3-17

 アニメカフェに代表されるコンセプトカフェは、イベントなどで多数の来客が予想される日には通常、事前完全予約制を用いる。

 あらかじめ時間帯を区切り、その時間内に来店できる客を募る方式だ。


 これによって、所定の時間が過ぎたら強制的に客の入れ替えが出来る為、客席回転率は必然的に安定する。

 そして何より重要なのは、予約までして来店する客は高いメニューを注文しグッズもしっかり購入する為、客単価も引き上げられるという点だ。

 ドライな言い方をすれば、優良客で席を埋められる方式って事になるだろう。


 ただし、それはあくまで人気店というのが前提。

 ウチのような閑散としたカフェでは、例え今日のようなかき入れ時でも満席にはならず、予約制を導入し一見さんを遠ざけるメリットはない。


 よって、予約の確認やキャンセルの電話とはほぼ縁がないこのLAGに電話がかかってくるのは珍しい。

 営業時間の確認の電話さえ滅多にないない、まさに『場末』という言葉が良く似合うカフェだ。


 それだけに、電話の着信音に対する反応は過敏になりがち。

 別館であるこのミュージアムに届く音は、それはもう小さな小さな音量だけど、思わず耳が拾ってしまう。


 まさかとは思うけど……親父がこっそり脱税してて、税務署から税務調査の連絡が来ているんじゃないか?

 若しくは保健所の立ち入り検査とか?

 そんなネガティブな発想ばかりが頭の中を駆け巡る。


「ちょっと! そこの無愛想な店員! 聞いてるの!? 星野尾のサインでお店を埋め尽くせば、星野尾の潜在的なファンが目の色変えて全国、いや世界から押し寄せてくるんだからね! 星野尾メソッドで算出した結果、いずれ星野尾に関心を寄せる人は100億人くらいいるし!」


 世界どころか宇宙から押し寄せてこないと計算が合わないな……

 いや、今はそんな事より電話だ。


 既に着信音は鳴り止んでいるから、恐らく母さんが対応しているだろう。

 何事もなければいいけど……


「あ、お母さんからSIGN。さっきの電話、にーににだって」


「え!? 俺に!?」


 正直これは想定外。

 固定電話に俺宛のコールなんて初めてだ。


 思い当たる人物となると……終夜か?

 でもあいつとの連絡はスマホだから、まさか店の電話にはかけてこないだろう。


 となると、他に考えられる相手は――――


「……お客様、申し訳ありませんが持ち場を離れさせて頂きます。またのお越しをお待ちしております」


「あ! 勝手にシメないでよ! もーもーもー!」


 不服そうなその声が何気に可愛かったりする辺り、声優の仕事も囓っただけはある。

 そんな星野尾さんに背を向け、ダッシュで本店へと向かった。


 ありがたい事に、店内は来未不在でも賑わっていて、席のおよそ1/4が埋まっている。

 滅多に見られない光景だ。


「深海! 早く早く!」


 カウンターの奥から、妙に焦った声で母さんが急かしてくる。

 嫌な予感しかしない……


「失礼のないようにね」

 

 誰から?と問う事さえ許さない鬼気迫る表情で子機を手渡され、嫌な予感は確信へと変わる。

 まさか……


「お電話変わりました。春秋終夜です」


『忙しい中、済まないね。終夜だ』


 ――――急速に視界が暗転する。

 思わずそんな錯覚に陥ってしまうほど、電話口から聞こえてくるその声には魔力のような何かがあった。


 終夜は終夜でも、終夜父の方だったか。

 終夜京四郎――――ワルキューレの代表取締役社長が、一体何の用件で俺に電話を……?


『正直に話すと、娘とのコミュニケーションが上手くいっていなくてね。君の携帯に掛けようにも、番号を知る術がない。非礼を承知でこちらに掛けさせて貰った』


「それは構いませんが……」


『そう訝しがらないでくれ。君にとって悪い話ではない。それとも、私との“約束”はもう御破算かね?』


 終夜父との約束。

 即ち――――〈アカデミック・ファンタジア〉のクリア。

 もしそれを諦めたとしたら、彼との接点はなくなる。


「いえ。今もそのつもりでいますし、モチベーションも衰えていません」


『なら良かった。少々取っつき難いところではあるのでね。今、君が差し掛かっている局面というのは』


 代表者である彼は当然、俺と終夜の進行状況を把握しているんだろう。

 そして、仮にその進行状況を見てこのタイミングで連絡してきたとすれば、それは納得に足る行動だ。


 実際彼の言うように、俺は今、テイルからの依頼に対してどう対処すべきかで悩んでいる。


 俺以外の3人だって困惑してるだろう。

 これからゲームを進める上で必要となる武具を、自分で考えて来いと言われているんだ。

 未知の領域に対しての高揚感と、宿題を出されたような抵抗感とが混在して、ここ2日間の現実での疲労もあり、中々前に進めずにいる。

 

『君は〈アカデミック・ファンタジア〉の開拓者として選ばれた1人だ。出来れば継続してプレイして欲しい。その為に、一つ助言をしたいと思ってね』


「良いんですか? それって依怙贔屓じゃ……」


『プレイヤーズマニュアルも攻略サイトもない中、手探りで挑んで貰っている。まあ、天のお告げとでも思ってくれ。ファンタジーならそれもアリだろう?』


 自らを天と形容するのは、傲慢な性格なのか、自信の表れなのか。

 何にせよ、制作者自らがそう判断しているのなら、そのお告げってのが重大な情報って訳じゃないんだろう。

 なら素直に受け取っておくか。


「わかりました」


『うむ。時間は取らせないよ』


 終始穏やかな終夜父の声を聞き逃さないよう、神経を集中させる。

 気付けばいつの間にか、疲労感はなくなっていた。


『君が今感じている事、疑問に思っている事は想像に難くない。「ユーザーのリクエストを逐一アイテム化するオンラインゲームなど不可能」……そう思っているのだろう。だが可能だ。可能である事を前提に、ぜひ真剣に向き合って欲しい。その労力は必ず報われる。無論、正しい答えを導き出せたらの話だが』


 敢えて具体性を伴わない、本当に助言レベルの内容。

 けれど、俺の逡巡を断ち切るのには十分だった。


「……了解しました。まずはトライしてみます」


『頼むよ。私の〈アカデミック・ファンタジア〉を堪能してくれ給え』


 現在ワルキューレが運営している〈アカデミック・ファンタジア〉は本物ではない――――そう言いたげな主張を最後に、終夜父の電話は切れた。

 確かに手短だったけど、こっちは緊張で全身の汗腺が開きっぱなしだ。


 にしても……『選ばれた』って言ってたな。

 代表者がそう発言したって事は、俺を無作為じゃなく意図的に〈裏アカデミ〉へといざなった確固たる証拠だ。

 あのフィーナの正体が終夜父の関係者なのも、ほぼ決まりだろう。


 でも、なんで俺なんだ?

 オンラインゲーム初心者で、表の方の〈アカデミック・ファンタジア〉でも全く実績のないヘボプレイヤーだったのに。


 ……謎は深まるばかりだけど、ここで考えていても仕方がない。

 代表者がああ言っていたんだ、何かしらの方法で俺達ユーザーが持ち寄ったアイディアをゲーム内に反映する事が可能なんだろう。

 なら、俺がこれからすべき事は――――


「終夜! ちゃんとお話した?」


 電話を切って物思いに耽っていた俺に対し、母さんは何故か緊迫した面持ちのままで詰め寄って来た。


 まさかあの人、母さんにワルキューレの代表と名乗ったんだろうか?

 俺や親父に勝るとも劣らないゲーム好きの母さんなら、ワルキューレは勿論、その前進だったオーディン時代にも思い入れがありそうだ。

 その代表者に対し、俺が何か粗相をしなかったと心配しているのか――――


「今の人、前にウチに来た女の子のお父さんなんだって? まさかもう親御さんと連絡を取り合う仲になってたなんて……母さんビックリしちゃった」


「……は?」


「そうね。深海はRPGとSLGが好きだから、外堀を埋めるくらいの策略家に成長するのは必然かもね。私としては、一撃で仕留めるFPS的な男の方が好みなんだけど」


 我が家の母ときたら、何か重大な誤解をしている上に男性の好みを堂々と息子に暴露して来た!


「親父に一撃で仕留められたの……?」


「さあ、どうだったかな。それより深海」


 かと思いきや、今度は血相を変えて俺に顔面を寄せてくる。

 肘が飛んできそうで怖い。


「健全なお付き合いをしなさいね。私の経験上、オタクが一度覚えるとそれはもう……」


「止めてそれ以上止めて! 親の赤裸々な体験談なんて聞きたくない! って言うか付き合ってないから!」


「そうなの? 人生初の彼女ゲットしてないの? 何さーもう折角久しぶりにテンション上がったのにー」


 理不尽な失望感を勝手に抱き、今にも唾棄しそうな表情で母さんは持ち場の厨房へ戻っていった。


 どうやら終夜父は肩書きじゃなく俺の交友関係を自己紹介に使用したらしい。

 まあ妥当っちゃ妥当だけど、こっちは飛び火食らっちまったよ。


「はーい! 皆さんご注目! 今日は飛び入りでアイドルの方に来て頂きましたー!」


「星野尾よ! 特別に無料でサインしてあげるから、星野尾の前に並びなさい! 今なら漏れなく握手も付いてくるんだからね!」


 ……なんかフロアの方で関わっちゃいけない類の突発イベントが始まったようなので、俺は気配を消しつつミュージアムへ戻り、仕事を再開した。


 

 そして――――夜。



 自由の身となった俺は部屋に戻った刹那、ゲーミフィアの電源を入れて、逸る気持ちを抑えるようにベッドの上でゴロゴロ転がっていた。

 家庭用ゲームでさえ久しく味わっていなかった感覚。

 自分の中のゲーム観が、どんどん塗り替えられて行く気がする。


 これから俺がすべきなのは、他のパーティーメンバーと連絡を取って、話し合いの場を設ける事だ。

 終夜父の助言については、終夜以外には伏せておいた方が良いだろう。

 それでブロウとエルテが協力してくれるかどうかは未知数だけど、なんとかするしかない――――


「……ん?」


 そう決意した直後、ふと、ある重大な問題が頭の中を過ぎった。


 パーティーメンバーとの会議。

 それはオンラインゲームとしてはごく当たり前で日常的なもの。

 どういうクエストを受けるか、どんなスキルや装備品を身に付けるか、イベントの際に各々どんな役割を担うか……等、チームプレイに必要な事項はそこで細かく煮詰めていく。


 俺もノーマル版の〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしていた時、アポロンやソウザと何度か会議を行った。

 だけど、〈裏アカデミ〉に関わって以来、全く参加出来ていない。


 元々1ヶ月で辞めると宣言してた訳だし、その期間は5日前にもう過ぎてるから、いなくなる事自体は問題じゃない。

 でも、挨拶もなしに姿を消すのは最低の行為。

 オンラインゲームのマナーとかそれ以前に、人として絶対しちゃいけない。


 だけど……今、俺の操るプレイヤーキャラクター(PC)である『シーラ』は過去のサ・ベルにいる。

 そしてそこから時間移動はまだ出来ない。

 なら必然的に、ノーマルの方の〈アカデミック・ファンタジア〉のPCと連絡を取るのは設定的に矛盾が生じる。


 今の俺の環境でログインすると、〈裏アカデミ〉の方の拠点――――アルテミオからゲームは再開される。

 どういう処理になってるのかは知らないけど、シーラのプレイデータではもうノーマル版の方はプレイ出来ない。

 よって、ゲーム内ではチャットやメッセージのやり取りさえ出来ないだろう。


 それでも、どうにかして彼等と連絡を取り合う事は出来ないだろうか?

 幾ら〈裏アカデミ〉の世界に誘い込まれたという事情があるにせよ、このまま黙っていなくなるのは避けたい。


 とはいえ、彼等とはゲーム仲間ではあっても友達じゃない。

 ゲーム外での連絡先なんて知らないし……


「……ゲーム外?」


 そうだ。

 ゲーム外で連絡を取る方法があるかもしれない。

 藁にもすがる思いで、俺はゲーミフィアを一端床に置き、充電中だったスマホを手に取った。

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