2-17
「父は、ワルキューレを潰そうとしているんです」
一言目にその言葉を選んだ事からも、彼女の穏やかじゃない心境が伝わってきた。
何せここはそのワルキューレの開発しているゲームの中。
流石にプレイヤーの過去ログを逐一チェックはしてないだろうけど、かなり危ない橋を渡ってる。
いや……案外そうでもないのかもしれない。
取り敢えず、終夜の話を聞こう。
「シーラ君が前にわたしの部屋に来た時にも話しましたけど、ワルキューレは家庭用ゲームでは結果を出せませんでした。オンライン事業に着手して、それに専念する方針を示すことでどうにか融資が得られて、幸い活路を見出すことができました」
「よくありそうで実は少ない事例だよな」
家庭用ゲームを主力商品としているゲーム会社の多くは、というか殆どは、80年代のコンシューマ黎明期と90年代の全盛期に設立されている。
そして、それらのメーカーの中で、完全にオンラインへ移行した会社は数えるほどしかない。
大手の場合は人気シリーズの新作をMMORPGやスマホアプリとしてリリースし、かつ家庭用ゲームも開発するという方策を採っている。
家庭用ゲーム、オンラインゲーム、スマホアプリそれぞれに異なる作品として同一の人気シリーズを展開し、互換性を持たせたり共同キャンペーンを行ったりする事も多い。
ワルキューレはその中にあって、家庭用ゲームの開発ラインを完全に打ち切っている。
ただ、そこに至るまでは寧ろ家庭用ゲームに固執し、頑なにオンライン事業への着手を拒んでいた。
家庭用ゲームであってもダウンロードコンテンツで更なる集金……もとい、有料コンテンツによる選択肢の増加を行うのが定石になっている中、追加コンテンツは全て無料で通していた。
俺は、ワルキューレ(当時はオーディンという会社名)の家庭用ゲームは実のところ、少し苦手だった。
代表作の〈ソーシャル・ユーフォリア〉シリーズ1作目は、MMORPGの外郭を先取りしたような内容で、確かに当時としては斬新だったろうし、中盤までは素直に楽しめた。
だけど……このゲームには、ハッピーエンドが存在しなかった。
2時間で観終える映画なら問題ない。
主人公を俯瞰で読むことができる漫画なら、まだ良い。
でもゲームってのは、やっぱりどうしても主人公を自分と同化、若しくは重ねることで楽しむところがあって、そこにハッピーエンドがないとなると、美学や哀愁より虚無感の方が先に立ってしまう。
だから〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイするのも、実は結構迷った末でのことだった。
それでも家庭用ゲームと長らく向き合ってきたメーカーに対する親近感が勝り、ファーストチョイスではなかったものの、数あるタイトルの中からセレクトしたんだ。
「父は、最後までオンライン完全移行に反対していたんです。父と父を慕う数名のスタッフだけが、家庭用ゲームにこだわっていました」
「そうだったのか」
「はい。父は家庭用ゲームで育った世代ですから、思い入れが人一倍強かったみたいです」
だけど最終的には、彼の想いは叶わなかった。
確か代表取締役社長という役職だったから、決定権は彼にある筈。
それでも融資が得られなければ我を押し通すのは難しく、きっと求心力はガタ落ちした事だろう。
それでも辞任に追い込まれなかったのは……社長になるくらいの人だから、人脈が豊富なのかもしれない。
体力の少ないワルキューレには、彼の存在がまだまだ必要なんだろう。
それに、確か終夜父はワルキューレ創立初期からのメンバー。
家庭用ゲームへの思い入れ同様、会社への思い入れも人一倍あるんじゃないだろうか。
だから、会社に背を向ける事も出来ず、裸の王様を受け入れるしかなかった。
――――というのが、俺の憶測。
答えを聞いてみたいけど、こんな会社の事情までは流石に聞いても話してはくれないだろうしな……
「でもその思い入れが仇になって、会社は内部分裂。父は会社からも、家からも姿を消しました」
「話過ぎィーーーーーーー!」
思わず変なテンションでリアクションしてしまった!
にしても、おかしいのは終夜の方だ。
「ワルキューレの開発してるゲームの中で、そのワルキューレの内部分裂なんて話しちゃダメだろ!」
「大丈夫です。Cチャットのログなんて誰もチェックしていませんので」
……ああ、スタッフだからそういう内部事情は把握してるのか。
そりゃ内部分裂なんてトップシークレット級の醜聞トピックを知ってるくらいだし、チェック体制くらいは余裕だろう。
でもそういう問題じゃない。
まだ知り合って間もない俺にそんな事話してどうするよ……
「父は今のワルキューレを認めていません。現体制を認めていません。だから、私達の前から姿を消したんです。ワルキューレを、今の私達を潰す為に――――」
ともあれ。
終夜親子の関係性と、終夜父の目的。
その全容がようやく見えてきた。
「もう一つのアカデミック・ファンタジアを作っているんです」
社長という立場にありながら、自分の作りたいゲームが作れなくなった終夜父。
だが彼は諦めなかった。
「独自に開発チームを組んで、もう一つのアカデミック・ファンタジアを作り、今のアカデミック・ファンタジアを乗っ取ろうと、呑み込んでしまおうとしている」
「はい」
俺の言葉を、終夜は最小限の返事で肯定した。
確かにそう考えれば、全ての辻褄が合う。
『MMORPGはもう終わった』という、彼の言葉も。
「終夜は」
「一応ここではリズなので」
指摘早っ!
固まって動かなくなったり俊敏になったり、忙しいヤツ……
「リズは知ってたんだな。今から行くあの世界を父親が作ってるって」
「確信はありませんでした。でも、わたしが行けばきっと、姿を見せると思っていました」
不意に――――周囲の景観が変わる。
1時間が経過した証だ。
「あの人にとってわたしは、裏切り者なので」
Cチャットの最後に表示されたのは、そんな終夜の寂寥とした言葉だった。
――――それから。
俺達は会話らしい会話もしないまま、テイルが待つソル・イドゥリマの文化棟へと移動した。
正直、終夜には言いたい事が山ほどある。
俺と接触を図ったのは、父親と再会する為。
その事を黙っていたのはまだいいとして、あいつは確実にまだ何かを"隠している"。
『家庭用ゲームは死にました』
その言葉の真意を。
家庭用ゲームと共に育ち、今もずっと愛し続けている俺にとって、あいつのこの発言は到底受け入れがたいもの。
それでも、本気でそう思っているのなら、それは個人の考えだから仕方がない。
だけど……
「シーラ君」
文化棟の階段を昇る途中、急に終夜……もとい、リズが話しかけてきた。
なまじ直に会ってしまった所為で、どうしても本名の方が先に浮かんでしまう。
「さっきのは嘘です」
「え? さっきのって?」
まさか父親関連の話は全部、嘘……?
「友達以上恋人未満を解消するって言ったの、嘘です」
……あー、そっちか。
正直そっちはどうでも――――
「だから、これからも仲間でいてください」
「わたしを見捨てないでくれますか?」
一つめのセリフの送信と、二つめの送信にタイムラグがあったのは、俺がグッとくる言葉を探したから……なんて穿った見方をついしそうになる。
でも終夜はそこまで器用な女の子じゃないだろう、きっと。
彼女はずっと必死だった。
必死になって、父親を探していた。
そうだ。
素性もロクに知らない、それも男の俺を部屋に招いたのも、俺を利用して〈裏アカデミ〉への侵入を試みたのも――――父親に会う為だったんだ。
「お前さ、学校とかちゃんと行ってる? ゲームスタッフって言ってるけど、会社に通ってるのか?」
お前――――ついそう書いてしまった。
勿論、敵意でそう呼んだ訳じゃない。
来未に向かって言うのと同じ。
身内と認めてしまった証拠だ。
「学校には通っていますよ。会社は、行っていません。チャットツールを使ってやり取りするだけです」
「友達いないって言ってたよな。他に身内は? 兄弟とか」
「いません。一人っ子です」
「他に気を許せる相手は?」
「いません」
「誰も?」
「はい。誰も」
恐らくは、会社でも『裏切り者の社長の身内』である終夜と積極的に仲良しようとする社員はいないんだろう。
年齢的にも厳しいだろうし。
ふと、終夜が住んでいる部屋を思い出した。
あの部屋に父親と住んでいたのか、それとも父親が家を出て行ったから一人暮らしに適したマンションを借りたのかは定かじゃないし、それはこの際問題じゃない。
問題なのは、あの部屋に漂う圧倒的孤独感。
終夜は……孤独なんだ。
どうしようもなく孤独なんだ。
だから、多大なリスクを背負ってまで父親を探そうとしていたんだ。
「そっか。誰もいないのか」
終夜がどんな敵と戦って日常を過ごしているのか。
家族に恵まれた俺には、わからない感覚だ。
「なら仕方ないな。ここで見捨てて、違う男を部屋に連れ込んで襲われでもしたら目覚めが悪いし」
「ななななななにいってるんですか!」
「前科あるだろ。そもそも俺はあの一件、最初はお前をビッチかと思って少しワクワクしてたんだからな」
「ビッチじゃないです! ビッチにワクワクしないでください!」
だから俺は、慣れないのを承知でやってみる事にした。
来未に接するのと同じように――――家族と接するのと同じように、終夜と接してみる事に決めた。
俺は、健気な人間が大好きだ。
何かに必死になって、頑張って、どうにかして事を成そうとする人を心から尊敬する。
そういう奴がいたら、多少無理してでも力になりたいと思っている。
「って言うか、あの時ワクワクしてたんですか!? 信じられません! 男の人って怖い! あいむあふれいどです!」
「あのな、ゲーム好きが全員二次元にしか興味ないなんて思うなよ。ってかそう思ってたんじゃないよな? だから部屋にあげても大丈夫だとか本気で思ってたんじゃないよな?」
「おおおおおおもってませんよあたりまえじゃないですか」
こんな俺でも力になれるような、頼りなくて世間知らずで豆腐メンタルな奴なら尚更だ。
表情を作れない、社会不適合者の素養十分な俺でも役立てるのなら。
この出会いはきっと、僥倖だ。
「なら良し。そんじゃポンコツ同士、ゲームでも始めようか」
「ポンコツって何ですかポンコツって! ちょっと待ってください! わたしを置いて先にいかないで欲しいです!」
――――正直な話をすると、俺はどっちかというと、終夜父寄りの考えを持っている。
家庭用ゲームはまだ死んでいないし、この先も死にはしない。
MMORPGの方が寧ろ厳しい状況にある。
感情論を抜きにしても、そんな見解を抱いている。
だけど今は、考えの違いや信念を超えて、何かの縁で知り合ったこの不器用で健気でちょっと可愛い女の子の味方でありたい――――
そう強く思った。
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