3-20

 10年前のサ・ベルとは全く次元の異なる凶悪な敵となった世界樹喰い〈イーター〉。

 その一体一体がボス級、或いはそれ以上の強さで、力押しは勿論、まともな戦術は一切通用しない。


 そういう敵に対して有効な武器は――――そう問われた場合、本来なら敵の性質を全て知る事が回答を模索する大前提になるだろう。

 弱点が何か、耐性が何かを知らなければ、対策なんて練りようがない。

 だけど今回、テイルは俺達に何の情報も提示してこなかった。


 この事一つをとっても、彼女のオーダーは即戦力としての具体的な案を欲してのものとは到底思えない。

 やっぱり、俺達の発想力や洞察力、連携力を試す意味合いが強いんだろうなと邪推してしまう。


 でも、そういう事情が透けて見えるからといって、そういった能力を誇示しようとは思わない。

 今、この世界が欲しているのは、驚異的な進化を遂げたイーター共に通用する武器。

 それだけを熟考した結果、俺が思い付いた武器は――――


「同期する武器……ですか?」


 説明を一通り終えた直後、最初に食い付いて来たのは終夜……もとい、リズだった。


「この世界のフィールドをウロウロしているあの雑魚イーター共は、俺達が知っている10年前の世界では魔王や伝説の魔神と同等の力を持っている。そういう前提で考えてみたんだ」


 つまり、雑魚敵全てがラスボス級。

 だとしたら……


「即死や石化はもちろん、混乱や麻痺といった状態異常、そして守備力低下などのステータス変化には全て耐性がある。そう見なすべきだ」


 ブロウが挙げていた中の一つ『追加効果』の有効性は、きっと望めない。

 一方で属性に関しては、雷系が通用した前例もあるし、イーターの種類それぞれの耐性に穴がある可能性が高い。


 でも、属性のある武器は使い勝手が悪い。

 相性の良い敵なら有効だけど、逆に相性の悪い敵の場合は完全に無力化してしまう。

 まして、殆どの属性が完全耐性持ちの大進化イーターが相手となると、特定の属性を有した武器は扱い辛い。


「そこで、いわゆる『成長する武器』や『自律する武器』を考えてみたんだ。ありきたりだけど」


 家庭用RPGで比較的良く見かけるタイプの、使えば使うほど強くなる武器。

 そのバロメーターとして『熟練度』という言葉を用いるケースが多い。


「確かにそのタイプの武器なら、戦闘実績さえ重ねれば、やがて最強の武器になるかもしれない。でも……」


『どこかに限界はあるとエルテは無情に記すわ』


 流石高レベルの猛者ども、痛いところをしっかり突いて来やがる。


 使えば使うほど強くなる……とは言っても、システム上『攻撃力∞』ってのはあり得ない。

 Lv.にも限界があるように、武器の威力にも必ずリミットは存在する。


 でも、なら同様に――――

 

「敵の防御力にも限界はある筈。でも今までの武器では、それを測る事さえ出来ない」


 世界最強の威力を誇る武器でも通用しない。

 だから威力を求めるのは無意味……そう俺も思っていた。


 でも、そうじゃない。

 無意味なのは『歴代最強』を追い求める事だ。


 今、この世界の人類に必要なのは、今までで一番強い武器じゃない。

 イーター達の防御力を特定出来る武器。

 仮に、連中の防御力がシステム上の限界値なのだとしたら、その限界値かどうかを特定するだけの威力を持った武器が必要だ。


「どんな威力の武器でも最低限のダメージしか与えられない、っていうのは、限界まで威力を高めた武器で攻撃してみて初めてわかる事だ。それを試さない限り、ここのイーターは攻略出来ない」


「仮に、限界まで高めた武器でも一桁のダメージしか与えられないようなら……」


「正攻法じゃどうしようもない、と証明される事になる」


 その場合は、何らかのギミックや弱体化の方法が存在すると見て間違いないだろう。


 敵を倒せないゲームなんてのはゲームじゃない。

 まして雑魚相手にいつまでも四苦八苦しなくちゃならないゲームなんてクソゲーの極み。

 30年前ならいざ知らず、今そんなオンラインゲームを世に出したら総スカンだ。


「でも、正攻法以外のイーター攻略法を発見するのは俺達の仕事じゃない。俺達に今求められているのは、現状を打破する為の武器の着想。それも、一刻を争う段階だ」


「あ、そっか。だから同期なんですね」


 ようやく俺の意図に気付いたリズが、両手でスタンプを押すような仕草で腑に落ちた様子を表現していた。


「そう。仮に『成長する武器』が実際に開発出来たとして、限界値まで上げるには相当な数の戦闘をこなさなくちゃならない。でもあのイーター達相手に連戦なんて正気の沙汰じゃない」


「でも同期すれば、同じ武器を使っている人全員の戦闘実績をカウントできる。使う人が多ければ多いほど、すぐカンストします!」


 アイディアを出した俺よりリズが興奮しているのは謎だけど……要はそういう事。

 いわゆる『レイドボス』と同じ発想だ。


 レイドボスは通常、プレイヤー全員の与ダメージが蓄積していく。

 それに対し、俺の提案した武器はプレイヤー(武器使用者)全員の熟練度が蓄積していく。

 そして、レイドボスとの大きな違いは――――


「それって、固有武器じゃなく量産タイプなのかい? 同一の武器全てが威力を増していく設計なんだよね?」


 そのブロウの指摘通りだ。

 場合によっちゃ最強武器のバーゲンセールになりかねない。

 だとしたら、ゲームバランスの観点から、スタッフがこの武器を作ってくれる可能性は限りなく低くなるだろう。


 普通のゲームなら。


「そのつもり。もし本当にそんな武器が作れるのなら、な」


 ゲームバランスの問題は重要だ。

 オンラインゲームでは特に、配布アイテムやイベントの難易度のバランスを一つ間違えるだけで数多のユーザーを失いかねない。


 勝算の低い賭けになるけど、今の俺が思い付く『この世界で有用な武器』はこれくらいだ。

 そんな俺のアイディアに対し、猛者たるブロウとエルテは――――


「面白いかもしれないね。他人の武器まで強化するって発想は、僕にはなかったよ。敵の装甲の限界を調べるっていうのも、実証実験士ならではの視点だ」


『最低一度の戦闘に耐えうる必要、量産による弊害……問題は山積しているけど、悪くはないとエルテは好感触を記すわ』


 幸いにも好意的な反応を示してくれた。

 一先ず安堵。


 何しろこっちはオンラインゲーム初心者だから、オンラインの常識に囚われないのが唯一の強み。

 でもそれは一つ間違うと、余りにも無知過ぎて蔑視の対象になりかねない。

 結構ギリギリのラインだったのかもしれない。


「流石はシーラ君。君ならではの発想だよ」


「低レベルの新人君ならでは、か?」


「違うよ。本当に感心したんだ。正直、君のアイディアに比べたら僕は明らかに練り込み不足だったと言わざるを得ない。もっと精進しないと、ロリババアの隣に並び立つ資格は得られないね」


 相変わらず、脈絡なくロリババアを絡めてくる奴だ。

 こんな変人なのに、どうしてか軽口を叩き合えるくらい砕けた関係になった……らしい、いつの間にか。


 なんとなく彼には接しやすさを感じている自分がいる。

 波長が合う、という訳では決してないと思うんだけど。


「それじゃ、次は女性陣よろしく。どんな武器を考えてきた?」


『エルテはトリを飾るに相応しい大胆不敵なアイディアを持ってきたのでリズちゃんお先にどうぞと謙虚に記すわ』


 明らかに逃げの一手!

 何も考えていない可能性が高そうな気しかないけど……まあいい。


「リズ、行けるか?」


 そう問いかけつつも、実のところ心配はしていない。

 何しろ終夜は〈アカデミック・ファンタジア〉の世界観を考えた女。

 設定を作る事に関しては紛れもなくプロだ。


 ゲーム経験がどの程度なのかは未知数だけど……ゲーム会社の社長の娘で自身もその仕事を手伝っているくらいだ、十分な量をこなしていると見て間違いない。

 そんな彼女がどんな武器を考えて来たのか、一プレイヤーとして純粋に興味もある。


「わかりました。女神の知恵を授けましょう」


 両腕を広げ、神々しさを強調した仕草と共に、リズは己のアイディアを語り始めた――――


「バズーカです。バズーカを開発するのです」


 ……一瞬、このゲームの世界観が大きくグラついた気がした。


 いやいやいやいや、この剣と魔法の世界にバズーカて。

 そりゃ魔法と銃を共存させるゲームは昔から少なからずあるけど……確か〈アカデミック・ファンタジア〉には重火器すらなかった筈だぞ?


「バズーカとは一体なんだい?」


『聞いた事のない武器だとエルテは不可解さを全面に押し出して記すわ』


 案の定、ブロウとエルテは『バズーカという言葉も知らない体』で真意を確かめている。

 彼等にとってリズは俺同様に低レベルの実証実験士でしかなく、その中身がゲーム初心者かもしれないと訝しんでの事だろう。


 ゲーム内にない現実の物を取り上げて語るのは、メタ発言とほぼ同義。

 そんな、世界観を破壊する行為を作り手側の終夜が進んで行うとはとても思えない。


 まさか……実装予定だったのか?


「『バズーカ』とは、対超弩級イーター用兵器。世界樹魔法〈ユグドマ〉をより高い威力で前方へ撃ち出す増幅器です。かつて存在し、失われてしまったロストテクノロジーの一つなのです」


 やっぱりか。

 現実世界とは定義が異なる、ゲーム内世界独自の武器に『バズーカ』と名付けたんだ。

 ファンタジー系のゲームでは良くある仕様だ。


「成程。もしそれが事実なら、開発出来る可能性は高い。それに、貴女が神という証にもなる。ロストテクノロジーなんて僕でも聞いた事がないからね」


 中々粋な設定を考えてきたね、と言わんばかりにブロウは拍手のジェスチャーを見せた。

 実際には、〈アカデミック・ファンタジア〉で今後実装予定だったアイテムをバラすというネタバレ行為の可能性大なんだけど……ま、10年後の世界でそれを言っても仕方がない。


「えっへんなのです」


 反則スレスレ、というより完全な反則で存在感を示したリズは、それはもう大層嬉しそうにドヤってた。

 多分、ワルキューレから来年の契約貰えないな、コイツ。


『2人とも予想以上に面白い武器を考えて来たと、エルテは惜しみない賛美を記すわ』


 そんな憐れなリズと俺に対する称賛と共に、自らトリを選んだエルテが全員の視線を浴びる。

 意外にも、ちゃんと用意していたらしい。


『でも残念、今回は相手が悪かったようね。全ての武器を過去にする、そんなエルテの天衣無縫な一撃を食らいなさいとここに記すわ!』


 相当自信があるのか、珍しく感嘆符を用いてきた。

 これは相当な物を考えついたに違いない。

 期待半分、恐れ半分で彼女の言葉に注目した――――





 ――――その翌日。


「エルテプリムの考えた『オーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)』以外の武器は合格なの」


 会議で各々のアイディアをブラッシュアップし、それらの武器をソル・イドゥリマの文化棟の一室で待っていたテイルに知らせた結果、俺とリズの武器が採用される事になった。


『不当判決だとエルテはここに太文字で記すわ!』


「名前がダサいのはダメなの」

「論外ですよねー。聴け! 我が宴……ぷぷ」


 テイルだけでなく男の娘助手のネクマロンからも辛辣な反応を返され、エルテは結構本気で沈んだらしく、まるで終夜のようにフリーズしてしまった。

 だから止めとけと昨日あれだけ忠告したのに……そもそも音楽の力で敵を倒す武器って、余りにも煎じすぎて最早白湯だし。


 ちなみに、ブロウは散々悩んだ挙げ句、自分の考えた武器は取り下げ、リズのバズーカのブラッシュアップに協力していた。

 当初は攻撃系のユグドマの増幅器だったけど、それに『ステータスアップを付与するユグドマも増幅する』という条件を加えて提出する事となった。


 状態異常やステータス低下の場合、完全耐性があるのならどれだけ魔法を増幅しようと意味がない。

 でも攻撃力などのステータスをアップさせる魔法については、敵がどんな耐性を持っていようと関係なく、こっちの戦力を底上げ出来る。

 バズーカで味方を撃つのに抵抗がなければ……の話だが。


「オーケストラ・ザ・ワールド(聴け! 我が宴)はともかく、他の二つは開発し甲斐があるの。単に威力の増加だけじゃなく、色々な可能性を秘めているの」


「それじゃ早速、設計図を作りますね! イヤッホゥ、久々の大仕事だぜー!」


 意外と仕事熱心らしく、ネクマロンは喜々とした様子で部屋から出て行った。

 実証実験士に出来るのはここまで。

 後は武器の完成を待つしかない。


「取り敢えず、これでオーダーはクリアって事で良いのか?」


「ダメなの。まだお願いしたい事があるの」


 どうやら、例の転移体質はまだ解除されないらしい。

 この辺りは普通のゲームっぽい流れだなと思いつつ、次のテイルの依頼に耳を傾けた。


「武器が完成するまでの間、更なる協力者を探して来て欲しいの」


「更なる? 他の実証実験士を?」


 俺のその問いに対し、テイルは幼女の姿らしく大げさに首を横へ振る。

 その挙動を見逃さず、ブロウが無言のガッツポーズで満足を表現していたのは地味にイラッとした。


 が、そんな彼が――――


「見つけて欲しいのは、キリウスという人物なの」


 その名前を聞いた途端、明らかな動揺を示した。

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