

 


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