2-12
ゲーム、特にファンタジーRPGやSF要素の濃い分野において、『転移』とか『ワープ』という技術は決して特殊なものじゃなく、寧ろない方が珍しいくらいありふれたもの。
科学上、人間個人が服装を含めた全情報を保存したままで遠距離の瞬間移動を可能とし、且つ100%の安全を保証するとなると、一体どれだけのエネルギーと制御技術が必要なのか――――等という野暮ったい話は不要だ。
キャラクターがパッと消えてパッと別の場所に現れる。
ゲーム上の処理としては何の複雑さもない、この単純極まりないプログラムに対し、どんな機能を付随させ、どんなコストを設け、そしてどんな演出を施すか。
それがゲームにおける転移の全てだ。
ファンタジー作品の場合は便利性に特化したケースが多く、例えば『MPも大して消費せず、一度行った街や村へ移動出来るいつでも使用可能な魔法』が良く見受けられる。
SF要素が強い作品の場合は、個人じゃなく宇宙船がワープ航法により移動するケースや、大がかりな転移装置を使って移動するケースが多い。
転移する事そのものが極めて危険な行為で、場合によっては命を落とすという作品も稀にある。
〈アカデミック・ファンタジア〉における転移は、俺が知る限りでは実装していなかった。
つまり、ワープという技術が存在しない世界観だった。
遠距離――――例えば都市間を移動する場合は『樹脂機関車』と呼ばれる乗り物を利用するようになっている。
そもそもゲームデザイン上、取り立ててワープの必要性がない。
フィールド上では『ブースター』と呼ばれる装置で高速移動が可能だし、オーダー(クエスト)で特定の目的地へ赴く場合にはショートカットも出来る。
その際にも移動コストは不要だから、ある意味これがワープと同義だ。
だから俺は、転移装置の開発という内容のオーダーを見た時、『そもそもこれはこのゲームに必要な技術なのか?』と率直に思った。
けれど、ここは最早〈アカデミック・ファンタジア〉とは別世界のゲームと考えた方が良いと思い、その疑問は敢えて押し殺した。
そして――――今。
転移を終えた俺は、周囲に広がる光景を目の当たりにし、結論としては『転移は必要。絶対必要』という確信に至った。
俺が転移したここは、一言で言えば"露天風呂"。
特に専門用語とか何かしらのスラングって訳じゃない。
服を脱いで真っ裸で身体を洗う、あの風呂だ。
……確かに。
確かに、だ。
ファンタジー系のRPGにおいて、露天風呂はまあまあ見かける施設ではあるよ?
けれどまさか、こんな……
こんなアニメの"規正アリ"入浴シーンをそのまま更に美しくしたような場面をイベントシーンじゃなくごく普通のフィールド画面で見られるなんて!
……って、感激してる場合じゃねぇ!
何なんだよコレ!
一体どんな状況だよ!
いや、落ち着け、冷静になれ俺。
ゲーム機持つ手が震えてるけど兎に角落ち着け俺。
そうだ、まずは現状把握だ。
ここは風呂。
俺の分身であるPCシーラは今、自然に囲まれた露天風呂の中で湯に浸っている状態だ。
そして周囲には人影が幾つか見受けられる。
3人……いや4人か。
全員女性だ。
露天風呂とはいえ女湯なのか、混浴だけど女性だけが入れる時間帯なのか、そんなのは知りようがない。
何にせよ、今の俺は装備品そのままに裸の女性キャラクター4人に囲まれている……そんなシチュエーションに身を置いている。
ただし女性陣の大事な部分――――ハッキリ言ってしまうと乳輪やら性器やらは白く濃い煙に囲まれて見えない。
裸の女性キャラがPCなのかNPCなのか、それもわからない。
……冷静になって現状を把握した結果、余計混乱するだけだった。
いやマジでどうなってんだよ!?
家庭用ゲームのADVやRPGでこういうサービスシーンがあるのはわかるけど、これMMORPGだよな!?
MMORPGでこんなリアルなラッキースケベあり得るのかよ!?
「え、なに?」
うわ気付かれた!
って事はNPCじゃなさそうだぞ……!?
こういう場合どうすりゃいいんだよ!
ゲーム内とはいえ、女しかいない風呂場に男が無断侵入しちゃったらヤバいんじゃないか!?
もしかしたら、その辺に終夜もいるのかもしれないけど、正直探している余裕はない。
まさかこんな露天風呂まで超絶美麗グラフィックで描写されているとは思わなかった。
このゲームはヤバい、ヤバ過ぎる。
「誰か入ってない?」
そして俺の現状は更にヤバい!
ゲーム内なのに性犯罪に手を染めた気分だ。
弁明しようにも、今の自分をしっかり説明出来る自信がない!
「え なんで」
向こうも向こうで混乱してるっぽい。
ならここは悠長に説明なんかしてるより、さっさと逃げた方がいいかもしれない。
でもどっちが出口か湯煙で見えない!
待て。
さっき使ったテイルに渡された転移装置用のアイテム、まだ使えるんじゃないか?
『もう一度使ったからといってここに戻れるわけじゃない』
確かテイルはこう言っていた。
なら『戻れはしないけど、もう一度使う事は出来る』って事じゃないか?
液体だからなんとなく飲み干した気分だったけど。
震える手でアイテムを確認した結果――――あったあった、[試作品:転送装置]があった!
これを使えば、テイルのいる文化棟に戻れはしないものの、もう一度何処かへ転移出来る筈だ。
「だってここにはまだ開放してないよね?」
「そもそもゲストが来られるはず――――」
Aチャットによる会話で女性PCと思しき人達が会話する中、俺は兎にも角にもこの場を脱出するのを最優先すべく、祈る気持ちで再度転移装置を使用した。
一度目同様、特に気の利いたエフェクトが用意されている訳でもなく、一瞬画面が真っ黒になる。
もし転移先が固定だったら、また同じ景色が広がってしまう。
それはそれで男子としては嬉しい……とは流石に思えず、ビクビクしながら次の瞬間を待った。
すると――――
「……よかった」
幸いにも、さっきの露天風呂とは全く違う場所に転移していた。
ただ、直ぐに気付く。
安堵するような状況じゃない、と。
ここは……マズい。
さっきの露天風呂とは全く違う意味で危険が漂う場所だ。
やたら凝った装飾の柱。
全体的に青と黒を基調としつつも油が滲んだようにハッキリしない色合いの床や壁。
所々に見える赤い光。
それらが醸し出す、幻想的かつ神秘的、それでいて負のオーラに溢れた空気感。
そして、やたら壮大なBGM。
間違いない。
ここはラストダンジョン――――所謂"ラスダン"だ。
これまで何百タイトルもの家庭用ゲームをプレイしてきた俺にはわかる。
この空間は、物語を終わらせる為に用意されたダンジョン。
その気概を至る所から感じる。
なんてこった。
露天風呂の次に飛ばされたのが、まさかラスダンとは。
というか、まだこの〈裏アカデミ〉について何も知らないってのに、いきなりラスダン到着かよ!
当然、俺の分身たるPCシーラのLvは以前と変わりなく12のまま。
作中でも最強クラスの敵がウヨウヨしているラスダンじゃ、一度でも敵に遭遇したら間違いなくアウト。
逃げる事も出来やしない。
でも……待てよ。
〈アカデミック・ファンタジア〉はMMORPGだ。
だとしたら、ラスダンなんて予め用意しているとは思えない。
俺の直感が間違っているのか?
けれども、このダンジョンの様式や雰囲気が伝えてくるのは、紛れもなく――――終焉。
その独特の雰囲気を俺が読み違えるとは……いや、でもMMORPGではこういうダンジョンがイベントとして実装されるのかもしれない。
いずれにしても、敵と遭遇したら終わりってのは同じ……か。
何しろソル・イドゥリマ付近のフィールドでさえ、あの化物ウナギがいたんだ。
こんな妙に雰囲気のあるダンジョンに出て来る敵となると、あれ以上の強さに決まってる。
正直、俺の中の好奇心は『ウロウロしてみてぇ』と訴えかけてくる。
だってラスダンだよ?
例えどんな微妙なゲームでも、どれだけクソゲーでも、ラスダンだけは別腹だ。
なんていうか、単純に『最後だから一番豪華で一番気合い入ったダンジョン』というのとはまた違う、ある種の独特な魅力がある。
まるでヨーロッパの名だたる美術館を訪れたような、不思議なくらい高尚な場所に思えてしまう。
気高いクリエイターの魂の叫びが、この作品を締め括ろうとする執念が、そんな空気を作っているのかもしれない。
何にせよ、俺はこの好奇心を全力で抑えなくちゃならない。
幸いにも今いる場所に敵の姿はない。
ここで再度、転移装置用の試作品を使用すれば、また別の場所へと転移する筈だ。
このダンジョンがラスダンだろうとそうじゃなくとも、地力での脱出は無謀。
さっさと別の場所へとワープするのが、たった一つの正しいやり方だ。
なのに……頭ではそうわかっているのに、俺はメニュー画面を開こうとせず、移動しようとしていた。
ああ、合理的じゃないのはわかってるよ。
でもこれはゲームだ。
ゲームってのは、理詰めじゃ楽しめない。
それは作業ゲーですらそうだ。
作業ゲーってのはプレイ中に同じ行為を繰り返すことで攻略やコレクションの補填を行えるゲームを指し、主にRPGやSLG、カードゲームなどに多い。
敵を倒しレベルアップする『レベリング』や、レアアイテムやレアカードの収集などに膨大な時間を割く必要があるゲームに用いられる。
その作業ゲーを攻略する上では、通常なら作業を最大限簡易化し、より効率良く繰り返すよう準備するのが最も建設的かつ唯一の正解だ。
だけど多くのゲーマーは、その作業を拒否する。
仮に準備を整えたとしても、ふとした瞬間に全く合理的じゃないプレイに興じてみたりすることだってある。
ゲームって、そういうもんだ。
仕事や学業でも、稀に『遊び』を入れたくなる瞬間はあるけど、それが功を奏する機会はきっと少ない。
ゲームなら、全く問題ない。
ゲームそのものが遊びなんだから。
……等という、長々と自分自身に対し若干哲学臭の漂う言い訳を駆使し、俺はラスダンと思しきこのダンジョンを闊歩する事に決めた。
だってラスダンだよ?
最強の武器とか落ちてるかもしんないし。
行くしかないよ!
さて、方針が決まったところであらためて周囲を確認しよう。
画面構成はこれまで同様、PCの背中が画面中央に映った三人称視点。
TPSってヤツだ。
そのPCの周りには、幾つかの妙に芸術性の高い柱がある。
神殿のようでもあるけれど、床や壁の不気味で現実味のない色合いが、単なる建築物である事を否定している。
それはいいとして、問題は何処に移動するかだ。
今の方向にそのまま進んでも、壁と柱しか見当たらない。
別のエリアに移動する為の道や扉はなさそうだ。
なら、逆方向はどうだ?
俺はここに来てようやく、グルリと視界を動かし正反対の方向を向いて――――
「う……わあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
画面一杯に映し出された異形の者に、全身全霊をかけ恐れ戦いた。
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