2-18
「やっと来たの。待ちくたびれたの」
昨日、待ち合わせの場所として指定されていた文化棟の一室――――例の爆発があったあの部屋を終夜と共に訪れると、テイルがこれまでとは違う格好で待っていた。
幼女なのは相変わらずだけど、昨日までの普通にフィットしていた服とは違い、今日はダボダボの白衣を身に付けている。
「早速だけど質問なの。この格好を見てどう思うか教えて欲しいの。まずはリズさん、あなたからどうぞ」
暫くの沈黙の後――――
「かわいいと思います」
この上なく論点を外したシンプルな感想を答えた終夜操るリズは、自分自身正解とはかけ離れていると理解してはいるらしく、自主的に部屋の隅へ行って壁をじっと眺め始めた。
格好が格好だけに、シュールさえ飛び越えて支離滅裂だ。
「シーラくん。君の番なの」
斯く言う俺はというと、既に限りなく確信に近い返答を用意出来ていた。
彼女は初対面時、あの爆発きっかけで幼女化したと言っていた。
そう。
もしそれが本当なら、あの時点で彼女はこの格好でなくちゃいけなかったんだ。
「あなたは幼女化した訳じゃないんですね」
10代半ばの女の子が幼女化したのなら、当然服はサイズが合わずダボダボになる。
だけどあの時のテイルは、ごく普通の服装だった。
……まあファンタジーゲームの世界だから、魔法やら不思議な力やらでそうなったと言われれば反論の余地はないんだけどさ。
「良い観察眼と洞察力を持ってるの。合格なの」
試験を受けたつもりはないんだけど、いつの間にか合格してしまった。
とはいえ、心当たりはある。
テイルと出会い、彼女の依頼を受けた結果、俺達は終夜父と巡り会えた。
あれが偶然なワケがない。
だとしたら、テイルは終夜父の関係者だと考えるのが自然。
すなわち――――
「実はあたし、このゲームの面接官なの」
やっぱりそうか。
終夜父が俺にこのゲームをプレイするよう言ってきたのと合わせれば、自然とその結論へと辿り着く。
彼女は終夜父の部下か何かなんだろう。
NPCの代わりに、スタッフをPCとして配置しているのかもしれない。
「先日の転移装置の実験はチュートリアルのようなものってことですか?」
「より正確には『実証実験士としての適性試験』だけど、その認識でも問題ないの」
実証実験士――――〈アカデミック・ファンタジア〉ゲーム内におけるプレイヤーの役職。
その適性を測る為の試験だったって訳か。
「あの、ここから割と重要なお話をするから、リズさんにもそろそろ戻って来て欲しいの」
「だそうだ。リズ、いい加減拗ねてないで戻ってこい。今のお前、配置間違えた邪神の像みたいだぞ」
「心外です。ざっつみーんです」
「おかえり」
なら呪いの装備で固めるなと言いたくもなったけど、素直に戻って来たリズを俺は大人の対応で受け入れた。
「それじゃ、こっちのアカデミック・ファンタジアについて話すの」
「その前に質問。呼び方って分けてないの? 『こっちが本当のアカデミック・ファンタジアだから』って主張はわかるけど、正直紛らわしい」
「一応、定着してるのは『裏アカデミ』なの」
……なんだろう、この偶然の一致を素直に喜べない感情。
物凄く発想力が貧弱な野郎だと罵られた気がした。
「わたしとしては『新説アカデミック・ファンタジア』の方が良いと思います」
「却下なの」
終夜は終夜でワケのわからない提案を即否定されて拗ねるし……つーかその格好で拗ねても全然可愛くないから誰も得しない。
「それじゃ裏アカデミでお願い。続きを」
「了解なの。それじゃ、裏アカデミについてザックリと説明するの」
裏じゃない方の〈アカデミック・ファンタジア〉は、クエスト(オーダー)の多さや装備品のバリエーションには目を見張るものがあるけど、それを加味しても標準的なMMORPGの粋を出ない。
それに対し、この〈裏アカデミ〉はゲームの域を超えたグラフィックだけでも十分に革新的だ。
けど、一番の売りはそこじゃない。
このゲームの真髄は、本質は、別のところにある。
俺にはそう思えてならなかった。
「このゲームには、エンディングが存在するの。そしてそれは、今すぐにでも迎えられるの」
そしてその予感は、最初の説明の時点で既に的中していた。
『――――いつでもクリア可能だ。今からすぐにでも』
確かに、終夜父がそんな事を言ってはいた。
テイルの説明は、彼の発言をそのままなぞったものだ。
自ら終わらせる事が出来るオンラインゲーム。
それ自体は、他にも存在する。
ただ――――同人ゲームでもない、明らかに大手の財力が入ってるこの大がかりなグラフィックのゲームが、プレイ開始直後でもエンディングを迎えられるというのは、ちょっと想像がつかない。
「終わらせる方法は単純。ラスボスを倒せばクリアなの」
「ラスボスか……」
この〈裏アカデミ〉は、基本的な世界観は通常の〈アカデミック・ファンタジア〉と変わりない。
なら実証実験士と研究者、そしてこの世界〈サ・ベル〉にとっての敵は、世界樹喰い〈イーター〉に他ならない。
世界樹は、〈サ・ベル〉で活用されているエネルギーの大半を担う世界樹の樹脂〈レジン〉を採取できる資源。
その資源を枯渇させるイーターこそが敵であり、奴等の大元締めがラスボスと考えるのが普通だろう。
あの昨日転移したラスダンらしき場所に、そのラスボスが配置されているんだろうか?
だとしたら、確かに今すぐにでも乗り込む事は出来る。
転移装置を使用するだけで良い。
けど、それだけじゃ即エンディングを迎えるのは無理だ。
幾ら戦う事が出来ても、勝てなきゃ意味がない。
今の俺らのレベルでは到底……
「そうか。〈アカデミック・ファンタジア〉でのレベルがそのまま反映されてるんだったな」
「そうなの。向こうをやり込んでる人は、こっちでも最初から高レベルでプレイ出来るの」
「なら、向こうでLv.150のPCがこっちに来たら、簡単にクリアできるんですか?」
ようやく本格的に立ち直ったのか、終夜が話に加わってきた。
ちなみにLv.150は現時点における〈アカデミック・ファンタジア〉のレベルキャップ……要するにLv.の上限で、それ以上は経験値を得ても上げられない、最強の状態を意味する。
そのキャップに達しているプレイヤーは、決して少なくはない。
「簡単には出来ないの。でも、もしラスボスを見つけられたら、倒せる可能性は誰にでもあるの。戦わなくても」
……今しれっとスゴい事言いやがったな。
戦わずにラスボスに勝つ?
いよいよワケがわからなくなってきた。
「ただ、ラスボスを倒すのがこのゲームの主目的じゃないの。研究と実証実験がメインなの」
「クリエイト系のゲームって事ですか? それともスローライフ系?」
終夜……もとい、リズのそんな疑問に対するテイルの回答は――――
「どっちもなの。というか、どれもなの」
俺のゲーム人生における常識を、根底から覆すものだった。
「ロールプレイング、アクション、シューティング、パズル、シミュレーション、etc.etc.。このゲームは、あらゆるジャンルを内包しているの」
ジャンルの複合そのものは別段珍しくはない。
特にRPGに関しては複合しない方が近年では珍しいくらいで、大抵はアクションRPGやシミュレーションRPG、或いはMOBAもその中に加えても良いだろう。
でも……そこまで多くの、或いは雑多なジャンルが複合するゲームは流石に聞いた事がない。
「プレイヤーは、自分の好きなジャンル、得意分野でこの世界を生きていけるの。いろんな職業があって、それを選べるのと同じ感覚なの」
「ちょっと待って下さい。そんなの、あり得ません。無理ですよ」
スタッフ側の終夜ですら、明らかに狼狽えていた。
そりゃそうだ。
そんなゲームの総合商社みたいな事、普通に考えてオンラインで出来る筈がない。
「一つのゲームの中に、いろんなジャンルを詰め込むのは出来ます。そういう家庭用ゲームも実際あります。でも、これはオンラインゲームです。競うのが前提ですよね?」
「その通りなの」
オンラインゲームは、同じゲームをプレイしている他人との接点が必ず存在する。
他のプレイヤーと協力して共通の敵を倒す、或いはプレイヤー同士が戦って競い合う……など、何らかの形で他プレイヤーと交わる。
プレイヤー同士が結びつかないブラウザゲームでも、ランキングなどの競争要素を設けるのが常だ。
アクションが得意なゲーマーAがいるとする。
シミュレーションが得意なゲーマーBがいるとする。
このAとBが同じゲームで競い合う為には、アクションゲームとシミュレーションゲームに共通する基準や難易度をゲーム内に設けなくちゃならない。
それがなければ、比較しようがないからだ。
だけど、野球とサッカーの『1点』が同価値ではないように、異ジャンル間のスコアや敵の討伐数、ステージクリア等を同じ価値観で一括りにするのは無理がある。
不可能って事はないだろうけど、そこには必ず歪みも生まれる。
それに目を瞑り、ムリヤリ競わせるのは可能だ。
運営の独断で定義すれば良い。
だけど、そこに客観的な『正解』がない限り、ユーザーが付いてくるとは到底思えない。
「その為の実証実験なの」
……などという俺の懐疑的な心理を見透かすかのように、テイルは先回りして端的に、だけどわかりやすい説明をしてくれた。
つまり、このゲームは……〈裏アカデミ〉は、あらゆるジャンルの『擦り合わせ』を行う為の実験場って訳か。
それをどういう方法で行うのかはわからないし、見当も付かない。
例えば、格闘ゲームの大会でベスト8のプレイヤーと、パズルゲームの全国大会でベスト8のプレイヤーが同じレベルのゲーマーかというと、決してそうは思わない。
どちらが優れているという訳じゃなく、そもそも比較対象になり得ないんだ。
でもこの〈裏アカデミ〉では、格闘ゲームのベスト8がパズルゲームのどの順位に該当するか、ってのを検証しようとしているのか……?
「そしてもう一つ、この〈裏アカデミ〉はデスゲームじゃないけど、リアル面でのサバイバル要素もあるの」
「リアル面でのサバイバル? どういう意味ですか?」
「プレイ実績によっては、就職も可能なの」
……な!
「なんだそりゃ!? メーカーのスカウトも兼ねてるの!?」
多分、オンラインゲームをプレイしていて、かなり上位にランクインしているユーザーなら一度は空想した事があるだろう。
『君のプレイは素晴らしい。ゲームを熟知している。ぜひウチで働いてみないか?』
そんな声が運営から掛かるという空想を。
勿論、そんな事はまず起こり得ない訳だけど。
「違うの。ただ、就職先が見つかる可能性があるゲームなのは間違いないの」
「ますますわからない。なんでゲームをプレイしていたら就職に繋がるんだ?」
「それはプレイし続けていれば、いずれわかるの」
いやいやいや、そこは是非詳細を明らかにして欲しいところだ。
仮にテイルの言う事が本当で、ゲーム内が公共職業安定所になるとしたら、将来の奪い合いになる。
デスゲームどころの騒ぎじゃない。
殺伐とした空気どころか、地獄絵図になりそうだ。
「以上、〈裏アカデミ〉にはこれらの要素があると踏まえた上で、今後ゲームを楽しむかどうか決めて欲しいの」
こっちの動揺はとっくに見透かされているだろう。
そして例によって、ポンコツの相棒は衝撃の余りフリーズしてしまい一言も発しなくなってしまった。
「質問なんだけど、今の〈裏アカデミ〉は完成品って訳じゃないだよな? ゲーム自体を実験してるっていうのなら」
「そうなの。でも決してテストプレイじゃないの。このゲームは、実証実験士であるユーザーが作り上げていくの」
……なんというゲームデザイン。
街や星を作るゲームはあっても、ゲームそのものをユーザーが作るゲームなんて、家庭用ゲームではあり得ない。
だけど、そのコンセプトはゲーム内における実証実験士と研究者が中心となっている世界観に合致する。
鮮やかなまでの統一性だ。
ゲームを完成させるという目的はあくまでユーザー目線で、ゲーム内の物語と目的は別個に用意されているだろうし、二重層の楽しみが味わえる訳だ。
いや……裏じゃなく表の〈アカデミック・ファンタジア〉とも一部連動してる訳だから、三重層か。
余りのスケールの大きさに、ただただ圧倒されてしまう。
「〈裏アカデミ〉をプレイし続けるつもりがあるなら、あたしにその旨を伝えるの。そうすれば、直接こっちにログイン出来るようにするの。ちなみに基本プレイ無料なの」
今時珍しくもない基本無料――――だけど、この最新ゲームどころかアニメの劇場版すら凌駕するグラフィックのゲームをタダで楽しめるってのは、贅沢な話だ。
とはいえ、クリアする為には課金が必須となると、中々手を伸ばし辛い。
個人的には、別に競争意欲はないし、クリア出来るまでに家庭用ゲーム一作分の出費で済むならOKだけど……
「お金の心配は要りません。もし必要なら、わたしがお給料から支払います」
終夜、突然の再起動……!
というか、フリーズしてた訳じゃなく単に黙って真剣に話を聞いていただけなのかもしれない。
彼女が俺以上にこのゲームを知りたがってるのは間違いないしな。
「ありがとう。でも、今日のところは返事は保留で」
「え? それって……」
「別にお前を裏切るつもりはないけど、俺にも生活があるからさ。自分の生活リズムの中で、どれくらいこのゲームに時間を割けるかを考えた上で、結論を出したいんだ」
俺はゲームが好きだ。
でも、いやだからこそ、ゲームで人生を狂わされたと思われたくないし、思いたくもない。
ゲームとは娯楽。
人生をより実りあるものにする為の楽しい時間だ。
それを守る為には、学生としての本分にまで影響を及ぼしてはならない。
「そうですね。その通りです。わかりました。お店の手伝いもあるでしょうし、シーラ君の意思を尊重します」
幸い、終夜は納得してくれた。
そういう分別はしっかりあるんだな。
ポンコツ相棒からポンコツ風相棒に格上げだ。
……って、待てよ。
「俺、お前に実家の事話したか?」
そんな記憶はない。
だとしたら、やっぱりコイツ……
「いえ いやその えと」
「明日の夜、俺の家に集合な。そこで知ってる事全部話して貰う。来なかったらお前の部屋のダンボール全部潰す」
「それだけは! それだけはやめてくださいおねがいします!」
「仲睦まじいの。イチャイチャしやがってムカつくの」
なんかテイルが最後の方、案内人にあるまじき暴言を吐いていた気がしたけど――――
本日のゲームライフはここで撤収となった。
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