3-13
「ねー、なんか今日有名人が来るんだって。知ってる?」
「あ、ネットで見た見た。声優? 来るって。こんな田舎に珍しいよね」
「もうすぐオープンするカフェでイベントするみたい。なんかオタクっぽいけど、行ってみる?」
「うーん、パス!」
その日、城ヶ丘学園内では早速キャライズカフェのイベントが話題になっていた。
何しろここは田舎。
有名人が来るってだけで結構なトピックにはなる。
とはいえ、持ちきりって言うほどの盛況振りでもなく、昼休みになる頃には沈静化。
「アニメやゲームを題材にしたカフェのイベント、だってさ。興味ねー! マジ興味ねー。どうせ有名人来るならアイドルとか来ればいいのにな!」
隣の席の江頭君が誰にともなく自己主張しているが、ゲームカフェの倅である俺にとっては面白い話題でもないんで敢えてスルー。
これで、もしこの江頭君が実は生粋のゲーマーで、罵倒の裏では夢中になって〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしている――――なんて事を想像してみたけど、やっぱり面白くはなかった。
そんな冷えた教室の空気とは対照的に、ネット上のとある一区域では今も話題沸騰が続いている。
人気声優を呼ぶような大がかりなイベントは通常、開催1ヶ月前には告知されるものらしい。
だから、今回のような告知の翌日に開催するゲリラ的なケースはかなり例外的。
しかも田舎での開催とあってファンの殆どは駆けつける事が出来ず、短文投稿サービス〈Whisper〉では『コンサートの神様♪マイスター』のファンが阿鼻叫喚の巷と化し、トレンド1位を獲得していた。
ただ普通にイベントをやってコンマイや声優のファンにアピールするより、炎上マーケティングでより広い層にカフェの存在を知って貰おうという算段なのかもしれない。
その有効性は兎も角、無難な方には向かわないっていう思い切りの良さはウチのカフェも見習うべきなんだろう。
……いや、ウチってより俺自身だな。
これから俺は、その思い切りの良さってのを試される事になる。
あのデタラメな強さのイーターを倒す武器や魔法を、俺達の手で作り出さなくちゃならないんだから。
何しろ〈裏アカデミ〉には攻略法ってのが存在しない。
ネット上の何処を探しても、『こうすれば先に進める』とか『この敵にはこの武器が有効』などといった記載は見当たらない。
〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしているユーザーの中から、本当にごく僅かの人間だけが選定されたと見て間違いないだろう。
その選定理由がランダムなのか、何らかの身辺調査に基づいたものなのかは不明。
知りようがないし、知ってどうなるものでもない。
ただ一つ、俺がこのゲームに更なる興味を覚えたって真実だけがあれば良い。
正直、家庭用ゲームでは味わえなかった部類のワクワク感を抱いている自分を認めなくちゃならない。
プレイヤーサイドにアイテムや魔法のアイディアを出させるなんて、オンラインゲームでしか出来ない試み。
俺の中にあった負のオンラインゲーム像は、昨日の時点で完全に崩れ落ちた。
けど、同時に不安もある。
一番厄介なのは、既に『火力最強の武器が通用しない』って俺達自身が体験している点。
恐らく、あの10年後の世界であっても、あれ以上の破壊力を持つ武器は作れないって事だ。
だとしたら、破壊力以外の方向でイーターを倒す方法を模索しなくちゃならない。
あのビリビリウギャーネットってのが、一つのヒントになり得るかもしれない。
敵の弱点を突き、且つステータス異常を引き起こす。
そういう武器や魔法が有効だという一例なのは確かだしな。
とはいえ、イーターは何十、何百もの種類が存在している。
その中の一種の弱点を突く武器を作ったところで、実用性が高いとは言えそうにない。
一種倒す毎に武器を作り替えていたら、一体クリアまで何年かかるんだって話だよな――――
「……?」
普段滅多に動かない俺のスマホが震えている。
SIGNに通知があったみたいだ。
無料コミュニケーションアプリ『SIGN』。
表情の作れない俺にとっては本来、この上なくありがたーいサービスなんだろうけど……悲しい哉、使う機会は滅多にない。
親や来未からしょっちゅう連絡が来るって訳でもないし、他に親しい知り合いはせいぜい主治医のアヤメ姉さんくらいだしな。
けれど、今回コンタクトを取ってきた相手は、その誰でもなかった。
そして同時に意外性もない。
既に連絡先は交換済みだしな。
『今 大丈夫ですか?』
終夜らしい、気遣いの中にもビビリ具合が伝わってくる余白多めな文面だった。
さて、どうする。
昼休みはまだ30分くらい残ってるし、恐らく〈裏アカデミ〉の事だろうから、ここは誘いに乗って――――
『春秋君とこのカフェの近くでイベントがあるそうですけど』
『そっちかーい』
『すすすすすいま』
ショックを受けないよう諧謔を弄してソフトに突っ込んだというのに、労も虚しく途中でフリーズしてしまった。
扱いが難しいのは多少付き合いが深まっても変わらないな。
でも、そんな終夜が結構可愛く思えてしまう今日この頃。
異性との出会いが少ない人生だし、こういう交流も大事にしないとね。
『いや冗談。で、何? 参加したいって言われても困るけど』
『違います』『ただ』『イベント声優さんの中に』『アカデミック・ファンタジアに』『参加してる人がいるので』『ちょっと気になって』
いかにもSIGNらしい、長文を回避したブツ切りの発言が矢継ぎ早に届いてくる。
これがちょっと苦手なんだよな……って、そんな事考えてる場合じゃないか。
『NPCの声担当?』
『はい』『霧島祐也って方がそうです』『知りませんでした?』
『男性声優の名前まではチェックしてないなあ。で、気になるってのは?』
『もしかしたら』『父の方のアカデミック・ファンタジアについて』『何か知ってるかも』
……声優が?
そんなにゲーム内容に踏み込むイメージないけどな。
いや、待てよ。
『父が別録りで依頼しているかもしれません』
そうだ。
通常の〈アカデミック・ファンタジア〉と〈裏アカデミ〉は、時間軸こそ違うものの同じ世界の物語。
登場人物の声は、10年後の世界でも同じ人が担当する可能性が極めて高い。
既に〈裏アカデミ〉もゲームとして動き始めている。
なら、NPCの声もレコーディングが行われているかもしれない。
もしそうなら、終夜父はワルキューレに対して敵対心を露わにしているんだから、別のスタジオを使っている可能性が高い。
何かしらの事情を知っているかもしれない。
『終夜、鋭い』
『えっへん。昨日ダメダメだったから、がんばって考えました』
確かに昨日は稀に見るポンコツぶりだったっけな。
あの後――――テイルからオーダーを出された直後、我慢の限界に達したロリババア愛好家のブロウが乱入して来て場が荒れたりもしたけど、そんな中でもリズのフリーズは続いていた。
終夜にとって、あの空間は地獄だったんだろうけど、それにしたって酷い。
今後、ブロウやエルテと行動を共にするのなら、何かしらの改善は必要だろう。
『学校での反応を見る限り、そんな多くの人は集まらないと思う。抽選もないみたいだし、参加出来る可能性高いから放課後立ち寄ってみよう。お前も来るんだよな?』
『無理です』『死にます』
死ぬのか。
イベントに参加したら死ぬゲームスタッフってどうなんだよ。
とはいえ、断言された以上は流石に無理強い出来ないな……
『今回は仕方ないけど、その人見知りは少しずつ直して行こうな。これからは暫く四人でパーティ組むんだし』
樹脂機関車での移動の際に、ブロウやエルテは既にコネクト登録済み。
それは今後一緒に行動しようという意思確認でもある。
当然、終夜もその覚悟は出来ている筈だ。
『なんだったら決起集会も兼ねてオフ会でも開くか? 多少の荒療治も時には必要だよな』
『いっそ殺す気ですか』
物騒な……目が据わってる終夜の顔がスマホの画面に浮かんで見えたぞ、一瞬。
『冗談だよ。そもそもリアルでの連絡手段がないんだから無理』
SIGNのIDや携帯番号を交換した訳じゃないから、ゲーム外で交流を図る事は出来ない。
あくまでゲーム内だけの関係。
愛想笑い一つ出来ない俺にとっても、今のところはその方が都合が良い。
あの二人が現実ではどんな人間なのか、現時点では知る由もない。
ゲーム内の操作キャラクターに等身大の自分を投影する俺みたいな奴は少数派で、自分の理想、若しくは理想の自分を重ねてメイキングするケースが多いらしい。
例えば、自分が好きなアニメやゲームのキャラクターをそのまま模すとか、自分の好きな要素を全乗せするとか。
そしてそのどちらの場合でも、性別が自身と同じとは限らない。
ゲーム内で日頃から異性のキャラクターとイチャイチャしていて、ガチ告白をかました結果、実は同性だった……なんてのは良くある話。
それきっかけで同性愛に目覚めた、までが一セットだ。
ともあれ、ソウザを操作している奴が男とは限らないし、エルテの中の人が女性とも限らない訳で、そこはおいそれと踏み込む訳にはいかない。
オンラインゲームの抱える闇は殊の外深いと聞くし。
『取り敢えず妹と二人でイベントに行ってみる。こっちにとっちゃ敵情視察でもあるしな。もしそのナントカっていう声優と無事コンタクトが取れたら、ワルキューレの関係者ってことで話を聞くけど大丈夫だよな?』
『はい それは問題ありません』『健闘を祈ります』
早くも『後は任せた』モードの終夜に思わず苦笑い――――心の中で。
現実の俺は、こういう心境になっても決して笑顔を作れない。
でも、今は、だ。
終夜の人見知りも、俺のこの厄介な性質も、これから色んな人と色んな交流を重ねて行けば改善されるかもしれない。
楽しい事、ワクワクするような出来事、刺激的な日常。
それらが立て続けに起これば、きっと――――
「……ん?」
終夜との会話を終えた直後、不在着信の通知が表示されている事に気が付いた。
嫌な予感がする……とはいえ、見ない訳にもいかない。
恐る恐る相手を確認してみると、その予感は即座に確信へと変わった。
『にーに大変!』『大事件だよ事件!』
案の定、来未は忙しなく捲し立ててくる。
これは恐らく……
『イベント中止になった?』
『スゴいにーに!』『大正解だよ正解!』
『どうでもいいけど大を付けるのは二回目の方にしてくれ』
リズムが悪いのは嫌いだよ。
にしても、中止か。
ライバル店が前途多難な状況になったのは本来喜ぶべきだけど、この日の為に頑張って準備していたキャライズカフェのスタッフの事を思うと、複雑な気分だ。
考えられるのは、予想外の客の多さに店側が用意した警備体制では対応出来ずに続行不可能ってケース。
でもこの田舎町に声優ファンやゲームファンが殺到するとは到底思えない。
一体何が原因で……
『Whisperで中止の理由発表してるか?』
『してるー』『三人の声優のうち二人が食中毒だって』『同じ所でご飯食べてたんだーって喜んでるファンもいるみたい』
……なんだその心理。
自分が追いかけてる声優が苦しんでるんだから、そこはちゃんと悲しみなさいよ。
『せっかく声優を生で見られるチャンスだったのに』『来未ガックシ』
『ま、そう都合良く物事は運ばないって事だな。お互い』
『お互い?』
『なんでもね。とにかく、これでお前の移籍話も立ち消えだな』
『まだまだ!』『キャライズカフェが今後もこういうイベントを開くつもりなら、来未はいつでもあくせく働く覚悟だよ!』
『その情熱は実家に向けてあげような』
そんな訳で結局、今日という日は特別な一日になりそうで実際のところは何てことない平凡な一日――――
「あの……どうかされましたか?」
――――とはならなかった。
放課後、イベントが中止になった事を終夜に伝え、〈アカデミック・ファンタジア〉を再開すべく急いで家へ帰った俺は、自宅の前で突っ立ったまましきりに店内の様子を窺っている20歳くらいの男と遭遇。
行動は不審人物のそれだけど、薄手のスーツっぽいコートにジーンズという小綺麗な格好の所為か、怪しさは殆ど感じない。
声を掛けてみると、その人物は徐に振り返り、少し疲れた顔で微笑んで来た。
「あの、ここって『ライク・ア・ギルド』で合ってますか?」
タレ目気味で涼しげな目元、高過ぎず低過ぎず絶妙なラインを描く鼻、若干おちょぼな口。
明るめの茶髪ながら、ツーブロックやマッシュではない爽やかな短髪。
そして何より、梅雨明けの快晴を思わせるような清涼感と開放感に満ちたその声。
要するに、イケメンとイケボのハイブリッド。
この条件を満たす職業に、心当たりがない筈もない。
どうやら、今日は神様が俺達を全力で応援してくれる一日だったらしい。
いやー、善行は積んでおくもんだね。
「はい。お客様ですか? どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
俺より少し身長高めの客を案内し、店内へ入ると――――
「いらっしゃいま……あーっ! あっあっあああああーーーーーっ!」
一足早く帰宅し店員として働いていた来未が、今にも発狂しそうな声で彼の名を叫んだ。
そう。
彼の名は――――
「朱宮宗三郎! 朱宮宗三郎がなんでここに!?」
そう、霧……島……
「……朱宮?」
「はい。朱宮宗三郎って言います」
清爽な笑顔とそれ以上に清爽な声で、彼はそう名乗る。
……どうやら、今日は神様が俺達を全力でおちょくってくる一日だったらしい。
ま、有名な声優さんが店に来てくれただけでも十分素晴らしい一日か。
「えっと、ここって、あの『ライク・ア・ミュージアム』があるカフェですよね? よろしければ見せて貰えませんか?」
落ち込むまいと必死に自分を奮い立たせていた俺に、人気声優・朱宮宗三郎は妙に熱の籠もった視線を向けてきた。
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