3-22
まだ出会って間もない、たった一戦のみを共にしただけの、薄い関係。
意見やソリが合わなければ、直ぐにでも離ればなれになって何ら不思議じゃない間柄。
それでも俺は、エルテが突然お別れを宣言した事に驚愕し、暫く絶句した。
きっと心の中で、彼女やブロウは今後も行動を共にしていくと決めつけていたからだ。
ほんの一時、僅かの間だけれど、遥か格上の敵を相手に死線を潜り抜けた"戦友"だと思っていた。
「お別れ、ですか? どうしてですか?」
そんな俺と似た心境なんだろう。
人見知りで団体行動なんて以ての外――――そんなリズさえも、動揺を隠せない様子。
口数の多いタイプのブロウも、突然のエルテの表明に対し上手く呑み込めていないのか、沈黙したままだ。
「テイルさんのやり方に不満があるというのなら、わたしも同じです。でも、だからと言って……」
『犯罪者と接点を持ちたくないから』
いつものように婉曲的な表現はせず、ストレートな表現の返答。
犯罪者ってのは、恐らくテイルじゃなくキリウスって男の事だろう。
「そんな……確かにそういう噂はありますけど、真実と決まった訳ではありませんよ?」
『真実か否かはエルテも及び知らない。けれど、疑惑があるというだけで、エルテにとっては忌避すべき人物。ましてこちらから探しに行くという選択肢はないと記すわ』
「……」
ここまでキッパリと拒絶を口に……文章にされると、リズも為す術がない。
これは正論であるか否かの問題じゃなく、生きる上でのスタイルの問題だからだ。
危険な香りがする人物には極力近付かない。
例え誤解や思い違いがあるかもしれないとわかっていても、その可能性を考慮するのではなく、リスクの萌芽を最大限に排除する生き方。
エルテがそういう意図でキリウスとの接点を嫌っているかどうかは不明だけど……少なくとも、俺には彼女を全否定する事は出来ない。
どうやら一度、全員の意思を明瞭にしておく必要がありそうだ。
「ブロウ。お前はどうする?」
まずは沈黙したままのエースに問いかける。
とはいえ、彼の返事は容易に想像出来たりもするけど……
「僕は残るよ。理由は一つ。そこにロリババアがいるからさ」
ですよね。
これだけ緊迫した空気の中で言えるんだから大したものだよ。
「別に思考停止している訳じゃない。実際、キリウスには悪い噂もあるけど、彼の実力もまた本物。この世界で生き抜く為には一人でも多くの猛者が必要、というテイル様の意見に僕は全面的に賛同する」
様付けの時点で盲目的なのは明らかな気がするけど、兎に角ブロウの意思は固いらしい。
後は……リズか。
「わたしも残ります。噂だけで判断するのは早計だと思うし、シーラ君のテレポート体質を元に戻さないと」
ありがたい事を言ってくれる。
……それだけに、少し胸が痛い。
これから俺がしようとしている事は、そんな彼女を混乱させてしまうだろうから。
『なら決まりね。エルテはここで皆とお別れ。短い間だけどお世話になったと、エルテは涙混じりに記すわ』
浮かんでいる様子すらない涙の有無について議論の余地さえも与えず、エルテは正式にパーティからの離脱を宣言した。
そんな彼女に対し、俺が行うべきは――――
「おい、勝手に決めるなよ」
『エルテは自分の生き方を曲げる気はないわ。エルテほどの透明感あふれる清楚美人と別れるのが辛いのは仕方のないことだけど、諦めなさいと穏やかに』
「記すな記すな。じゃなくて、パーティから離脱するのはアンタだけじゃない、って言ってんの。俺も抜ける」
「……はへ?」
俺の発言に反応した間の抜けた声の主は、リズだった。
エルテの離脱宣言の時より遥かに取り乱している様子がうかがえる。
「エルテとは違う理由だけど、俺もここでお別れだ。このままあの幼女研究者の言いなりになるのは癪だしな」
「それは冷静さを欠く動機と言わざるを得ないよ。テイル様から空間転移でいつでも呼び出されてしまう体質なんだろう? なんて羨ましい。ロリババアに召喚される人生なんて、御褒美が過ぎる」
発言の趣旨が途中で劇的に変化しているのはさておき――――ブロウの言いたい事はわかる。
ここでテイルに背を向けたところで、逃げられる場所は何処にもない。
彼女はいつでも俺を呼び出せるし、好きなだけ弄ぶ事も可能だ。
「俺は冷静だよ。熟考の末、テイルとは手を組まないと選択した」
「理由は? 理由はなんですか? わたし、もしかして見捨てられかけてますか?」
「いや、見捨てるも何もお前と俺はまだ出会って間もない即席パーティだし」
リズとの付き合いは、ブロウやエルテよりは長い。
けど、それでも苦楽を共にしたというほどの付き合いはない。
それにこの子は一度、俺から離れて一人で生きてみるべきだと思う。
今のままじゃ、俺に依存し過ぎる。
既に住民同士の関係性が確立されていた10年前のスクレイユでは無理だったかもしれないけど、誰もが"未知"と"不安"で繋がっているこの10年後の世界でなら、きっとリスタート出来る。
「そ、そんな……」
「そんな訳で、リズ、ブロウ、今まで世話になったな。ありがとう。俺はエルテと一緒に行く。さようなら。また会う日が来るのを楽しみにしてるよ」
俺の取って付けたような別れの挨拶に対し、リズは完全にフリーズし、流石のブロウも絶句している。
済まない、2人とも。
今はお前達と行動する訳にはいかない。
「それじゃ、行こうか。エルテ」
自分の選んだ相手の手を取り、そそくさと文化棟前を後にする。
呆気にとられているのか、エルテもまた一言も発する事なく、俺にされるがままの抜け殻状態。
細身の彼女の身体は軽く、引っ張って歩くのに殆ど支障はなかった。
それから――――どれくらい経っただろうか。
『一体どういうつもりなのか、詳しい説明を求めるとエルテは断固記すわ』
樹脂機関車に乗り、一仕事終えた気分で汗を拭う俺とは対照的に、対面席に座ったエルテは鬼の形相で俺を睨んでいる。
無理もない。
彼女が喋れないのをいい事に、ここまで強引……というか強制的に連れてきたんだから。
『この際、拉致未遂については大目に見るけど、貴方の行動には大いに疑問があるわ。もしかして、別れる気だった恋人と変態を切る為にエルテを利用してあんな強引な別れ方をしたんじゃないの? という疑念を抱いているとエルテはバカ正直に記すわ』
「違う違う! 自分が聖人君子なんて言う気はないけど、そこまでゲスじゃない! そもそもリズは恋人なんかじゃない」
友達以上、恋人未満。
それが俺とリズとの関係性。
でもそれをエルテに話す必要はない。
『違うの? 意外だとエルテは率直に記すわ』
「意外なのは聖人君子のくだりなのか? それとも恋人のくだりなのか?」
『どっちでもいいじゃない。それより、ならどうしてパーティを分裂させるような真似をしたの? エルテが離脱しても、Lv.150のブロウがいる。何も問題はなかったとここに断言を記すわ』
「それは違う。俺がパーティを離脱したのは、アンタと離れたくなかったからだ」
その為に、リズやブロウと別れて無理矢理この機関車に乗り込んだ。
ここなら少なくとも移動中は逃げられる心配がない。
『……エルテはストーカーお断りだと、ここに常識を記すわ』
「せめてそこは好かれてると誤解して欲しかった」
大体、ストーカーは尾行者であって連行者じゃない。
誘拐犯と言われると二の句が継げないが。
『それも違うのなら、どうしてエルテが放っとけなかったのと疑問を記すわ』
「アンタが何らかの重大な情報を握っている。そう睨んでるからだ」
樹脂機関車の窓から覗く風景は、陽の光を帯びたまま残像を描き続けている。
その中から、自分の見たい物だけを見る事は、どれだけ動体視力が優れていても、きっと出来ないだろう。
「パーティ離脱の理由は、犯罪者との噂があるキリウスと接点を持ちたくなかったから、だったよな。疑わしいというだけでもアウト。そうだったよな?」
『ええ、そうよ。それがどうかした?』
「だったらどうして、テイルには抵抗がなかったんだ? 彼女が俺にしている行為は立派な脅迫行為だろ? 完全に犯罪者だ」
俺自身は、そこまで酷い事をされているような感覚を持っていない。
でも『騙してテレポート体質にして、それを材料に言う事を聞かせる』というテイルのやり口は、紛れもなく犯罪だ。
「……」
エルテの手は動かない。
それなりに、痛い所を突けているという手応えはあった。
「考えられるのは、二つ。パーティ離脱に関するアンタの説明が嘘っぱち。若しくは――――テイルについて、彼女が犯罪者じゃないという確信を持っている」
もし前者なら、俺の一連の行動は完全に無意味。
パーティを分裂させてまで、虚言癖のある女を相手に無駄な演説をかましている憐れな道化師だ。
そして、それが違うとも言い切れない。
これは賭けだ。
別れを告げる時に嘘を吐くような人物じゃないという、そんな人としての勘だけが頼り。
短い付き合いの中で、彼女の人となりを断言出来るほど、俺は洞察に優れてはいない。
「もし後者なら、アンタを手放す訳にはいかない。テイルの尻尾を掴まない限り、俺に自由はないんだ」
だから、願うような心持ちで正直に心情を吐露する。
頼れる存在でもなければ、提供出来る力なんてない俺には、それしか出来ない。
「エルテ。アンタはこの10年後の世界に来て、率直にどう思った? アンタみたいな高レベルの強者は、折角の強さをイーター相手に発揮出来なくて、不満に思ってるのかもしれないな」
依然、返答はない。
肯定だろうと否定だろうと構いはしない。
この機関車同様、前方に突き進むのみだ。
「でも俺は、凄くワクワクしてるよ。実証実験士として何一つ誇れるものがなかった低レベルの俺が、アンタ達みたいな猛者と一緒に戦える。自分の経験と着想が、新しい武具や魔法の開発に貢献出来るかもしれない。実証実験士として、初めてちゃんとした仕事がやれてる実感を味わえてるんだ」
10年前の俺は、お荷物だった。
ラボでは優しくして貰っていたけど、お情けで入れて貰っていたのは明らか。
だって何も貢献出来ていなかったんだから。
「なんの因果でこの世界に来たのかはわからない。でも、来たからには何かを成したい。今のままじゃ……テイルの奴隷のままじゃ、それが出来ないんだ」
もし、エルテが彼女について重大な何かを知っているのなら、それが俺を束縛する鎖を断ち切ってくれるかもしれない。
賭けの行方は、果たして――――
『思ったよりもキレるのね。それに熱くもある。意外だったと、ここに惜しみない称賛を記すわ』
……どうやら、勝ったらしい。
そう安堵した俺の目に、次の瞬間、不穏な文章が飛び込んで来た。
『シーラ、気に入ったわ。貴方はエルテが貰ってあげる』
まるで――――店に並ぶ果物を、売買という概念を知らずに手に取った子供。
目の前にいるエルテは、これまでとは全く違う無垢な雰囲気と、16ものテールをぶら下げた何一つ変わらない姿を混在させたまま、不気味に微笑んでいた。
「……アンタは本当にエルテなのか?」
『エルテはエルテよ。真名も前に名乗った通りエルテプリム。職業は、そうね……』
その顔は――――
『世界樹の支配者、とここに記すわ』
魔王のように禍々しく、そして女神のように美しく、俺には映った。
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