2-9
終夜京四郎――――株式会社ワルキューレの代表取締役社長。
そんな人と同意見なのは光栄だ。
「オフラインゲームは終わっていない。運営状況に左右されず、最初から最後まで作り手が責任をもって完パケで送り出すゲームには、ユーザーの想像を超えたカタルシスを提供できる。最高の結末を迎えられるのは、オフラインゲームの特権だって」
意外……かというとそうでもない。
ワルキューレというゲーム会社の歴史を見ても、その社長の信念はちゃんと表れている。
ワルキューレという会社の歴史は長く、創立年度は1992年。
今から27年前だ。
設立当初は株式会社オーディンという名称で、主に他会社の企画したゲームを開発するデベロッパーとして活動していた。
企画、販売を行うパブリッシャーとして初の家庭用ゲーム〈パズルラビリンス〉発売を発売したのは1996年。
パズルとRPGの融合を目指したが、結果失敗に終わり、評判は良くなかったみたいだ。
その後もコスプレ戦隊RPG〈変身☆キューティーフリー〉やバカゲーRPG〈ゴチ×ゴク ~無銭飲食を許すな!~〉とRPGへのこだわりを見せるも、悉く不発。
想像するに、かなり厳しい状況だったと思うけども、創立からちょうど10年となる2002年、ワルキューレは転機を迎える。
リアルタイムでゲーム内時間が進行し、総勢200人以上の名前のあるキャラクター常に街中を闊歩し自身の生活を営んでいる、MMOを思わせるゲームデザインのRPG〈ソーシャル・ユーフォリア〉を発売。
大ヒットこそしなかったけど、一部のユーザーから高評価を得て、『知る人ぞ知る名作』と言われるようになった。
その翌年、早くも〈ソーシャル・ユーフォリア2〉を発売。
開発期間の短さもあって、前作から大幅にスケールアップとはいかなかったけど、シナリオはより深く、キャラはより多彩になり、ワルキューレの評価はより上がった。
一方で、ちょうどその頃に日本ではMMOというジャンルが広まり始めていた。
国民的RPG〈ロード・ロード〉シリーズと並ぶ人気を誇った超大作RPGシリーズ〈アルティメイタム・デイ〉のナンバリングタイトルがMMORPGとしてリリースされたり、海外の人気MMORPGが日本で喧伝されたりして、新時代の幕開けって様相だったらしい。
だから、〈ソーシャル・ユーフォリア〉もいっそMMORPGとして発売して欲しいという要望は多くのユーザーが持っていた……とは親父の弁。
当時0歳の俺はその風潮を直に体験した訳じゃないが、実際インターネット上にはその証言を裏付ける記述が幾つか見受けられた。
〈ソーシャル・ユーフォリア〉はMMOじゃないけど、『MMOってこんな感じのゲームなんだ』と日本のゲームファンに印象付けたタイトルであり、MMO待望論の噴出は当然の流れだったんだろう。
けれども、このタイトルが実際にオンラインゲームとして発売されたのは、その11年後となる2014年。
この11年間は、ずっと家庭用ゲームの開発・販売にこだわり続けて来た――――が、残念ながら結果は伴わなかった。
2014年、オーディンは会社名をワルキューレに変更し、主力となる開発ブランドにオンラインゲームの専門スタッフを多数配属。
以降はMMORPGの開発が主な事業内容となっている。
終夜京四郎については、終夜からその名前を聞いた日にネットで調べてみた。
オーディン創立期からのオリジナルメンバーで、当時はまだ10代だったらしい。
ただ、それ以上の事は殆どわからなかった。
裏方さんだったのか、或いは本名でクレジットされていなかったのか……
「でも、そんな父も時代の流れには勝てませんでした。オーディン……ワルキューレの前身なのですけど、オーディンは事実上解体。そのタイミングで、父は代表取締役社長に就任しました」
普通なら大出世。
だけど、終夜の口ぶりはまるで敗北者に対する物言いだった。
「この話はここまでにしようか。今日の目的は他の事だしさ」
何となくそうするべきだと思い、俺は半ば強制的に会話を打ち切った。
オンラインゲーム vs 家庭用ゲームという図式にウンザリしたから、って訳じゃない。
持論が覆されそうだったからでもない。
終夜が苦しんでいるように思えたからだ。
「すいません! わたし本当に会話が下手でダメダメあんです。これから協力してもらう肩になんて良い草を」
けれど俺の真意は彼女には伝わらず、逆にイラッとしていると解釈されたらしい。
誤字を連発するほど動揺している。
畜生、『ダメダメあんです』ってなんかちょっと可愛いじゃねーかよ。
ま、それは兎も角――――
「会話が下手なのは俺も同じだよ。こっちこそ誤解させちゃってごめん。怒ってる訳じゃないんだ」
もう少し配慮して、柔らかく話題を移行させるべきだった。
この手の気遣いはどうにも苦手だ。
「ただし、俺は家庭用ゲーム派。そこは一歩も譲らないよ」
だから、この後に続けた発言も、俺としては爽やかに終わる感じを演出してみたつもりなんだけど、正確に伝わる自信はない。
ま、譲れないのは本当だから良いんだけどね。
「わかりました。友達以上の関係であっても、お互い違う信条を持つのは普通のことですよね」
友達以上……?
あ、そういや"友達以上恋人未満"なんだったな、俺ら。
でもこれって、どう考えても俺の気を引く為に言ってみただけのフレーズだよな。
他に幾らでも男が興味を抱くフレーズはあったと思うんだけど……なんか微妙にズレてるよな、この子。
っていうか、今後もその友達以上とかいう訳のわからない関係性を継続するつもりなんだろうか?
「チャットを抜けますね」
「あ、はい。どうぞ」
当初は1時間も間を持たせるのは大変だと思っていたけど、最終的には謎を残したまま終了となってしまった。
俺との関係だけじゃなく、父親との関係も気になるところだけど……今は〈裏アカデミ〉の事に集中しよう。
Cチャットを閉じ、画面全体が一瞬切り替わる。
それにしても……フィーナといい終夜といい、言葉のチョイスがオンラインゲームでのチャットらしくないよな。
というか、〈アカデミック・ファンタジア〉で関わったプレイヤーはみんなそうだ。
他のゲームだと、もっと短文でのやり取りが殆どだったし、顔文字や「w」の使用頻度が高くスラング的な言い回しが多かった気がする。
その辺、やっぱりゲームごとに特色があるというか、集まるユーザーの年齢層とかでも違いが出るんだろな。
……実は他ユーザーの殆どが20代や30代だったらどうしよう。
「すごいなにこれ」
そうそう、こんな感じの文章が多かった。
けれど、Aチャット機能によりウインドウに表示されたその終夜の発言は、標準的なオンラインゲームのチャットに合わせたものである筈もなく――――驚愕という感情の現れだった。
切り替わった画面上では、1時間前とは全く異なる研究都市スクレイユの街並みが広がっている。
これで二度目だけど……やっぱり圧倒されちまうな。
同じ趣味の友達が周囲にいないのか、妹の来未が結構頻繁にアニメ映画の鑑賞に付き合ってくれと頼みに来る為、近年のアニメの作画レベルについてはそれなりに実感している。
今広がるこの光景は、その劇場版アニメのレベルを――――越えている。
美術背景に4~50人くらい投入した超大作映画より更にきめ細かく、濃淡も鮮やかに描かれている。
冗談抜きで、景色だけで金取れるくらいの凄さだ。
案の定、終夜も暫く押し黙ったまま。
圧倒されてるんだろう。
同時に、自分の関わったゲームがこんな恐ろしい変貌を遂げた事に恐怖しているかもしれない。
「ビックリしたでしょ? 俺も――――」
ってうわああああああああああああああああああああああ!?
うっわあああああああああああああああああああああああああああああ!
「はい。これは……とてつもないです」
とてつもないのはお前の格好だ!
呪いの武具で固めていた終夜のPCリズの姿を視認した瞬間に俺は、窓ガラスをぶち破って突然犬が飛び込んで来た時のようなパニック状態に陥ってしまった。
本来の〈アカデミック・ファンタジア〉でも十分な迫力があった漆黒の全身鎧は、全体的に湿気を帯び、メタリックな感じじゃなく若干ゲル状になっている。
加えて、肩部の牙だか角だかわからない突起物は炎を模した剣『フランベルジュ』のように波打ったフォルムになっていて、不気味さが大幅アップ。
ベルトのバックルの所にある悪魔の顔は、通常敵のサタン系悪魔のデザインって感じだったのに、今はベヒーモスとベリアルと腐乱ゾンビを足して食虫植物で割ったような外見になってる。
極めつけは、髪飾りの目玉。
本物の毛細血管かと思うくらい精巧に血走った目玉が、ぬめり気を多分に帯びてこっちを見ている。
「終夜さん、取り敢えず装備品外そうか。怖い」
「え? それは無理です。全部呪いの装備なので教会でお金払わないと。でも、そんなに怖いですか?」
その書き込みの後、1分ほど沈黙が続いた。
どうやら景色ばかりに気を取られ、自分の姿が目に入っていなかったらしく、確認直後にショックで固まったらしい。
自分が身につけている分、うっかりグロ画像見ちゃうよりキツそうだ。
「大丈夫?」
「すいません。わたし、呪いを甘く見ていました。こんな事になるなんて……」
「っていうか、その呪いの装備って何か深い意味があっての事なの? 前に好きだって話はしてたけど」
今となっては、初対面時の言葉は殆ど鵜呑みに出来ない。
そして案の定、ウインドウに表示された彼女の言葉は、趣味嗜好とは違う理由だった。
「昔からの習慣なんです。こういうのを身につけてれば、みんな不気味がって不意に声を掛けられる事もないのかな、と」
ソロ活動の為の自己防衛策か。
まあ、特に女性の場合はそういうのも必要だよな。
「さて、それじゃ雑談はこの辺にして、行動に移ろう。これからフィーナを探すんだよね?」
「あ、はい。でも少しだけ、この辺をうろろーってしてもいいですか? ちょっと見て回りたくて」
「それはいいけど、フィールドには出ない方がいいよ。化物がいるから」
今のリズの姿も十分に化物だけどね、と心の中だけで付け加えつつ、俺は以前フィーナと来た時の事を終夜に話した。
特に、ただの雑魚ウナギがレイドボス級、例えるならミドガルズオルムのような怪物と化したのは入念に伝えておかないと、また瞬殺されかねない。
「そんなことが……なら、まずは街中だけをうろろーってしましょうか」
「それが良いと思う」
うろろーってするというのは多分ウロウロするって意味なんだろう。
他人の独特な表現にいちいち指摘入れるのは粗探しボーイっぽくて嫌だから、取り敢えず聞き流しておく事にした。
「ソル・イドゥリマにはNPCしかいなかったという話ですけど、まずはそこに行きませんか? 拠点ですから、もしかしたらそこであなたを待っている可能性もありますし」
「了解」
そう答えつつも、俺はその可能性はゼロだと確信していた。
フィーナというあのPCが果たして何者なのか――――正直なところ、見当も付かない。
わかっているのは、ウチの店の常連さんって事くらいだ。
プレノートに関する彼女の褒め言葉は、相当通い詰めていないと出てこないような内容だったから。
ただ、ここへ誘い込んだのは俺だけじゃないという事は、終夜の証言から判明している。
差し詰め、〈裏アカデミ〉への案内役ってとこか。
もしそうなら、ここに来る為の手段を俺達以外のPCが数名ほど知っている事になるな。
何故、こんな世界が生まれ、そして存在しているのか。
何故、フィーナは他のPCをここへ誘い込んでいるのか。
連れ込むPCの選定はランダムなのか、何か基準があるのか。
連れ込んだ後に連絡が途絶えたのは、故意なのか、それとも何か理由があるのか――――
「あれがソル・イドゥリマですよね? すごい……」
そんな事を考えながら移動していたら、いつの間にか目的地に到着していた。
スタッフの一員である終夜でも、やっぱりあの圧倒的美麗グラフィックには感動するものらしい。
拠点であり、このゲームの象徴的な建築物であるソル・イドゥリマは、ビッグ・ベンでおなじみのロンドンにあるウェストミンスター宮殿と似たデザインなんだけど、この〈裏アカデミ〉におけるグラフィックはその宮殿を10年くらい掛けて綿密に描いたんじゃないかというくらい、細部まで美しく表現されている。
けれど決して写実的じゃない。
いつだったか、アポロンが言っていた『ファンタジックなリアルさ』ってのは、こういう事かもしれない。
「え?」
刹那。
そのソル・イドゥリマが――――爆発した。
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