3-14
ライク・ア・ミュージアム――――LAMの利用者数は残念ながら年々減少傾向にあって、今は一日のべ4人くらいで落ち着いている。
つまり、一週間で30回足を運んで貰えれば上出来って状況だ。
無料にも拘わらず、これだけの人数しか集められないコンテンツだから、正直なところ胸を張れるような自尊心は欠片もない。
ただ、稀にこうしてLAMを目当てに訪れてくれる人が現れると、嬉しさより焦燥感が先に生じてくる。
期待に応えられるだろうか、失望させないだろうかという懸念に支配されてしまう。
だから、今の俺は正直なところ、結構切羽詰まっていた。
「ここが噂の……ああ、やっと来られました」
声優の朱宮さんが持ち前のイケボでそう呟くと同時に、室外でこっそり様子を窺っている来未が感嘆の息を漏らして鬱陶しいが、この際あいつは無視しよう。
今の俺に必要なのは、眼前の有名人に対して精一杯のおもてなしをする事だけだ。
朱宮宗三郎。
名前はまるで大ベテラン声優のように貫禄十分だけど、実際の彼はかなり気さくなお兄さんで、ここへ移動する間も間断なく歓談を自ら振ってきてくれた。
無表情な俺に対しても、嫌な顔一つせずに屈託なく語りかけて来る。
間違いない、良い人だ。
「何処でこのミュージアムをお知りになられたんですか?」
「『レトロゲーを愛してやまない謎組織』ってグループが声優の中にあるんですよ。そこで先輩から聞いたんです。山梨にスゴい資料館があるって」
そんなグループがあるのか……声優侮りがたし。
でも確かに、ゲーム好きが多いイメージはなんとなくある。
「あ、もしかしてこれが初代アルファですか!? うわ、実物見るの初めてだよ! へぇー、こんなちっちゃいんだ……」
どう接するべきか苦悩しているのが虚しくなるくらい、朱宮さんは童心に返って家庭用ゲームの歴代ハードを物色し始めた。
このミュージアムを訪れた人のほぼ半数くらいが、彼のようなキラキラしたリアクションをしてくれる。
そうなった場合、こっちからアレコレと説明したり蘊蓄を語ったりする事はしない。
聞かれた事にだけ答えて、それ以外は黙って見守るのがここの方針だ。
「こっちは……お、これがもしかしてプレノートですか? プレイ日記が書かれてるんですよね?」
「はい。もし読んでみたいゲームがあったら、タイトルを教えて頂ければ直ぐ持ってきます」
「いいんですか? それじゃ……何にしようかな……んー悩むなー……フレイムクレスト……ストラテジービースト……」
朱宮さんが呟いた二つのタイトルは、どちらも日本の歴史に燦然と輝くシミュレーションゲームだ。
フレイムクレストは柳桜殿が1990年に発売したタイトルで、30年近く経った今もシリーズが続く人気作品。
1作目の発売当時は、シミュレーションゲームというと軍事もしくは歴史を題材としたものが殆どで、恋愛、経営、育成などを扱うゲームやファンタジー要素を取り入れたタイトルはほぼ皆無だった。
キャラクターを全面に押し出し、ファンタジー、恋愛、育成の要素を組み込んだこのフレイムクレストは画期的な作品として高い人気を博し、日本のシミュレーションゲームの雛形となった。
ストラテジービーストはその3年後に発売された『戯れのビーストウォー』の続編として1995年に発売された名作。
当時の日本はRPGが最盛期で、ドラマティックな演出やストーリーを全面に押し出すスタイルが流行していて、このゲームもマルチストーリー・マルチエンディングを採用するなど、エモーショナルな作風が多くのユーザーに感動を呼び込んだ。
スマホゲームでよく見かけるターン制ストラテジーゲームは、大体この両作品のシステムと世界観がベースになっている――――と言っても過言じゃない。
多少暴論だけど、日本のファンタジー系シミュレーションゲームはこの二つのタイトルで完成し、同時に完結した……と言えるかもしれない。
「……よし、決めた。〈フレイムクレスト ジハード〉でお願いします」
「ジハードですね。わかりました」
フレイムクレストシリーズの4作目に該当するタイトルで、3作目と比較するとセールスはやや落としたものの、今も尚根強いファンが多い作品だ。
とにかくキャラクターが多くて、その一人一人が個性的。
親子二代にわたる壮大なストーリーはかなり重く、当時は賛否両論あったらしいけど、その頃のユーザーが大人になった今はほぼ好意的に受け止められているらしい。
そしてこのゲーム最大の特徴は、自由にカップリングを作れる事。
妄想の中じゃなく、ゲーム内でだ。
ウォーシミュレーションなのに、キャラ同士をくっつける事が出来る上、その二人の子供が次世代で操作出来る――――という、中々ぶっとんだシステムになっている。
「こちらになります」
陳列棚から取り出し、朱宮さんに差し出したそのプレノートの記載は、他と比べかなり長くなっている。
全カップリングのデータを詳細に記しているとか、そういう訳じゃない。
単純に面白くて夢中になったから、自然と筆も進んだってだけだ。
「こちらでお読みになる場合は、向こうに椅子がありますので、そちらを御利用下さい。カフェでお読みになる場合は席へご案内致します。どうなさいますか?」
「ここで今すぐ読ませて下さい。立ち読みで大丈夫なんで」
……有無を言わせない迫力。
本当に楽しみにしている様子がヒシヒシと伝わってくる。
「わかりました。他のタイトルを御所望の際には遠慮なくお申し付け下さい」
「ありがとうございます」
返事さえも上の空で、既に朱宮さんは熟読モードに入っていた。
あのプレノートを書いたのは親父じゃなく俺。
それだけに、照れと嬉しさと不安がほぼ均等に俺の心をシェイクしている。
今は過去のゲームを最新のハードでプレイ出来るサービスが充実してるから、レトロゲーと言っても割と手軽に遊べたりする。
でも、実際にレトロゲーをプレイする人の殆どは、当時新作としてそのゲームで遊んだ人達。
過去の記憶を呼び覚まし、郷愁に駆られるような懐かしさを覚え、感動と同時に時の流れを自覚する。
このミュージアムの客層も、そんなオールドファンが大半を占めている。
だから俺も敢えて最新のハードじゃなく、当時のハードとコントローラーを使って、当時のインターフェースでプレイしている。
そうしないと、細かいニュアンスや当時の空気感が伝わらないからだ。
でも今回の客である朱宮さんは俺より少し上くらいの年代。
〈フレイムクレスト ジハード〉が発売された当時は生まれてもいないだろう。
その世代をターゲットにしていない弱味が、俺の中の心配を徐々に増大させている。
「これは……このノートは……」
その愁いは――――
「購入とか出来ますか? コピーでも言い値で良いんですけど」
あっという間に杞憂へと移り行く。
一通り読んだ時点で、朱宮さんはプレノートに商品価値を見出してくれたみたいだ。
表情にこそ出ていないんだろうけど、俺はここ最近にない至福の瞬間を迎えていた。
これは誇らしい。
最高の褒め言葉だよ、いやホント。
「申し訳ございません。コピーであっても、お譲りする訳には……」
「そうですよね。すいません無理言って。でもこのノート、凄いですね。これだけの量があるのに、全然押しつけがましい所がないし、それでいて各キャラクターの短いセリフからその背景を考察していたり……まるで小説版を読んでるみたいだ」
「そう言って貰えて嬉しいです。そういうのって嫌われる傾向あるから、恐々書いてたりするんですよね」
長々とした考察は、読んで貰えないだけならまだしも、勝手な妄想垂れ流すなとお叱りを受ける事もある。
それだけに、朱宮さんのリアクションには正直救われた。
「えっと、こうしてタダで読ませて貰うのも申し訳ないんで、カフェで何か注文しますんで。そっちで何冊か纏めて読ませて貰って良いですか?」
しかもこの気遣い。
間違いなく良い人だ。
とてつもない人格者だと言い切ってしまう事に俺は何の躊躇もしない!
「ありがとうございます。御所望のタイトルを何なりとお申し付け下さい」
「それじゃ、取り敢えずフレイムクレストシリーズ、全部で」
……15冊くらいあるんだけど、今日中に読み終えられるんだろうか?
とはいえ、まるでクリスマスにどうしても欲しかったゲームを買って貰った子供のように、キラキラと瞳を輝かせ待っているイケメンに対して無粋な言葉を発するなんて、例え男の俺であっても出来やしない。
この人とは長い付き合いになる――――そんな予感を胸の中で抱きつつ、俺はプレノートの取り集めに走った。
「……確かに長い付き合いになるとは思ったけれども」
思わずそう口に出してしまいそうになる俺の目には、既に日が落ちて久しい夜空の下で車一つ通らず沈黙を続けているアスファルトが窓越しに映っていた。
接客業をしない俺が夜間にカフェ店内で待機しているのは、小学生の頃に遠足のお菓子を買い忘れ親父に連れて行って貰うのを待っていた時以来だ。
そんな懐かしさすら抱きながら、俺は一番奥のテーブルで、今尚プレノートを熟読し続けている朱宮さんを見守り続けていた。
……もう四時間も。
これには、有名声優の来店に舞い上がっていた来未や父母も困惑。
他に客がいる訳でもないし、早く席を空けて貰う必要性は皆無なんだけれども、ここまで長居する客は常連の中にもそうはいない為、どうしても戸惑いは隠せない。
……というか、明日の仕事に差し障るんじゃなかろうか。
彼が夢中になってフレイムクレストシリーズのプレノートを読破している最中、少し失礼かとも思いつつ、俺は俺で彼についてネットで少し調べてみた。
朱宮宗三郎(あけのみや そうざぶろう)。
10代で有名になる人も多い女性声優とは違い、20代前半でもかなり若手と言われる男性声優の中にあって、17歳でブレイクを果たした若手の有望株。
劇団に所属し子役でデビュー……といった経歴でもなく、中学卒業後に声優事務所の養成所へ入ってレッスンを続け、3年前に『コンサートの神様♪マイスター』シリーズの2作目に登場する主要キャラクター『近江瞬』役に大抜擢された。
コンマイはキャラクターと同時に担当声優もアイドルとして売り出す企画の為、なるべくキャラクターと年齢が近い人をキャストに選ぶ傾向があり、それが要因の一つだったらしい。
ともあれ、このキャラが人気を博した事で彼自身の人気にも火が点き、以降の3年間で30作以上のアニメ、40作以上のゲーム(主にスマホゲー)に出演。
主役や主要キャラクターはそれほど多くはないものの、清涼感のある容姿と爽やかでクセのない声は多くの女性ファンから支持を集めている。
妙にジジ臭い名前は本名で、インパクトあるし本人もいたく気に入っているため敢えて芸名は用意しなかったとのこと。
……以上、Wikiからの情報でした。
声優界を代表する存在――――とまでは言えないものの、一つの大当たり役を持ちつつ常に沢山の仕事を抱えている売れっ子。
それだけに、心配にもなる。
こんな時間まで、こんな田舎のカフェでノンビリ過ごしていて大丈夫なのかと。
「……」
その反面、凄まじい集中力で俺の書いたプレノートを読み耽っているその姿に、野暮な声を掛ける事なんてとても出来ない。
フレイムクレストシリーズは俺もかなり思い入れがある為、最新作の『フレイムクレスト アトムハートマザー』まで全てプレイ&クリア済みで、その魅力についてかなりの熱量で書いてある。
プレイ日記もクリア後のお楽しみ要素までしっかりと続けているから、殆どの作品で100ページ超えだ。
とても一日で読み終えられる文章量じゃないと思うんだけど――――
「ダメだっ!」
急に何だ!?
突然何の前触れもなく、朱宮さんが否定的な言葉を叫んだ。
プレノートの内容に不備があったのか?
それとも、熟読した結果ダメダメだとお怒り?
「な、何がいけませんでしたか……?」
俺は戦々恐々とした面持ち――――のつもりで、その真意についておずおずと尋ねた。
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