2-10

「何? にーに、どしたの? 部屋にスゴい鳥でも入って来た?」


 爆発――――の衝撃に、俺は思わず自室内で声をあげて驚いてしまったらしい。

 自覚はないから、何を叫んだのかは自分でもわからないけど、店の手伝いを終え隣の部屋にいた来未が心配そう……もとい、好奇心でキラキラを付けた目で駆けつけてきた。


「いや……ちょっと凄いシーンに出くわしてな。思わず声が出た」


「何のゲーム? 最近やってるっていう〈アカデミック・ファンタジア〉?」


「ああ。未だにオンラインには慣れないな。なんかフィーリングが違う」


「どんな感じ? ちょっと見せて見せて」


 更にキラキラを重ね掛けした来未に、俺が手にしているゲームゲーミフィアの画面を見せてもいいものかどうか一瞬悩む。

 特に誰から指図された訳でもないけど、〈裏アカデミ〉のことを他者に漏らすのは抵抗があった。


「今プレイ中だから後でな。俺がプレイ中邪魔されたら機嫌悪くなるの知ってるだろ?」


「うん。無表情で睨んだり首のトコそーっと触って嫌がらせしてくるよね。あれ来未の中で評判悪いから止めた方がいいよ。にーに、妹に嫌われたら人生詰むよ?」


 思っていた以上に不評だったらしい。

 俺なりに最低限の被害で済むよう努力した結果辿り着いた境地なんだけどな。

 ま、俺の怒りの表現方法は今はどうでもいい。


「わかったからゲームに集中させろい」


「へいへい。来未もやる事あるしー。〈キルのクロニクル〉のキルちゃんの1/4、何処に飾るか決めないと」


 大きめのフィギュアのディスプレイについてブツブツ自問自答を繰り返しながら、来未は自室に引っ込んだ。

 その後ろ姿を見守る筈もなく、俺の視線は既にゲーム画面に釘付けだ。


 爆発――――そう、問題はさっきの爆発だ。

 音量は抑えめにしていたから、聴覚的な驚きはなかったけど、視覚的にはこの上ないサプライズだ。


 というのも、特にイベントシーンへの移行や画面の切り替えなどがないまま、突然ソル・イドゥリマの文化研究棟が爆発したからだ。

 棟全体が崩落した訳じゃなく、三階の部屋の一部がバーストしただけだから、爆発の規模としては中くらいといったところだけど、それでも困惑せずにはいられない。


 ロード時間が一切ないまま発生した今の出来事は、果たしてイベントシーンなのか?

 家庭用ゲームでもシームレスでのイベント発生は導入されているけど、基本小規模な内容に限定されている。

 あんなの、今の技術水準で可能なのか?


「シーラさん。応答して下さい。シーラさん。シーラさん」


 ……あ、いかん。

 つい仲間がいるって事を失念してしまっていた。

 オンラインに慣れていない弊害だな。


「悪い。驚きの余り呆然としてた。今の爆発はイベントシーンか?」


 取り敢えず、終夜なら何か知っているかも。

 例えば、この〈裏アカデミ〉じゃなくノーマルな〈アカデミック・ファンタジア〉にも同様のシーンがあるのかもしれないし。

 そんな期待も込めて聞いてみたが――――


「わかりません。こんなシーンは〈アカデミック・ファンタジア〉の予定にありませんし、そもそもシームレスでこんな派手な演出は……不可能です」


 今回ばっかりは三点リーダーの使用も納得だ。


 派手な爆発だったけど、驚くべきはそればかりじゃない。

 焦げた壁や剥き出しになった室内、更には地面に落下して破片と化した散らばっているレンガらしき建築材料まで、恐ろしく細やかに描写されている。


 しかも、その一連の流れが全てシームレス。

 アニメだって、場面転換一切なしでここまで綿密には描かないだろう。

 

「行ってみませんか? 気になります」


「了解。ただ、もし敵がいたら戦わずに逃げること。いいな?」


「わかりました。この世界ではあなたが先輩ですから、あなたに従います」


 先輩と呼ばれてしまった……って、感動してる場合じゃないな。 

 兎に角、爆発のあった文化棟の中へ入ろう。


 同じソル・イドゥリマという施設であっても、先日入った魔法棟と文化棟とでは、内装がかなり違う。

 魔法棟は如何にも魔法を研究してる施設って感じのデザインで、六芒星や自然をモチーフにした文様が随所に散りばめられていたのに対し、戦闘で使用する物以外を開発する文化棟は学校のような親しみ易くシンプルな内容になっている。


 これは本来の〈アカデミック・ファンタジア〉と同じで、デザインも基本変わらない。

 ただし、魔法棟同様に写実的な要素は消え、よりアニメに近い、でも凄まじく書き込まれた背景になっている。

 前を走る終夜も、感動と驚きを同時に覚えている事だろう。


 そんな芸術性さえ漂う廊下を抜け、階段を昇り、三階へ辿り着くと――――


「これは、煙?」 


 驚いた事に、その廊下は黒煙で満たされていた。

 思わず自分の口を覆ってしまいそうになるほど、煙の描写も鮮やか。

 火事の現場に到着した消防士の気分だ。


「取り敢えず右へ行ってみましょう」


 そう終夜に指示し、直ぐさま移動。

 各部屋の位置すらわからない為、壁伝いで前へ進む。


 こういう場合、普通のゲームだったらマップ上に目的地を示す何らかのマークが表示されるんだけど、マップを開いても特別な表示は何もない。

 俺は何故か、その事にちょっとしさ嬉しさを覚えていた。


 紛れもなくこれはゲームだ。

 画面を通して見つめる世界に、現実感はない。

 でも、今の状況はゲームである事を忘れるくらいの緊迫感に溢れていて、例え親切であろうとゲーム的なナビゲーションは邪魔に思えた。


 かつてない程の没入感。

 すっかりゲームの中の住人と化した俺の視界に、煙の出所である部屋の入り口が映る。

 ボロボロの扉が廊下側に吹き飛んでいた為、視界が悪くても直ぐにわかった。


「この部屋だ。まず俺から入る。慎重に行こう」


 一旦入り口の傍で立ち止まり、終夜にそう語りかける。

 それに対する返答はなかった――――が、煙で見辛いリズの頭が一瞬動いた気がした。

 この状況でモーション使用とか……もしかして終夜、天然なのか?


 いや、彼女も彼女でこの緊迫感を楽しんでいるのかもしれない。

 シチュエーション的に、中に誰かいるかもしれないと考え言葉を発さずに頷くのは、正しいっちゃ正しいからな。


 さて……待ち構えているのは、一体どんな運命なのか。

 俺は意を決し、黒煙が立ちこめる室内へと飛び込んだ――――


「な……!」


 視認の刹那、俺はというと、思わず言葉にならない呻き声と共に固まってしまった。


 爆心地にいたのは――――幼女だった。


 まあ、幼女とは言っても二足歩行を始めたばかりのガチ幼女じゃなく、どちらかと言えば少女寄り。

 栗色の髪を右サイドのみで束ねた小さめの横ポニーが特徴的な後ろ姿だ。


 装備品は隣の呪いっ娘とは違い、至って普通。

 若草色の上着は丈が長めな事以外は特に際立った特徴はなく、下は黒のレギンスで比較的タイトにまとめている。

 髪留めが異様なデザインだったり、奇妙なリュックを背負っていたりはしていない。


 けれど一点、燃えさかる火炎を目の前に呆然と立ち尽くしているシチュエーションは特異と言わざるを得ない。

 これはゲームだとわかっていても、その身長120cm程度と思われる小さな身体を強引に抱えて逃げ出したくなる。


 普通に考えれば、彼女はNPCだ。

 イベントシーンに他ユーザーが操るPCが出る訳ないんだから。

 でも、魔法棟でもそうだったように、本来NPCに表示される筈の黄色い『!』マークは彼女の頭上にも見えない。


 取り敢えず、話しかけてみよう――――そう思い幼女へ近付いたところで、異変に気付いた。

 会話が……出来ない。

 NPCなら、近付けばボタン一つで会話出来る筈だ。


〈アカデミック・ファンタジア〉には、会話が出来ないNPCもいる。

 けどモブならまだしも、こんな明らかに重要なシーンにおいてその当事者と会話出来ないゲームなんてあってたまるか!


 つまり、この幼女は……NPCじゃなく――――


「あの、すいません。ちょっといいですか?」


 プレイヤーキャラクター。

 そう判断し、Aチャットで会話を試みる。

 初対面の他PCと会話を出来る唯一のチャットだ。


 それに対する反応は――――無、だった。


 とはいえ、この反応をもってPCじゃなくNPCだとは言えない。 

 実生活だったら『うわあ!』とか奇声を発するような驚きの場面でも、オンラインゲームだとボイスチャットでもない限りこういうリアクションになるしな。


 例えばゲーム外で知り合いのユーザー同士が初めてゲーム内で会った時なんかも、どう接して良いかイマイチわからず挨拶すらせず沈黙したまま暫く同画面上でウロウロし合う事がままあるらしい。

 現実世界との確かな隔たりを感じるエピソードだ。


「あ」


 ……などと考えている間に、妙な一語がチャットウインドウに現れた。

 名前表示をOFFにしていても、コネクト登録している相手の発言には名前が表示される為、もし終夜が発した言葉だったら『リズ:あ』となる。

 けれど、『あ』の前に表示は何もなかった。 


「リズ:NPCじゃない……?」


 そうそう、こうなる。

 仮に名前の表示がなくても、この三点リーダーの使い方で彼女だと直ぐわかるんだけど……って、今はそれどころじゃない!

 発言者の名前以前に、NPCがこんな反応する筈がない。

 って事は、だ。


「あなたはプレイヤーですか?」


 どうやら、驚いたのはこっちばかりじゃないらしい。

 そう問おうとした矢先、幼女の方がそう問いかけて来た。

 さっきの『あ』は、どうやらこの言葉を打とうとして誤って送信してしまったみたいだ。


 何にせよ、彼女はPCで確定だ。

 あれこれ考えるより、会話を試みよう。


「はい。そちらも?」


「そうです。驚きました」


「驚いたのはこっちですって。いきなり爆発があって。そうだ、さっきの爆発は何だったんですか?」


 矢継ぎ早になってしまったけど、この際仕方ない。

〈裏アカデミ〉で始めて出会った他ユーザーだ。

 しかもあんな爆発シーンの当事者で、その上ロリ。

 これで興奮……もとい、冷静さを欠くなと言う方が無理だ。


「もしかして、この世界に来たばかりの方ですね?」


 質問に質問で返されてしまった。

 とは言え、この際会話の主導権は彼女で良い。

 受け身になる覚悟で――――


「えええええええええええええ何これあたしなんで幼女なの」


 返事しようとした瞬間、そんな取り乱した文章がチャットウインドウ上を駆け巡った。


 どういう事だ?

 自分が幼女だと今の今まで気付かなかった――――なんてあり得ないよな。

 まさか、さっきの爆発で幼女化した……のか?


「あの」


 ようやく頭の中が整理出来たのか、終夜が会話に混ざってきた。


「事情をお聞かせ願」

「こっわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 ……前言撤回。

 チャットでも取り乱すと無言以外のリアクションになる事があるらしい。

 俺はリズの呪い装備一式に畏怖し発狂する幼女の姿に、オンラインゲームの新たな知識を学んだ。

  

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