3-5
その後――――
説明会は滞りなく進み、この10年後のサ・ベルの現状と俺達が当面の目標とすべき事が大体判明した。
突然変異によって強大化したイーター達の猛攻に遭い、世界樹の8割が死滅。
スクレイユのたった2本しかなかった世界樹も、アッサリと滅ぼされてしまった。
そういった事情から、サ・ベルにおいてあらゆる燃料、エネルギーの源となっている世界樹の
新たなエネルギー源の開発も進んでいない為、少量のレジンで研究・開発が可能になるようなシステムの導入が急務となっているらしい。
けれど、それ以上に重要なのが、フィールドを練り歩く凶悪イーター共への対抗手段の確立。
何しろ一撃でこっちを戦闘不能にしてしまうような化物があちこちでウロウロしている。
先日俺が遭遇した[ヴァイパー]も、10年前のいわゆる"ザコ敵"だった頃と同等の頻度で遭遇するというから始末が悪い。
幸いにも、連中はここアルテミオに然程関心がないみたいで、街中まで襲いかかって来る事はない。
もしそうなれば、間違いなく数日で滅ぼされてしまうだろう。
恐ろしい事に、Lv.100オーバーの実証実験士ですら一撃でやられたという報告が入っているそうな。
しかも、こちらの攻撃はどれだけ強い武器や魔法でもかすり傷程度のダメージしか与えられない。
俺が駆け出し実証実験士だから……という次元の話じゃない。
今のままの装備じゃ、誰が相手でも歯が立たないだろう。
研究施設自体は、アルテミオの中央に小規模ながら存在している。
レジンも少量ながら残ってはいる。
でも、10年前のように毎日沢山のオーダーが追加され研究と実験が行われるといった活気はなく、残り少ないレジンで最も効果的な研究をする為の話し合いが延々と続いていて、閉塞感が漂った状態だ。
エーキィリ達が人材を欲していたのは、実証実験をする為の人手が足りないからじゃない。
画期的なアイディアを出してくれる人間を欲していたんだ。
とはいえ、駆け出しに過ぎない俺とリズには、経験で物を言う事も出来ない。
雑用を引き受け、歴戦の勇士達の負担を少しでも軽くするくらい――――
「全く、大変な時代に来てしまったね。お互い」
説明会の終了後、真っ先に俺の所へ来たさっきの優男が淡々とした口調で話しかけてきた。
隣のリズは若干怯え気味。
彼女は重度の人見知りで、他人を遠ざける為に敢えて呪いの装備一式で全身を固めているくらいだから、気さくな雰囲気の彼は苦手なんだろう。
斯く言う俺は、初対面の相手でも取り立てて緊張したりはしない。
敵意剥き出しの相手や飛び抜けた変人なら話は別だけど、この人は問題なさそうだ。
「ですね。あなたも10年前から?」
「そうなんだよ。どうやら現時点では過去への干渉は10年前、僕達がいた時間軸に固定されているみたいだね」
「だとしたら、研究段階としてはまだ初期ってとこですかね」
「恐らくね」
一通り会話を交わしたところで、沈黙が訪れる。
そういや、まだお互い自己紹介もしていなかったな――――
「ところで僕はロリババアを好んでいるんだ」
「……」
先に名乗ろうとした俺は、唐突に放り投げられた聞き慣れない言葉に、思わず思考を停止してしまった。
ロリババア?
そんな単語が出て来る伏線あったか?
「君の連れ合い、かなり個性的な装備だけれども、もしかしてロリババアじゃないだろうか? 幼い外見を隠す為に敢えて禍々しい武具を纏うロリババア。そういうロリババアもいるかもしれないと思ってね。真偽を確かめたい」
こっちの混乱など一切気にも留めず、どうやら飛び抜けた変人らしき優男君は喜々として語り出した。
初対面の相手にロリババアの真偽を問う人間がこの世にいるとは。
この10年後の世界を蹂躙するイーター同様、突然変異によって生まれ変わった新人類なんだろうか……?
「どうだろう。僕のロリババアセンサーの感度は」
「や、多分違いますね。彼女はごく普通の少女です。ロリは若干入ってるかもしれませんが、ババアではないです」
当人はどうせフリーズしているだろうから、俺が代わりに答えざるを得ない。
にしても何なんだろう、この入り口も出口もわからない会話は。
この世界に迷い込んだ時と同じか、或いはそれ以上の支離滅裂さだ。
「残念だ。僕は今とても失望している」
そんな使途不明金みたいな内情不明の感情を報告されてもな……
「自己紹介が遅れて申し訳ない。僕の名はブロウ。ロリババアを好んでいるんだ」
「それは知ってます。二度言わずとも忘れようがないので」
「だが悲しい哉、ロリババアには中々巡り逢えない。幼女の外見をしていながら数千年、数万年という年月を生き抜いてきた尊き女性はそう易々と存在してくれない。悲しい事に」
どうしよう……こっちの困惑を無視して語り始めやがった。
とはいえ、彼のロリババアに対する愛情はこの僅か数分のやり取りで嫌でも伝わってくる。
俺は一生懸命な人が好きだ。
だから、何かに対し並外れた情熱を持つ人ってのは、どうしても無碍に出来ない。
「君の名は? 僕の話を逃げずに聞いてくれる君の名を問いたい」
「シーラです」
「シーラ君。どうすれば僕はロリババアとの邂逅を果たせると思う?」
こんな質問されて正解を答えられる奴がいるか!
……と怒鳴りたいところだけど、彼の真摯な姿勢には敬意を表したい。
俺なりにベストを尽くそう。
「どうしても難しいようなら、敢えて逆を探してみては? ババアの姿をした心は少女な人。そっちの方がまだいそうですし」
「それじゃババロリだよ。そんなババロアみたいな薄っぺらい奴に用はない。僕はロリババアが好きなんだ」
ババロアが薄っぺらいという斬新な意見はともかく、俺の渾身の回答はどうやらお気に召されなかったらしい。
「嗚呼、ロリババアが何故愛しく尊ぶべき存在であるかを今すぐ君に語りたい。構わないか? この溢れる情熱を誰かに叩き付けたくて仕方がなかったんだ。もしそれを赦してくれるなら、僕は何だってしよう」
目の前の優男――――ブロウは忙しなく身体を揺すりながら数秒おきにチラッ、チラッと視線を合わせてくる。
鮮やかなまでに変態の所作だけど、同時にケタ外れのこだわりと貫通力が伝わってくる。
こういうタイプは実証実験士としての実績もかなりのモノと見た!
「不躾ですけど、ブロウさんのLv.はお幾らですか?」
「150だ。ロリババアと出会う為に強敵、難敵と戦う必要があるかもしれないからな。身体は鍛えている」
史上最低の最強がここに……!
“かなり”どころか、世界最高峰の実証実験士だった。
とはいえ、仲間として行動を共にするべきかどうかは判断に迷うところだ。
『変人でも根はまとも』
『性癖が特殊な奴に限ってその部分以外は常識的』
『変態性を前面に出す人物に限って意外と悪人ではない』
なんとなく、そんな風潮があるというか、そう思いがちだったりする。
でも実際には変人である事が悪人の否定材料になんてなる訳がない。
とはいえ、低Lv.の実証実験士である俺とリズにとって、彼が仲間になってくれればこの上なく心強いのも事実。
ここはもう少し様子を窺ってみるとしよう。
「わかりました。俺にはロリババアの哲学もこだわりも何もないから語り合うのは無理ですが、話を聞くだけなら」
「構わない。そうだな、まずはロリババアの区分について語らせてくれ。僕が思うに、ロリババアと一言で言っても100歳のロリババアと1,000歳のロリババアは次元が違うと思うんだ。現実の老婆と違い、外見も内面も衰えが見られないからどうしても具体的な年齢の差異については軽視されがちだが、実在する100歳と人類の限界を遥かに超越した1,000歳とでは、見える景色が全く違うように思う。その景色は無論、哀愁を帯びている。自分より年下の人間が何人も死んでいくんだ。まして親しくなった相手が老いていく様を、変わらぬ姿で見届けるその寂しさは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。月並みだが、自分は化物なのではないかと絶望する事もある筈だ。100歳であればそういった経験はまだ浅い。それはそれで、初心なロリババアならではの可愛らしさがある。だが僕としては、何度も悲しみを繰り返し、刹那的な感情を捨て、それでも尚人と接し、人を愛する心を微かに残した1,000歳のロリババアが好みだ。僕はそういう辛い経験の果てに疲れたような笑顔を浮かべるロリババアを想像する度に胸が高まる。たまらない気持ちになるんだ。昔一度、そういう感情を持てあまして学校を休んだ事がある。別に何かがあった訳じゃない。好きなキャラクターが死んだ訳でもないし、質の高いロリババアが登場する漫画が連載を終えた訳でもない。ただ、日々の中で思い焦がれているロリババアへの情念がメルトダウンを引き起こしてしまったんだ。感情を抑制出来ないその経験を経て、僕はロリババアに人生を捧げると誓った。小学4年生の頃だったと記憶している」
……と、ここまでが序章。
その後――――彼は具体的な好みのキャラクターについての話を延々と、間断なく、千代に八千代に語っていた。
俺は一生懸命な人間が好きだし、目を輝かせて自分の好きな事を語れる人間は尊敬に値すると思っている。
にしても、限度はある。
「あの、そろそろ……」
「ところでシーラ君、君はテイルという女性と出会ったそうだが、その人物はロリババアではなかったかい?」
流石にLv.150だろうとこの人とは関わってはいけない――――そう決断した刹那に放り込まれたその問いは、俺の精神を悪意なく、だが激しく揺さぶって来た。
そういえばあのテイルという女性……幼女化してたな。
中身はババアじゃなさそうだったけど、それに近い存在なのは確か。
何より、彼女の身に起こった幼女化は、ロリババア生成術と呼んでも差し支えない。
けれども、それをブロウに伝えてしまったら、見つけるまで執拗にテイルの事を聞かれそうで怖い。
最悪、ずっと付いてくるとか言い出すかも知れないし。
一生懸命な人が好きな俺でも、一生を掛けて変態性を磨く人は流石にキツい。
「違います違います! テイルという人はそうじゃありません絶対違います絶対!」
……いつの間にか解凍していたリズが、こっちの思惑完全無視でバラしてしまった。
いやだって、知らないと解釈する方が無理だろう、この動揺ぶりじゃ。
「ほう?」
やっぱり食いつかれた!
どうすんだよ、ヤだぞこんな変態と一緒に苦難を乗り越え友情を育み無言のハイタッチ交わす仲になるの。
「どうやら僕のロリババアセンサーはやはり優秀だったようだ。君、名前は何というか聞かせて――――」
「・・・・・・」
それは、『無言が割り込んで来た』という表現が最も相応しい出来事だった。
無言で、じゃない。
何者かの無言の圧力が、ブロウの変態性に支配されたこの空間を強引に元に戻した……とでも言うべきか。
「・・・・・・」
気付けば、その人物はリズの隣にいた。
一度見たら絶対に忘れない、そんな女性だった。
容姿そのものは大人びた美人で、スラッとした四肢に引き締まったウエスト、そして問答無用の豊満なバストと、非の打ち所がない外見。
微かにつり上がった瞳は、それでいて円らで、勝ち気な印象とあどけなさを兼ね備えている。
身長はリズより明確に高く、俺やブロウより少し低いくらい。
けれど、そんな個性など全く記憶から消し飛ぶほどの個性が、彼女の髪型にはあった。
ポニーテール。
ツインテール。
サイドテール。
髪の一部を一つにまとめて垂らすこれらの髪型は、比較的目にする機会が多いポピュラーなもの。
けれど、今しがた現れたこの女性の髪型は、ポピュラーとは縁遠いものだった。
大小様々なテールが全部で16。
16だ。
明るい茶色の髪が、16ものテールとして束ねられている。
内訳はというと、まず真後ろにかなり大きめのポニーテールが一つ。
その両サイドの後頭部に、跳ねずほぼ直線的に垂れ下がるテールが二つ。
更に、大きいポニーテールから派生した小さい枝テールが左右二つずつ、計四つ。
また、よくあるツインテールのポジション、頭の両サイドに一つずつ、計二つ。
そのツインテから極小の枝テールが左右三つずつ派生し、計六つ。
そして、左のこめかみから垂れ下がった細めのが一つ、アシンメトリーを演出。
その16ものテール全てが、色違いのリボンによってまとめられている。
これだけ束が垂れ下がっているにも拘わらず、テールの長さや配置を絶妙なバランスで揃えている為か、熱帯地方の樹木的なモサモサ感はない。
一体どれほどの毛量なんだろう……
「・・・・・・」
「あ、あの、一体どうしたのですか……?」
その奇っ怪な髪型の女性は、俺やブロウには目もくれず、リズを凝視していた。
というか、リズの装備している呪いの武具だけをまじまじと眺めていた。
「・・・・・・」
そして無言のまま、弓を構えるようなポーズで両手の親指を立てる。
満面の笑みで。
類は友を呼ぶ。
……いつの間にか変人密度が急激に増しているこの現実について、俺はそんな陳腐な言葉でしか表現出来ず、ただ頭を抱えていた。
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