3-19

 オンラインゲーム内における会話にまだ慣れていない俺は、現実視点とゲーム内視点のリンクを上手にリンクさせる事が出来ない。

 家庭用ゲームについて語る言葉は山ほど知っていても、オンラインゲームについては完全に語彙不足。

 用語に関する知識もシステム関連の常識も欠如している。


 そんな俺が今回、成り行き上、進行役を務めなくちゃならない。

 そのプレッシャーに具合を悪くしそうになりつつ、必死になって頭の中を整理した結果――――


「まず率直に聞くけど、テイルは信用出来ると思うか?」


 最初に議題として取り上げたのは、このトピックだった。

 

「それはつまり『こちらが提案した武器を実際に開発してくれるのか』という疑惑を持っているか、という疑問と同義ってことで良いんだね?」


 流石、Lv.150のカンスト様。

 こっちの意図を鮮やかに汲みとってくれた。


 メタ発言が厳禁の中、『代表者が保証してくれたから俺達のアイディアが確実にアイテム化されるよ』なんて言えない。

 かといって、この〈アカデミック・ファンタジア〉特有の用語に置き換えられるほどの知識は俺にはない。

 現状、この質問が精一杯というところで、どうにか滞りなく進行出来そうだ。


『信用出来るか否かは半々であるとエルテは優柔不断に記すわ』


「なんでそんな遜るのかはわからないけど、エルテは五分五分と見てるんだね。ブロウは?」


「僕は完璧に信頼しているよ。彼女は僕の正義そのものさ」


 相手がロリババアの可能性大という時点で、彼にとってテイルは崇拝の領域らしい。

 どうやらエルテと会話した方が現実的な話が出来そうだ。


 ただ、その前に……


「ならリズは? お前は確か『この世界の理』について色々知ってるんだよな?」


 一つぶっ込んでおかないとな。


「本当かい? だとしたら心強い」


『どういう理由で知っているのか興味があるとエルテは赤裸々に記すわ』


 案の定、2人はすぐ食い付いてくる。

 一方、俺の唐突なフリに対し終夜の反応は――――ゲーム画面じゃなくスマホの着信音という形で露呈。

 呪詛を浴びるのを覚悟の上で通話ボタンを押してみる。


「なんであんなわたしに注目が集まること言うんですか! 後ろからチェーンソーで刺された気分です! 憤慨です!」


 刺さんねーよ。

 まあ、ゲーム内じゃなくスマホで不満を訴えてくる辺り、一応冷静ではあるんだろう。


「仕方ないだろ。ならお前、あの2人に何を提供出来るんだ?」


「……どうゆう意味ですか?」


「ブロウとエルテはこのゲームの熟練者だ。Lv.の高さは勿論、アカデミック・ファンタジア自体を相当やり慣れている。それに引き替え、俺とお前は駆け出し程度のLv.だし、お互いへっぽこプレイヤー。足手まといにならない為には、強さや経験以外の何かを彼等に提供しないと」


「それは、そうですけど」


「お前はアカデミック・ファンタジアの世界観を作った女。言うなれば女神様だ。そのポジションだからこそ得られる知識は、お前だけが持つ特権だろ? 俺達に出し惜しみしてる余裕なんてないぞ」


「う……」


 自分が足を引っ張りそうな気配は既に感じ取っていたんだろう。

 言葉に詰まった終夜は、そのままゲーム内でもスマホでもフリーズ状態になってしまった。


 終夜の目的は、ゲームのクリアじゃない。

 父親の作った〈裏アカデミ〉を潰す事にある。


 自身の会社であるワルキューレを裏切ってこのゲームを世に送り出そうとしている父親の不義理を食い止める為には、致命的な欠陥を見つけるしかない。

 そうすれば、少なくとも商品化はかなり遅れるだろうし、ワルキューレ側が対策を施す――――或いは終夜父を説得する時間も稼げる。


 その為にも、挫折する訳にはいかない。

 パーティーのお荷物となって、フリーズの日々を送るハメになり、まともにプレイ出来なくなるのは避けたい筈だ。


「……まあ、偉そうにあーだこーだ言っちゃったけど、俺なんて差し出せるもの何もないんだよな。ゴメン」


「そんなことないです。わたしがムリヤリ付き合わせてるんですし」


「そうも言っていられない。俺も必死なんだよ」


 クリアする理由が一つ増えた。

 終夜の為だけじゃなく、俺自身の為にもこの〈裏アカデミ〉をクリアしなくちゃならない理由が。


 ある意味、俺も終夜もオンラインゲーム特有の柵に囚われているのかもしれない。

 でもそれは同時に、生活の中でゲームに時間を費やす確かなモチベーションでもある。

 家庭用ゲームにはない、諸刃の剣だ。


「リズはまあ、もう知ってると思うけどテンパるとフリーズする悪癖があるから、代わりに俺が説明する」


 終夜とスマホでやり取りする一方で、チャットでの会話も継続。

 二つの事を同時進行でこなすのは、昔から得意だった。

 プレノートを書き溜める為、ゲームをプレイしながらその時々で感じた事をメモするのは必須だったからな。


「いえ、大丈夫です。わたしから説明します」


 お、リズ復活。

 今回は早かったな。

 何気に成長してるのかもしれない。


「わたしは神です。だから多くのことを知っています」


 ……成長のスケールが違った。

 まさか神の誕生を目の当たりにする日が来るとは。

 そりゃ確かに女神様とか言ってその気にさせたのは俺だけどさ……言うか? 自分で。普通。


『自分を神様という人の大半は何らかの精神的問題を抱えているとエルテは無慈悲に記すわ』


 結果、本当に無慈悲な宣告がリズの心臓を貫いた。

 メンタル最弱の神が存在する世界……そんなの不安定過ぎて生活出来ないぞ。

 すぐ天変地異が起こりそうだ。


『とはいえ、自称"神"が貴方のアイデンティティであるならば、受け入れる所存であるとも追記するわ』


 要するに、そういうキャラなら受け入れますよ、という事らしい。

 こっちも流石は高Lv.の実証実験士、ステータスに相応しい器のデカさだ。


「ならば話は早いのです。わたしの言う事を聞くのです」


 急に神様キャラを模索し出したのか、リズの言葉遣いが微妙に変化している。

 あいつはあいつで、このパーティーに自分の居場所を作ろうと必死なんだろう。


「スタッフだって悟られるような情報は出すな。その範疇で、テイルを信用できるもっともらしい理由を2人に提示するんだ」


 俺も負けてはいられない。

 スマホで終夜に支持を出しつつ、自分自身の発言も考える。

 ……なんだかセコセコした事やってんな、俺。


「テイルというあの女の子の正体は、神の使者なのです。わたしとは管轄が違いますけど、彼女の上司は信頼できる神。よって、わたしが保証します。彼女の話は全て真実なのです」


 だーっ、管轄とか言うな!

 如何にもスタッフっぽい発言じゃねーか!

 なんとかしてフォローしないと……


「彼女……テイルは独力で実験と開発を進めている。つまり後ろ盾がない。俺達を騙したところで、報復を防ぐ手段がない筈。敵を作れる余裕なんてないよ、きっと」


『つまり、彼女を信用するというよりは状況を見て逐一判断する方が好ましいと言いたいのね、とエルテはここに記すわ』


「理解が早くて助かるよ」


 現状、テイルの正体がスタッフ側の一員であり、ナビゲート役を担っているのはブロウもエルテも十分わかっているだろう。

 俺が敢えて最初にテイルを信用しているかどうか聞いたのは、彼女自身への信用度を確かめる為じゃない。


『どれだけアイディアを出しても、結局はスタッフ側が用意した武器でストーリーが展開するんだろ?』という先入観を極力排除する為だ。


 もしその先入観をブロウとテイルが強く持っていたら、良い話し合いなんて出来ない。

 でも、俺があの質問をした事で、『仮にそうだとしても、ちゃんと話し合って良いアイディアを出そう』という一歩先の共通認識が生まれた……と思う。

 要するに、穿った見方をしたり斜に構えたような態度を取ったりせず、ゲーム内の役割をキッチリ果たそうという空気を作った訳だ。


 オンラインゲームの経験が浅い俺でも、プレイヤーの中には常に俯瞰でゲームの世界を眺めるタイプと、ゲームの中に入り込むタイプが存在するのは知っている。

 パーティー、或いはギルドといった複数のプレイヤーが団体で行動する上で、その両者のスタイルのズレが亀裂や致命的な崩壊を招きかねない事も。


 でも予め照らし合わせておけば、ある程度の予防にはなる。

 幸い、ブロウもエルテもそんな俺の意図を見抜いて、話を上手く合わせてくれた。


 2人とも俺と同じで、ゲームに入り込むタイプ。

 終夜も当初の意図は異なる状況を生んだとはいえ、結果的にそっちのタイプだと認識された。

 これなら真剣に、そしてロールプレイらしい会議が出来そうだ。


「あの、シーラ君。わたしこれからずっとこのキャラでいかなくちゃいけないんでしょうか……」


 スマホから悲鳴に似た終夜の声が聞こえたが、回答は一つしかない。

 すなわち――――


「健闘を祈る」


「うう……この手のキャラ、作った事ないのに……」


 神属性と電波属性の狭間で揺れる、そんなアイデンティティを背負ってしまったリズの今後に幸あれ。

 装備は全部呪われてるけど。


 さて、いよいよ本題だ。


「今は俺達に出来る事は少ない。なら、テイルの指示通りに俺達が有効だと思う武器を考えてみよう」


「賛成だね。崇高なロリババアの期待に応えられない実証実験士なんて滅んでしまっていい」


『異論なしとエルテは簡潔に記すわ』


「わたしは神なのです。任せるのです」


 全員の意思を確認したところで、会議が始まる。

 議題は当然、『この世界のイーターに通用する武器とは』だ。


 最強の威力を求めても、殆ど役に立たなかったのは実証済み。

 正攻法が一切通じない相手に、どんな武器で対抗すれば良い?


「単純だけど、やっぱりベースになるのは『追加効果』『付随効果』『属性効果』だろうね」


 真っ先に答えたブロウのその意見は、本人の言の通り単純ではあるけど、既にあの【ビリビリウギャーネット】で実証した通り、確実に有効だ。


 弱点となる属性の追加効果や付随効果による大ダメージ。

 或いは麻痺や毒、或いは即死といった効果を持つ武器での攻撃。

 特に即死効果がある武器なら、1ダメージだろうと攻撃が通れば倒せる可能性がある。


「即死+多段ダメージの武器なんてどうだい? 一度に10回攻撃が入れば、10度の即死判定がされる。即死耐性がない相手には有効だよ」


『そんな都合の良い武器が作れるか、甚だ疑問だとエルテは呆れ気味に記すわ』


「む……確かに強力過ぎるかもしれないけど、可能性がないとは言えないんじゃないかな」

 

『即死耐性のないイーターがこの世界にどれだけいるの、とエルテは疑問を呈すわ』


 ……早くも白熱した議論が高Lv.の2人の間で巻き起こった。

 これは計算外。

 熟練者同士だから空気を読み合って軽やかに話し合うのかと思いきや、初っ端からバチバチだ。


 ブロウのアイディアは十分に検討に値するもの。

 威力が低くても、必ず1以上のダメージを与えるという特殊仕様なら、なお効果的だ。


 一方、エルテの見解も正しい。

 これだけ強くなったイーターに即死耐性が備わっていないとは考えにくい。

 勿論、試してみなくちゃわからないけど。


「なら、僕のアイディアは一先ず保留としよう。シーラ、君は何かないかい?」


 突然のご指名だけど、焦りはない。

 というか、俺が彼等に提供出来るのは、こういった無形のものしかないんだから、ここで怯んでたら何も出来やしない。


「あるよ」


 俺は可能な限り低く渋い声を出した……ような感覚でそう答え、自分のアイディアを披露すべく昨日から書き溜めていたメモを広げた――――

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