2-15
「……」
かなり年下、それも社会的地位など何もない俺の発言は、ゲーム会社の社長である終夜の父親、終夜京四郎にとって相当無礼なものだっただろう。
頭ごなしに否定されるか、相手にもされないか――――半ばそう踏んでいた俺は、暫く続くこの沈黙の時間に少し驚いていた。
俺の中にある社長像が『偉そう』で固定されていたからかもしれない。
けれど、この沈黙が意味するのはそのイメージとは相容れない彼の人となりにあった。
「君は娘の知り合いなのだろうが、随分と古風な事を言うのだな。もしかして私と同年代かね?」
……中々にすっ惚けたオジサマだった。
「娘さんと同世代です。春秋深海と言います。ひととせ ふかうみ です」
「深海君か。娘の為に怒ってくれてありがとう。君の言う通り、文字だけのやり取りで話す内容ではなかった。感情的にもなってしまった。すまんな細雨」
そして意外にも、謙虚な態度で俺の提言を受け入れていた。
公開説教なんて始めるから、もっと高圧的な人物かと思っていたけど、そういう訳でもないらしい。
「本来なら顔を突き合わせて話すべきだろうが、私は今いる場所を離れる時間的余裕がない。電話で構わないか?」
「はい」
その短い返事から、終夜の心の内は読めない。
ありがた迷惑だったかもしれないけど……あのやり取りを傍観し続けるのは、俺には出来なかった。
なんとなく、本当にただなんとなくというだけの理由だけど――――終夜が苦しんでいるように思えたから。
「では、お前とはのちほどじっくり話すとしよう。ところで深海君、君はアカデミック・ファンタジアのプレイヤーだと思うが、折角の機会だから率直に聞きたい」
不意に話を振られ、微かな緊張が走る。
このラスダンの最奥部にいるのは本来ならばラスボス。
彼はそうではなかったけど、〈アカデミック・ファンタジア〉の最高責任者という意味ではそれ以上の存在であり、このやり取りもまた、質は違うけれどラスボス戦並の息苦しさがあった。
「このゲームを楽しめているかな?」
……案の定、余り聞かれたくない質問をぶつけられてしまった。
俺はこのゲームを純粋に楽しんでいる訳じゃない。
自分の家のコンテンツを充実させる為にプレイしているところもある。
そんな俺が、代表責任者を相手に何を言えるだろうか……
「遠慮は無用だよ。さっきみたいな口調でも構わない。忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
「俺はオンラインゲーム自体今年始めたばかりの筋金入りの初心者ですけど、それでもいいですか?」
「むしろ歓迎するよ。そういうプレイヤーにこそ聞いてみたかったんだ」
どうやら、本当にユーザー側の意見を欲しているらしい。
彼は俺の終夜に関する提案を受け入れた。
次はこっちが受け入れる番、か。
「それではお言葉に甘えて、感じた事をそのまま話します。普通です」
「普通。継続する程度には楽しめているが、特別な面白さはない。そんなところか」
「はい。世界観や設定には惹かれるところもありましたけど、中身は普通のMMORPGという印象です。オーダーやイベント、追加アイテムが多いのは特徴ですけど、多いだけでほぼ作業になっていますし」
キャンペーン期間中に続々と追加されているオーダーの殆どは、既存の内容の使い回しに等しい内容。
『○○を×匹討伐せよ!』とか『△△を手に入れよ!』とか、よくあるクエストをこのゲームの世界観に合わせて文章を変えているだけだ。
追加武具の豊富さも、名前と数値、属性を入れ替えているだけで、結局コレクション以上の価値はない物が大多数を占めている。
最近は特にネタ武器ばかり増えていて、効果的な装備品は少なく、攻略に活かせるものじゃない。
その点でも、実証実験士という設定が今一つ活かされていない気がする。
MMORPGとはそういうもの、と言われればぐうの音も出ない。
仲間とワイワイ楽しむのが本命であって、ゲームはそのツールに過ぎず、ツールはわかりやすければそれでいい。
作り手がそう割り切っているのなら、俺の指摘は的外れだ。
「同感だ。あのゲームは既に、既存のプレイヤーのコミュニティツールでしかない。君のように新しいユーザーには、新鮮さに欠けるありふれたゲームでしかないのだろう」
意外――――じゃなかった。
娘であり、同時に〈アカデミック・ファンタジア〉のスタッフである終夜と対立している時点で、そしてこんな質問をぶつけてくる事からも、彼がこのゲームに満足していないのは明白だった。
「アカデミック・ファンタジアだけではない。今配信されている大抵のMMORPGは、同じような状況にある。大ヒット作であっても例外は少ない。金払いの良いユーザーを育て、彼らの競争意欲を煽り、脱落を恐れさせ、末永く課金して貰う。それだけの為のゲームデザインに特化したものばかりだ」
それは……俺も感じていた。
オンラインゲーム全体の市場が、その方向で定まってしまったような終末感がどうしても拭えない。
「クリエイターの感性が見えなくとも、プレイヤーが各々の感性をゲーム内に持ち込んでくれる。だからゲーム作りにセンスなど不要。例え空虚な内容だろうと、積み重ねていけばいつか金になるタイトルが生まれる」
「言い過ぎです! みんな、そんな気持ちで作ってなんていません!」
のちほどと言われ長らく沈黙を続けていた終夜が、どうしても耐えられなくなり会話に入って来た。
「確かに、今のは極論だ。ゲームを作っている人間には礼を失していたかもしれん。だが私とて、机上の空論で根拠のない批判をしている訳ではない。経営者としてではなく、人生をゲームと共に歩んできた一介のゲーム好きとして、憂いをもって判断したのだよ」
それに対する父親の反応は――――この上なく辛辣だった。
「コミュニティツールに成り下がった今のMMORPGに、最早未来はないと」
ゲーム会社の最高責任者の言葉。
ワルキューレという、27年存続し続けている会社のトップが出した結論。
軽い筈がない。
「だが残念ながら、私の意見に満場一致で納得して貰う術はない。努力はしたが、及ばなかった。だから私は会社を出た」
「会社を、出た?」
……そう言えばさっき、終夜が『早く戻って来て』と言っていた。
今、ワルキューレはトップ不在の状態なのか。
「正式に辞めた訳ではないがね。一応、それなりの会社だ。最高責任者が変わるには相応の準備が要る。今はそんな事に時間を割く余裕がない」
「さっきも余裕がないと言ってましたけど、何か新しい事業でも始めているとか?」
「その通りだよ、深海君。そして君は既に、その片鱗に触れている」
何だって?
というか、この人も言い回しがいちいちアレだな。
「今君がいるこの場所。これが、私の新しい職場だ」
「職場? このラスダンが?」
それは、少し難解な表現だった。
彼がこの最奥部にいる時点で、〈裏アカデミ〉に深く関わっているのは想像に難くない。
でも、ラスダンが職場ってどういうことだ……?
「ラスダン、か。そう取ったか」
思わず自分の憶測を書いてしまっていた事に、終夜父の反応でようやく気付いた。
そうだ、このゲームはあくまでMMORPG。
幾らラスダンとしか思えない場所だからといって、真実がそうとは限らない。
否定される――――そう思い身構えていた俺に、終夜父は意外な事を言い放った。
「深海君。君に一つ頼みがある。君にこのアカデミック・ファンタジアでクリアを目指して貰いたい」
クリア……?
オーダーじゃなく、このゲームそのものをクリアするって事か?
「待って! アカデミック・ファンタジアはワルキューレが運営しているゲームよ! このゲームをそう呼ばないで!」
「同じだよ、細雨。サーバー間で移動できる時点で、それは同じゲームだ。違うか?」
終夜の抵抗、そして終夜父の反論は、おぼろげながら二人の確執の全容、そしてこの世界の定義を示唆するものだった。
終夜父は現在配信中の〈アカデミック・ファンタジア〉に不満を持っている。
いや、MMORPGというジャンルそのものに限界を感じている。
なら、〈アカデミック・ファンタジア〉と同じ世界観ながら大きく異なるこのゲーム――――俺が〈裏アカデミ〉と呼んでいるこのゲームは、彼が立ち上げたものなんじゃないだろうか。
加えて非公式かつ特殊な方法とはいえ、サーバー間の行き来が出来ている時点で、ワルキューレ側が全く関与していないとも思えない。
って事は……もしかして今、ワルキューレは二分されているんじゃないか?
そしてこの〈アカデミック・ファンタジア〉も、社長である終夜父側と現行スタッフ側と二つに割れている。
この〈裏アカデミ〉は、前者が作っている〈アカデミック・ファンタジア〉。
それならさっきの終夜父の発言は辻褄が合う。
何より、終夜が反論出来ず黙っている。
〈アカデミック・ファンタジア〉と〈裏アカデミ〉は同じ会社が作った同タイトルのゲームであり、同時に全く違うゲームでもあるんだ。
「あの、話の途中ですいません。このゲーム、クリア出来るんですか?」
返り討ちに遭い沈黙中の終夜をクールダウンさせる為にも、俺は敢えて率直にそう聞いてみる事にした。
幸い、返答は速かった。
「ああ、出来る。これはそういうゲームだ。そして、いつでもクリア可能だ。今からすぐにでも」
……何?
ちょっと待て、俺はまだこの〈裏アカデミ〉に来て二度目、それも敵一人倒していないぺーぺー中のペーペーだぞ。
今すぐクリアってどういう事だ?
「だがその方法は自分で探して欲しい。無論、ネット上の何処にも攻略情報はない。独力でも仲間と協力し合っても良い、ぜひ私のアカデミック・ファンタジアをプレイしてくれないだろうか。その上で、忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
そんな俺の疑念なんてお構いなしに、終夜父は捲し立ててくる。
そして――――
「どちらが面白いかを」
敢えて少し間を置き、最後の言葉を強調してきた。
今俺がプレイ中の〈アカデミック・ファンタジア〉と、この彼の〈アカデミック・ファンタジア〉。
どちらかっていうのは、そういう事だ。
そのジャッジを俺にさせるってのか?
……いや。
この〈裏アカデミ〉の世界に俺が入り込んだ経緯と、終夜の家で彼女から聞いた内容から察するに、俺だけが特別って訳じゃなさそうだ。
「お答えする前に聞きたいんですけど、フィーナという名前のキャラクターに心当たりはありますか?」
「君の想像通りだと思うよ」
敢えて回答をはぐらかす辺り、大人って感じだ。
でも間違いない。
あのPCは"勧誘係"だったんだろう。
抽出理由は不明だけど、〈アカデミック・ファンタジア〉のユーザーの中からこの世界へ連れ込んで、体験させる。
いわば強引に『テスター』をさせているんだ。
テスターを募って開発中のゲームをプレイして貰い、問題点や改善箇所を洗い出す。
それは家庭用ゲームでもオンラインゲームでも普通に行われている。
でも、普通は応募制だ。
まさかスタッフ側がテスターを選別するゲームが存在するとは……
「アカデミック・ファンタジアのコンセプトは『実証実験』。わかりやすいだろう?」
俺の考えている事を見透かすように、終夜父はそう告げた。
彼が言いたいのは、きっとこうだ。
〈アカデミック・ファンタジア〉はプレイヤー全員が実証実験士。
ならば、"ゲームそのものを実証実験する事こそが、プレイヤーの使命である"と。
彼が何をしようとしているのか、その全体像が見えた気がした。
「考えさせて下さい。俺にも生活があるんで、プレイするゲームを変えるって事は、それなりに調整が必要なんです」
即答は出来なかった。
今の発言も理由の一つだけど、それだけじゃない。
ずっと沈黙したままの終夜が気がかりだった。
ここで彼女の父親の依頼をすぐに受ければ、あからさまに父親の味方をしているように思われてしまう。
彼女が孤独になってしまう。
実際のところ、俺と終夜の間に"友達以上恋人未満"の関係など存在しないに等しい。
真実は、出会って間もないゲーム仲間。
……これでも結構盛っている気がする。
他人に毛が生えたような関係ってのが正しいだろう。
それでも俺は、終夜をこれ以上傷付ける事はしたくなかった。
例えあいつが、俺に色々と隠し事をしていたとしても、だ。
「そうだな。何も強制という訳じゃないから、余り気負わずに考えてみてくれ。一週間後、細雨に答えを話してくれれば良い。もし受けてくれるのであれば、いつでもこの世界にログイン出来るようにしよう」
「こっちに来たユーザー全員に、貴方自らこうして依頼してるんですか?」
「いや。今回は特別だ」
特別――――それはきっと、俺に対しての言葉じゃないんだろう。
このラスダンに一発で転移した終夜こそが"特別"であり、彼が呼び込んだ相手だったに違いない。
理由はわからないけど……どうにも一筋縄ではいかない親子関係みたいだな。
「わかりました。それじゃ一週間後、受けるかどうかを娘さんに伝えます」
「よろしく頼む」
よろしく……か。
果たしてそれは、どっちに対しての言葉なのかな。
ま、いいや。
いずれにしても、後で終夜から詳しい話を聞こう。
少なくともあいつは、この〈裏アカデミ〉の世界に父親がいるのを知っていたっぽいしな。
「あの、ところでもう一つ質問して良いですか」
「勿論だ。何かね」
「ここからソル・イドゥリマに帰る方法ってわかります? 帰れない事にはクリアも何もあったもんじゃないので」
割と切実な問題だったので、真面目に聞いたつもりだったが――――
「それを私に聞くか。やはり君は面白いな」
終夜父のツボにはまったのか、半笑いで答えてそうな返事だった。
「ここへ来る時に使った転送装置を何度も使えば、いずれ戻れる。本来なら種明かしすべきではないのだろうが、この件については例外だ。こちらの誘導だという事は既にバレているのだろう」
「了解しました。それじゃ終夜、帰るぞ」
……暫く待ったが返事がない。
またフリーズか。
なら仕方ない。
「娘さん、固まってるみたいなんで置いていきます。あ、説教するならちゃんと肉声で。お願いしますね」
最後にそう言い残し、俺は転送装置を使用した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます