3-3

「このミュージアムは春秋君が作ったとお父様から聞きました。資料的価値は勿論ですけど、ここには春秋君の家庭用ゲームへの愛が詰まっています。凄い熱量です」


 歯の浮くような終夜の褒め言葉に、俺は気恥ずかしさを感じる――――事はなく、寧ろ冷静さを取り戻した。

 普段あんまり褒められ慣れていない所為かもしれない。


「俺だけじゃないけどな。一応、今は俺が預かってる」


 恐らく時間潰しも兼ねてここで待っていたんだろう。

 もしかしたら、ワルキューレ……の前身のオーディンが作っていたゲームのレビューを読んでいたのかも知れない。


 アヤメ姉さんから"綺麗事好き"と揶揄されたように、俺はゲームのレビューでは良い点だけを書いている。

 だから悪い印象は受けなかったと思うけど――――なんとなく怖さもあって、俺はその事を終夜に聞けなかった。

 的外れな事を書いていると指摘されるのが嫌だったのかもしれない。


「でも、お前にとっちゃ墓場みたいなもんだよな。死んだ家庭用ゲームのミュージアムなんて」


 代わりに、若干の皮肉を込めそう伝えてみる。

 返ってきた言葉は――――


「そうですね」


 意外にも、素っ気ないものだった。

 感情が読み取れない、まるで棒読みのような返事。

 中々尻尾を掴ませてくれない。


「今日は、お願いがあって来ました。終夜細雨個人としてではなく、ワルキューレのスタッフとして」


 代わりに、突然の清楚路線の理由が判明した。

 単なるビジネスモードだったのか……


「お願いします。わたしと一緒に、父の野望を打ち砕いてくれませんか」


「野望……って、前にしてた〈裏アカデミ〉でワルキューレを潰そうとしてるって話か?」


「はい。昨日は私個人としてのお願いでしたけど、今日はメーカーに身を置く一人として……その、お願いを」


 少しずつビジネスモードが崩れていく。

 普段やりなれていない営業スタイルに持続性なんてある筈もなかった。

 

 きっと、ワルキューレの社員と相談した訳じゃなく、独断で来たんだろう。

 そもそも俺に終夜父の野望を止める力なんてない。

 俺の手を借りる理由なんて、ワルキューレ側には一ミリも存在しないんだ。


「あの、その、えと、んぅ……こんなわたしですが、よろしければ、一緒に冒険をっ、始めて頂けません……か? どうかゲームを止めないで下さい」


 ……こんなつっかえつっかえで、必死になって頼まれて、どうすりゃ断れるというのか。

 卑怯だ。

 でも、彼女には俺しか仲間がいない訳で、一週間前に言い放った俺の『お別れだ』って言葉はよっぽどショックだったんだろう。


「あの時の事なら、冗談だよ。俺はゲームを捨てたりしない。このミュージアムも」


 現実が改善するアテなんて何もない。

 でも、俺の中にあるゲームへの情熱は、終夜の後押しもあって完全復活していた。

 いつ強制終了が訪れるかわからない中でも、それでもあの〈裏アカデミ〉をプレイしてみたいというのが、今の素直な気持ちだ。


 結局のところ、どれだけ理屈をこねようと、俺はただのゲームバカなんだ。


「ほ……ホントですか? もうわたしをボロボロにして捨てたりしませんか?」


「人聞きの悪い事言うな! せめて『精神的にボロボロにして見捨てた』って言ってくれ!」


 こんなの他人に聞かれたら、俺の品位が疑われ――――


「……来未ドン引き」


 ――――た。

 妹に。


「いやぁぁぁぁぁ!? にーにが、にーにが大人の階段昇りすぎて下半身バッキバキにーーーーーっ!」


「おい止めろ! ただでさえ店がヤバい時期に体裁悪すぎる! ってか逃げるな! 話を聞けーーーっ!」


 結局その日は来未との追いかけっこで時間を費やした為、〈裏アカデミ〉の開始と終夜父への報告は翌日に持ち越しとなった――――





 ブラウザゲーム以外のMORPGおよびMMORPGには大抵、チュートリアルが存在する。

 イベントシーンが中心で、基本操作の説明や世界観の解説などがNPCとの掛け合いを通しより親しみ易く実施されるのが一般的だ。

 物語の冒頭、プロローグの部分をチュートリアルとして消化するゲームも少なくない。


〈アカデミック・ファンタジア〉にも当然、チュートリアルは存在した。

 特に目立ったところはなく、実証実験士となるまでの一連の手続きから、最初にオーダーを受注してクリアするまでを解説付きでエスコートするという流れだった。


 ただ、この〈裏アカデミ〉は普通のMMORPGとは事情が異なる。

 俺もそうであるように、基本操作はノーマルなアカデミの方で既に学んでいるし、ゲームの流れも世界観も把握済み。

 グラフィックは大きく様変りしているとはいえ、操作面で大きな変更はない為、通常の意味でのチュートリアルに関しては必要性が薄い。


 とはいえ、世界観は共通していても時代や舞台設定は大きく異なっている可能性が高い。

 雑魚的に謎のオーバーキルかまされた経緯もあり、俺は終夜と共に〈裏アカデミ〉のチュートリアルに"参加"する事にした。


 そう。

 この〈裏アカデミ〉のチュートリアルには参加型というものが存在する。

 普通のチュートリアルもあるそうだけど、この参加型は何人かのPCを1箇所に集め、説明会のような形式で行うらしい。


 しかも、イベントシーンじゃなくNPCと直接対話が可能で、その場での質疑応答も可能だという。

 先日のテイルと同じように、プログラムじゃなく生身の人間がNPCを操作しているって訳だ。

 そういうNPCが何人いるのかは不明だけど、コミュニケーション能力に不安がある人や、ソロプレイ専門のユーザーにとっては余り歓迎出来ない仕様かもしれない。


 去年まで家庭用ゲーム専門だった俺は、どちらかと言えばソロ寄りの思考。

 他のプレイヤーとの絡み方が未だに良くわかっていないし、そもそもゲームは一人でやるものという先入観が根強い。


 けど――――いや、だからこそ。

 俺は今回敢えて参加型を選んでみた。


「……」


 そんな訳で現在、終夜と共にチュートリアル会場で待機中。

 勿論『これからチュートリアルをします!』なんていうメタ発言が作中である筈もなく、形としてはこの世界に迷い込んだ実証実験士に対する説明会だ。



 ――――さて。



 ここまで俺は、『春秋深海』という自分自身の目を通してこのゲームをプレイしてきた。

 客観性をもってゲームの世界に触れてきた。

 でもここからは、『シーラ』という実証実験士の視点で冒険の旅に出よう。


 それが俺のRPGをプレイする上での、本来のスタイル。

 感覚を研ぎ澄まし、極限まで集中する事で、ゲームの中に意識を没入させ、主人公と一体化する。


 傍で見ている来未からは『にーにのそれ、没入時間〈イマーシブモード〉っていう特殊能力なんじゃない?』とも言われるけど、そこまで大層なものじゃない。

 あと勝手に造語あてがって中二っぽく仕上げないで欲しい。


 ともあれ、ここからが本番。

 楽しい時間の始まりだ。


 さあ、潜ろう。

 底の見えないゲームの海へ。





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――

 

 ……




 

「――――あらためて、君達に感謝を告げたい。実証実験士として共に世界樹喰い〈イーター〉と戦ってくれると決意してくれたこと、心から喜ばしく思う」


 荘厳な雰囲気の中、ステンドグラスが色とりどりの光を埃一つない床に届ける。

 屋根は高く、何処か浮き世離れした構造の中、幾つもの長机が祭壇を讃えるかのように並んでいる。


 ここは――――研究都市スクレイユから遠く離れた街【アルテミオ】の教会。

 そして教会の外には、研究施設ソル・イドゥリマをはじめ大型の建築物が数多く建ち並んでいたスクレイユとは違い、どちらかといえば朴訥とした光景が目を引く長閑な街並みが広がっている。


 そのアルテミオが、今日から俺とリズの新たな拠点となる。

 目の前で深々と頭を下げているエーキィリという男は、そう教えてくれた。


 サ・ベルという世界にある王国の一つ、ヒストピア。

 そのヒストピアのアイデンティティとさえ言える研究都市スクレイユにおいて、俺はつい数日前まで実証実験士として充実した日々を送っていた。

 スクレイユは活気に満ちていて、イーターという世界樹を脅かす凶悪な敵こそいたものの、彼等に対抗する武器や魔法を日々開発している研究者達と協力・連携しながら物作りを行う生活は、とても楽しく活気に満ちていた。


 けれど、ここには当時のような輝きはない。

 場所が違うのだから当たり前――――という訳じゃない。

 ここは、俺が知るヒストピア……いや、サ・ベル全体ともまるで違い、澱んだ空気に満ちている。


 最初は異世界、要するに別の世界にでも迷い込んだと思った。

 でも、各国の名称や言語、文化などは殆ど一致している。

 少なくとも異世界って訳じゃないらしい。


「ここへ来たきっかけは、覚えているかい?」


 顎髭が長い、そして全体的に厳つい顔立ちのエーキィリは、その風貌とは裏腹に気さくな口調で問いかけてくる。

 彼はこのアルテミオの研究体系を取り仕切っている、中心人物の一人だ。

 ガッシリとした体型で、研究者より実証実験士と言われた方がしっくり来る。


「いえ。リズはどう?」


「わたしもわかりません。気が付いたら世界が一変していました」


 隣の椅子に座るこのリズとは、つい先日出会ったばかり。

 彼女も、俺と同じようにスクレイユの実証実験士だった。

 そして俺も彼女も、気付いたら前の世界と酷似した……でも雰囲気のまるで違うこの『もう一つのサ・ベル』にいた。


 一体ここは何なのか――――実のところ、ある程度の目星は付いていた。

 ただ、とても素直に信じられるような仮説じゃない。

 人類の持つポテンシャルの域を超越している。


 けれど、俺の憶測は正しかったみたいだ。

 次にエーキィリが口にした言葉が、この上なくシンプルにそう示した。


「ここは、君達がいたサ・ベルの10年後の世界だ」


 そう。

 俺とリズは、何の予兆も下準備もないまま、未来へと飛ばされていた。

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