2-13

 ラストダンジョン――――通称"ラスダン"。

 それはゲームの幕引きの為に用意された、文字通り"最後の砦"。

 そこを闊歩する敵は、例え雑魚であっても今までの中ボスを遥かに凌ぐ巨大さと禍々しさである事が多い。


 そして同時に、そんなビッグスケールの雑魚敵と遭遇する事で、ここはラスダンだと改めて自覚する。

 まるで神話に出て来るような複雑怪奇なデザインの敵が、その辺りを何体も彷徨いている――――こんなロマンが他にあるだろうか?


 いや、ない。

 正直痺れるね。

 長らくそのRPGをプレイしてきた道程が報われる瞬間だ。

  

 ――――でも今は、別の意味で痺れていた。

 というか、恐怖で竦んでいた。


 俺の眼前に現れたのは、この世の呪詛と凶禍を全て宿したかのように醜怪なデザインをした、人型の何か。


 敵だ!

 ラスダンに相応しい禍々しさの敵だ!

 終わった――――


「よかったあ。シーラ君もここに飛ばされたんですね」


 ――――って、終夜かよ!

 よくよく見れば、確かに呪いの装備をまとったリズだった。

 ……ラスダンの敵、下手したら中ボスでも違和感ないぞ、全く。


「もしこんな所にわたし一人飛ばされてたら、もう、もう、もう」


 とはいえ、向こうは向こうで相当心細かったのか、安堵を飛び越えて感涙している様子。

 一応彼女〈アカデミック・ファンタジア〉の開発スタッフなんだけど、最早その心強さは微塵もない。

 というか、その装備で『もう、もう』とか言われても、ちっとも可愛くない。


「っていうか、そっちは直でここに? 俺は一旦別の場所に飛ばされて、ここが二回目だったんだけど」


「直です。シーラ君は一回目は何処へ?」


「水場」


 流石に露天風呂でアニメも真っ青の超美麗な裸の女性を鑑賞してきたぜ、とは言えない。

 親しくもない相手にそんなの言える奴は正気じゃないだろう。


「でも、ちょっと引っかかるな。俺は二度目でそっちは一度目、この誤差は何なんだ?」


 少なくとも、特定の場所――――つまりここにしか転移しないって訳じゃない。

 かといって、行き先が完全にランダムって訳でもないだろう。

 この広大な世界で俺と終夜がこうもアッサリ再会出来たって事は、転移する場所は相当絞られると考えて良いハズ。


「あと何回か使って検証してみた方がいいかもな」


「本当に実証実験らしくなってきましたね」


 何気なく言ったと思われる終夜の言葉に同意しようとした俺は、その言葉が重大な意味を含んでいるように思え、思わず生唾を呑み込んだ。


 確かに、これは相当本格的な実証実験だ。

 転移装置に使用すると思われる液体を使用し、実際に転移出来るかどうか、転移先は何処か、複数使用した場合の傾向は――――

 まるで現実に行われている本物の実証実験であるかのようだ。


 つまり――――こちらの世界の方がよほど〈アカデミック・ファンタジア〉のテーマや本質をしっかりと表現出来ている。

 それに対し、本家の方はどちらかというとMMORPGの骨子、『クエストを受けてクリアし経験と報酬を得て強くなる』の理由付けとして、研究・開発と実証実験を設定したように思える。


 身もフタもないけど、こっちの方がずっと〈アカデミック・ファンタジア〉に相応しいゲームデザインになっている、と言えるのかもしれない。

 単にグラフィックの傾向だけじゃなく、中身も。


 そう考えると、この世界はもしかして――――


「でも、もしシーラ君がよければですけど、少しだけこの辺を探索してみませんか? なんかラスダンみたいで少しワクワクしちゃって」


「え?」


 そうAチャットで返したのは、不意に思考を遮断されたからじゃない。 

 彼女の言葉に驚いたからだ。


「君も、ここがラスダンだって思ったの? MMORPGなのに」


「あ」


 自分の発言の矛盾に気付いたらしく、終夜は固まってしまった。


 彼女は言っていた。

『家庭用ゲームは終わりました』

 そうキッパリと断言していた。


 そんな彼女が、俺と全く同じ嗅覚を備えている。

 ここがラスダンだと直感した。

 MMORPGにラスダンなんて、まず用意されている訳ないのに。


 そもそも、仮に〈アカデミック・ファンタジア〉にラスダンが予め用意されていたら、スタッフの一員である彼女も知っていなきゃおかしい。

 その場合は『ラスダンみたいで』なんて言う訳がない。

 って事は、ここは少なくとも本家〈アカデミック・ファンタジア〉のラスダンと同じデザインのダンジョンじゃないし、なら家庭用ゲーム嫌いの彼女が『ラスダンみたい』と言うのも変だ。


「もしかして終夜、家庭用ゲームを相当やり込んでる?」


 アレコレと考えた結果、俺が辿り着いた結論はこれだった。

 俺と同じくらい、家庭用ゲームのRPGをプレイしているなら、さっきの発言に矛盾はない。

 終夜の答えは――――


「ん?」


 急にスマホの呼び出し音が鳴り出した。

 困惑しつつも画面を見てみると……終夜からの通話だ。

 行動を共にすると決めた昨日、一通りの連絡先は交換済みだけど――――


「……もしもし」


「家庭用ゲームは死にました。死んだんです」


 切れた。


 ……って、肉声でそれ言いたかっただけかい!

 別にチャットでいいだろ!


「とにかく、ここで家庭用ゲームについて議論しても仕方ない。でもさっきの提案には賛成。探索してみよう」


「はい。そうしましょう」


 ようやく話がまとまったところで、周囲を彷徨いてみる事にした。


 幸いにも、今のところ敵の気配はない。

 けれど、一歩一歩進むごとに緊張感は増していく。

 その緊張は、神秘的な光景が広がる視覚的情報――――もさることながら、BGMによるところも大きい。


 ラスダンのBGMには名曲が多い。

 そういった曲はただ壮大なだけじゃなく、主旋律の美しさが際立っている。

 それでいて、ゲームから離れ曲だけを聞いても、ラスダンの緊迫感と特別感が蘇ってくる――――そういう場面想起を誘発する個性も放っている。


 ラスボスの戦闘BGMも名曲である事が多いけど、こちらはメインテーマのアレンジや過去の人気曲のサンプリングというケースもまた多い。

 それはそれで、その作品内、或いはシリーズ内における歴史の積み重ねという意味合いもあって、感動的な演出に繋がるし嫌いじゃない。

 ただ、ラスダンのBGMはそういった演出は少なく、作曲家の方の『これが渾身の一撃だ!』という意気込みが最もダイレクトに感じられる。

 

 今流れているこのBGMからも、その意思はひしひしと感じる。

 荘厳さと不気味さが同居しながらもケンカせず、互いに仲良く見せ場を分かち合いながら時に切なく、時に情緒豊かに絡み合う。

 ワンフレーズ聞いただけで名曲認定しちゃうくらいの美しいメロディだ。


「シーラ君、こっちです。通路があります」


 暫くその曲に酔いしれていた俺は、探索人員としては役立たずだった。

 広場のようになっていた現在地から抜け、違う空間へ行く為の通路を発見した終夜に謝罪しつつ、その後を追って通路へと出る。


 基本的にはさっきまでいた空間と変わらず、青と黒をベースとしつつも幻想的なカラーリングの壁や天井に囲まれた細い道。

 一直線という訳じゃなく、少し左に傾いている。

 暫く進むと、傾斜も確認出来た。


 どうも人工的というより、自然物のような印象を受ける。

 かといって、洞窟というほどの荒々しさはない。

 この曖昧さも、ラスダンの雰囲気を作っているように感じる。


 ただ、気になる点が一つ。


「脇道や部屋が全然ありませんね」


 終夜も気付いていたらしい。

 進んでも進んでも、扉や通路の枝分かれがない。

 これじゃまるで――――ラスボス直前の通路みたいだ。


 ラスダン以外にも、一方通行の道が延々と続くケースはある。

 そういうデザインのダンジョンも稀にあるし、ストーリーに大きく絡む中ボスの直前でもこういった事はあり得る。


 けれど……ここは違う。

 長過ぎる。

 もう1分くらい移動し続けているのに、脇道一つない。


 家庭用ゲームなら、この通路に入る前のあの地点――――俺と終夜が転移したあの広場に、最後のセーブポイントがあったかもしれない。

 でもこれはMMORPG。

〈アカデミック・ファンタジア〉にも、自発的にセーブをする機会はない。


 それでも俺は、このダンジョンに家庭用ゲームのラスダンの空気を感じ続けていた。

 

 そして――――ようやく長い長い通路を抜けた先の光景が、いよいよその感覚を確信へと変えた。


 階段がある。

 螺旋状の階段。

 そしてそれは、アメジストのように半透明の紫色をしていた。


 クリスタルの螺旋階段――――そんな言葉が思い浮かぶ。

 先程までの不気味な壁や赤い光はなくなり、周囲には小さく淡い光の球が幾つも浮かんでいる。


 この場面だけを切り取れば、或いは"最初のダンジョン"に見られる演出の可能性もある。

 初めに訪れるダンジョンも、結構気合い入ったデザインになっている事が多いからな。

 だけど、さっきまでの不気味な空間、壮大なBGMと合わせると、やっぱりこれはラスダンで間違いない。


 道理で敵の姿も見えない筈だ。

 ここはもう、最下層もしくは最奥部なんだ。

 本来なら、相当強い中ボスを倒さないと入れない領域なんだろう。


「シーラさん。登りましょう。ここまで来て引き返すのは、わたしには無理です」


「大丈夫。俺もだ」


 というか、ここで引き返せる奴はゲームなんてやってない。

 この先に何が待ち受けているのかを目撃するまでは、絶対に後には引けない。


 そう強く思う一方、背徳感もある。

 俺はまだこのゲーム――――特に〈裏アカデミ〉の方では何も成し得ていないし、何も思い入れがない。

 そんな状況で、そんな段階で、果たして踏み入れて良い場所なんだろうか……という逡巡はある。


 本来なら味わえる筈だった最高の達成感を、意外性を、快感を、高揚感を、興奮を、熱狂を――――偶然から得た好奇心一つで台無しにしてしまうんじゃないか?


 そんな迷いがある。

 けれども、俺の指は――――シーラの足は止まらない。


 沢山のゲームをプレイしてきた。

 けれども今まで一度も味わった事がない。

 始めたばかりのゲームで、ラスボスと対峙するなんて。


 階段を上がる間、終夜は終始無言だった。

 俺と似たような心境なんだろう。

 憶測の域は出ないけども――――彼女もまた、俺と同じなんだから。


「着きます」


 不意に、そんな言葉がチャットのウインドウに浮かぶ。

 扉だ。

 ラスボスの御前に相応しい、巨大で厚みを感じさせる美しい扉。


 これを開いた瞬間、俺のゲーム人生は変わるんじゃないだろうか?

 人生観……ゲーム観がひっくり返されるんじゃないだろうか?


 そういう幾ばくかの懸念を強引に引きはがしながら、俺は終夜と並び立ち、その扉を開いた――――

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