3-9

「なんで……俺はここに?」


 この場所へと転移したのはテイルの意図的な介入だと見越した俺は、思わず断片的にそう問いかけてみる。

 正直なところ、まだ頭の中は混乱中で、切り替えがしっかりと出来ていない。

 そんな俺の様子を見透かしたかのように、テイルはその幼女の姿とは似付かわしくない落ち着き払った眼差しを向けてきた。


「今はそんな事言ってる場合じゃないの」


 そして、この言葉。

 明らかに俺がさっきまで陥っていた危機について察している。

 だとしたらやっぱり、彼女が何らかの方法で俺をここへ転移させて、敵から逃れるよう仕向けたんだろうか……?


「千載一遇の好機なの。これ使って、あの鳥共を一網打尽にしてやるの」


 俺の狼狽などお構いなしに、テイルは俺の方へズカズカ……というよりチョコチョコといった足取りで近寄ってきて、ズイッと何かを差し出してきた。 

 って……これ、机の上に置いてた縦笛じゃないか。


「二段式になってるの。上の部分の筒を手で押さえて、下の部分をもう一方の手で引っ張ると発射。真上に向かって撃つの」


「え? これって……」


「んじゃ、健闘を祈るの」


 碌な説明もないまま、ムリヤリ縦笛を押しつけられた俺は、再度質問すべく口を開いてててててててててててて――――




「……って、うっわああああああああああああ!」


 ――――目の前に、鳥の大群。

 気付けば再び視界は変容し、さっきまでリズ達と一緒にいたあのフィールドに戻っていた。


 ただし、時間はしっかりと経過していたらしく、もう鳥達の一部は地上に降り始めている。

 最早コイツらを呼び出したゴーレムが何処にいるのかもわからないほど、夥しい数の鳥で周囲は埋め尽くされている状況。

 正面に見えるだけでも20羽は下らない。


 ……そして“羽”という単位が適切とは到底思えないほど大きく、ゴーレムと大差ない体格。

 その癖して、地面に降り立っても地響きどころか物音一つさえしない。

 巨大なクチバシと鋭い目が印象的な、獰猛である事に疑いの余地のない、例え一体のみでも勝ち目の薄い相手だろう。


「シーラ君……生まれ変わってもわたし達、ズッ友以上恋人未満ですよね?」


 涙を流しながら絶望に浸るリズが、ペタンとその場に座り込んだ。

 俺がついさっきまで空間転移――――瞬間移動していた事には全く気が付いていない。

 それはブロウやエルテも同じらしく、幽霊だの自爆だのブツブツ呟き続けながら半笑いを浮かべている。


 Lv.87とか150でも、ここまで追い詰められたら精神ブッ壊れるんだな。

 そういう意味では、彼等も俺やリズも同じ人間って訳か。


 ……っと、そんな馬鹿げた安堵感に浸ってる場合じゃない!


 正直、この縦笛でどうやって連中を一網打尽に出来るのか、想像すら出来ない。

 でも今の俺にやれる事と言えば、あのテイルを信頼して言われた通りにする事のみ。

 それ以外は全部、実行してから考えよう。


「まだだ! まだ諦めるな! 生まれ変わらなくても、自爆なんかしなくても、幽霊になんてならなくても、助かる未来がきっと……」


 鳥型イーター達が今にも襲いかかろうとクチバシをカチカチとならしている最中。


「ある!」


 俺は縦笛を天に向け真上に掲げ、テイルの指示通り下部分の筒を思いっきり下へと引っ張った!

 さあ、鬼が出るか蛇が出るか――――


「……!」


 ――――刹那、耳を劈く、いや耳を蹂躙する爆発音。


 とてもこのか細い縦笛が発したとは思えない、重厚感と切迫感と荒々しさと刺々しさが揉みくちゃにされたような轟音が鳴り響き、"何か"が宙へと撃ち出された!

 

「うへあっ!?」


 当然、周囲への影響も多大で、リズは謎の悲鳴をあげ卒倒、他の二人も顔をしかめその場にへたり込んだ。

 唯一、微かとはいえこういう事態が起こる可能性もあると考慮し身構えていた俺だけが、正気を保ったまま上空を見上げる事が出来た。


 上空には――――網状の何かが天高く舞っていた。

 いや、網状じゃない。

 あれは、網そのものだ。


 この細い縦笛のどこにあんな物を打ち出せるスペースがあったのかは全くわからないけど……


「クルルルルルルルルルルルルルルルルルルァァァ……!」


 流石に鳥型イーター達もあの爆音には驚いたらしく、動きを止め一斉にけたたましい鳴き声を上げ始めた。

 非難の声なのか、驚き戦いているのかはわからないけど、少なくとも警戒している様子は窺える。

 俺達へ向けての歩みを止め、じっと


「シーラ君、今のは一体……」


「話は後! 編の目に上手く収まるよう位置取りを調整して!」


 ようやく我に返ったブロウの困惑した声を押しやるように、俺は上空を指差しながら相当無茶な要求を力の限り叫んだ。


 これから落ちてくるであろうあの網が普通の物なのか、特殊な物なのかはわからない。

 かなりの高度まで打ち上げられているから、その大きさを目視で測る事も出来ない。

 もし網の目が狭い物だったら、俺達も巻き添えを食らってしまうかもしれない。


 でも、もし網の範囲外に逃げようものなら、鳥型イーター達も追いかけてくるだろう。

 そうなると、もう対抗手段は完全皆無。

 危険な賭けだけど、この場に留まりつつ降ってくる網を避け、鳥どもだけを餌食にするしか助かる手段はない。


 連中の図体のデカさなら、俺達の身体を素通りするほど編み目が広くても十分に捕らえられる。

 それに賭ける……!


『あんな網を何処から調達していたのかは不明。でもそれ以外の全てを理解したとエルテはここに記すわ』


 そう祈る俺に、ついさっきまでリズと一緒に地面にへたり込んでいたエルテが不敵な笑みを浮かべ立ち上がり、そのセリフを掲げてくる。


『任せて』

 

 更にそう付け加え、既に上昇から下降へ切り替わった巨大網を悠然と見上げ――――紙を投げ捨て両手を真上に掲げた。


 世界樹魔法ユグドマの発動は通常、両手を刺激し発熱させる事で行う。

 刺激を与える手段は『圧迫』『振動』『温度変化』など様々。

 具体的には『両手を擦り合わせる』、或いはさっき彼女がそうしたように『両手を組む』のが一般的だ。


 でも、今回は違った。

 頭の上で左掌を開き、そこに拳を作った右手をあてがい、思いっきり力を込めグリグリねじり込んでいる。

 最も熱がこもる方法。

 それだけ強大な魔法を使用する証だ。


 エルテが一体何をしようとしているのか、俺にはわからなかった。

 ブロウに視線を移し目で解説を懇願するが、彼も肩を竦めるのみ。


 そんな中――――


「風です」


 座り込んだままの体勢で、リズがそうポツリと呟く。

 この土壇場でフリーズ状態から立て直したのか……!


「きっとエルテちゃんは強風を起こすつもりです。その風で、わたし達の周りだけ一瞬網が浮いた状態に」


「そうか! それなら簡単に網の目に入り込める!」


 言葉を発する事が出来ないエルテに代わって意図を説明してくれたリズが、コクリと頷く。


 彼女はお世辞にも優れた実証実験士とは言えないけど、この世界――――サ・ベルについては多くの事を知っている。

 魔法の種類も全て熟知していると言っていた。

 超高度から落下してくる網を一瞬でも浮かせるとなると、かなりの風圧が必要だと思うが、それが出来る魔法が存在しているって事だろう。


「シーラ君。二人を信じよう。直ぐに動けるよう準備を」


「わかった」


 俺もブロウと共にエルテの近くに移動し、その時を待つ。

 網はもうすぐそこまで落下してきているが、鳥型イーター達は尚も動かない。

 特に何の対抗策も講じないまま見上げ続けている。


 正直なところ、奴等が全速力でこっちに向かってきてたら、もうとっくに俺達は全滅していただろう。

 どれだけ強大になっても、頭脳については然したる進歩はしていないらしい。

 なら、まだ救いはある――――


「来る」

「来ます!」


 ブロウとリズが叫ぶのと当時に、エルテの両手から天へ向け、すさまじい風の波が発生した。

 まるで家屋をも吹き飛ばす大型の台風が直撃したかのように、聞いているだけで不安になるような音を鳴らし、暴風がうなる。


 網は俺が想像していたよりも遥かに、圧倒的に大きく、

 そして編の目も人が数人入れるほど大きかった。


「よし! 逃げ込め!」


「えいっ」


 風圧で浮いた状態の網の目の真下に、リズが転がり込む。

 俺とブロウは魔法を使用中のエルテを抱え、同じように網の目に入った。

 同時に魔法の効果は消え、落下してきた網が完全に地面へと覆い被さる。


 全ての鳥型イーターに網は被さり、連中はそのまま地面に突っ伏した。


 そして――――それで終わりじゃなかった。


「クェェェェェェェェァァァァァァァァァ……!」 

「ピィィィィィィィィィィィィィィィィィ……!」


 網に押し潰され地面に突っ伏した鳥どもが、そろって悲鳴をあげ始める。

 これは――――


『このエルテが誇る48の必殺魔法の1つ[シルフィード]が役に立って何よりよ。大げさに讃えられるのは好きじゃないから、この偉業をエルテ本人じゃなく他の人に伝えてくれれば良いとここに記すわ。100人くらいを目標に』


「今はそれどころじゃない! どけ!」


『がーんぬ』


 ワクワク顔のエルテを押しのけ、網に捕まった状態の鳥型イーターをまじまじと眺めてみる。

 網は広域にわたって連中と大地を覆い尽くしていて、その面積は100メルト四方はありそうなほど。

 その巨大網に50体以上のイーターが捕らえられた状態だ。


 網とはいえこれだけデカく、そしてあれだけの高度から降ってきたとなると、俺達人間なら直撃、即――――死。

 さっきは邪険にしたけど、エルテは確かに大金を支払ってもいいくらいの恩人だ。

 さすがのイーター共も、これほどの衝撃なら大ダメージを……と思っていたが、どうやらそんな様子じゃない。


 イーターの身体には損傷が見られない。

 つまり、無傷。

 この超特大網の高度数十メルトからの落下さえ、連中には全く効かなかった。


 それでも悲鳴をあげ今も反撃出来ずにいる理由は――――電撃。

 この網、追加効果に電撃が付随してやがった。

 バチバチと派手に音を立て、鳥連中を間断なく痛めつけている。


 でも、追加効果の電撃程度で怯むような連中とは思えないが……


「見てみるかい? 中々凄まじいよ」


 俺の疑念を見透かしていたらしく、いつの間にか隣にいたブロウがミョルニルバハムートを担いでいた肩から下ろし、ダメージレーダーを見せてくれる。

 このレーダー、基本的には装着されている武器のダメージを測る為のものだけど、敵の生命反応の変動を感知するという性質上、攻撃した武器に関係なくダメージの数値を確認する事が可能だ。

 つまり、今鳥型イーター達が受けているダメージもこれでわかる。


 俺達の一番近くにいるイーターに照準を合わせ、感知したダメージ数値は――――【1】。

 或いは【2】。

 若しくは【3】。


 ……そう。

 電撃は未だ止む事なくイーターを蝕み続けている為、多段ダメージになっている。

 それも超高速で、こっちの認識速度が追いつかないほど次々に数字が表示されていく。


「恐らく電撃によるスタン効果も発動して、動けずにいるんだ。ダメージさえ通れば、効果は等しい確率で発動する。どれだけ装甲が厚くても、状態変化への完全耐性はないんだね」


 冷静な目でそう分析するブロウの言葉に、リズがコクコクと頷いていた。

 恐らく、この鳥型イーターは電撃耐性もないんだろう。

 だからダメージが通り、スタン効果で動けなくなっている。


 まさに一網打尽。

 もし電撃無効だったり、もう少し頭の良いイーターだったらこうはいかなかった。

 テイルの託してくれた網は、まるでこのイーターを倒す為だけに発明されたような特化型の武器だった。


「ゴーレムもいつの間にかいなくなってるな」


 逃げたのか、網に巻き込まれて絶命し消滅したのか。

 何にせよ、これなら――――


「なら今のうちに逃げましょう! あ、でも……」


 リズの言うように、今ならイーター達に追われず逃げ果せる事が可能だ。

 でも問題が一つ。


 俺達は今、網の目の中にいる。

 つまり、四方八方をそのクソデカイ網と強力な電撃に囲まれている状態だ。

 ここから脱出するには、一体どうすれば……


『迷える子羊達よ。エルテのデキる女っぷりを周りの人に伝えると確約なさい。さすれば必ず道は拓けるとエルテはここに記すわ』


 ……そういえば、Lv.87の魔法専門実証実験士様がここにいたな。

 彼女なら電撃無効の防御魔法なんて普通に使えそうだ。


「何人くらいに話せば良いんだ? 言っとくけど、この時代に来て知り合いらしい知り合いは殆どいないぞ」


「わ、わたしも……元々ぼっちですし」


 慌てる俺とリズとは対照的に――――


「僕は問題ないよ。10年前の時代に知り合いは沢山いるし、彼等が僕達のようにここへ飛ばされて来たら確実に伝えよう」


 ブロウは余裕の表情。

 ここに来て格差社会の縮図を見た。


「それに、ロリババアと出会えた時の良い土産話になるかもしれない。僕の調べによると、彼女達ロリババアは同性に寛容とは言い難い。いい歳して嫉妬心や対抗意識を燃やす。そこがいい。可愛いよね。君の活躍を僕が喜々として語れば、嫉妬してくれるかもしれない。ああ、想像しただけで心が隆起しそうだ」


 ……変態の真骨頂も見た。


 ま、いいか。

 例えどれだけマイノリティだろうと、自分の好きなものに瞳を輝かせる姿は尊い。

 それはとても素晴らしい事だ。


『では契約は成立ということで、後は任せなさいとエルテはここに記すわ』


 いつの間にか全員が納得したと受け止めたらしく、満面の笑みと共にエルテは祈りのポーズを作った。


 ユグドマは体内に摂取したレジンを用いて使用する魔法。

 そのレンジが切れて魔法が使えない――――そんなオチも一瞬懸念したけど、幸いにもLv.87だけあってそんなドジを踏む事はなく、魔法[アンラムウ]によって一時的に電撃を受付けない身体になった俺達は、今も多段ダメージを受け続けているイーター達を尻目にその場を後にした。


 絶望的な状況から奇跡の生還。

 エルテじゃないけど、この体験は伝記として後生に語り継がれてもももももももももももももももももももももも――――




「その安堵に満ちた顔は、どうやら上手く行ったみたいなの」




 ――――余りに突然の視界の変化に、頭の中はパニック状態……とはならなかった。

 無意識のうちに、なんとなく予感していたのかもしれない。


 俺の目には再び、テイルのしたり顔とソル・イドゥリマの汚い研究室が映った。


「あの、これ……」


「助けてあげたお礼に仲間をここへ連れてくるの。約束なの。貴方はこれを断れないの。どうしてかって言うと――――」


 言葉の句切り毎に一歩一歩迫ってくるテイルの目は、徹夜明けと言わんばかりに血走り、興奮状態である事を如実に語っている。

 そんな彼女の口から次の瞬間、衝撃的な一言が発せられた。


「貴方はもう、あたしの奴隷なの」

 

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