3-10
この時代に来て初めて受けたオーダー《No.4896 憎き放浪者達に鉄槌を》を辛くもクリアした俺達は、その日のうちに責任者であるエギブダさんの元を訪れ、結果の報告を行った。
ダメージ数値【9】というあんまりな結果に、さぞ落胆するかと思っていたが――――
「ふむ。やはりこんなものか。ありがとう。よくぞ無事帰ってきてくれた」
余り心のこもっていない声で、淡々と労いの言葉を返すのみ。
報酬は後日、俺達に話を持ちかけてきた初老の研究者がくれるということで、その場は早々にお開きとなった。
「驚いてなかったね。これまでの実験でも同じような結果しか出せていなかったのかな」
『きっと辛さを隠していたとエルテは推察を記すわ』
高レベルコンビの見解は分かれたが、俺はエルテの意見に一票。
あの淡々とした感じは、屈辱感や無力感を押し殺していた所為に違いない。
あれだけ大がかりの武器を作っておいて結果が出なかったってのに、平気でいられるとは到底思えない。
そう考えると、胸にクるものがある。
とはいえ、俺達もそんな感傷に浸っている余裕なんてない。
「それでシーラ君。さっき突然いなくなった理由、話してくれるんですよね?」
「あの網についても聞いておきたいね。君の持ち物だったとは思えない。まるであの鳥型イーターを倒す為だけに作られたようなアイテムだった」
リズからは恨みがましい、ブロウからは好奇心旺盛な視線を同時に浴びせられ、微妙に疲労感が嵩まししていくも、俺は苦笑混じりに一つ頷く。
「ああ。移動時間はたっぷりあるし、そこで話すよ……」
これから研究都市スクレイユに向かう為に利用する樹脂機関車の駅を前に、俺はさっきのソル・イドゥリマでのやり取りを思い返していた――――
「……奴隷?」
呪われた邪悪な剣のような禍々しさで胸を貫くその言葉を発したテイルの顔は、それとは対照的に幼女特有のあどけなさを前面に出した朗らかなもの。
そのギャップに戸惑いつつも、なるべく平静を装い言葉を選ぶ。
「確かに君は命の恩人なのかもしれない。でも、いきなり奴隷になれって言われても……」
「なれ、じゃないの。既に貴方はあたしの支配下にあるの」
支配――――そこまで言い切る理由を探してみたところ、思い当たる事が一つあった。
「あの空間転移、まさか君の意思で……」
「中々話が早いの。そう。君の身体は既に、あたしの思うがまま好きな所へ飛ばせるの」
眉尻を上げ、不遜な表情でテイルが俺の顔をビシッと指差し煽ってくる。
くっ……幼い顔と喋り方に騙された!
この女、最初からハメるつもりだったのか!
以前俺とリズは、彼女から転移装置を作る為の実証実験を依頼され、受理した。
その時に、『装置に使う為の物』として液体を飲まされた。
転移効果のある液体との事だった。
それ自体は間違いじゃない。
問題なのは、その転移ってのがランダムで発生するものじゃなく、そして一過性でもなく、テイルの意思によって自由に行える点だ。
あの液体は、人間にそういう能力を付随させる薬か何かだったって訳か。
こんなの、実験段階である筈がない。
空間転移は既に、応用まで出来るほど完成していると見て間違いないだろう。
そうなってくると、アルテミオでエーキィリが話していた内容とは大きく食い違ってくる。
彼が嘘を吐いていたんだろうか?
それとも、進捗状況を知らなかったのか?
もし後者なら、テイルは他の研究者とは連携をとっていない事になる。
独力で空間転移を開発――――そんな事が可能なのか?
もしそうなら、彼女はとてつもない天才って事に……
「奴隷は言い過ぎたの。ごめんなさいなの」
こっちが色々と考えている間、向こうは向こうで全くの別件であれこれ逡巡していたらしい。
顔を真っ赤にして謝罪するその姿は邪悪さなど微塵も感じさせず、罪悪感でいっぱい。
中身は幼女じゃなく同年代の女性だったし、流石に物事の分別は付いているみたいだ。
「それはいいけど、なんでまた騙し討ちみたいな事を……?」
「他人から勝手に転移させられる身体になる実証実験なんて、誰も引き受けてくれないの。こうするしかなかったの」
「ンな身勝手な……っていうか、元には戻せないの?」
「多分戻せるの。でも少し時間が掛かるの」
どうやら一生この子に振り回される人生を送らずには済みそうだ。
普通に暮らしていて、ある日突然雪国や山の頂上なんかに飛ばされる……なんて事があると考えるだけで、まともな生活なんて送れやしない。
毒持った虫がウロウロしている部屋で毎日寝泊まりするような、安らぎなき日々だ。
「このあたりの諸々の事情や空間転移の原理については、貴方が仲間を連れて来てから話すの。その上で、あたしに協力するかどうか決めて欲しいの」
「ほぼ脅迫だよな、それ」
「一応命の恩人なの。あの『ビリビリウギャーネット』、役に立ったの」
そんな名前なのか、アレ……
「お願いなの。切羽詰まってるの。あたしもこんな身体になって参ってるの。早く呪いを解かないと大変な事になるの」
「呪い?」
そう言えば、エルテも口封じの呪いで喋れなくなってたな。
この時代にはその手の呪いが蔓延してるんだろうか?
「この世界には実証実験士が不足してるの。貴重なの。数を確保したいの。なりふり構っていられないの。断ったらブッ殺すの」
「さり気なく口汚いなおい」
「冗談なの。でもそれくらい切実なの」
この子もブロウやエルテ同様、クセの強い性格だな……
そしてあの二人同様、一つの事に対して一生懸命だ。
騙されて妙な体質にされてしまったのは不本意だけど、この必死な姿を見てしまった以上は断れない。
「わかったよ。他の三人をここへ連れて来ればいいんだな? でも協力するかどうかは彼等個人の判断に任せるからな」
「それでいいの。やったの。実験だ……実験だーって毎日言える数の実証実験士を確保出来るかもなの」
「お前今、実験台って言おうとしたろ」
「今流行の幻聴なの」
幻聴が流行るようならそんな世界末期だろ!
――――ともあれ、そんな経緯を事細かに説明し終えた俺は、戦闘の疲れもあって移動時間中ずっと眠りに就いていた。
特に夢を見る事もなく、気付けばスクレイユへ到着。
以前訪れた時と同じ、閑散とした……というより廃墟に近い状況に変わりはなく、辺りがすっかり暗くなっている為、更に不気味さを増していた。
『噂には聞いていたけれど、酷い有様ね。これがあのスクレイユとは思えないとエルテはここに記すわ』
独り言を、それもかなりの達筆で書いた紙を逐一俺達に見せてくるエルテ。
何気にこれまで明言はされてなかったけど、今の言葉を見る限りでは、彼女も俺達と同じく10年前からやって来た実証実験士で間違いない。
……なんかなし崩しのうちに行動を共にしているけど、リズも含めこの三人の事まだ殆ど何も知らないんだよな。
レベルとか好きな物とか目標は聞いたけど、実証実験士になった経緯とか、好きな食べ物とか、そんな突っ込んだ話は全くしていない。
機関車の中で眠らず、お互いのをすれば良かった。
そんな後悔を引きずりながら、ソル・イドゥリマへと到着。
すっかりお馴染みになった文化棟へ俺が先頭になって入り、テイルの待つ部屋の扉を軽くノックする。
「シーラだ。約束通り仲間を連れて来た。入るぞ」
「はいはぁーい。入ってどぞどぞー」
妙に軽い口調の返答がドア越しに聞こえて来た。
声質も明らかにテイルのものとは違い、ハスキーでありながら甘ったるさも多分に感じさせる。
「シーラ君、今のは……? また違う女の人みたいですが」
俺以外で唯一テイルの声を知っているリズが、据わった目でにじり寄ってくる。
そして何故かプルプルと震えていた。
「わたしの人見知りセンサーが今の人はダメだと訴えています。わたしの話しかけないで下さいオーラを無視して気さくにコミュニケーションを求めてくるタイプです。わたしには耐えられません」
「ブロウとエルテは大丈夫だったじゃん。お前そこまで人見知りじゃないだろ? 実は」
「よくぞそこまで買いかぶってくれましたね!」
訳のわからないキレ方をされてしまった。
怯む俺の背後から、ブロウが溜息混じりに手を肩に置いてくる。
「彼女の言う通りだ。僕は未だに一度も目を合わせて貰っていない。平静を装っているが、リズ君の緊張は相当なものだ」
『エルテも同様。しかもあの死にそうだった戦闘の最中にも目を逸らされた。寂寞感を添えてここに記すわ』
……俺の及び知らないところで、そんな事態になっていたのか。
「そういう事なので、わたしは外で待っています。このお二人はさり気なく気を使ってくれているのでまだ体裁を保っていられますが、さっきの人は無理っぽいです」
こう涙目で訴えられては、無理強いは出来ない。
ま、どうせフリーズするだけだったら最初からいない方がマシか……
「どうしましたー? ウチのセンセが怖くて入れませんか? だぁーいジョウブですよー。今はこんな可愛い幼女になっちゃってますし、怒られてもちっとも怖くないですよー?」
痺れを切らした中の人が急かすように――――
「シーラ君、彼女は今何と」
更に俺を急かす圧力が背後から!
ブロウにはテイルの幼女化は話してなかったんだよな……こうなるのが目に見えてたから。
「落ち着けブロウ。これから大事な話があるってのに、曇った目で相手を見ちゃうと……」
「僕は至って冷静だ。だから現状を冷静に分析出来る。この中にいるセンセとやらが幼女だと言っていたように聞こえたよ。幼女を先生と。つまりそれは紛れもなくロリババアなのでは」
冷静だけど鼻息荒い!
こんな有様じゃ、無条件で協力に応じるどころか進んでテイルの奴隷になりそうだ。
「よし、お前もリズとここに残れ。全身呪いの装備のリズ一人で待機させるのもちょっと抵抗あるし」
「君は何という残酷な事を! 申し訳ないが今の僕にはリズ君に気を使う余裕がない! というかそもそもどうでもいいんだ!」
「お前も結構残酷だろ!」
そして案の定、フリーズ案件が多いリズはどうでもいいと言われ固まってしまっていた。
共に視線をくぐり抜けた直後とは思えない断崖絶壁を両者の間に感じる。
即席パーティだから仕方ないと言えばそうだけど……
『あまり相手方を待たせるのは良くない。まずは先陣を切ってエルテとシーラが交渉をしてくるから、それまでの間お目当ての子と何を話すか考えておきなさいとここに記すわ』
「それは妙案だ。確かに今の僕は情熱に傾き過ぎている。貴重なロリババアを戸惑わせてしまうかもしれない。シーラ君、悪かった。止めてくれてありがとう。僕は一旦ここに残るよ」
「わかってくれて何よりだ」
心の全く籠もらない声で返答しつつ、俺は目の前の扉を勿体振らずサクッと開けた。
散々待たせた挙げ句、この視界に入ってきた人物は――――
「あーっ、やっと入って来ましたよセンセ。全くもう、焦らしプレイなんて今時流行りませんよねー? きゃきゃきゃ」
一目でそれとわかる“男の娘”だった。
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