2-4
表情を作れない俺にとって、オンラインゲームのキャラクターカスタマイズは中々の難題だった。
別に表情というものがわからないって事はないし、家庭用ゲームにだってカスタマイズ機能のあるタイトルは山ほどあるから、抵抗や困惑があった訳じゃない。
けれど、オンラインゲーム、特にMMORPGの場合は取り分け『主人公=自分』という図式が強く在って、自分のPCの顔を作る作業は――――まるで自分の顔を整形手術して無理矢理表情を作ろうとしているような奇妙さに支配されていたように思う。
結局、自分とは似ても似つかない、俺の好きなゲーム〈ロード・ロードV〉の主人公をイメージしつつ、若干アレンジしたデザインにしてみたんだけど、正直なところ上手く作れている自信はない。
そういう、ある種の負い目にも似たものを内在させているからか、他人のPCの外見に対しては少し強めの関心を抱いてしまう。
例えば――――今、目の前にいるPCに対してもそうだ。
俺達のラボ【ノクターン】に入りたいと志願してきたそのPCは、少なくとも俺のような一目で他のゲームキャラを模したデザインだとわかるような外見ではなかった。
性別は女性。
顔立ちは幼く、体型は細身で小柄。
くっきりした二重と、ほんの少しだけジト目気味に落ちた瞼は、一癖ありそう――――というよりは眠そうな印象を与えてくる。
また、余り整っていない黒髪のショートボブがその印象を更に強めている。
特にやや長めに伸ばしている両サイドは寝起きかというくらい雑な仕上がり。
前髪は若干目を覆っていて、長い睫毛と絡まっている。
とはいえ、これらの点だけをピックアップすれば、ゲームに限らずアニメやマンガなどに幾らでもいそうな、無個性な外見だ。
けれど彼女(仮)には、一目で彼女だと判別できる大きな特徴があった。
装備品だ。
彼女が身につけている物は、全てが禍々しかった。
まず鎧。
PCの顔や体型は魔法専門の実証実験士〈オプテスター〉、要するに魔法使いのそれっぽいのに、身につけているのは漆黒の全身鎧だ。
肘の辺りや太股には金属部がない為、そこで体型は把握できるけれど、通りすがりで一瞬眺めただけだったら屈強なダークナイトと見間違えていたかもしれない。
しかも肩の辺りには牙のようなものが付いていて、ベルトの位置には悪魔の顔がありやがる。
この鎧の名前は知らないけど、多分サタンメイルとかデビルアーマーとかそういうのだろう。
次に武器。
オプテスターは実験に使用する武器を持つ事が多いけど、それ以外にも愛用の武器も携帯しているのが一般的だ。
彼女が手にしている長槍も、恐らく自分の得物なんだろうと思うけど……常に赤いオーラを発している上に、浴びてはいけない光線を浴びて異形の者になった元シャークが血みどろの天使と蛇を喰らっているようにしか見えないデザインの物。
これで呪われていなかったら逆に不自然だ。
髪留めも酷い。
デフォルメされたドクロとかならまだ可愛げがあるけど、彼女のそれは血走った目玉。
その他の指輪やネックレス等の小物類も、全て不穏な外見をしている。
「はじめまして。シーラと言います」
「はじめまして。リズです」
小動物のようなその名前は、小さな身体の彼女に相応しい響きだ。
それだけに、装備品の主張がより異質に思えてならない。
「早速ですけど、わたしをこのラボに入れてもらえないでしょうか」
「無理です。すいません」
即断だったけど、後悔はない。
というか、このラボルームに招いた事を後悔している。
〈アカデミック・ファンタジア〉では、各ラボに専用のラボルームが用意されている。
ラボの仲間同士が語り合う為の場所で、事実上のチャットルームだ。
室内のグラフィックはちゃんと表示されていて、家具や内装はゲーム内のアイテムを使う事で幾らでも変更可能。
それらのアイテムもソル・イドゥリマ内で研究、開発されている。
「……そんな」
そのラボルームの内装とは全く相容れない格好のリズは本気で落ち込んだのか、わざわざ三点リーダーまで使ってそれを主張してきた。
俺も痛いプレイヤーだという自覚はあるけど、彼女も中々だ。
「やっぱり、こんな格好じゃダメですか?」
「いや、ええと。俺はオンラインゲームに全然詳しくない初心者なもので、正解がよくわからないんですけど、MMORPGってそういう装備で固めてる人もウェルカムカモーンなんですか?」
もしそうなら、懐が深過ぎる。
なんかなし崩し的に面接官みたいな事してるけど、少なくとも俺には彼女を無条件で受け入れるなんて無理だ。
戦闘中に敵に向けた攻撃がこっちに向かってきそうだし、最悪殺されかねない。
呪われた武具を装備してしまって外せなくなった――――という可能性もゼロじゃないけど、現実的とは言えない。
多くの家庭用ゲームでも同じ仕様だけど、〈アカデミック・ファンタジア〉における呪いの解き方は至極単純で、教会に行って少額の金を支払えば良かったはずだ。
ちなみに、このゲームの通貨の単位は『エルサ(ERS)』で、俺の記憶が正しければ200ERS程度の出費で済む。
序盤でも30分と掛からずに稼げる金額だ。
「いえ。呪い専門のわたしみたいなのを受け入れてくれるラボは、今までありませんでした。有名所は大体声をかけてみたんですけど……」
ああ、だからこの【ノクターン】みたいな半壊状態のラボにやって来たのか。
そもそも、現時点でアクティブ状態なプレイヤーが男しかいないラボに、わざわざ女が入って来る時点で妙だとは思ったんだ。
仮に、彼女が一昔前に流行ったオタサーの姫みたいなのを目指してるとしたら、それは非常に困る。
実は中身はオッサン、とかいう笑えないオチの方が、本物の姫狙いの女性より遥かにマシだ。
来未に聞いた事がある。
女子の中には、自分が中心になって周囲の人間関係を崩壊させたり、意のままに操ったりする事に快楽を覚えるタイプが稀にいる――――と。
オタサーの姫なんてまさにその典型だ。
出来ればゲーム内に限らず、人生でも関わり合いになりたくない人種だ。
幸い、リズはそういう理由でラボ加入を懇願しに来た訳じゃなさそうだ。
とはいえ、この〈アカデミック・ファンタジア〉はソロプレイでもメインストーリーを進める上では問題ないから、理由は読み辛い。
他プレイヤーとのパーティプレイでないと受けられないオーダーや手に入らないアイテムはあるから、それが狙いなんだろうか……?
「ラボ加入を希望する理由を聞いても大丈夫ですか?」
本当に面接じみてきたけども、理由も聞かず断るのは流石に気が引ける。
場合によっては、アポロンとソウザにも話を通してから決めた方がいいだろう。
……アポロンは性別・女ってだけで中身が誰だろうと受け入れそうだけど。
「はい。見ての通り、わたしは呪いの武具やアイテムが好きで、その手のオーダーばかり受けて来ました。だから基本、他のプレイヤーさんとは絡まず、ずっとソロでやって来たんですけど――――」
円滑に進んでいた会話が、そこで止まる。
口外するのを躊躇するような理由なんだろうか?
一瞬、本気で姫狙いなのかと疑惑の眼差しを向けそうになった俺の視界は、次の瞬間思わず叫びそうになるほどの焦燥で焦点がブレた。
「一人ではどうしても行けない場所があって、そこへ行かなければならなくなったんです」
……いや、待て。
落ち着け俺。
単にソロプレイでは受けられないオーダーの中に、通常プレイじゃ行けないエリアがあるってだけかもしれないじゃないか。
ここで即、あの〈裏アカデミ〉に結びつけるのは早計だ。
まずは確認してみないと。
「それは、ラボ単位でしか受けられないオーダーで行く場所ですか?」
「いえ。オーダーは関係ありません。この【サ・ベル】とも違う世界だと思います」
サ・ベル――――〈アカデミック・ファンタジア〉の舞台となっている世界の名称だ。
つまり、このゲームの舞台から外れた場所にあるって事になる。
これは……決定的じゃないか?
確かフィーナは、俺と〈裏アカデミ〉へ向かう前に一度、別の人物とあの世界へ訪れたと行っていた。
だとすれば、彼女がその"別の人物"かもしれない。
変貌した世界に怖くなって、直ぐに引き替えしてログインしなくなったと言っていたけど……
「わたしは、どうしてもそこへ行かないといけないんです。お願いします。わたしをラボに入れてください。入れてくれればなんでもします!」
リズは深々と頭を下げるモーションで、最敬礼を示してきた。
何でもする、と言って文字通り何でもする奴なんていないと思うが、こっちとしても彼女(仮)――――要するに中身が男か女かわからない人物――――に何でもされて貰っては困る。
というか、彼女の言葉に関係なく、俺は既に結論を出していた。
「ラボへの加入は他のメンバーの許可が必要です。俺の一存では決められません」
「……そうですか。そうですよね」
「でも、俺でよければ協力します。ここで会ったのも何かの縁ですから」
この出会いは、俺にとって吉兆だ。
彼女がフィーナの知り合いで、〈裏アカデミ〉に行こうとしているのなら、俺の目的とも一致する。
例えそうでなかったとしても、この個性的なプレイヤーとの出会いは、プレノートのネタには最適だ。
家庭用ゲームと違って、プライバシー保護の観点からそのまま描写は出来ないけど、名前や具体的なパーソナリティを伏せれば問題はないだろうし。
「本当ですか!?」
「ただ、俺一人の協力であなたの行きたい場所に行けるかどうか」
「それは大丈夫です。わたし以外のプレイヤーの方が一人必要なんです」
どうやら、俺の推察は的を射ている可能性濃厚だ。
それなら話は早い。
早速フィーナの名前を出して、確認を――――
「シーラさん、わたしの友達以上恋人未満になってくれますか」
確認をしないと可及的速やかに!
「あの、もしかして予測変換で誤った言葉を送信していませんか?」
「いえ。わたし間違ってません。友達以上恋人未満希望です」
結果――――妙に真に迫る答えが返ってきた。
……どうやら間違って送った文章じゃないらしい。
まずいな。
ここに来て純粋な奇人変人の可能性が浮上するとは。
友達以上恋人未満、という表現は親父が口にしたのを聞いたことがある。
普段耳にする言葉じゃないから、親父の創作かと勝手に思ってたけど、どうやら定型句の一種らしい。
要するに、友達よりは親密だけど恋人にはまだなっていない状態……だろう、きっと。
問題は何故そんな微妙な関係を出会って間もない俺に要求するのか、ってところだ。
リズという人物の真意が掴めないまま、俺は――――やっぱりオンラインゲームって面倒臭ぇと本気で辟易しつつ、同時にその魅力を思う存分味わってもいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます