3-7

 ――――ミョルニルバハムート。


 全長4.8メルトという規格外のサイズに加え、伝説の金属『アダマンタイン』と『オリハルコン』の合金【アダマルコン】を素材として使用した、最高にして最硬の近接武器。

 あらゆる敵を廃物にしてしまうほどの圧倒的攻撃力に加え、世界樹の樹脂レジンを用いた特殊加工により、世界樹魔法ユグドマの中でも爆破系の最高峰【バハムート】と結合させており、ヘッド部分を叩き付けると同時に強力な爆破効果が付随している。


「攻撃力の数値は現存する武器の中で最も高く、クリティカルも出やすい。その上【バハムート】の追加効果もあるから、物理防御の高いイーターにも大きなダメージが期待出来る……か。ま、このサイズを振り回してブン殴るんだから、威力くらい最強じゃなきゃ割に合わないよな」


 あらためて、今回のオーダーで実証実験を行うことになったミョルニルバハムートの試作品と仕様書を交互に眺めながら、俺は驚きを通り越し呆れ気味にそう呟いた。

 半ば独り言のように思わず口に出た言葉だったけれど、もう半分はその超巨大ハンマーを易々と抱え持ち歩いているブロウへの率直な感嘆を含んでいる。


 流石はLv.150。

 最低請負人数が4人に設定されているのは、4人じゃなきゃ運べもしないような重さの武器だから――――そんな前提さえ覆し、彼にとっては十分実用可能な得物らしい。


 体格は俺とそう変わらないだけに、自分の身長の3倍近いハンマーを肩に抱えたその姿は違和感の塊。

 住む世界が違いすぎる。


「でも、これだけ大きいと攻撃するまでに相当な時間が掛かるのではないでしょうか?」


 俺の隣を歩くリズも同じような感覚を抱いているらしく、最後尾とはいえ直ぐ後ろを歩くブロウに対して質問しているにも拘わらず、何処か遠い目をしていた。


「そうでもないよ。確かに僕がこれまで装備して来たどの武器より重いけど、1,000歳超えのロリババアが内包する人生の重みに比べれば紙細工に等しいね」


 ちょっと何言っているかわからないが、また一つ彼との距離が遠のいた気がした。


 ……とはいえ、俺達が今いる場所は非常に見通しが良く、多少遠くなったところで見失いはしないだろう。


 ここは――――アルテミオ周辺のフィールド。

 ミョルニルバハムートが実際に武器として使えるかどうかの実験を行うべく、その対象となる敵を探して練り歩いている最中だ。


 元いた10年前の世界と比べて、フィールドに大きな変化は見られない。

 当時のスクレイユ周辺よりは自然豊かで緑が多く、土もなめらかで適度に湿度を帯びている事から、恐らく生態系も多少は違ってたりするんだろうけど、俺達にとっては特に関係のない話。

 当然、世界樹喰い《イーター》にとっても同様だろう。


 連中の突然変異がどうして起こったのかは、10年が経過したこの時代にもわかっていないらしい。

 少なくとも、環境が原因という事ではなさそうだ。


 そもそも、今更その理由を突き止めたところで、突然変異によって強大な力を得たイーター達を以前のような俺やリズでも倒せる雑魚敵に戻せる訳でもない。

 突然変異によって性質が変わった生物は、二度と前の性質に戻らない。

 俺達人間が、それ以前の進化の過程に戻らないように。


「それで、標的はもう決まったのかい?」


 超巨大ハンマーを、まるでペンを指先で回すかのようにクルクルと振り回しているブロウにどんな顔をしていいのか迷いつつ、仕様書の後ろに束ねていたアルテミオ周辺に生息するイーターのリストに目を通す。

 リスト内には俺の宿敵とも言えるウナギ野郎、憎き[ヴァイパー]の名前はなかった。

 湿気の多いところにいるイメージだけに意外だ。


「そうだな、このバカでかいハンマーをブチ当てるのに向いた敵となると……ん?」


 不意に、チョンチョンと背中を軽く叩かれ振り向くと、エルテが神妙な面持ちで紙を掲げていた。


『選択の余地はないみたいよ ⇒』


 最後の矢印が指す方にそのまま目を向けると――――


「ヌヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ……」


 独特の鳴き声でこっちを威嚇する、巨大な化物の姿が強制的に視認された。 


 岩石が二足歩行の生物に化けたような、いわゆる『ゴーレム』と呼ばれる種族のイーターで、身長はリズの倍程度。

 俺にとっては初見の敵だ。

 幸いにもリストには挿絵が付いているから、あの見た目と照らし合わせて……


「あった。名前は[エキゾチックゴーレム]。見た目の通り耐久性はかなり高いが、動きは鈍いみたいだ」


「それなら、今回のオーダーには最適の相手ですね」


 リズの言う通り、ハンマーをブチ当てる実験台としてはこれ以上ない対象だろう。

 もしこの敵を一撃で仕留められるようなら、十分な実用性が認められる。

 少なくとも、ここら一帯のイーターならやっつけられる武器って事になる。


「決まりって事でいいね? なら早速支援をお願いしたい」


「了解」


 既に俺達への攻撃性を露わにしている[エキゾチックゴーレム]が、その虹彩なき鋭い目でこっちを一瞥する間、俺達はあらかじめ話し合いをしていた通り、ブロウを中心とした【弓陣形】を作った。

 この陣形は前方に一人、後方に三人を配置する守備的なもので、その見た目が弓に似ているからこの名が付いた。

 弓を用いる訳ではなく、前方の一人がデコイ(囮)となり、後ろの三人が強力な遠距離攻撃で敵を仕留めるのが主な目的。

 ただ、今回はその限りじゃない。


 というのも、このオーダーはただ単に敵を倒せば良いというものでもない。

 オーダーを出したエギブダさんによると、今回の実証実験で確認しておきたいのは、クリティカル時にどれだけダメージを叩き出せるか。

 よって、正確にヒットさせる必要がある。


 基本、武器の試作品には『ダメージレーダー』という物が付いていて、敵の生命反応の変動を感知しダメージを自動算出してくれるから、攻撃が当たった時点で観測は可能。

 つまりクリティカルヒットさえ出せば、敵を倒そうと倒すまいとオーダーはクリアだ。

 けれど、余りにも巨大なミョルニルバハムートは攻撃の際に大きめの予備動作が必要で、普通に敵と正対して攻撃してもクリティカルは望めない。


 そこで、作戦を練ってみた。


 ミョルニルバハムートで攻撃するブロウを後列中央に配置。

 彼から見て前方に俺、右側にリズ、左側にエルテが陣取り、まず俺が囮かつ盾となって敵の攻撃を受け止める。

 そしてすかさず、リズが反撃を行う。


 この攻撃はダメージを与える目的じゃなく、ゴーレムの意識をリズへ向ける為の陽動。

 その隙にブロウがミョルニルバハムートを振りかざし、ゴーレムの脳天をカチ割る――――そんな算段だ。


 ここでネックとなるのが、俺の耐久力。

 Lvたったの12の俺は、HPも守備力も当然へなちょこだ。

 現状で用意出来る最高の防具として、銀色の鉱石シルバランスを素材とした『シルバランスアーマー』『シルバランスシールド』『シルバランスヘルム』一式を用意したけど、あのいかにも重そうなゴーレムの攻撃に耐えられるかどうかは甚だ疑問だ。

 

 ……というか、重過ぎて回避力を完全に放棄してしまっている為、耐えられなかったら俺の人生即終了。

 普通ならば自殺行為に等しいけれど、勿論ちゃんと勝算はある。


『エルテに任せて。エルテのLvは87。防御系のユグドマは一通り習得済みだと高らかに記すわ』


 そう紙の上部に記していたお茶目なエルテが、今回の作戦のキーパーソンだ。

 というのも、彼女は魔法専門の実証実験士で、物理攻撃を一度だけ完全に無効化できる【シャルマ】という超高等魔法も使用できるらしい。


 実証実験士は基本、自分の専門とする分野を持っている。

 その方がオーダーを出す側も出される側も信頼関係を築きやすいからだ。


 そして、専門分野のオーダーを数多くこなしていく事で、技術もどんどん身についていく。

 Lv.87を誇る魔法専門の実証実験士なら、使用可能な魔法の種類と数の豊富さは勿論、魔法の発動も並の魔法使いより遥かに短い時間で行えるだろう。


 予めシャルマをかけておくという手もあるが、もし敵が魔法の性質を理解し察知出来る場合、攻撃の対象を他の人間に移す可能性がある。

 よって、敵が俺を攻撃しようとする瞬間を見計らって魔法をかけるのが最も無難。

 エルテならそれが出来る――――と思う、多分。


「わかった。信じるよ」


 そう笑顔でエルテに告げてはみたものの、正直出会ったばかりの彼女にそこまでの信頼を寄せる度胸は俺にはない。

 ……といっても、魔法で保護されるだけの俺に出来るのは、先日のヴァイパー戦のようなワンキルを食らわないよう祈る事だけ。

 出来れば二撃目が来る前に倒して、防具を傷付けずに終わらせたい。


「来ます!」


 不意に、緊張気味なリズの震える声がフィールドに響き渡る。

 ずっとこっちの様子を窺っていたゴーレムが、いつの間にか突進を始めていた!


「いきなりだな! まだ心の準備が……」


 リズの緊張が伝染したのか、10年前に戦った事のない敵だからか、或いは忌まわしきワンキルの記憶からか、俺の足はみっともないほど露骨に竦んでいた。

 幾ら新人だとはいっても、初めてのバトルって訳でもないってのに……


「そう硬くならないで。大丈夫、[エキゾチックゴーレム]は大した敵じゃない。HPがやや高い程度だ」


 そんな俺の狼狽を背中から感じたのか、ブロウがまるで古くからの友人のような温かい声で落ち着かせてくれた。


「戦った事があるのか?」


「10年前の世界でね。当時と同レベルって訳にはいかないだろうけども、大丈夫。何も心配は要らない」


 ああ、そうだった。

 俺の後ろにはLv.150の化物がいるんだ。

 しかも最強の破壊力を持つ武器を持って。


 彼の威光を借りる事に、然したる屈辱はなかった。

 今の俺に必要なのは、任務を全うする為の冷静さ。

 平常心を取り戻せるのなら、卑しかろうと構いはしない。

  

 目前に迫り来るゴーレムの姿が、くっきりと視界に収まっていく。

 同時に、今までは鮮明じゃなかったのだと自覚し、緊張の度合いの深刻さに辟易した。


 反省は後回し。

 今はただ、この初撃に耐えるのみ。


「……?」


 攻撃が……来ない。

 明らかに敵意を抱き、だからこそ突進してきた筈のゴーレムは、俺の眼前でピタリと停止し、値踏みするかのように凝視してきた。


 まさか、仲間にしてくれという合図じゃないとは思うが……


「どっどどどどどうします!? いきなり作戦と違います困ります」


 アドリブに弱いリズは完全に混乱中。

 敵からの攻撃がない以上、シャルマをかけるきっかけもなく、エルテも困惑気味だ。


 不気味ではあるけど、このまま睨み合っていても埒が明かない。

 

「ブロウ!」


「了解。棒立ちなら却って好都合だしね」


 流石、百戦錬磨のLv.150。

 俺が決断する前から、ブロウは既に振りかぶっていた。

 自身の身長の三倍近くもある武器――――ミョルニルバハムートを。


「残念だ。君がロリババアなら違う出会い方もあったかもしれないのにね」


 意味のわからない口上は兎も角、超巨大ハンマーを両手で抱え構えるブロウの姿は、まるで御伽噺の勇者のように凛々しいものだった。


 ……と、感心している場合じゃない!

 今俺は彼とゴーレムの中間にいる訳で、このままだとハンマーの柄が直撃だ!


「頼む、しっかり当ててくれよ!」


 重い鎧に身を包んだ俺は、とっさに身を翻したりは出来ない。

 その場にしゃがみ込んで、直撃しない事を祈るのみ。

 ハンマーのヘッドがゴーレムに直撃さえすれば、柄に角度が生まれ当たらずに済む……よな?


「任され……たっと!」


 その瞬間――――フィールドに一迅の風が生まれた

 ただそれは、風というには少々荒々しいものだった。


 圧倒的質量の高速移動によって生まれた、局地的な風圧。

 左右に陣取っていたリズとエルテが吹き飛ばされそうになるほどで、さながら嵐のような獰猛さをもって荒野を駆け抜けた。


 そして、その衝撃波が物語るのは、ミョルニルバハムートの破壊力。

 波打たず、綺麗な弧を描いて振り下ろされた超巨大ハンマーは、周辺の空気さえも凶器に変え、全てを圧縮しながらゴーレムの頭部を捉え、鈍く高らかな打撃音を響かせた。


 更に間髪入れず、雷鳴にも似た耳を劈くような凄まじい爆発音が轟く。

 バハムートの追加効果が炸裂した。


 武器の限界を越えたサイズのハンマーによる一撃と、最高級の爆破系魔法のコンボ。

 間違いない、クリティカルだ。

 一体、どれほどのダメージを叩き出すのか。


 10年前の世界では、スクレイユ周辺のフィールドを闊歩するイーター達のHPは大体20~100程度だった。

 ヴァイパーで40程度。

 俺でも一撃か二撃で倒せる程度の敵が大半だった。


 でもこの10年後の世界では、当時の常識は通用しない。

 仮に十倍になっていたとしても不思議じゃないだろう。

 きっとこのゴーレムのHPも桁外れな数値に違いない。


 それでも、今も耳鳴りが止まないくらいのとてつもない爆音に晒された身としては、ワンキルを疑う余地はない。

 ダメージ数値は四桁に上るかもしれない。

 果たして、結果は――――


「……?」


 その場にしゃがみ込んだ体勢で暫く待っていたが、ブロウのリアクションはない。

 クリティカル判定はレーダーが行ってくれるから、既に結論は出ている筈。

 問題なくクリア出来たと思うんだけど……


「参ったね」


 ようやくブロウの声が聞こえて来た為、俺は重いヘルムを装備中の頭部を無理して持ち上げ、現状を視認した。

 まず目に飛び込んできたのは、顔面蒼白のリズの姿。

 強烈な風圧に晒され、怯えてしまったんだろう。


 ――――そう思っていた。


 次の瞬間までは。


「あれ……?」


 そのリズの身体が、何かの影で染まっている。

 しかも彼女の顔は、明らかに現在進行形の恐怖で満ちている。


 リズの視線の先にあるもの。

 それは、ついさっきまで俺の眼前にいたものと同じ形をしていた。

 つまり――――

 

「ダメージ数値……9。一桁だ」


 ブロウの絶望的な呟きの示すように、ゴーレムは傷一つ負わずその場に立っていた。

 

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