3-11

 "彼"は、見た目は完全に女の子だった。


 髪はショートながら艶やかさが前面に出ていて、しっかり手入れされている様子が窺える。

 強気な性格を予見させる、やや皮肉げな目付きには小悪魔的なニュアンスが含まれているものの、口元は常に柔和で親しみ易そうな雰囲気を醸し出している。


 体型はかなりスレンダーで、筋肉を感じさせる要素が微塵もないほど線が細い。

 その華奢と思われる身体を覆うのは、結婚式で着ていても不自然じゃないような純白のパーティードレス。

 この姿だけを見たら、第一印象で男だと思う奴は皆無だろう。


 けれど俺も、そしてエルテもその性別を見誤る事はなかった。

 理由は――――その胸にある。


 胸の膨らみ……は無関係。

 女性だからといってそれがあるとは限らないし、そんなのは当たり前の話だ。


 彼の胸には、『僕は男の娘です』とキッパリ表記したカードがぶら下がっていた。


「はじめまして。ボクの名前はネクマロン。よくネクロマンサーと間違えられたり紛らわしいって怒られたりするから、ネクっちて呼んで貰うようにしてるんだ★」


「いや、それより……それ」


 正直、今は彼の愛称なんて到底頭に入ってこない。

 俺が震える指で差した箇所を目で追ったネクマロンと名乗った男は、問題のカードをパチンと軽く叩き、思いっきり口角を上げ不気味に微笑んだ。


「驚いた? ねえ驚いた? ボク、こう見えて男なんだ。とてもそうは見えないでしょ? だからこうやって親切に教えてあげてるんだ。だって、恋をした後に男だってわかるのは残酷でしょ? だから一目惚れされる前に真実を告げてあげようって、こうしてるんだ」


 ……自信過剰なところはコメントを差し控えるとして、彼の話し方には一切の悪気が含まれていないように思えた。

 童心というか、子供ならではの純粋さを大々的に放出している。

 見た目は俺やエルテより若干幼いくらいだけど、実年齢はもっと下かもしれない。


「あんまり細かいことは気にしない方がいいの。あたしはそうしてるの」


 ずっとダンマリを決め込んでいたテイルがようやく話に入って来た。


「雇い主なら説明責任ちゃんと果たして欲しいんだけど……なんなのこの個性的な助手は」


「あーっ! それ余所のお家やお店でマズい物食べた時の表現と一緒だー!」


 不満そうにそう訴える男の娘には目を合わさず、テイルを極力穏やかに睨んでみる。

 一応は命の恩人だし、露骨に生意気な態度をとる事は出来ない。 


「ああ見えて助手としては優秀なの。あたしは合理主義者だから、助手に健全性や一般常識なんて求めないの」


「そうそう。ボクって優秀なんだよねー。斬新な思いつきで色んな武器や魔法を作るのが得意なんだ★」


「ちなみに、貴方に貸した【ビリビリウギャーネット】は彼の発案なの」


 ……マジか。

 いや、ネーミングセンスに個性が炸裂してるから納得と言えば納得だけれども。


「助手のことは取り敢えず置いておくの。それより、そっちはどうして二人しかいないの。仲間全員連れてこなかったのなら交渉の余地はないの」


「生憎、他の二人は長旅で体調が優れないから外で待機してるよ。回復するまで待たせるのは忍びないから、俺と彼女の二人で取り敢えず話を聞きに来た」


 説明がてら、隣のエルテにアイコンタクトを送って自己紹介を促す。

 幸い、リズとは違って察しの良い彼女は何の齟齬もなく紙に自身の名前を書き始めた。

 

『エルテプリムよ。訳あって言葉を話せなくなったから、筆談で失礼すると謙虚に記すわ』


 ……あんまり向こうのことを強く言えない気がしてきた。


「そっちもそっちで中々個性的なの」


「どうもすいません」


『謝らないで否定なさいとエルテはここに遺憾の意を記すわ』


 ペン先が折れそうなほどの強い抗議は無視するとして……兎に角さっさと本題に入ろう。


「彼女にも、外で待ってる仲間にも、そっちのことは話してある。結論から先に言えば、満場一致で『協力する』だ」


 移動中、お互いの素性の詮索やら身の上話やらをする時間がなかったのは、この件に話題が終始したからだった。


 とんだ不注意から、俺とリズがテイルという研究者に命運を握られてしまったこと。

 その弱味につけ込まれ、協力を半強制されていること。

 一方、先刻の絶望的状況を打破したアイテムはその研究者から貰ったものだったということ。


 これらの話に加え、テイルが空間転移の研究をほぼ完成させている点も踏まえた上で、ブロウもエルテも協力を惜しまないと明言した。

 俺としては、自分の不注意で陥った危機に二人を巻き込みたくなかったから説得を試みたんだけど、結果は失敗。

 その時はテイルの幼女化は伏せていたんだけど、どうやらバレてしまったらしく、そうなるとブロウの意思は最早アダマルコンよりも強固だろう。


 何より、俺達がオーダーを受けたアルテミオの研究施設より、テイルの方が遥かに先を行っている。

 俺達の知らない情報も数多く握っているだろう。

 となれば、敢えて遠ざける理由はない――――


『それがエルテの考えだとここに記すわ』


「賢明な判断なの。貴重な実証実験士ゲットなの。お目出度いの」


 あまり抑揚で喜怒哀楽を表現するタイプじゃないテイルは、平坦なセリフとは裏腹に小躍りしながら歓喜に浸っていた。

 その傍では、妙に優雅な所作で紙吹雪を舞わせる男の娘助手の姿も。

 ……研究員の助手って、演出面でもフォローしないと務まらないんだろうか。


「その代わり、情報の共有を求めたい。知っていることを話せる範囲で教えて欲しい。どうして雑魚イーターがあそこまで強くなったのか。なんでアルテミオと手を組まず独力で動いているのか。俺達は――――」


 矢継ぎ早にならないようにと努めてはみたものの、衝動が抑えられず質問を重ねてしまう。

 でも、最後に聞くこれは、とても大事なことだ。


「――――本当に10年前から来たのか」


 アルテミオでそう説明され、特に矛盾はなかったからそう納得していたけど、実際のところここが10年後の世界という確たる証拠はない。

 自分が何者で、どういう立場なのかを明瞭にしておきたい。

 そんな焦燥に駆られている俺に対し、テイルの反応は相変わらず淡白なものだった。


「了解なの。ただし、あたしの推測や仮説が少なからず含まれてるの。それでもいいなら教えるの」


『それで結構、こちらも全面的に信用する訳じゃないと正直者のエルテはフェアに記すわ』


「当然なの。お互い仕事上の信頼関係さえ築ければ、それでいいの」


 ……エルテをここに連れてきたのは正解だったかもしれない。

 この二人、結構相性良さそうだ。


「では助手。資料を持ってくるの」


「わっかりましたでござりまーす!」


 獣のような俊敏さで、男の娘助手が膨大な量の紙の束を運んでくる。

 彼の顔が完全に隠れるほどの紙厚。

 ……もしこれに全て目を通せと言われたら、三日徹夜しても難しいだろう。


「この資料は、世界各国の『イーター大進化』に関するデータなの。10年分あるの」


「10年……」


 つまり、人間がイーターに歯が立たなくなった歴史が10年に及ぶことの証明。

 俺達がいた10年前には、そんな事態は起こっていなかった。

 

『この資料が、エルテ達が10年前からやって来た証明に直接なる訳ではないけれど、そう仮定する材料としては十分な物という訳ね、とエルテはつぶさに記すわ』


「その通りなの。少なくともあたしは、貴方達が10年前のサ・ベルの住人だと確信しているの」


 だからこそ協力を仰いだ、と言わんばかりにテイルはドヤ顔を披露した。

 余り表情豊かなタイプじゃないけど、己の研究や持論を語る際には自信家の顔を露骨に覗かせてくる。

 研究者ならではの性質なのかもしれない。


「この10年、サ・ベルにはあり得ない事が起こり続けているの。枯渇する筈がない世界樹の樹脂レジンが枯渇して、腐る筈のない世界樹が死滅。そして極めつけはイーターの突然変異……すなわち大進化なの」


 万能エネルギーのレジンを生み出す世界樹を喰らう存在として、世界中で恐れられているイーター。

 世界樹が極めて少ないこの国にも、連中は至る所に存在する。

 それについては10年前から疑問視されていたけど、手がかりらしい手がかりが特になかった為『世界樹だけが連中の餌じゃない』という底の浅い答えにしか至っていない。


『大進化とやらの理由を勿体振らずに話せとエルテは厳かに記すわ』


「残念な事に、世界の名だたる研究者がチームを組んで調査しても実態は掴めなかったの」


 テイルは失望感を隠そうともせず、今にも舌打ちしそうな顔でそう口にする。

 ただし、失望の矛先は――――


「このあたしをチームに加えなかった、致命的なセンスのなさが招いた悲劇なの」


 厳しい現実じゃなく、人災へと向けられていた。

 どうやら彼女はただの自信家じゃないらしい。

 この世界の全ての研究者を凌駕する才能を持つと自負している――――そう瞳の奥の炎が訴えていた。


「そこまで言うのなら、ある程度の目処が付いてるんだな」


「決定打になったのは、あたし自身がこの姿になった事なの」


 当然、と言わんばかりの不遜な表情でテイルは手を後ろで組み、どこぞのお偉い教授のように老練な所作で語り始めた。

 ……この姿をブロウが見たら、歓喜のあまり発狂しそうだ。


「その前から気にはなっていたの。妙な呪いが蔓延していて、いろんな人に不可解な変化をもたらしていたの」


「呪い……?」


 思わず俺の隣にいるエルテに目を向けてしまう。

 身体的な問題という事もあって、ここまでは敢えて立ち入るような真似はしなかったけど――――


『エルテがこうなったのは、この10年後の世界に来てからだとここに記すわ』


 俺に向けてそう明記した紙を見せてくる彼女の表情から伝わってくるのは、怒りでもやるせなさじゃなく、微かな興奮。

 自分に起きた理不尽極まりないトラブルの解決への糸口がついに見つかったと、その目をギラ付かせていた。


 そのエルテの様子に全身をくねらせ煽り気味に踊る助手の姿が視界に入る。


「もしかして、彼も呪いの犠牲者……とか?」


「まっさかー! ボクは生まれた時からこうだよ。もう、あんまりヒドい事言うとツッコんじゃうぞ?」


「コレは存在する事自体が呪いなの」


「センセってば酷い! ボクこんなに頑張ってるのにディスらないでよー!」


 当の本人はご立腹だけど、呪いの存在を全肯定したくなる程度には納得した。


「レジンの枯渇、世界樹の死滅、イーターの大進化……この三つだけなら話は早いの。何らかの理由で世界中のイーターが凶悪になって、警備兵の防衛網をかいくぐって世界樹を喰い尽くしたの」


「その結果、レジンが枯渇……か」


 それなら当然の流れだし、テイルの言ったストーリーを真っ先に考えるのが自然だ。

 ただその場合、イーターの突然変異の理由はわからない。

 だからこそ、世界中の研究者達が頭を悩ませているんだろう。


「でも、一連の呪いがこの三つの問題と関連していると考えた場合、全然違う話になってくるの」


「……?」


「全ての出来事が、人間への悪意に満ちてるの」


 100万ある鍵の中から正解を見つけ宝箱を開けたようなカタルシスは、その見解にはなかった。

 でも、平凡なようで見つけにくい答えだとも思った。


「イーターにとって人間は、レジンという餌を横取りする邪魔な存在なの。だからつい全部イーターの仕業だと決めつけてしまうの。でも、イーターにはそもそも『悪意』なんて存在しないの」


『それがあったらアルテミオなんてとっくに滅ぼされてるとエルテはここに記すわ』


 ……確かに。

 ここスクレイユは機能を停止するほどボロボロにされたのに、あの街にはイーターが侵略してくる気配さえなかった。


 イーターを遠ざけるアイテムでもあるのなら話は別だけど、そんな物が開発されているのなら新たな武器を開発する意味もない。

 

「イーターに大進化をもたらしたのは、人間に対して悪意のある“第三勢力”だとあたしは睨んでるの」


『だから勿体振らずに教えなさいとエルテは抗議を記すわ』


「話を勿体振るのは研究発表会の醍醐味なの」


 いつここが発表会の会場になったのかは兎も角、テイルの話術に引き込まれているのは否定し難い。

 第三勢力か……


「その連中がイーターを故意に強化して、世界樹を滅ぼしたって言いたいのか?」


「そうなの。あたしやエルテプリムちゃんにかけられた呪いも、きっとそいつらの仕業なの。人間の勢力を弱体化させる為の草の根活動なの」


 その存在に、俺は心当たりがない訳じゃなかった。

 この10年後の世界へと俺をいざなった女性――――フィーナという人物の存在だ。


 俺がヴァイパーにやられてしまった際、忽然と姿を消した彼女。

 その目的は未だに謎だけど、仮に人間に悪意を持っている勢力の一味だとしたら、見捨てても不思議じゃない。


 でもその一方で、10年前の実証実験士を未来に送り込むことで、人間側の戦力を補強しているとも取れる。

 寧ろこっちの方が自然な解釈だ。


 彼女は一体、何者だったんだろう。

 結局その答えは今も宙に浮いたままだ。


『第三の勢力がいると仮定するとして、その連中を特定する方法はあるのかとエルテは質疑を記すわ』


「イーターの捕獲なの。生きたまま捕らえて調べれば、強化された原因を突き止められるかもしれないの。そうすれば、誰の仕業か自ずと答えが出るの」


 ……ちょっと待て。


「今の言い方だと、第三勢力の正体って……」 


「人間なの。少なくとも、あたしはそう睨んでるの」


 盲点だった。

 人間に悪意を持つ者、って時点で俺は人間でもイーターでもない別の種族を想像していた。


 でも確かに、人間に悪意を向ける可能性が最も高いのは、同じ人間だ。

 人間の敵は人間――――使い古されたフレーズでもある。


「貴方に貸したあの網も、[カラドリウス]を捕獲する為だけに研究を重ねた一品なの。あいつらは電撃が弱点なの」


 カラドリウスというのは、ゴーレムが呼んだあの鳥のことだろう。

 でも……待てよ。


「俺達がそのカラドリウスと遭遇したってどうやって察知したんだ? 幾ら俺を自由自在に転移させられるとはいっても、状況まで把握出来る訳じゃないだろ?」


「ちっちっち、ウチのセンセを甘く見てもらっちゃ困るなあ。この周辺に出没するイーターにはちゃーんとツバ付けてるんだ!」


 助手らしくテイルの説明中はずっと黙っていたネクマロンがハイテンションで割り込んで来た。


「ツバ……?」


「各種一体ずつ、『位置情報通知タグ』というアイテムを付着させてるの。レーダーで居場所を感知出来るの」


 そんな物まで発明してるのか。

 この幼女の外見をした研究者は本当に天才なのかもしれない。


 って、待て。

 でもそれだけじゃ結局状況は把握出来ないだろ。

 まさか……


「俺にもそれ付けてるのか!? いつそんなの付けやがった!? 触られた記憶ないぞ!?」


「あの貴方が飲んだ液体に含まれてるの。体内情報に直接書き込まれるタイプだから、アイテムと言っても物じゃないの」


 なんという騙し討ち。

 毒を盛られるよりよっぽど悪質だ。

 協力関係を築くのが前提の話し合いだったけど、これはもう考え直すべきかもしれない。


「網とイーターはあたしのもう一人の協力者が回収したの。おかげで貴重な研究対象が手に入ったの。感謝なの」


「こっちはもう怨念しかないんだけど……」


『リズには話さない方がいいとエルテは生暖かい忠告を記すわ』


 男の俺でもかなりショックなのに、女のリズが自分の行動を逐一監視されていたと知ったら……フリーズどころか吐血してそのまま天に召されそうだ。


「一応聞くけど、その書き込まれた情報は……」


「直ぐ解除出来るから安心するの。契約書を作ったら消してあげるの」


「やっぱり脅迫材料だったのかよ!」


「あはっ★ うちのセンセやっぱり大悪党だよねー! そりゃ世界中の研究者からハブられるよね!」


 どうやら俺達はとんでもない女に目を付けられてしまったらしい。

 とはいえ、後悔してももう遅い。

 どうせ逃れられないのなら、今度はこっちが奴を利用する方策を練るくらいの事はしないとな……


「で、協力って具体的に何をすれば良いんだ? 実証実験士を探してたのなら、やっぱり実証実験だよな?」


「違うの」


 違う……?

 ならどうして実証実験士が必要なんだ?


「あたしが欲しているのは、貴方たち実証実験士の経験に基づいた発想なの。つまり――――」


 テイルの目が、これまで以上にギラ付く。

 その瞳が指し示すのは、弱肉強食のこの世界で鍛え抜かれた胆力。

 そして――――飽くなき探求心。 


「この世界のイーターを倒せる武器や魔法を考えて欲しいの。アイディア募集なの」


 これまでとはまるで勝手が違うこの世界で、俺達は後ろ盾と引き替えに、究極の難題を背負う事となった。


 

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