4-3
例えば、こういう人がいたとしよう。
共通の趣味を持っている人が相手なら饒舌になれる
同じものが好きな人となら熱く語り合える
こんなのは、誰にだってある事。
何も珍しくはないし、余程度が過ぎない限り冷ややかな目で見られもしないだろう。
なら、これはどうだ?
趣味が同じ相手じゃないと、上手く会話が出来ない
もしこういう人がいたとすれば、それは周囲から『変わった人』と見なされても不思議じゃない。
でも、大多数の人と上手く会話が出来ないからといって、生活が出来ない訳じゃない。
同じ趣味の人となら問題なく接する事が出来るんだから、そういう人達に囲まれて暮らすか、コミュニケーションはネットに限定し、現実では一人で生きていくという道もある。
例えどれだけ他人から異端視されようとも我が道を行く、そんな人はごまんといる。
それで人生を貫き通し寿命を全うすれば、称賛の声さえ挙がるだろう。
それ等を踏まえた上で、俺は今終夜が述懐した内容をもう一度咀嚼してみた。
――――ゲームを好きな人じゃないと、まともに会話さえ出来ない
ゲームというものに幼少期から現在まで毎日触れ続けてきた俺でさえ、異常だと思ってしまう性質。
普段ゲームで遊ばない人、ゲームに偏見を持っている人なら不気味さすら感じるかもしれない。
学校生活および日常生活、何より人格形成に支障を来すのは確実。
通院は妥当な判断だ。
でもそれはあくまでも彼女の言動をそのまま信じた場合だ。
多分、大抵は――――
「……それ、真剣に受け止めて貰えた事、ある?」
その俺の問い掛けは、少し配慮に欠けるものだったのかもしれない。
終夜の表情の変化が、俺にそれを自覚させた。
「悪い。軽率だった」
「いえ、違うんです。嫌だったんじゃありません」
終夜も、自分の反応を自覚していたらしい。
強張った顔をどうにかしようと、両手で頬を擦り始めた。
「この事を他人に打ち明けた機会はそう多くないんですけど……そういう反応は春秋君が初めてです」
……そりゃま、そうだろう。
こんな事を打ち明けたところで、『私はゲームを愛する人にしか興味がありません!』ってキャラを作ってると思われるか、人と上手く話せない事の言い訳と取られるのがオチだ。
「終夜君は、真剣に受け止めてくれますか?」
「真剣というか……深刻に受け止めてるよ。多分、似たような経験をしてるから」
笑えない。
怒れない。
泣けない。
あらゆる感情表現を顔では表現出来ない――――そんな俺の訴えに対し、露骨に嘲笑したり鼻で笑ったりする人は数えるほどしかいなかった。
でも、事実として本気で受け止めてくれている人が果たしているかどうかは、正直なところわからない。
それは周囲の人達の受け取り方の問題じゃなく、俺自身が『どうせ信じて貰えていないだろう』と諦めているからだ。
両親や来未にでさえ、そういう自虐的な思いや後ろめたさがある。
『俺の事を誰もわかってくれない』『私の事を理解してくれていない』なんてのは、誰もが一度は抱く共通の苦悩だ。
自分だけが特別辛い訳じゃない。
それでも……どうしても思ってしまう。
どうして俺は他人とは違うんだ?
どうしてこんな悩みを抱えなくちゃならないんだ?
――――どうして、こんな中途半端な苦しみを背負わなくちゃいけないんだ?
もっと辛い思いをしている人なんて、この世界には沢山いる。
それに引き替え、俺は自分の楽しいと思う事を出来ているし、身内との関係も良好。
だから、たかが表情を作れないくらい大した問題じゃない――――自分自身を含め、誰もがそう思うだろうという諦観の念が、虚ろに目の奥で燻り続けている。
終夜もきっと同じなんだろう。
「当たり前ですけど、まともに取り合って貰えた事はありません。父はご存じの通りゲームの製作に関わっているので、自分を喜ばせる為に冗談を言っていると受け取ったみたいです。母は……」
これまで、終夜の口から父親の事は散々聞かされてきたけど、母親について言及するのは初めてだった。
そしてそれは、彼女が今一人暮らしをしているという事実から、余り良い話題にはならないだろういう確信があった。
「母はそんなわたしに呆れて、家を出て行っちゃいました」
「それは……」
「元々、ワーカホリックで家に帰らない父に愛想を尽かしていたとは思います。でも、『それでもこの子の為に頑張ろう』とは思えなかったのだとしたら、それはわたしの所為ですよね」
同じ――――じゃなかった。
終夜の抱える闇は俺よりもずっと濃く、もしかしたら致命的なのかもしれないと思ってしまった。
「確認だけど、お前のそれって『共通の趣味を持っていて、話が合う人としか話せない』って解釈でいいのか? それとも、ゲーム自体に強い拘りがあって、それに縛られてるって事なのか?」
まるで医者の問診のような疑問を口にしてしまったのは、アヤメ姉さんの影響かもしれない。
案の定、終夜はポカンとした顔で俺を見つめ、やがて微かに苦笑した。
「本当に、深刻に捉えてくれているんですね」
「……悪かったよ。今のは忘れてくれ」
自覚があった分、恥ずかしさで身悶えしそうになる。
素人がカウンセリング紛いの事をするのは止めろ、なんていうアヤメ姉さんの声が聞こえて来そうだ。
「わたし自身もよくわかりません。その人がゲーム好きだとわかっていたら、こうやって普通に出来るんです。でも、そうじゃない人には不安と緊張でどうしても……」
恐らく、その『そうじゃない人』には医者も含まれていたんだろう。
今の話さえ出来なかったのなら、匙を投げられるのも仕方がないのかもしれない。
「それって、いつから? 子供の頃からなの?」
例えば、同じ小学生時代でも、低学年か中学年か高学年かで周囲の反応や雰囲気、そして自分の負担は変わってくる。
思春期の方が辛いかもしれない。
「小学校に通い始めた頃は、普通にクラスメートと話していたそうです。2年生に上がって暫くしてから……急に」
小2か……俺もそれくらいの時期に表情をなくしたような気がするけど、記憶がハッキリしない。
「でも、当時の事は殆ど覚えていないんです。この話も、父から聞いたものをなぞっているだけで、実感としては……」
「小学校低学年の記憶なんて断片的なものしかないもんな」
「はい。ただ、教室でずっと独りぼっちだったのは覚えています」
孤独を口にした終夜の顔は、意外にも晴れやかだった。
そのミスマッチが何を意味するのかは、今の俺にはわからない。
わかっているのは――――終夜の苦痛は現在進行形って事だ。
「今もそうなのか? ゲーム好き以外とまともに話せないのなら、学校は苦痛だろ?」
「そうでもないですよ。誰とも話さなければいいだけですし。先生との会話だって、そう多くないですから」
お仲間とは言ったけど、学校での立ち振る舞いは俺と大分違うらしい。
終夜は淡々と語っているけど、学校で誰も話し相手がいないのは……どうなんだ?
「ゲーム好きを探そうと思った事はないのか? 男は流石に難しいとしても、女子にだってクラスに一人くらいはいるだろ」
「かもしれません。でも、例え窓際で一人スマホを弄ってゲームをしている女子がいたとしても……わたしの方から声を掛けられる自信はありません」
そうか。
終夜は"普通に"人見知りでもあるのか。
それに加え、ゲーム好きとしか話せないとなると……相当な生き辛さの中で生活している事になる。
当たり前だけど、ゲーム好きかどうかが一目でわかる超能力なんて終夜は持っていない。
『この人はゲームが好きだ』と心が理解して、そこで初めて普通に接する事が出来る。
だとしたら、例え学生の身でもゲーム会社に身を置くのが終夜にとって一番楽だったのかもしれない。
ある特定の環境下において、動悸、息切れ、目眩、強烈な不安などの発作に襲われるパニック障害。
幼稚園や学校など特定の場面においてのみ話せなくなってしまう場面緘黙症。
それなりに知られている疾患や症状の中にも、一定の条件下でのみ発症するものは幾つかある。
その亜種、或いは近隣のケースも、名前が付いていないだけで実際には沢山存在するだろうと、アヤメ姉さんは言っていた。
実際、終夜はゲーム好きだとわかっている俺に対しても、テンパるとちょくちょくフリーズする。
ポンコツ……もとい、メンタルに何らかのトラブルを抱えているのは間違いない。
それでもちゃんと学校に通い続けてるのなら、それは凄い事だ。
正社員ではないだろうけど、ワルキューレのスタッフの一員としても活動してるってのに。
……と、思わずそんな上から目線の言葉を出してしまいそうになり、慌てて口を噤む。
そんな偉そうな事言える立場じゃないよな。
「なあ、終夜」
お詫び、っていうのも変だけど、俺は終夜に一つの提案を試みる事にした。
「もしお前が、その『ゲーム好きとしか話せない』ってのを治したいと思うのなら、俺も協力するよ。身内に医者もいるしさ。だから、何かして欲しい事があったら遠慮なく言って」
「あ、ありがとうございます。それなら、早速ですけど……」
俺の申し出に戸惑いつつも、終夜はコホンと咳払い一つして――――
「突然裏切らないで下さい」
「……すいません」
話を当初の目的の方へ軌道修正して来た。
こういうところは女子らしいというか、しっかりしてるな。
「ホントにもう、頭の中が真っ白になったんですよ? オンラインゲームで仲間を裏切るのって、現実で裏切るより罪は重いんですからね」
「それはどうかと思うけど……兎に角、ちゃんと理由があるんだよ。それを話にここまでやって来たんだから」
終夜の突然の激白に未だ心が落ち着かない中、俺は霧の中を歩くような心境で先日の件を思い返しながら、しどろもどろになりつつ説明を始めた――――
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