2-11
ゲーム内の街中でイベントシーンへの切り替えもなく爆破が起こり、爆心地にはPCの幼女が佇んでいた。
さっきまでの出来事がどれだけ異様だったか……を一言でまとめると、イマイチ伝わらない気がする。
「あらためて自己紹介するの。あたしはテイル。この世界では研究員として旅をしてるの」
けれど、そんな頭の中のモヤモヤは黒煙と一緒に外へ吹き飛んでしまった。
この世界では……何だって?
「どういうことでしょうか。アカデミック・ファンタジアのプレイヤーは例外なく実証実験士のはずです」
俺以上に狼狽したらしき終夜が詰め寄るような勢いで書き込んできた。
何しろ彼女は〈アカデミック・ファンタジア〉のスタッフ。
いずれ実証実験士〈オプテスター〉以外の職が実装される予定があるかどうかは知っているだろう。
その終夜が断言する以上、少なくとも近日中においてプレイヤーが研究する側――――実証実験士に依頼する側になれる筈がないんだ。
「あたしが嘘をついてるって言いたいの?」
実際、疑わしき発言だったとはいえ、テイルと名乗った幼女はご立腹だ。
普通なら他プレイヤーを怒らせた時点で修羅場なんだけど、相手が幼女だからか緊張感は生まれない――――
「すいません。すいません。本当にすいません」
……のは俺だけだったようで、終夜はすっかり怯え幼女相手に平謝りだ。
まあ、プレイヤーが幼女な筈もない訳で、寧ろ終夜の反応の方が自然なんだろう。
どうしても目の前に映るキャラクターの印象で物事を捉えてしまう。
この辺り、まだ俺はオンラインゲームのビギナー感覚が抜け切れていないらしい。
「別に良いの。ここに来たばかりの人なら、そう思うのも無理ないの。あたしも最初はそうだったの」
あらためて、幼女フィルターを取り外して発言だけに着目すると、このテイルという人物、少なくとも変人や虚言癖のある厄介者って訳じゃないらしい。
なら、研究員を自称する彼女の発言を無闇に疑う訳にはいかない。
つまり――――
「グラフィック以外にも通常のアカデミック・ファンタジアとは違う所があるのか」
そう受け入れるしかない。
「そっちの男の子は話がわかるの」
「幼女に男の子って言われてもな。俺はシーラ。そっちの失言女はリズ」
「失言女……」
リズは俺の追い打ちに傷付いた様子だけど、仲間である俺が敢えて彼女を公開処刑することで、テイルからの悪印象を和らげる狙いがあるという事はわかって欲しい。
「あんまり悪く言わないで欲しいの。あたしはもう気にしてないの」
幸い、テイルも空気を読んだのかそうでないのかは不明だけど、俺の誘導通りの言葉をくれた。
取り敢えずこれで終夜も会話に入りやすくなるだろう。
――――って、だんまりかよ!
ここでテイルに「ありがとうございます、優しいんですね」とでも言ってくれればそれで上手く場が収まるってのに……
仕方ない、暫く終夜は戦力外だ。
俺だけでも彼女から有益な情報を引き出せるよう尽力するとしよう。
何しろ、この〈裏アカデミ〉で初めて出会った他プレイヤー。
口ぶりから察するに、この世界にそこそこ長くいるみたいだから、知っている事も多い筈だ。
まずは軽い雑談から始めてみるか。
「テイルさん。さっきは勢いでタメ口使っちゃったけど、構わないかい? どうもその外見相手に敬語ってのはしっくりこない」
「問題ないの。っていうか、あたし元々幼女じゃないの。ついさっきまで普通の10代半ばの女の子だったの」
文脈からは、PCは幼女だけどプレイヤーである自分は10代女子だ――――とは読み取れない。
さっきの憶測通り、PC自体が元々は幼女じゃなかったらしい。
普通ならそんな変化はあり得ない……と言いたいところだけど、そうも言い切れないのがこの〈裏アカデミ〉。
外見上のあらゆる変貌について、フレキシブルに想定しておいた方が良さそうだ。
「だとしたら、あの爆発が原因で?」
「だと思うの。というか、調合を間違えたっぽいの」
若返りの薬でも作ってたのか……?
その辺りの話にも関心がない訳じゃないけど、下手にこの話題で時間取られても困るし、今は本筋の方を進めよう。
「研究員、って話だったよな。その辺の事、詳しく聞かせて欲しいんだ。この世界では、どうもアカデミック・ファンタジアの常識が通用しないみたいだし」
俺にオーバーキル食らわせやがったウナギ然り。
フォーマットこそ同じだけど、実際には〈アカデミック・ファンタジア〉とはまるで別のゲーム――――俺はそんなビジョンを〈裏アカデミ〉に持ち始めていた。
そんな俺の発言に対し――――
「条件があるの。こっちのオーダーを受けてくれたら、あたしの知ってる範囲で教えてあげるの」
待ってました、と言わんばかりの入力速度でテイルは返答してきた。
もしかして……実証実験をして貰う相手を探してたんだろうか?
他にプレイヤーが見当たらない事に加え、自ら爆発に巻き込まれてた事からも、その推察が成り立つ。
だとしたら、話は早い。
「わかった、オーダーを聞こう。でもこの場合どうするんだ? PCからのオーダーなんて初めてで勝手がわからない」
「あたしが提出してるオーダーを受けてくれれば良いの。受付で選択すればOKなの」
受けるのはやぶさかじゃない……けど、問題は受注条件をクリアしているかどうか。
俺も終夜も低Lv.のプレイヤーだから、ちょっと心配だな。
「大丈夫なの。誰でも受けられるようキツめの条件は設けてないの」
「そんなこと出来るのか?」
「ここでは普通なの」
どうやら、そういう事らしい。
だとしたら、本家〈アカデミック・ファンタジア〉とは自由度が段違いだ。
この世界……このゲームは一体なんなんだ?
〈アカデミック・ファンタジア〉を模倣した全く別のゲーム、とも思えない。
なら〈アカデミック・ファンタジア〉の世界からここへ移送される訳がない。
関連はある。
だけどスタッフは何も知らない。
っていうかそのスタッフ、さっきから一切会話に入って来ないんだけど……もしかして心折れてプレイ放棄してるんじゃないよな?
「リズ、受けよう。彼女以外にもこの世界でゲームをプレイしている奴はいるかもしれないけど、その確たる保証もない。このチャンスは逃せない」
そう呼びかけてみるも――――返答、なし!
PCが動く気配もない。
完全に固まっている。
そういえば、フィーナも何度かフリーズしてたな。
一瞬、その共通点からサーバーの問題かもと思ったけど、この世界と通常の〈アカデミック・ファンタジア〉ではサーバーが異なる可能性大だから、それはなさそうだ。
だとしたら……やっぱりさっきのやり取りで心折れてプレイ拒否、ってのが妥当か?
でも直接会った印象では、そこまで脆いメンタルとも思えないんだよなあ……
「どうするの? 受けるの? 受けないの?」
「受ける。ちょっと相棒は調子落としてるっぽいから、俺が受けよう」
プレイヤーの終夜に直接連絡する事も考慮したけど、相手を余り待たせて気が変わられても困る。
ここは一先ず俺だけでも――――
「すいあじゃせいえhじぇう」
あ、反応あった。
乱れまくりな文章だけど、多分『すいません』と入力しようとしたのはなんとなくわかる。
「すいません! ちょっとボーッとしていました! わたしも行けます!」
「OKなの。それじゃついてくるの」
「はい。シーラ君、行きましょう」
なんでフリーズしたんだ、とか問いかける前に終夜は穴空き部屋を出て行ってしまった。
なんとなく、聞かないで欲しいという意思表示のようにも思える。
仕方ないので、この件は取り敢えず置いておく事にし、俺もテイルの後を追う事にした。
文化棟の受付嬢はミルバという名前で、魔法棟のリンダと比べると気さくな性格だ。
その点については〈裏アカデミ〉も変化はない。
ただ、リンダの時と同じでグラフィックは様変わりしていて、3D特有の人形っぽさや不自然なフワフワとした動きは全くない。
そんな彼女に話しかけ、テイルが指示したオーダーを選択する。
オーダー名は――――《No.p040 究極の移動手段》。
……番号の前の『p』はプレイヤーの略かもしれない。
だとしたら、テイルが特別という訳でもなく、この〈裏アカデミ〉ではプレイヤー側にもオーダーを出す権利が存在するって理解でよさそうだ。
「このNo.p040のオーダーは、テイルが出したオーダーなんだよな?」
「そうなの。ここでは自分の開発した物を実証実験して貰えるの」
「もしかして、開発するアイテムも君が決めたの?」
予め用意されているオーダーじゃなく、自発的にオーダーを出してるんだから、必然的にそうなる。
そしてそれは、ノーマルな〈アカデミック・ファンタジア〉とシステム面でかなり大きな差異がある事を意味する。
想像するに、研究員を選んだプレイヤーは『何を開発するか』を選択する必要がある。
武器、防具、魔法、雑貨……様々な種類の中から開発したい分野を選び、研究の方向性を決めて、作りたい物を作る――――そんな感じか。
例えば武器、それも剣を作りたい場合は、『リーチはどれくらいにするか』『属性は』『材質は』『威力と精度のバランスは』等といった幾つかの要素を決める。
若しくはクリエイト系のゲームによく見られる、使用する材料の種類とその組み合わせ等が示されたレシピに従い配合を行う錬金術的なシステムかもしれないな。
そんな予測を立てていた俺に対し、テイルの回答は――――
「決めたんじゃなくて作ったの。あたしのアイディアなの」
その遥か上、というか異次元の内容だった!
「え? 既存の内容から選ぶんじゃなくて、アイディアそのものを出したってこと?」
「そうなの。詳しい事はこのオーダーをクリアしてくれたら話すの」
えらく勿体ぶりやがるな!
くそ……こっちが興味示したのを見透かしての焦らしプレイか。
見た目は幼女だけど、中々したたかな奴だ。
「わかった。リズ、まずは仕様書を読もう」
「了解しました。初めての共同作業ですね」
なんか違うな、それ。
こっちはこっちで微妙に天然な女子だと認識せざるを得ない。
俺と同世代でゲームの原案なんて手掛けてる時点で天才肌って印象だったけど、先のフリーズといい変な受け答えといい、意外と不思議ちゃんなのかもしれない。
……と、そんな事考えてる場合じゃない。
早速、オーダーを受けた時点で手に入れたこの仕様書に目を通してみよう。
究極の移動手段――――だったっけ。
移動速度が増す補助器みたいな物か、行動範囲が広がる乗り物なのか。
何にしても、小規模な開発物とは思えないけど……
No.p040 究極の移動手段
あたしはついに何処へでも自由に行き来できる転移装置の開発に着手したの。
これさえ完成すれば、世界樹喰いを操って世界中を混乱の渦に陥れている連中が何処にいようと一瞬で乗り込めるの。
試作品の第一段階が一先ず完了したの。
お願いだから実験して欲しいの。
失敗したら次元の狭間や冥界に迷い込んだり気付いたら石の中にいたりするけど気にしないの。
……結論としては、そういう問題じゃなかった。
「誰もオーダーを受けてくれなかったから、街を点々としてここに辿り着いたの」
「そりゃそうだろうよ! トラウマ発動機じゃんこれじゃ!」
万が一、本当に石の中に入り込んだら、そのキャラはロストするんじゃないか……?
だとしたら余りにもリスクが大き過ぎる。
特に時間を掛けて愛情を注いでPCを育ててきたプレイヤーほど受けるのを躊躇する内容だし、それ以前に……
……いや、待て。
それより――――"ここに辿り着いた"だって?
「この世界ではスクレイユが拠点じゃないのか?」
「違うの。むしろ、ここはもう不毛の地なの。研究員も実証実験士も大半が別の地域に移動してるの」
それは、通常の〈アカデミック・ファンタジア〉と決定的な相違点だった。
〈アカデミック・ファンタジア〉のゲームの舞台になっているのはサ・ベルという世界であり、その点はここも変わらない。
けれど、本来なら拠点として多くの実証実験士や研究者が屯している筈のスクレイユが閑散としているって事はだ、少なくとも同じ時間軸という可能性はない。
ここは未来のサ・ベルなんだろうか?
それとも、if世界?
いずれにしても……
「今教えられるのはここまでなの。実証実験よろしくなの」
情報を質入れされているようなこの状況で、全部教えて貰える筈もない。
ここは素直にこのゲームの本分に従って、オーダーをクリアしよう。
万が一このシーラというPCがロストしたところで、俺に大した傷手はないしな。
「わかった。転送装置を使用するのは一人でいいんだな?」
「うい。クリア条件にもそう書いてあるの。」
オーダーを受けた時点で、転送装置とやらは俺の所持アイテムとなっている。
アイテムという時点で、SFやファンタジーの作品によくある『所定の位置に立つとリング状の光が身体を包むように幾重にも発生する』タイプの装置じゃなく、携帯可能な道具なのは間違いない。
若干の好奇心を覚えつつ、受け取ったばかりの[試作品:転送装置]という名称のアイテムのグラフィックを見てみると――――
「何だコレ。ポーション? 装置じゃなくない?」
フラスコっぽい瓶に入った液体だった。
思ってたのと全然違う……
「装置に使う液体なの。その液体に転移効果があるかどうかを確かめる実験なの」
「成程ね。人が飲んで大丈夫なのか?」
「問題ないの。それを飲んで、現在地じゃない別の場所に転移できるかどうかの実験なの。ただし、仮に上手くいったとしても、もう一度使ったからといってここに戻れるわけじゃないから、ここまで地力で戻って来てから実証実験の結果報告をして欲しいの」
……更にリスクと面倒が増幅した気がするけど、今更後には引けない。
まあ、俺自身が飲むのならシャレにならないけど、ゲームの中なら多少の無茶は問題なし。
なるようになれ、だ。
「あの、わたしも一緒に飲みます。シーラさんにだけ危険な目には遭わせられません」
――――スタッフとしての責任感か、元々そういう性格なのか。
意を決して飲もうとした矢先、終夜……リズが俺の目をじっと見ながら強い口調でそう訴えてきた。
一人が使用すれば良いオーダーなんだから、二人が使う必要はない。
移動する先が同じとも限らない。
そんな事は承知した上での、彼女なりの意思表示だ。
……単に初対面のテイルと二人きりになるのだけは避けたい、というだけかもしれないけど。
「わかったよ。なら一緒に飲もう」
「はい。友達以上恋人未満ですから一蓮托生です」
一蓮托生って言葉はこんな薄っぺらい関係性で使っていいんだろうか……?
あと、他人が見ているところで友達以上~とか言わないで欲しいんだけど――――
そんな事を考えながら、俺は転移装置の元になるという謎の液体を使用した。
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