3-6
「・・・・・・」
16テールの女性は左右に身体を揺らし、様々な角度からリズの装備品を眺め、時折満足げに頷き、目を輝かせている。
表情豊か、感情表現豊か――――なのに未だ言葉は発していない。
無言を貫く何らかの理由や拘りがあるんだろうか……
「おっ、ちょうど良かった。お前等全員、過去から来た実証実験士だな?」
余りにもインパクト大な彼女に呆然としていると、対照的にこちらはいかにも研究者らしき初老の男がノーマルな白衣に身をまとい近付いて来た。
なんか一括りにされたけど、まさか仲間とか思われてないよな……?
「お前等に丁度良いオーダーがあるんだ。早速だが受けてくれるな? 来たばっかで他に仕事もねーだろ?」
初老の男はかなり強引な物言いで、俺に向けてオーダー票をズイッと差し出してくる。
仲間どころか、この中のリーダーとか思われてるっぽいぞ俺。
「いやあの、俺は」
「お前等、元の時代に戻りたいだろ? だったらまずはこの時代のイーター共に通用する武器を一刻も早く完成させる必要があんだよ。じゃなきゃ、時空を越える為の本格的な研究は出来ねーからよ」
「……どういう事です?」
さっきエーキィリから受けた説明では、確かに武器の開発は急務だと聞かされていた。
でも過去に戻る為に必要ってのは初耳だ。
「ここの研究施設じゃ、大がかりな実験は何も出来ねーのさ。このアルテミオで下準備をして、別のまだ生きてる、それでいて大規模な施設で最終段階の実験を行う。つまり、輸送作戦ってのが必須なんだよ」
つまり、この街で開発した成果物をより大きな施設のある街へ持ち運ぶ必要がある……って事か。
ならイーター対策は確かに重要、いや必須だ。
「わかりました。俺が受けます。ただ、彼等は仲間という訳ではな――――」
「大丈夫だ! 4人で力を合わせれば必ず上手く行く! それじゃ、詳細はこの説明書を読んでくれ」
白衣の男は初老特有の『他人の意見ガン無視病』を患っていたのか、俺の話を遮るように自分の言葉をゴリ押しし、そのまま身勝手にも去って行きやがった。
そして、その理由は説明書を読んで直ぐに判明する。
「最低請負人数4人……」
「ふむ。これは完全に狙い撃たれたね。中々のやり手だよ、あのジイさん」
ブロウの言うように、どうやら俺達が4人になった瞬間を見計らってオーダーを届けに来たらしい。
要するに、そんな真似をしてまで新人に強引に押しつけないといけないくらい受注希望者がいない、厄介なオーダーだって事だ。
「ま、ここで会ったのも何かの縁。このオーダーを機に、暫く行動を共にするっていうのはどうだい? 僕はロリババアに理解のある君となら、上手くやっていける気がするんだ」
「……何か妙な誤解してないか? 俺は別にロリババアへの興味なんてないぞ」
「寧ろその方が良い。貴重なロリババアを奪い合うのは本意ではないのでね。僕の趣味に嫌悪感を示さないだけで十分なんだ」
一応、自分がマイノリティってのは自覚しているらしい。
妙なところで奥ゆかしい奴だ。
……ま、この状況で敢えて突っぱねる理由もないか。
「ところで、そこの無口な女性は君達の連れかい? 残念ながらロリではない時点で僕の興味からは逸れているのだけれど、一応聞いておくのが礼儀かとも思って聞いてみた」
「一言も二言も多いな! 初対面の女性に失礼だろ!」
「申し訳ない。ツンとしたロリババアとの舌戦で互角に渡り合うシーンを想定して、日頃から歯に衣着せぬ物言いを心掛けているものでね」
やっぱり突っぱねるべきだった……!
コイツ、変人は変人でも面倒臭い方の変人だ。
行動パターンや思考パターンは一貫しているけど、その一貫性が常人に計り知れないベクトルなんだ。
「・・・・・・」
そんな後悔の念に押し潰されそうな俺の顔を凝視している目が二つ。
ずっとリズを視姦していた16テールの女性が、いつの間にか俺の方に熱い視線を向けていた。
「彼女とは、俺達もここで初めて会った。だよな? リズ」
「はい。わたしにはお友達はいませんし……ふふっふ」
ただの確認作業が地雷を踏むという緊急事態に……!?
リズの顔がみるみる曇っていく。
「でも、いいんです。わたしには、シーラ君がいますから。友達以上恋人未満のシーラ君が」
「おいやめろ誤解招くだろその言い方だと」
このリズという女の子、昔から『友達以上恋人未満』という関係性に憧れていたらしい。
色々あって、俺は彼女とそういう関係になるという口約束をしてしまった。
具体的には……良くわかんないんだけど。
「興味深い関係性だ。ところでその話にロリババアは関与してくるかい?」
「する訳ないだろ」
「ならばここまでにしよう。友達"以上"というからには友達も含んでいるのではという野暮な指摘も敢えてすまい」
ブロウの身もフタもないツッコミに、リズは完全フリーズ。
成程、確かによくよく考えてみたら、結局は友達って事で良いのか。
……なんか釈然としないけど。
「・・・・・・」
そんな俺達のやり取りを、16テールさんは愉快そうに、ニコニコしながら見つめていた。
「あの、なんか勝手に頭数に入れられていましたけど、大丈夫ですか? 他に用事があるなら、今からでも断って……」
俺が全部言い終わる前に、彼女は首を左右に振って『問題ないよ』と主張してきた。
なら決まりだ。
不安は多分にあるけど、まずはこの四人で難局を乗り切ろう。
「では、あらためて自己紹介をしよう。僕はブロウ。ロリババアを愛で、ロリババアに愛でられる為に存在する男だ」
……自己紹介の概念ってなんだろう。
ま、本人が伝えたい事を言えばそれでいいのかもしれないけど。
「俺はシーラ。まだ駆け出しの実証実験士だけど、懸命に生きる人の支えになりたい熱意だけは一丁前だと自覚してる。よろしく」
適当に自己アピールを終え、次のリズへバトンタッチ。
「……」
凍ったまま動かない!
この珠玉の人見知りちゃんに自己紹介は余りに難題だったか。
「彼女はリズ。見ての通り、テンパるとフリーズして暫く動かなくなる。仕様だから解除方法はない。ごめんな」
「シーラ君が謝らないでください! あああああ、すいませんごめんなさい」
幸いにも、今回は早めに復帰した模様。
なんとなく『どうして同行人数を増やすんですか、わたしを殺す気ですか』という恨みがましい視線を感じるけど、見ないようにしておこう。
さて、残るは――――
「・・・・・・」
いつの間にか16テールさんはその手に紙の束とペンを持ち、スラスラと文字を書き連ねていた。
相手が女性だと、何処から出したんだとは言い辛いな……
『エルテプリム。それがそう遠くない未来に伝説を作り、ありとあらゆるサーガと伝記に刻まれるこのエルテの真名。エルテの事はエルテと呼んでも構わないとここに記すわ』
……ダメだ。
まともなのがいやしねぇ。
ともあれ、彼女の名前はエルテプリムというらしい。
『訳あって、口封じの呪いを受けてしまったの。だから話せなくなっちゃったけど、エルテはそんなことじゃ挫けない。必ず言葉を取り戻して、世界一のアイドル実証実験士になる人だからエルテは。サインを貰うなら今のうちとここに記すわ』
「いらん」
『がーん』
感情表現が豊かなのは筆談でも同じだった。
何にせよ、彼女――――エルテの事情はわかった。
だからリズの呪いの装備を凝視していたのか。
本当に類友だと思ってたんだろう。
「口封じの呪いとは、中々面妖だな。少なくとも10年前の時代にはなかったと思うが」
ブロウの言うように、俺もそんな呪いが存在しているとは聞いた事がない。
リズも困惑顔でコクコクと頷いていた。
そんな俺達の猜疑心……とはちょっと違うけど、余りピンと来ていない空気を察したのか、エルテは更に補足を綴り続けた。
『細かいことはいいじゃない、とエルテはここに記すわ』
……補足もクソもなかった。
でもま、確かに彼女の言う呪いとやらが存在するか否かなんて、この際問題じゃない。
筆談でコミュニケーションが取れるなら、仲間として共に活動するのに支障なし。
それがわかれば十分だ。
「じゃ早速、オーダーの説明書を読もう」
つい進行役を買って出てしまったが、特に不満の声もなかった為、俺が中心になって説明書に目を通す事になった。
Lv.150の猛者を差し置いて……とは微塵も思わないところが、我ながら異常だとは思うが。
さて、一体何の実験を行うのか――――
《No.4896 憎き放浪者達に鉄槌を》
流石、10年後ともなるとオーダーナンバーがえらい数字になってるな。
あれ?
でも俺が最初にこの10年後の世界へ来た際に受けたオーダーは200番台だったような……
あのヴァイパーに虐殺された時の。
「どうしました? シーラ君。釣り上げられた深海魚の内臓みたいな顔してます」
「どんな顔だよ……」
コミュ障ならではの不可解な比喩で俺をディスるリズはこの際置いておくとして……オーダーナンバーの件はどうも引っかかるな。
とはいえ、現状では確認しようもない。
このオーダーをクリアして、他のオーダーも確認出来る段階になってから改めて考えるとしよう。
「使用武器はハンマー。サイズは全長4.8メルトか。……ん? 4.8……メルト?」
俺はその表記を思わず二度見し、その後も誤りじゃないか何度も確認した。
俺が知る『メルト』とは、1.5~1.8程度で人間の平均的な身長を指すくらいの物理単位だ。
つまり、4.8メルトってのは、人間の身長3人分の長さを意味する。
……そんな武器あってたまるか!
この10年で単位の全面的な見直しが行われたんだろうか?
いや、幾らなんでもそれはないだろう。
やっぱり説明書の表記ミスが濃厚だ。
「責任者の名前が書いてあります。えっと、エギブダさんという方みたいですね。この人に聞きに行ってみましょう」
「それしかないだろうね。いずれにせよ、実験用の試作品を受け取りに行かなくちゃならない。もし本当に4.8メルトのハンマーだとしたら、それはそれで見てみたい気もするけれど。ロリババアと出会った時の良い話の種になる」
ブロウの価値基準は全てロリババアありきらしい。
何百年と生きた人間と会話を弾ませるなら、それくらいインパクトのあるものじゃないとダメだ、ってところか。
……無意識の内にロリババアへの理解度が深まってしまっている自分が虚しい。
『今のブロウさんの発言はフラグよ。きっと誤表記じゃないとエルテはここに記すわ』
会心のドヤ顔で嫌な予想をしてきたエルテに辟易しつつ、俺達はエギブダという人物を求め、勝手がわからないアルテミオの街を歩いてみる事にした。
街の中央にあると事前に教えて貰っていた為、研究施設は容易に特定出来ると思っていたけれど――――実際には結構な時間を使ってしまった。
だけど、それは仕方がなかった。
予想していた物と余りにもかけ離れた建物だったからだ。
「本当にここ……なんでしょうか?」
その施設は、天高くそびえ立つソル・イドゥリマとは対象的に、まるで住宅街の隅の方にひっそり建てられた民家のような、かなり小さな建築物だった。
塀や庭はない、木造平屋の一戸建てで、屋根からは煙突らしき突起物が天へ向かって伸びている。
こんな所に全長4.8メルトの武器が置かれているとは到底思えない。
やっぱり誤表記だったか――――
「ん? もしや君達、実証実験士かい? オーダーを受けてくれたんだね?」
事前にあの白衣ジジイから聞いていたのか、家の前でエギブダさんは待っていてくれた。
名前から受ける印象そのままに恰幅が良い。
年齢は30かそこらだろうか。
そんな彼が俺達から視線を外し、屋根の上の突起物へと目を向ける。
その時点で、正直嫌な予感はしていた……というより、既に確信を得ていた。
けれど、どうにも認めたくない自分もいたりして、思わず目を逸らしていた。
「早速だが、アレを持っていってくれたまえ。『ミョルニルバハムート』の試作品だ」
エルテの予想は見事的中したが、彼女はその煙突――――あらためとんでもなくデカいハンマーを喜ぶ事なく真顔で睨んでいた。
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