2-8
「昨日はすいませんでした。ちゃんとしたおもてなしもできなくて」
終夜の反応や対応に感動すら覚えていた俺にとって、彼女の謙虚な言葉は胸に来るものがあった。
同時に、終始声が震えていた昨日の様子を思い出し、居たたまれない気持ちになる。
「とんでもない。こっちこそ、不躾な上に無愛想で申し訳ありませんでした。女子の部屋にあがるなんて始めてだから、緊張しちゃって」
「そうだったんですか? それを聞いて安心しました」
まあ、あんな要求してくるような男、普通は『やり慣れてる』って思うよな……
当たり前の話だけど、女子がほぼ見知らぬ男を部屋に招くというのは、俺ら男には想像も出来ないような恐怖との戦いだったんだろう。
軽率な行動と言われても仕方のない、危うい賭け。
でも結果的に彼女はその賭けに勝ち、道を切り開いた。
「わたし、昔から人付き合いに疎くて。他人とどれくらいの距離感で接して良いのかもわからないんです」
「でも、オンラインゲームの開発に関わってるって事は、以前から他のゲームもプレイしてたんだよね? 他のプレイヤーと交流はなかったの?」
俺みたいに、昔ながらの『対人』じゃなく『対CPU』のゲームばかりプレイしていた人間なら、人間関係が希薄になるのは何となくわかる。
でも、オンラインだったら人との繋がりは必要なんじゃ……?
「パーティを組む相手はNPCって決めてるんです」
いや、そんな『心に決めた人がいるんです』みたいに言われても。
要はソロ専門って事か。
「気を悪くしないで欲しいんだけど、それってオンラインにこだわる意味あるの? オフラインで良くない?」
「オフラインのゲームは死にました。くたばったゲームに興味はありません」
……お、おおう。
急にどうした?
リアルで会った時もゲーム内でも、常に謙虚でどっちかってーとオドオドしていた印象の終夜が突然のメタモルフォーゼを!
こんな獰猛な発言をする奴だったとは……
「そんな事はないと思うよ? そりゃ確かに新作が当たる事は滅多になくなったし、人気シリーズの多くがスマホアプリ送りになってたりするけど、オフラインだけで頑張ってるメーカーやタイトルもあるじゃんか」
「あります。でも、時間の問題です。ゲームはもうオンラインの時代なんです。いや、ゲームとはオンラインなんです」
やけに断定的だ……
とても昨日のあの震えた声で話す少女と同一人物とは思えない。
これがネット弁慶、いやネトゲ弁慶って奴か。
俺を部屋にあげた事といい、意外と大胆な性格なのかもしれない。
いや待て、感心してどうする。
オフライン完全否定って事はだ、俺のこよなく愛する家庭用ゲームもほぼ完全否定って事じゃないか。
それを素直に認める訳にはいかないぞ。
「終夜さん。俺は貴女に協力すると決めたから、貴女に嘘はつきたくない。細かい嘘やパーソナリティについてならともかく、信念を曲げるような嘘を仲間につきたくはないんだ」
「はい」
「だからはっきり言うけど、俺は今のところオンラインゲームより家庭用ゲームの方が圧倒的に好きだ。だから貴女には賛同出来ない」
事実上の宣戦布告。
さて……ここからが本番だ。
勿論、彼女を言い負かすのが目的じゃないし、まして『論破』なんていうこの世で最も嫌いな言葉の一つを目指すつもりはない。
でも、自己主張は大事だ。
俺はオフラインのゲームの方が好きだし、勝っているとも思う。
プレイ人口でも市場規模でも負けているだろうけど、それでも尚、だ。
「俺はゲームの事を"日常の中で気楽に遊べる娯楽"であり、それ以上のものじゃないと思ってる。娯楽である以上は楽しめるかどうかが重要なんだけど、オンラインにはどうしても限度があると思うんだ」
例えば、基本プレイ無料のオンラインゲームには、課金という形で何十万、何百万という多額のお金を使わせる客を作らないといけない――――そんなビジネスモデルが根幹にある。
それはゲームファン若しくはゲームに関心がある人に向けたゲーム作りじゃなく、『ゲームに興味があり、かつ物事に異様に執着する人』に向けたゲーム作りになってしまう恐れがある。
身もフタもない言い方をすれば、『身銭を削りに削ってガチャを回してレアものを入手する事に執着する人』向けのゲームだ。
それだと、どうしてもゲームとしての面白さ、娯楽としての楽しさより、作業の簡易化やカード・アイテムの充実にばかり注力する事になる。
シナリオも、受け皿を広くする為に誰でも理解出来るような簡単なモノの方が好ましくなる。
お金さえ積めば競争に勝てる、というゲームも少なくない。
完成度の高いゲームが一つ二つあったとしても、娯楽としての全体の質は――――落ちると俺は思う。
当然、違う見方もあるだろう。
次は向こうの番だ。
終夜の主張は、果たして俺の信念を脅かすものなのか。
俺は別に自分を倒してくれる奴を何千年も探し続けている不老不死のラスボスじゃないから、脅かされるのは嫌だ。
とはいえ、これから未知の世界で共に行動する相手に、ゲームに対する強い信念があるのなら、それは聞いておかなくちゃならない。
彼女のゲームへの想いは、どれくらいなのかを――――
「今後、オフラインのゲームに進化の可能性はないとわたしは考えます」
表情が見えないチャットでのやり取りから、それを酌むのは難しいかもしれないと思っていた。
でも、彼女の紡ぐ言葉には、不思議な力があるように見えた。
「理由は市場の低迷です。市場が縮小した分野には人材が集まりません。人材が不足すれば、自然と質は落ちます。オフラインゲームは作り手の世界が全て。開発スタッフの持つ技術とセンスを、持ち得る全てをゲームファンの皆さんにぶつけて、ゲームと人とを繋ぐものですから」
表示される文字に淀みがない。
考えて考えて、熟考してから書く――――という事がない。
既に持っている、常に持っている考えをそのままぶつけてきている。
「オンラインは違います。ゲームと人とを繋ぐのじゃなく、ゲームで人と人を繋ぐ。インターネットと"文字交流"が生活の中心になった今、それは必須項目なんです」
だからこそ、その主張内容もまたダイレクトに伝わってきた。
「娯楽だからこそ、生活に密着していないとダメなんです。今、この時代、オフラインゲームでは生活に密着できないんです。あなたの言う気楽に遊べる娯楽ではないんです」
終夜の主張は、正直なところ俺には余りピンと来ない内容だった。
物心ついた時から、俺の家にはゲームがあった。
多くのゲームソフトがあった。
俺にとって、オフラインの家庭用ゲームは『気楽に遊べる娯楽』だったんだ。
でも、それは一般的な環境とはかけ離れている。
終夜の言うように、普通の人にとって『まず数千円のお金を払ってからゲームを遊ぶ』というのは、例えば遊園地やアイドルのコンサートに行くような特別感のある娯楽なのかもしれない。
〈アカデミック・ファンタジア〉もそうであるように、今の時代の主流であるスマホアプリやオンラインゲームの多くは基本プレイ無料なんだから。
無料で遊べて、自分がのめり込めると感じたなら課金する。
それが、正しいゲームの在り方だとしたら……
「棲み分けは出来ません。家庭用ゲームとアーケードゲームのような共存は出来ません。オンラインは、オフラインの要素をほぼ内包しているからです。オフラインで出来る事は、オンラインでも出来ますから」
彼女の言っている事は、間違っていない。
ACTも、SLGも、RPGも、STGも、その他どんなジャンルのゲームでも、オフラインにしか出来ない事はない。
だから終夜はこう言いたいんだろう。
オフラインゲームの上位互換、正当進化がオンラインゲーム――――だと。
アーケードゲームは、個人で購入するのは無理な大規模かつ高性能な筐体を用いる事で、体感要素の強いゲームを生み出している。
アクション・シューティング・リズム系のゲームとの相性は最高だ。
終夜の言うように、棲み分けが可能なのも頷ける。
でも、家庭用のオフラインゲームにはその強みはない。
「オフラインゲームの強みは、まだオンラインゲームが成熟していない頃に一時代を築いて、大きな市場を切り開いた事です。多くの優秀な人材が生まれました。でも、そういう人達の殆どが今はオンラインゲームに関わっています。これからオフラインのゲームが盛り上がる要素はないんです。例え……」
ゲームスタッフらしい理論。
終夜の言葉には、開発側の視点だからこそのリアリズムを常に帯びていた。
「ゲームの質が落ちたとしても」
――――けれど、その一言は違っていた。
その一点は俺のオンラインゲームへの懸念や不満と一致しているようにも感じたし、それまでの主張とは違う感情論のようにも思えた。
「本当にそうなのか?」
とはいえ、だ。
とはいえ、終夜の言う『オフラインゲームに未来はない』という意見には到底、賛同出来ない。
俺は家庭用ゲームの歴史をリアルタイムで体感し続けて来た訳じゃないけど、過去に発売されたゲームを通して疑似体験してきた。
終夜がオンラインゲームを評した『人と人を繋ぐゲーム』は、寧ろ家庭用ゲームの事だ。
一つのビッグタイトルが、人気シリーズが、話題の新作が、ゲームで遊ぶ人達を繋いでいた。
ゲーム内じゃなく、ゲームそのもので繋いでいたんだ。
「オフラインゲームの強みは、もう一つあるんじゃないか?」
「それは何でしょうか」
「終わる事。ゲームクリアが目的である事だよ」
言い換えれば"達成感"だ。
オンラインゲームにも、あらかじめエンディングを定めて開発されているゲームは存在する。
でもそれは稀。
それ自体、要するに『このオンラインゲームにはエンディングがある!』という事それ自体がトピックになるくらいにレアだ。
普通のオンラインゲームは、出来るだけ長く維持するのを目的に運営される。
その都度クエストやイベントを用意し、それをクリアさせる事で達成感を持たせようとはするものの、それは所詮ゲーム内における一区切り。
次の用意を常に頭に描きながらのクリアじゃ、達成感はタカが知れている。
でもオフラインのゲームは、自分でその"物語"を終わらせる事が出来る。
そう。
"物語"――――それこそが、オフラインゲームの強みだ。
「終わる事、到達出来る事、用意されている伏線が回収される事、結末を見届けられる事……その"保証"があるってのは、強みなんじゃないか?」
自分自身でケリを付けられる。
それが出来るのと出来ないのとでは雲泥の差だ。
「オンラインゲームだって、エンディングはあります」
「でもその大半は敗北だ。違う?」
俺のその言葉に対する返答は――――なかった。
最初からゴールを決めている僅かなタイトルを除けば、オンラインゲームのエンディング=不人気による撤退。
どれだけハッピーに締め括っても、結局は打ち切りエンドだ。
圧倒的ユーザー数を誇る大人気ゲームは『終わらない』。
長期的な人気を獲得出来ず運営の続行が不可能になったゲームは『バッドエンド』。
「心の底から満足してクリア出来るゲームが、オンラインゲームの中に一体幾つある?」
そう問いかけた刹那。
俺の部屋にスマホのブザー音が鳴り響いた。
着信音じゃない。
一時間経過したら鳴るようにセットしておいた、タイマー代わりの音だ。
「一時間経ったみたいだ。チャットから抜けよう」
議論はあくまで時間潰しであって、俺達の本来の目的は〈裏アカデミ〉への侵入だ。
取り敢えずこの討論は置いておこう――――
「父も」
そう書こうとした矢先、久々に表示された終夜の言葉に、俺は微かな驚きを覚えた。
「父も、同じ事を言っていました」
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