2-5

「引いてますよね。こんな事、初対面の方に頼むなんて」


 反応に困っているのは流石に伝わったらしく、リズが恐る恐る様子を窺ってきた。


 ええ、引いてるというかドン引きです。

 何故そんなトチ狂った発言を?


 ……と言ってしまいたい本心をグッと堪えて、俺は彼女の意図を模索する事に神経を集中させた。


 理由を聞くのは簡単だ。

 寧ろこの流れで『どうしてそんな関係を希望するんですか?』と聞かない方がどうかしている。

 アポロンみたいな奴なら『来たぞ! 来たぞ!』と即食いつくだろうけど、俺も、そして世の平均的日本男児もそこまでアグレッシブじゃない。


 ただ、聞いたところで果たして本当の事を話すだろうか?

 いや勿論聞いてはみるつもりだけど、それを鵜呑みにしないように気をつけないといけない。


 というのも――――新手の詐欺かもしれないからだ。


 オンラインゲームの経験は浅い俺だけど、ゲーム内で起こるトラブルに関しては、事前に一通り調べている。

 その中の一つ、それも深刻な問題として、詐欺行為に関する警告が数多くなされていた。


 詐欺というとネカマが一番多そうだけど、それより遥かに厄介なのは『初心者狩り』だ。

 ゲームの事を良くわかっていない初心者ユーザーを対象に、様々な方法で接触を試み、金をむせび取る輩がいるらしい。

 色仕掛けもその手法の一つ。

 特に『美人局』的な行為には注意が必要だ。


 如何にも純朴そうな女性を偽り、男性プレイヤーをその気にさせ、微妙に卑猥な要素を含んだ薄エロトークをゲーム内で行う。

 その後、リアルでも会いたいと言い、待ち合わせする。

 胸を躍らせて待ち合わせ場所へノコノコ赴いた男性プレイヤーが次の瞬間エンカウントするのは――――それはもう、コワイコワイお兄さんだ。


 お兄さんはゲーム内の会話ログを証拠に『人の女誑かしやがって。ワンシズしたろかコラ』と凄む。

 ワンシズってのはどこかの湾にドラム缶ごと沈められるという伝説のアレのことだ。

 で、金を脅し取られる。


 ……想像するだけでも恐ろしい。

 オンラインゲームには、この手の恐怖がどうしてもついて回る。

 ここが家庭用ゲームとは決定的に違うところだ。


 これ以上、この怪しげな人物に深入りするべきじゃない。

 そう結論付けた俺の脳は、この話を断る方法を模索するモードへと移行した。


「わかりました。友達以上恋人未満、謹んで引き受けさせて頂きます」


 勿論、脳の言語野や神経がイカれた訳じゃない。

 依然として断る方向のまま話を進めている。


「本当ですか!? 自分で頼んでおいてこういうのは変ですけど、本当にいいんですか!?」


「はい。ただし、条件があります」


 ここで『うん、引いた。そんなの無理。断る』と答えるのは簡単だ。

 でもここはオンラインゲームの世界。

 もし彼女が、あっさり断られた事を根に持って、その腹いせに俺の悪評を他ユーザーに振りまくなどの蛮行に及んだらどうする?

 そして、根も葉もない噂によって運営から強制退場を食らったら?


 考え過ぎかもしれない。

 オンラインゲーム初心者ならではの誇大妄想かもしれない。

 でも、こういう些細な人間関係のほつれをきっかけに日常が崩壊する事があり得るのは、オンラインゲームでもリアルでも同じだ。


 断るなら穏便に――――そして後腐れなく確実に。

 

 俺にはまだこのゲームでやる事がある。

 近い時期に止めるつもりではいるけど、それはあの〈裏アカデミ〉の真相を暴いてからだ。

 今はリスクを背負うべき時じゃない。


「貴女の家に招待して貰えませんか?」


 その為の防衛策が、この無理難題だ。


 今俺と会話をしている、リズと名乗るこのキャラクターを操作している人物が、実物でも"貴女"かどうか――――それはこの際どうでもいい。

 例え男だろうと、いきなり家に会いに来られるのは絶対に嫌だろう。

 ましてネカマだとしたら尚更だ。


「お互いに信頼関係がない状態で親しくするのは、俺には無理です。最低でも、実際に会って話が出来ないと。だから、それが条件です」


 よって当然、これは断られる為の条件提示。

 向こうがドン引きして断るように持っていけば、逆恨みされる心配はないだろう。

 初対面の女性アバターに『家に呼べ』なんて言えば、普通は事案レベルの暴言だろうけど、先に突拍子もない要求をされた以上問題はない。


 さあ、早く気味悪がれ。

 そして立ち去るが良い!


「……わかりました。仰る事はもっともです。近日中に御招待致します」


 ゑ?


「正式には御招待後という事になると思いますけど、これでわたし達は友達以上恋人未満同士ですね」


 いや、そんな訳のわからない同士になるつもりは……


「わたし、こういうの初めてです。ドキドキします」


 なかったんだ……けど……


「それでは、恐れながらコネクト登録をお願い出来ますでしょうか。ゲーム内で招待状を送らせて頂きますので」


 ――――それから後の事は、余り覚えていない。


 頭の中が真っ白になってしまった俺は、次の手を瞬時に思い付くような精神状態ではなくなり、相手の言われるがままにコネクト登録を行い、その翌日に本当に届いた招待状を見て、これが現実だと二重の意味で思い知る事になった。


 思い通りに事が運ばない。

 そう、それが現実。


 いや、ゲームだってそうだ。

 重要キャラクターが最終局面まで生き残る保証はないし、課金したからといって未所持のレア物が手に入るとも限らない。

 まして人間関係という現実要素が複雑に入り組んでいるMMOとなれば、寧ろ思い描いたように事が運ぶのが稀なくらいなんだろう。


 そう達観したところで、俺はようやく現実との折り合いを付ける事が出来た。

 すると、視界に収まる光景も次第に輪郭を帯びていく。


 高級低層マンション【ラフォルテ登坂】。


 学校とホテルを組み合わせたような、格式高いようで妙に生活感も滲み出ている五階建ての建築物。

 ……それが、今目の前にそびえ立つ"現実"の象徴だ。


 リズが『シーラ』宛てに送ってきた招待状には、このマンションの住所と部屋番号、来て欲しい日時、そして『交通費は往復ともこちらで負担しますので、タクシーで来て下さい』という旨が記されていた。

 というのも、リズが指定してきた時間帯にはまだ始発が出ていないからだ。


 今日は日曜。

 招待状が送られてきた翌々日だ。


 それは良い。

 問題は時間指定の方だ。

 まさか人生の中で、午前五時に家へ招かれる機会があるとは夢にも思わなかった。


 我が家からラフォルテ登坂までの移動時間をスマホで調べてみると、電車を使って約二時間という答えが出て来た。

 つまり、俺は朝の三時に出かけなくちゃならない。

 バルーンフェスタ見に行くんじゃないんだぞ……


 などと不満はあったものの、それもこれも身から出たサビ。

 会おうと言ったのはこっちなんだから、偉そうに文句言える立場じゃない。

 そして何より、俺の頭の中は既に『リアル・リズ』がどんな人物なのかというトピックに完全支配されていた。


 アバター通り女性なのか、それとも男性なのか。

 学生なのか社会人なのか、家族と同居しているのか一人暮らしなのか。

 廃人なのか、否か。


 実のところ、一つだけ有力視している人物像があったりする。


 ――――お嬢様。


 それが今、俺の中でホットなキーワードだ。

 

 ゲーム内で見せていた世間知らずで浮き世離れした雰囲気。

 交通費全額負担という気前の良さ。

 そして、このラフォルテ登坂の外装から漂う金持ち以外お断りオーラ。


 これらの情報を総合すると、箱入り娘のお嬢様がなんとなくMMORPGを始めてみたけど馴染めず、どうにか仲間を……と思い詰めた結果が、あの『友達以上恋人未満』事件だったのではないか、という推察が成り立つ。


 でも、思い通りにいかない現実を体験したばかりの俺は、この推察もどうせ外れてるんだろう――――などと思いながら、エントランスに入りパネル型のインターホンの前に立った。

 テンキーで部屋番号を押せば良いんだったな。

 そういえば、ここの応答で初めてリズの声を聞けるのか。


 女性か、それとも――――


『どうぞ』


 それとも、の先は不要だった。

 スピーカー越しで、その上かなり震えた声だったから、地声とは恐らく違っていたと思うけど……間違いなく女声だ。

 

 つまり俺はこれから、女性の部屋を訪れる事になる。

 そう思った途端、不安と緊張が首と肩を襲って来た。


 やった、女だ――――もし俺がごく一般的な男性なら、素直にそう思えたんだろう。

 けれど残念ながら、現実の俺はリアル初対面の女性と円滑にコミュニケーションを図る自信が全くない。

 表情を作れないからだ。


 人が他人から受ける印象の多くは、ファーストインプレッションで決定すると言われている。

 初対面時に笑顔を見せないどころか能面オンリーな人物に対し、好印象を抱く奴はいない。

 毎日顔を合わせるクラスメートなら挽回のチャンスはあるけど、そうでない場合は絶望的だ。


 まして異性となると、その印象は更に色濃く、そして根深く心に残る。

 あわよくば今回の訪問を契機に仲良くなって、友達以上恋人未満とかじゃなく恋人関係に――――なんて期待はとても持てない。


 ただ、今回の件は別に嫌われようと気持ち悪がられようと俺にダメージはない。

 それは救いだ。

 寧ろ妙なトラブルに巻き込まれないか、そっちの方が心配のタネだ。


 ――――などと考えている内に、エレベーター経由でリズの部屋の前まで辿り着いた。


 部屋番号303。

 扉のプレートに記されているのは、招待状に示されていた、そしてさっきエントランスで入力した数字で間違いない。

 ここが目的地だ。

 

 夜が明ける前ということもあって、ここまで誰ともすれ違っていない。

 高級マンションの割に内装は質素で、照度も抑えめ。

 今いるこの場所も、入る前はホテルの廊下みたいなのを想像してたけど、実際には病院のそれに近く、若干辛気臭さすら漂っている。


 いよいよご対面というところに来て、俺の緊張はピーク――――を過ぎ、平静に近い精神状態を取り戻していた。

 さっきリズの声が震えていたからかもしれない。

 相手も緊張しているとわかると、多少は気が楽だ。


 俺は意を決し、乾ききった口の中で舌を一周させ、深呼吸し、右手にグッと力を込め、もう一度深呼吸し、そして――――眼前の扉をノックした。

 

「開いています。どうぞ」


 扉越しのその声は、やっぱり震えていた。


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