3-12

 ……


 ――――


 ――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――――――――――――――――――





 ふと、自分の視界がいつもの部屋を映し出している事に気付き、驚愕する。

 薄い緑色の壁と、ちょっとだけ曇った窓。

 柱の木目がまるで目のようにこっちを睨んでいるのも、普段通りだ。


 いつの間にか、俺は"こっちの世界"に戻っていた。

 別にゲーム内にダイブしていた訳じゃないけど、俺にとってゲームを本気でプレイするっていうのは、それに限りなく近い感覚だったりするから、こういう風に『気付いたら現実に戻っていた』ってケースは滅多にない。


 明らかに集中力が切れている。

 その原因は、直ぐに感じ取れた。


 疲労だ。


 眉間の辺りに鈍い重みを感じている。

 首周りが妙に張っている。

 腰にも違和感がある。


 余韻に浸る余裕もなく、ゲーミフィアの電源を落とすのとほぼ同時に、ベッドの上に倒れ込む。

 今にも意識が消えそうなほどに、頭の中が疲れ切っていた。


 この手の疲労感は、家庭用ゲームなら24時間、丸一日プレイした時にのし掛かってくるもの。

 確認の為に今の時間をスマホでチェックしてみると、まだ日付さえ変わらない23時10分と表示されていた。

 夕食をとって直ぐに始めたから、せいぜい4時間30分……その程度のプレイ時間で集中力を失うくらい疲れたのか。


 とはいえ、理由は自覚していた。

 さっきまでプレイしていたで、これまで味わった事のない緊張感を強いられていたからだ。


 俺は今まで、途方もない数の家庭用ゲームをプレイしてきた。

 そして今年に入って、少数だけどオンラインゲームも体験した。

 その〈裏アカデミ〉を始める直前までの体験から、実のところ……この二つの分野に大きな隔たりはないのでは、と思い始めていた。


 オンラインゲームは確かに家庭用ゲームと同じじゃない。

 でも、予想していたような臨場感やリアルタイム感は、正直殆ど味わえなかった。

 敢えて乱暴な言い方をすれば『ゲーム+コミュニティ』であり、ゲーム部分は家庭用ゲームと大差ないように思えたんだ。


 というのも、オンラインゲームをプレイしている人達の多くは、同じ方向を向いているからだ。


 結局のところ、大半のプレイヤーが一つのレールの上を歩いている。

 共通のイベントシーンがあって、同じストーリーを進め、同じクエストを受けて、同じNPCと会話をして、同じ敵を倒す。

 だったら家庭用ゲームのRPGやSLGのように、予め定められたゴールに向かってプレイを進める感覚と全然変わらない。


 少なくともゲーム内においては、NPCもPCも大した違いは感じられない……ってのが、俺の抱いた正直な感想だった。


 NPCとは違って、人間が操作するPCにはその人間の意思が反映される。

 でもその意思部分の大半はコミュニティ、つまりプレイヤー同士の会話で表現されてしまっていて、ゲーム内の行動理念にまで強烈な個性、『人間臭さ』ってのは感じられなかった。

 きっと攻略サイトや攻略Wikiを見てプレイする人が多いから、先発組以外はみんな似たようなプレイスタイルになってしまうんだろう。

 

 ならその先発組に自分がなって、他の大半のプレイヤーを先導する立場になれば、オンラインゲームの本来の魅力を味わえるかもしれない。

 でもそこに行くまでには途方もない時間と金が掛かる。


 先発組ってのはすなわちトップクラスのプレイヤーであり、それは無課金で辿り付ける境地じゃない。

 貧乏学生の俺には遥か遠い場所。

 俺みたいな立場の人間には、オンラインゲームの良さは味わえず、家庭用ゲームと大した差はない――――


 そう結論付けようとしていた。

 もう一つの〈アカデミック・ファンタジア〉に出会うまでは。


 今日も、俺がゲーム内で体験した全てにおいて、プレイヤーの意思や操作から切り離されて強制的にストーリーを進める、いわゆる『イベントシーン』は一切存在しなかった。

 これは〈裏アカデミ〉に足を踏み入れてからずっとそうだ。

 NPCと思しきテイルやエーキィリとの会話も全部、他のPCとの会話と全く同じシステム上で行われていた。


 オンライン、オフラインに限らず、RPGには必ずストーリーが存在する。

 そして、そのストーリーに沿って敷かれているレールもまた存在する。

 どれだけ自由度が高いだのオープンワールドだのと視界を広げようと、その殆どは『寄り道』であり、本筋にはキチンとしたストーリーと、それを演出しつつナビゲートするイベントシーンが用意されている。


〈裏アカデミ〉だって例外じゃない。

 少なくともテイルらNPCは俺達プレイヤーに指示を出してきた。

 それこそがストーリーであり、ゲームクリアへと導いてくれるナビゲートだ。


 でも、本来プログラミングされている筈のナビゲートを、〈裏アカデミ〉では人間が手動で行っている。

 少なくとも俺にはそうとしか思えない。

 要するに、NPCをスタッフが動かし、俺達プレイヤーを先導しているって訳だ。


 でもこれは明らかにあり得ない。

 オンラインゲームはその性質上、最低でも数万人のプレイヤーがいなければサービスを継続出来ない。

 そのナビゲートをスタッフがいちいち手動でやってたら、例え数百人のバイトを雇ったとしても到底追いつかないだろう。


 加えて、今日のラストにテイルが俺達へ出した指示。


『この世界のイーターを倒せる武器や魔法を、考えて欲しいの。アイディア募集なの』


 最強の破壊力をと開発した『ミョルニルバハムート』がまるで通用しないあの世界では、攻撃力さえあれば良いって訳にはいかない。

 だから、どういう性質の武器が実戦で役に立つのかを、かつてイーター達を手玉に取っていた実証実験士に問いかけるのは自然の流れだし、ストーリーとしては破綻していない。

 

 ……これがイベントシーンでのやり取りなら。


 でも実際には違った。

 その後、新たなNPCが颯爽と登場し、アイディアを提供したりヒントをくれたりしつつ、その流れに沿って新武器が開発されていく――――なんて事はなく、俺達は実際にこれから武器や魔法を自分達で考えて、それをテイルに話す必要があるらしい。


 そんなゲームあるか?

 いや、ない事はない。

 WTRPG(ウェブトークRPG)などのプレイバイウェブ形式のゲームでは、プレイヤー自身の考えやアイディアがゲーム内に介入するゲームデザインになっている。


 けれど、〈アカデミック・ファンタジア〉はオンラインRPG。

 俺達が出したアイディアを反映し、実際にアイテムとして導入して、装備品として配布する――――そんな事、出来るとは到底思えない。

 デザイン発注からプログラミングまで、余りにもタイムラグが長すぎるし、何よりゲームバランスが崩壊しかねないリスクが付きまとう。

 

 とはいえ……もしそれが可能なら、こんな魅惑的なゲームはない。

 自分が考えた武器や魔法が、自分がプレイしているゲームで実際に登場し、使用出来る。

 これをカタルシスと言わず何と言うか。


 それに、もしNPCがPCと同じようにある人間の意思で操作されていて、彼等が予め定められたストーリーではなく自由意思でその世界観に合った会話と対応をしながら共に世界を救おうとするなら……


「それが本当のオンラインゲームだよな」


 思わず、独り言が口に出る。

 興奮が抑えられない証拠だ。

 そういうゲームを、俺はオンラインに求めていたんだ。


 とはいえ、どう考えても現実的じゃない。

 今はまだプレイ人口が極端に少ないけど、これはあくまでテスト段階だからであって、利益を出す為には数万、数十万のユーザーがアクティブな状態での運営が必須。

 NPCをスタッフが動かすなんて、とても無理だ。


 謎は深まるばかり。

 終夜の父親は一体、どんなゲームを目指しているんだ――――





「――――にーに! にーにってば! 一大事だよ一大事! 早くおーきーーてーーー!」


 やかましいな人がアレコレ考えてる時に!


「今何時だと思ってんだよ来未! 騒音による睡眠妨害はガチの殺意芽生えるから止めろ!」


「朝の7時だけど」


 ……はへ?


 思わず心中で奇声を発するほどの衝撃。

 慌ててスマホで確認してみると、確かに7時3分となっていた。


 どうやら電気も消さないまま、いつの間にか熟睡してしまったらしい。

 しかも8時間も。


 一日の平均睡眠時間4時間の俺にとっては異例の事態だけど、それ以上に問題なのは寝た気が一切しない事。

 ベッドに寝転んだのがつい数分前って感覚だ。


 厳密には違うけど、寝落ちに近い感覚。

 オンラインゲームでは初めての経験だ。


「寝ぼけてないで、コレ見てコレ! 来未もう信じられない!」


「わかったから落ち着け。そんな近距離じゃ見える物も見えないから」


 興奮気味に捲し立てつつ自分のスマホを俺の顔面に押しつけてくる来未をどうにか引きはがし、その画面に目を向けてみる。

 そこに映っていたのは――――俺達にとって天敵となるであろう、キャライズカフェの公式アカウントだった。


「……笛吹店オープン記念先行イベント開催のお知らせ?」

 

「ウチの近くにもう直ぐオープンするあの店舗だよ! あそこで今日の夕方にイベントやるんだって! 今発表されてネットがスっゴいことになってるよ!」


 笛吹ってのは、我が家でもあるこのゲームカフェ【ライク・ア・ギルド】がある市の名称だ。

 読みはそのまんま『ふえふき』なんだけど、同じ漢字で『うすい』と呼ぶ苗字が多い所為か、『うすいし』と間違われる事が結構ある。

 そしてその影響で、ごく一部では『(存在が)薄い市』と揶揄されたりもしている。


 実際、田舎だから決して栄えてはいないけど、桃とぶどうに関しては日本でも指折りの名産地。

 温泉だってある。

 いつか同じ趣味の女の子と温泉イベントを起こしてみたいという野心を抱いているのは内緒だ。


「にしても今日って……また随分と突発的だな。急遽決まったのか?」


 これは、いわゆるプレイベントってヤツだろう。

 オープンイベントの前に行う小規模の催しで、オープンするという情報を告知するのが第一目的だから、華々しいイベントって訳じゃなさそうだけど……


「そんな事よりココ! ココ見てホラ!」


 来未が目を血走らせて下にスワイプして行くと、男性のすました顔が画面上に映り込んで来た。

 瞬時にピンと来る。


「あ、声優呼ぶんだ。なら結構大がかりなのかな?」


 近年のアニメ&ゲーム関連カフェは、男性客より女性客をターゲットにしている所が多い。

 その方が儲かるらしい。

 だから自然と、扱うコンテンツも女性向けの物が増えている。


 同様に、男性声優をイベントのゲストとして招くケースが増加傾向にある。

 キャライズカフェの笛吹店もそのご多分に漏れず、三人の男性声優を招くらしい。


「戸柱光輝、朱宮宗三郎、霧島祐也か。あ……」


 遅ればせながら、ようやく来未が興奮している理由に行き着いた。

 この三人は俺も知っている。

 全員が有名声優で、家庭用ゲームにも数多く参加しているからな。


 そして、この三人の名前が並んでいる事で、とある一つのタイトルが浮上する。



『コンサートの神様♪マイスター』



“コンマイ”という愛称で知られるリズムゲームでメインキャラクターを演じている三人だ。


 この『コンマイ』はただのリズムゲームじゃなく、ADVパートではイケメン男性アイドルとの恋愛ストーリーを楽しめるらしく、これが女性ゲーマーのハートを射貫き、アニメ化もされ大ヒットを記録。

 かなりの人気作品となっていて、フィギュアなどのグッズも大量に販売されているらしい。


 そして、来未はこの作品の大ファン。

 ゲームはプレイしていないけど、アニメとグッズにはかなりの額をつぎ込んでいる。

 ……そこまで入れ込んでるのならゲームもやれと言いたくなるけど。


「にーに、ごめんね。来未もしかしたら午後にはキャライズカフェの店員として働いてるかもだけど、それも運命だからちゃんと現実を受け止めてね」


「……今からアルバイト申し込んでも多分無理だから諦めろ」


「諦めたらそこで人生終了なんだもん!」


 看板娘が自発的に引き抜かれようとする異常事態。

 来未は血涙を流しそうな眼力と共に高らかに叫んだけれど――――特に支障はなさそうなので普段通り学校へ行く準備を始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます