3-16
『読者モデル 兼
アイドル 兼
女優 兼
声優 兼
登山家 兼
写真家 兼
動画投稿者 兼
歌い手 兼
作詞家 兼
画家 兼
彫刻家 兼
詩人 兼
文化人 兼
架空の人物 兼
クリエイティブクリエイター 兼
ゲーム評論家
だって』
……少なくとも俺にとって、こんな数の肩書きを持つ人間は初見。
というか今後も二度とお目に掛かることはないだろう。
「どう? 星野尾がどれだけスゴくて立派な女性かわかったでしょ? 心配しないで。星野尾を知らなかったことを恥じなくていいの。今、ここで知ったことに感動するだけでいいのよ。さあ、泣きなさい! そして笑いなさい!」
最終的に沖縄三線の音色が聞こえて来そうな、堂々たる花を咲かせた悩みの種に悶絶しつつも、俺はあらためて来未からのメッセージを凝視してみた。
ここに記載されているのは、彼女の職業……らしい。
16種類ものごった煮なのも異常だけど、どれにも“元”がついていない点に注目せざるを得ない。
「ええと、つまりお客様は……16もの職業を現在進行形でこなし続けている方なのでしょうか」
「そうよ! だってどれ一つ引退してないもの! 話がくれば過密スケジュールとの相談になるけど、基本完璧にこなしてあげる!」
……ああ、そうか。
これは彼女の経歴なんだな。
実際、芸能人だとしても何一つ違和感ない容姿だ。
読者モデルのスカウトを受けて、人気が出てアイドルデビューしたんだろう。
俺はゲームに関与しないアイドルは全然知らないから、彼女がどれくらいスゴいのかはわからないけど。
そんな俺でも、アイドルがドラマに出たりアニメで声優をしたりする事があるのは知ってる。
そこまでは良い。
問題はここからだ。
登山家……考えられるのは、人気が下火になったか、元々不人気だったかでバラエティ進出を図って、番組の企画で登山したケース。
それを経歴に入れる是非は兎も角、大体そんな感じだろう。
で、バラエティも不発に終わり、同性にアピールすべくSNSにスマホで撮ったメシの写真を載せる日々を送るも振るわず。
事務所の社長から『これ以上テレビは無理だからネット中心で行こう』と方針転換を宣告され、自らも動画をアップするよう促される。
有名曲のカバーをしてみた、見よう見まねでオリジナル曲を作詞してみた、有名なアニメのイラストを描いてみた……ものの、いずれも失敗。
次は芸術家へ転身すると言い出して、人気キャラクターの彫刻を彫ってみたり、『ココロのある場所を触ってごらん。その手のカタチが今のココロなんだよ。グーならマル、パーなら星。どっちもハッピー♪』とか訳のわからないポエムや、何かを語ってる風の自分の画像を投稿したりと迷走が続く。
そして……
ダメだ、ここからは全く意味がわからん。
「あの、架空の人物とは一体……?」
「星野尾くらいになると、スゴ過ぎて実は実在しない人物なんじゃないかって疑惑が持たれるのよね。神様みたいな感じ? もう参っちゃう」
……死亡説でも流れたんだろうか。
「次のクリエイティブクリエイターとは」
「創造的破壊ってよく言うじゃない? でも、相反する二つを繋げて化学反応を起こすのはもう古い概念なのよ。新しい物を生み出すために、同じ物を敢えて重ねるのが今のトレンドなの。そういう人に星野尾はなったの」
すいません、何言っているのかわからないです。
好きな言葉じゃないけど『意識高い系』ってのを狙った結果、意識が宇宙まで飛んでいったんだろうか。
「そういう訳で、今は特にゲーム評論家に力を入れている訳だけど」
「その流れだとせめてゲームクリエイターを目指すべきでは」
「何もわかってないのね。ゲームなんて作ったって、ほんの少しの不具合やストーリーの不整合やレアドロップ率の低さをズドドドドドって突っつかれて倒壊、ハイおしまい。でも評論家なら、自分がなーーーーーんにもしなくても、偉そうにそれっぽいこと言うだけで笑って暮らせるの。スゴいでしょ? こんな楽チンな人生ってなくない? そういう人に星野尾はなったの」
意識を宇宙まで飛ばした結果、地中にめり込んだらしい。
フィールドの上下と左右が繋がっている昔のゲームでは、割と良くある現象だ。
「だからせっかく参考にしようって思ってこんな田舎にまで来たのに、こんな読みにくい資料だったなんて……失望、そう、これは失望よ!」
「期待に添えず申し訳ありません。ですけど、ゲームはやっぱり他人の意見を聞くより自分で実際にプレイした方が、いい紹介が出来ると思います」
「もちろんよ。この星野尾が他人任せにする訳ないじゃない。当然、既に『マジシャンズパズル』とか『モンスターオーケストラ』とか、あと幾つかのゲームをプレイして批評ポイントを溜めてる最中よ。でもそのポイントを課金する方法に少し迷いがあるの。架空の人物なんて言われても、星野尾もまだまだ人の子ってところね」
……要するに、経験を言語化して仕事にする方法を模索中、って言いたいらしい。
彼女が挙げた二つのタイトルは世界的に有名な国産スマホゲームで、家庭用ゲーム化もされた大ヒット作。
ハッキリ言って、既に批評され尽くした定番中のド定番であり、今更語る事なんてきっと何もない。
とはいえ、恐らく今までゲームとはかけ離れた人生を歩んできた彼女が、色々ツッコミ所はあれどゲームに触れているという事実は素直に嬉しい。
こういう新規客が生まれるんだから、ゲーム業界だって捨てたもんじゃないよな。
ならゲームカフェだってまだまだ行ける……と思いたい。
「ま、でも反面教師にくらいはしてあげる。長々と説明するのはダメって実感できたし、収穫はあったのかもね。あなた、お名前は?」
「春秋深海です。春の秋と書いて『ひととせ』。深い海で『ふかうみ』」
「ハルのアキでひととせ……変わった苗字ね。なんでハルアキじゃダメなの? 名前っぽいから?」
そんな訳あるか。
「ひととせは『一年』とも書いて、一年間って意味があります。だから『春夏秋冬』と書いて“ひととせ”と読ませる事もあるそうです。それが短くなったんじゃないでしょうか」
「夏と冬すっ飛ばし? 今の日本なんて夏と冬しかないみたいな気候なのに。先見の明がないご先祖様ね」
まさかご先祖様もこんな理由で見下されるとは夢にも思わなかっただろうな……
「それじゃ、星野尾はもう帰るけど」
「あ、はい。御来場ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「また来てあげないこともないけど……」
それまでにわかりやすい文章にまとめておきなさい、と言われるのかと思いきや、星野尾さんは何か物言いたげな顔に留めたまま、無言でこっちをじっと眺め続けていた。
無表情を貫く俺への抗議……だったら即口に出すよな、この方の場合。
一体何が言いたいんだろう?
「先程は大変失礼しました! あらためまして、そこのムスッと店員の妹の来未です!」
予想外の反応に狼狽していたところに、颯爽と来未が登場。
兄のピンチに駆けつけてくるとは、中々出来た妹だ。
「芸能人の方だったんですね! 来未、あんまりテレビとか動画とか見ない人だから知らなくてゴメンなさい。あの、サイン頂けますか?」
「コラ! お前そんな失礼なことをお客様に……」
「星野尾のサインが欲しいなんて大それた要望だけど今日は機嫌が良いから特別してあげようと思うの!」
……メッチャ早口だったな今。
そうか、さっきは俺がサイン求めるのを待っていたのか。
にしても、俺はともかく来未さえ全く知らないというこの人、本当にアイドルや声優の仕事してたんだろうか?
少なくともアニメの声優だったら、来未の情報網の引っかかってそうだけどな。
「ありがとうございました! わっわー、有名人のサインだ! 嬉しー!」
「そ、そんなにたかがサインで喜ぶのなら、今回は特別にメッセージも添えてあげてもいいけど? なんだったら集客のためポップにも書いてあげる。特別なんだからね!」
高揚しているらしく、声が上ずっている星野尾さんの目を盗み、こっそりスマホを使って彼女の名前で検索をかけてみた。
その結果、『DKM256』というアイドルグループに所属していると判明。
アイドルなのは間違いないらしい。
一体どんな活動を――――
『読モ256人で結成したアイドルグループ「DKM256」のCDセールスが256枚に届いていない件』
『DKM256の星野尾祈瑠さんが声優に初挑戦! 繁殖牝馬「ピンクエンジェル」のいななきを熱演』
『売れないアイドルに登山させるも最低視聴率更新! 人気バラエティ番組の栄枯盛衰と闇』
『【朗報】星野尾画伯のイラストがオークションに出展され1円で売れる』
『死亡説を流した者だけど、反応なさ過ぎて草』
……俺は何も見なかった。
サーチ的な行動など一切しなかった。
そういう事にしておこう。
にしても、へこたれない人だ。
それに、さっきはゲーム評論家を楽に稼げる職業みたいに言ってたけど……こんな田舎まで足を運んでまで参考資料を探そうとしている時点で、楽しようとは思ってないよな。
コロコロ仕事を変えてるのは、残念だけど成功出来なかったからであって、飽きっぽいとかやる気がない訳じゃなさそうだ。
何事にも真剣に取り組んで、だけど継続出来なかった。
それでも諦めず、別の道を模索し、自分の生きる道を探そうと頑張っている――――そういう人なのかもしれない。
好意的に見過ぎかもしれないけど……
「そ、そんなに嬉しいんだったら、このストローにもサインしてあげて良いのよ!? もう、仕方ないんだから!」
来未にせがまれて、あんなに幸せそうに所構わずサインしている姿を見ると、そう思いたくもなってしまう。
ある事ない事色々と書かれて散々精神を揺さぶられる世界で生きている以上、自分を守る為に気の強い言動や居丈高になってしまうのも仕方がないこと。
きっと相当な苦労をして来たんだろう。
「春秋深海。アンタも星野尾のサインが欲しいのなら、色紙だろうと私物だろうと好きなだけ書いてあげても……って、なんで涙ぐんでるのよ」
「いえ、その、お客様の頑張る姿に感動して……」
「なーに言ってんの。サインなんて有名人の義務よ義務。有名税って言うの? こういうの。だから遠慮なんてしなくていいんだから」
「ただそれはそれとして、サインは特に要らないですし店内に飾りもしませんのでノーサンキュー」
「なっ、なんでよ!? 星野尾のサイン飾っても良いって特別に許可出してるのに!? こんなチャンス二度とないんだから飾りなさいよ!」
「感動と仕事は別口なので。すいません。ちゃんと応援はしますから。何処に向けて手を振って良いかわからないですけど、取り敢えず振り回しますから」
「応援する気があるのならサインを飾ってーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
最終的に本音が出たところで、この忙しなく特異な二日間は幕を閉じた――――
「……ん?」
そう自分の中で締め括ろうとしてしまうくらい、濃密な疲労感が全身を蝕んでいる最中、店の方から微かに電話の着信音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます