2-19
ゲームカフェ【ライク・ア・ギルド】の客層は、家庭用ゲームのマニアが多い事もあって、三十代男性が最も多い。
その次に、来未の週替わりコスプレ目当てでやってくる十代、二十代の男。
反面、女性はかなり少ない。
そして、ゲーム発売日であり来未のコスプレが切り替わる木曜日が一番賑わう。
ただ、これについてはちょっとしたカラクリがあったりする。
というのも――――普通、ゲームを購入した日はそのゲームに夢中になるもの。
店頭買いにしろ、通販にしろ、わざわざその日にカフェになんて足を運ばないだろう。
だけど現実に、木曜には(ウチの店基準で)お客がドッサリやって来る。
何故かというと、彼らはその前日、或いは前々日には既にプレイを始めているからだ。
俗に言う『フライングゲット』、略してフラゲってやつだ。
フラゲして一日プレイしたゲームに関する話を近所のゲーム仲間やウチの両親とする為、カフェに通っている人は結構多い。
本来なら俺もその輪の中に加わりたいところなんだけど、この"能面病"とでも言うべき性質の所為もあり、中々客前には出られない。
真顔でゲームを語る高校生なんて、三十代男性からしたら不気味なだけだろうしな……
そんな訳で我が屋のカフェは、火曜と水曜に関しては基本、閑散としている。
本日は火曜日。
登校という学生の勤めを果たし終えた俺が帰宅すると、父さんはカウンターでいつものように携帯用ゲーム機と睨めっこしていた。
父さんはボイシー(ハードメーカー)派で、今手にしているのもそのメーカーの最新機種『ユートピア・ポータブル』。
ちなみに母さんは柳桜殿派で、『アルファ3D』を常に携帯している。
「ただいま。何してんの?」
「おっおおおおおおおう。帰ったかかかかかかか深海」
「……バイブ機能で脳まで震えたか?」
何故か父さんはカタカタと小刻みに震えていた。
表情も異様に堅い。
緊張してるのか?
「今日はそんなに客来ないだろ? 何をそんなに……縛りプレイでもしてんの?」
勿論、縛りプレイとはSMとは何の関係もない。
あるゲームにおいて、自ら規則を定めてそれを遵守するプレイスタイルで遊ぶ事だ。
例えば、強すぎてゲームバランスを崩壊させているスキルや魔法を一切使用しないとか、本来仲間になる筈のキャラをスルーするとか。
そういったスタイルで遊ぶ動機の殆どは、より緊張感のあるプレイを欲する為だ。
強敵相手に足枷や重りを付けて戦う中二的な発想なのは否めないし、本来ならこんなプレイをユーザーにさせてしまうのはゲームの完成度的にどうなんだとか一家言を持っていたりもするけど、純粋にゲームを楽しむ上では割と必要な事でもある。
ただ、俺のその推測は外れていたらしく、父さんは震える指で店の奥を指した。
そこには、小柄な女の子――――終夜細雨がいた。
確かに昨日ここに来るよう言ったけど……まさかこの近隣の住民じゃない彼女が俺より早く店に来ているとは思わなかった。
……あいつ、学校ちゃんと行ってるのか?
「おおおおお前にお客さんだ。おおおおおお女の子だ。どっどどどどどうしたんだ深海。お前をあんな可愛い子が訪ねてくるなんて……賠償か?」
「それが自分の息子にかける容疑か」
とはいえ、父さんの動揺の責任は俺にもある。
一つ、終夜の来訪を全く伝えていなかった事。
一つ、俺がこれまでの人生で全く女と縁がなかった事。
厳密には、全く縁がなかった訳じゃない。
こんな俺でも初恋くらいはしたんだ。
とはいえ、成就できるものじゃないのは幼心にわかっていたから、自然とその気持ちも別のものに変わっていった。
……などという古傷は兎も角、客人を待たせる訳にはいかん。
「まさか本当に来るとは思わなかった」
純度100%の本音で終夜に声を掛けつつ、彼女の前の席に腰を下ろす。
実際、驚きだ。
あの部屋や彼女のゲーム内外での挙動を見るに、引きこもりっぽい印象だったからな。
「呼び出しておいて、その言い方は酷いです」
けれども、初対面時と比べると多少、その印象は薄れてきている。
結構打ち解けたのかもしれない、お互い。
「でも、この時間にここに来てるって事は、普通に下校した訳じゃないんだよな? 移動時間を逆算したら二時間前には向こうを出てないとおかしいからな」
「具合が悪かったので早退したんです。本当です。今日の事を思うと、昨日は全然眠れなかったしご飯も喉を通らないし……」
……よくよく見ると、確かに顔色が悪い。
というか、青ざめている。
打ち解けたとばかり思っていたけど、どうやら幻想だったらしい。
「私、身内以外の家に行くの初めてで。子供の頃はずっと鍵っ子でしたし、今は半引きこもり生活ですし」
「健康に悪いだろ……適度に外に出た方がいいんじゃないか?」
「無理難題です。私服を着て外へお出かけなんて……しかも人様のお家に……何を着れば良いのか四時間悩んだんですよ?」
そしてその結論が、今着ている若干民族衣装っぽいポンチョだったらしい。
……ファッションについては、俺もあーだこーだ言えるような知識やセンスなど一切ないんで、仮に彼女のそれが魔法使いのローブをイメージして着ているとしても、ノーコメントを貫く所存だ。
「長話もなんだし、早速本題に入ろう」
「放置ですか……? それは私あんまりだと思います」
「脱線してたら帰るの遅くなるだろ? 夜道でその衣装と遭遇する人の身にもなってみろ」
「それもあんまりです! あの、もしかしてシーラ君って毒舌系の人なんですか?」
「春秋な」
ゲーム内なら兎も角リアルでPCの名前で呼ばれるなんて、むず痒くてとても耐えられない。
「す、すいません。あの……お話の前に一ついいですか」
「いいよ。何?」
「その、先程から……視線を感じるのですが」
終夜に指摘され、ようやく俺は瞬き一つせず凝視しているの六つの目に気が付いた。
……全員身内だった。
しかも来未に至っては『陰キャの癖に生意気な野郎め』ってツラだ。
「確かに、ここだと集中出来ないな。俺の部屋に行くか?」
他人を部屋にあげるのは好ましくないんだけど、この際仕方がない。
一応、来未にあーだこーだ言われない為にもと普段から清潔にはしてるし、見られて困る物は置いていないから大丈夫。
「なななななななんてこと言うんですか!」
ただし招かれた側が大丈夫じゃなかった。
「ダメです、ダメですよ。だってわたしたち、恋人未満の関係なんですよ? お部屋に連れ込まれる訳にはいきません」
「いや、何もしないし」
「だって前に私の部屋に来た時はワクワクしてたって言ったじゃないですか! 信用できません!」
「声が大きい! こんな話家族に聞かれたらどうすんだよ!」
ただでさえ好奇の視線が痛いのに、後で何言われるかわかったもんじゃない。
いや……まあ、ここに彼女を呼んだ時点で、程度の差はあれ何か言われるのは確定事項ではあるんだけども。
「あの時はなんとなくそういうモードだったんだよ。でも今は大丈夫、〈裏アカデミ〉の事で頭いっぱいだから、お前の身体に興味はない」
「それはそれで失礼ですよ……というかシーラ君、そういうスバスバ物を言う性格だったんですね」
「春秋な。あと性格についてはお互い様だ」
正直、急速に親しくなったつもりはないんだけど、いつの間にか不自然なくらい軽口がポンポン出て来る仲になってるのは自覚している。
俺の方は、来未と同じように接すると決めた時点でこの方向性を定めた訳なんだけど……それに呼応するように結構お喋りになった終夜の今の姿は正直意外だった。
てっきり、もっと無口でおどおどした奴だと思ってた。
「ま、無理強いする事でもないし。そんな訳だからそこの三人! 大事な話するから盗み聞きは終わり!」
「「「えー」」」
五メートルも離れていない位置でずっとこっちの様子を窺っていた俺の家族は、露骨にふて腐れた顔を浮かべたり舌打ちしたりしながら散っていった。
「あんな露骨に聞き耳立てていて盗み聞きも何もないと思いますが……」
「そんな事より、覚悟は出来てるのか終夜。これから俺がするのは初々しい会話や和やかな意見交換じゃない。尋問だぞ?」
「じ、じんもん?」
緊張感が希薄になり顔色も良くなっていた終夜の血の気が再び引く。
少し気の毒な気もしたけど、俺がこれからしようとしている質問は、砕けた雰囲気で聞く内容じゃなかった。
「まず、俺について何処まで知っているのか。それを正直に話せ」
この点が気に掛かっていたからこそ、敢えてここに呼び寄せて、直接問い質す事にしたんだ。
終夜は俺の家がカフェを営んでいると知っていた。
一体、何処でその情報を得たんだ……?
「そ、それは……」
「お前が〈裏アカデミ〉に行く為に俺を利用したのはわかってる。最初からそのつもりでノクターンを訪ねたんだろ?」
「……」
雄弁な沈黙。
とは言え、答えが何であれ責める気持ちは俺にはない。
あるのは――――
「どうして"俺"だったんだ? 他にプレイヤーは山ほどいる中で俺を選んだのは、このカフェを知ってたのと関係があるのか?」
強い猜疑心。
そう、俺は疑っている。
終夜が、あの最初に俺を〈裏アカデミ〉の世界へ連れて行ったフィーナと面識があるんじゃないか、と。
もしそうなら全ての辻褄が合う。
〈裏アカデミ〉へ行く手段を俺が知っている事を事前に聞かされていたなら、俺を利用しようとするのは必然だ。
当然、フィーナからこのカフェの事も聞いているだろう。
以前、終夜は『フィーナの事は噂レベルで知ってはいたが、面識はない』と言っていた。
その時は特に疑いもせず鵜呑みにしたけど、昨日の彼女の言動から、無条件で信じるのは早計だと思い直した。
とはいえ、俺は別に彼女を糾弾しようとしている訳じゃない。
「俺も、お前に隠してる事があるんだ」
「え……」
「ずっと仏頂面だろ? 最初に会った時から。俺はこの顔しか出来ない体質なんだ」
寧ろ、後ろめたさがあった。
殆ど初対面の女子を相手に部屋へ押しかけ、この表情なき顔でプレッシャーを与えてしまった事に。
愛想のない奴と思われるくらいなら兎も角、終夜のようなメンタルの弱い娘に俺の無表情が嫌な思いをさせているとしたら、申し訳ないと思っていた。
だから、俺なんて信用出来ないのは当たり前だし、俺に嘘をついたり隠し事をしている自分を責めないで欲しい。
その事を伝えたかった。
「え、えっと……なんて言っていいかわからなくて、その……」
「大丈夫、思った事言ってくれていいよ。その方がありがたいんだ」
「は、はい。なら……すいません。正直言って、ちょっと怖かったです」
あ、やっぱりそう思われてたか。
人間の第一印象の多くを顔、そして表情が占めると言われている。
その論が正しければ、俺に好印象を持つ人間は、まずいないだろう。
「でも、不思議と嫌だとは思いませんでした。だからこうして、直接会えているんだと思います」
ずっと伏し目がちだった終夜が、俺とハッキリ目を合わせた。
もしかしたら、これが初めてかもしれない。
彼女と視線を絡ませ合ったのは。
「実は、わたしは――――」
「うっうわああああああああああああああああああああああああああ!」
意を決して何かを語ろうとした終夜のか細い声が、店の外から聞こえて来た我が父の汚い悲鳴で消し飛ばされた。
あの父親は全くもう……あの黒くて速いクリーチャーでも踏んだのか?
「みんなどうしよう! 終わりだ! LAGはもう終わりだァァァァァァうひゃひゃひゃひゃひゃ!」
……なんかそれどころじゃないくらい発狂してるな。
「ちょ、ちょっと、お父さんどしたの? にーにの彼女さんが見てる前で本性を見せるなんて……」
「それが実の親の本性だったら最悪だろ! ってか本当にどうしたんだよ。終夜が怯えるからその変な笑い方止めろ!」
室内にいた来未と俺がそう叫ぶと――――
「嫌だ……嫌だあああああああ! まだ潰したくない! まだ潰したくないよおおおおおお」
笑うのは止めたものの、今度は極度に怯えだした。
元々けたたましい父ではあるけど、この情緒不安定さはちょっと異常だ。
「……春秋君のお父さん、悪魔に憑かれてるんですか?」
「割と好意的な解釈をしてくれてありがとう。でも違う」
知人の親が発狂している姿にドン引きする終夜にどう説明していいかわからず途方にくれていると――――
「……」
父さんと共に外に出ていた母さんが先に店内に戻ってきた。
ただ、その顔は熊に睨まれたシャケのようだった。
「か、母さん? 父さんは一体……」
「……これ」
その母さんが覚束ない足取りで俺と終夜の向かい合うテーブルへ接近し、震える手でチラシと思しき紙を置いた。
「なになに? えーと……『キャライズカフェ 2019年6月30日オープン』だって。場所は……え?」
いつの間にか俺の隣に来ていた来未が、身を乗り出してチラシの記載を読み、同時に引きつった笑みを浮かべ始めた。
ちなみに、キャライズってのは全国47都道府県全てに店舗を構えるアニメ・コミック・ゲームの専門店で、キャライズカフェはそのキャライズが運営するカフェだ。
アニメやゲームのグッズと言えばここ、というくらい圧倒的な規模と知名度を誇るキャライズが展開するカフェとあって、毎週のように人気アニメやゲームとのコラボを行っている。
趣味でやってるだけのウチとは違って、オフィシャルの特典を数多く揃え、声優やクリエイターを招きトークショーとサイン会を行うなど、作品のプロモーションの一角さえ担う業界最大手だ。
そのキャライズカフェが来月末にオープンするらしい。
……ウチから徒歩五分の場所に。
「なっ……なんだよそりゃ!? 何の前触れもなしにそんな大手がいきなり来るか普通!?」
向かいとか隣なら『あ、ここのテナント潰れたんだ。次はどんな店が入るのかなー? 大手のコラボカフェが入ってウチの客全部取られたりして。なーんてな』とか、そんな冗談と共に若干の覚悟が出来ていたかもしれないのに……!
若しくは、近所のゲームショップが潰れて『これも時代の流れか……』とか憂いでる最中に工事でも始まっていたりしたら、ほんの少しくらいこの展開を予感していたかもしれないのに!
こんな不意打ちじゃ心の準備なんて出来る訳がない!
実際問題、こんな片田舎に大手のカフェが来るなんて想像した事さえなかった。
だって客足が期待出来ないの何処の誰より知ってるし、俺ら家族。
それなのに業界最大手のカフェが来る……だと……?
「どどどどどうしよう、にーに。これヤバくない? 再来月からの売り上げ激減するんじゃ……」
「激減どころじゃない……年末には住む家なくなってるかも……」
「嘘でしょ!? お母さん、そんなことないよね!? キャライズが来ても細々とはやっていけるよね!? 来未の固定ファン、ちゃんと来てくれるよね!? ね!?」
「……」
母さんは遠くを見つめ、来未じゃなく未来を見ていた。
きっとそこに家族の笑顔はないだろう。
この業界はゲームの世界と似ている。
殺るか、殺られるか。
そして殺られた方の勢力は、その後の顛末など誰からも気に掛けてもらえず、ただひっそりと消えゆくのみ――――
「終夜。短い付き合いだったな。俺はこれからバイトの日々を過ごさなくちゃならない。ゲームともお前とも……お別れだ」
「え!? 春秋君、それはダメですよ! 気をしっかり持ってください! わたしと人生を捨てないでください! 一緒にプレイしてくださいよう!」
砂になって何処かへ吹き飛んで行きそうな自我を保つのがやっとの俺は、終夜の絶叫も耳に入らず、ただただ呆然と虚空を眺め続けた。
そして諸行無常の響きと共に深く学ぶ。
伏線のないストーリー。
やたらガバガバな難易度設定。
他がどれだけ優れていても、こういう所をちゃんとしていなければクソゲーになってしまうんだな……と。
「こ、こうなったらもう一家全員でキャライズさんで働かせて貰って、近所の安アパートを借りるしか……でも雇ってくれるかしら……」
「俺の夢が……80まで同世代のご近所さんとゲームについて語り合う筈だった俺の人生が……」
母さんは現実を嘆き、父は夢を嘆く。
そんな両親の狼狽える姿を目の当たりにし、俺もまた、この突然訪れた絶望的状況を表現すべく、一つの陳腐な言葉を紡いだ。
「人生にもリセットボタンがあったらな……」
「リセットボタンなんて初期のゲーム機にしかありませんよ? 時代はリセマラです」
「……繰り返す絶望、か。はは、ははは、ははははは」
終夜の無情な言葉に、俺は自分達の積み上げて来たモノの空しさを知り、暫く渇いた笑いが止まらなかった――――
寝落ちの君とワールズ・エンド
chapter.2
- 積み上げた空 -
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