2-3
――――そんなこんなあった翌日。
「さあ、少し遅くなったが今日はパーッとやろうパーッと! こんな時くらいハデにやらないとな!」
この日、我が春秋家はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
ゲームカフェ【LAG】が本日、今年最高の売り上げを記録したからだ。
要因は、昨日から来未が演じているゲームのキャラ『藤田湖子』。
このヤンデレ妹が登場するゲーム〈ハイスクール・テラス〉が、まさかの続編発売&アニメ化という新展開を見せたらしい。
その発表が今日の午前0時に行われたそうで、昨日来未がそのコスプレ接客を始めた事を『事前に情報がリークされていた』と解釈したらしく、数名のゲームファンが押しかけてきた。
勿論そんな筈もなく、単なる偶然だったんだけど、深読みし過ぎて自分に酔った連中がSNSでその誤解を拡散した結果、近隣のゲームファンが大挙して押し寄せるという異常事態に発展。
結果、閉店時間の21時まで客足が途絶える事はなく、俺も来未もフル稼働で手伝う事になった。
当然こんな状況が明日以降続くとも思えないけど、場末のゲームカフェがほんの一時とはいえ活気付いたのは喜ばしい事。
現在22時を回ったばかりの春秋家では、普段より贅沢な夕食メニューでそのお祝い中だ。
ちなみにメインメニューはウナギの蒲焼き。
ウナギだこの野郎。
「にーに、なんで既製品の蒲焼きそんな執拗に炙るの? 墨になるよ?」
「俺はこんがり焼く派なんだよ。生臭いの嫌いだからな」
「でもなんか……怨念籠もってない?」
そんな事はない。
昨日、これに似た化物にオーバーキルで葬られたけれど、ちぃーっとも気にしていない。
あれから――――戦闘不能状態を回復する相手もいなかった為、デスペナルティとして拠点のソル・イドゥリマへと強制送還。
加えて経験値の5%が失われたけれども、低Lvの俺にとっては殆ど傷手とはならなかった。
問題は、俺じゃなくフィーナの方だった。
俺より一足先に戦闘不能になった彼女は、その後音沙汰なくログアウトしてしまった。
戦闘不能になったのは俺同様、一撃で仕留められたからなんだろう。
その理由は身をもって体験したんだけど、その後の音信不通は意味がわからない。
彼女は俺以上に低Lvなんだから、デスペナルティに凹んで切り上げたという解釈は受け入れがたい。
まして、半ば強引にあの〈裏アカデミ〉へと連れ込んだ俺に、何の挨拶もなくいなくなるってのは……どう解釈したもんだか。
とはいえ、俺はあのフィーナの正体を知らない。
もしかしたら、そういう事を平気でする人物かもしれない。
あの短いプレイ時間の中で、その傾向は全く見受けられなかったけども、そうじゃないと断言出来る程の信頼関係もない。
そんなモヤモヤを抱えながら過ごしたこの一日は、正直言って余り気分の良いものじゃなかった。
「どうした深海。近年にないこの盛り上がりに水を差すその仏頂面は。もっと人生楽しめよ。例えば好きなゲームの公式HPで謎のカウントダウンが始まった時のようにワクワクしないと」
「いや、大体想像つくからそんなワクワクしないヤツだろ、それ」
表情を作れない俺に対し、親父は無茶振りをしてきた。
腫れ物にしないでいてくれるのは親父の美点だけども、このイジり方はそれはそれでムカつくな……
「続編とは限らんぞ? パチスロ化のお知らせかもしれないじゃないか」
「高校生がワクワクしていいのかそれは。『これで続編の為の資金確保が出来たぞ!』とか思いたくないんだけど」
「そうよお父さん。カウントダウンなんてロクでもないの。最近じゃソシャゲ化のパターンも多々あるんだから。ファック!」
炊事場にいた母さんが酷い言葉と共に割り込んで来た。
「そんな事より、今日の主役にもっと話を振りなさいよ。ね、来未」
「フッフーン、さっすがお母さん! 気の利かないゲームカスな男共とは違うよね♪」
ウチの女共は口が悪過ぎる……
主に頼りない父親と息子の責任なんだけど。
「さあ、にーに。お父さん。来未を褒め称えなさい。今日こんな御馳走を食べられるのは、来未が湖子ちゃんをチョイスしたからなんだからね。宝くじだって買わないと当たらないんだから」
宝くじ程度の功績具合という自覚があるのは立派だ。
ここはその謙虚さに敬意を表して、今日一日好きにさせておこう。
俺は極限までいい気になっている来未を適当に煽てつつ、消し炭と化したウナギの蒲焼きのなれの果てを胃袋へ流し込み、夕食を終え自室へと戻った。
そして直ぐさま、夕食直前まで行っていた事の続きに着手する。
オンラインゲーム〈アカデミック・ファンタジア〉には、隠された世界がある。
そこは通常プレイで表示されるのとは全く性質が異なるグラフィックになっていて、恐らく敵の強さが格段に上がっている。
そしてプレイヤーの数が極端に少なく、それは作中で特殊な行動を起こさなければ入れないからである。
――――といった類の記述がネット上にないか、昨日から暇さえあれば検索し続けているけど、一向に見つからない。
検索エンジンでのキーワードによる検索は語彙が尽きるまでやってみたし、SNS全般、掲示板とそのまとめサイト、〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイしている人の管理する攻略サイトや感想サイト、そして当然だけど公式サイトも画面を穿つくらいの意識でくまなくチェックした。
隠しサイトがないかソースコードもチェックしてみたし、URLを弄るだけ弄り倒してみた。
けれども、あの不可思議な世界に関する記述は何処にも存在しなかった。
絶望的なほど知名度が低いゲームなら兎も角、〈アカデミック・ファンタジア〉はそれなりに知られたタイトル。
にも拘らず、全く情報がネット上に流れていないとなると、知っている人間は本当にごく限られた数しかいないか、若しくは全部俺の妄想か、のどちらかだろう。
これ以上ややこしいステータスを自分自身に増やしたくないし、出来れば後者ではあって欲しくないところだ。
「……これ以上は時間の無駄だな」
一時間ほど検索を続けてみたところで心中でそう結論を唱え、スマホを仕舞う。
となると、次に試みるべきはフィーナと合流……という訳で既に〈アカデミック・ファンタジア〉を起動してログインしてみたんだけど、奴の方は未だに音信不通のままだ。
向こうはリアルの俺の住処、要するにこのゲームカフェの場所を知っているけど、こっちは知る由もない。
ゲーム内で会えない以上、再会は絶望的だ。
なら次善策として、〈裏アカデミ〉について知っている他の人物がいないかを探しておきたい……ところだけど、これもかなり困難だ。
投稿文章共有サービス【Whisper】で『〈裏アカデミ〉について知ってる人はいませんか?』と呟いて拡散を希望する手もあるけど、ネット上に一切情報が流れていないこの状況では、相手にされないか愉快犯と思われるのがオチ。
嘘情報やなりすましも出て来そうだし、実行する勇気は俺にはない。
となると――――ゲーム内で知り合いのプレイヤーにそれとなく探りを入れて聞いてみるのが一番現実的だな。
幸いにも俺には、アポロンとソウザという二人の知り合いがいる。
今はまだどちらもログインしていないけど、両者共に夜行性だから待っていれば来るだろう。
可能性は極めて低いけど、仮にどちらかが何かを知っていれば、昨日フィーナが俺にしたように、魔法棟の前でCチャットに一時間付き合って貰って、もう一度〈裏アカデミ〉へ行ってみる事は出来る。
フィーナがいなくても、俺とあと一人だけで〈裏アカデミ〉の世界を冒険する事は可能なんだ。
だけど……
『私と、このゲームをプレイしてくれませんか?』
そう頼まれて了承した手前、葛藤がないと言えば嘘になる。
一向にログインしてこない謎も気になるし。
……まさか、運営からアカウント凍結処置を受けたんじゃないよな?
決して見てはいけない秘密を見てしまったから、って。
それなら俺の方もアカBANされなきゃおかしいし――――
【新着メッセージがあります】
この新着メッセージとやらは、アカウント凍結のお知らせなのか……?
だとしたら、俺の〈アカデミック・ファンタジア〉での冒険は、ここで終わりって事になる。
たかだか3週間しかプレイしていないこのゲームに、特別な思い入れはない。
元々プレノート制作の為に1ヶ月で切り上げる予定だったところを、予定より少し早く止めるだけの話だ。
人生を賭けていた訳じゃないし、手塩にかけて育てたキャラをロストした訳でもない。
でも、こんな形でゲームを終えるのは不本意だ。
アポロンやソウザに直接何も言えずお別れになってしまうし、あの〈裏アカデミ〉についても何もわからず仕舞い。
こんな中途半端な終わり方、どのゲームでも経験した事はない。
――――いや。
一度だけ、あった……かもしれない。
でもよく覚えていない。
大昔、俺がまだ小さい子供だった頃、そういう嫌な思いをした事があったような、なかったような……
って、今はそんな過去の話はどうでもいい。
問題はこのメッセージだ。
正直表示させるのが怖くて仕方ないけど、読まない事には話が進まない。
それなりの重さの逡巡をどうにか真後ろに投げ捨て、俺はそのメッセージを開いてみた。
『あなたのラボ【ノクターン】への加入希望者がいます。メッセージの送信を許可しますか?』
……ラボメンバー共通メッセージかよ!
〈アカデミック・ファンタジア〉は比較的連絡手段や会話に関しては豊富に用意されていて、ラボ加入希望者がいる場合はそのラボメンバーに向けてメッセージを送る事が出来るらしい。
実物は今回初めて見た。
紛らわしいタイミングで……と言いたいところだけど、希望者の方に落ち度はないし、例え心の中でも悪態は控えよう。
正直なところ、加入希望者に構っている心の余裕はない。
でもアポロンもソウザも不在の今、俺しかこのメッセージを受け取る人間はいないだろう。
彼等に優しくされてここにいる手前、俺だけが自分の都合を優先させて冷たくあしらう訳にもいかない。
仕方ない。
先にこの件を片付けよう。
メッセージには加入を希望する旨と、何処に行って誰と話せばいいのかを問う内容が記されていた。
確かこのラボは希望者が即入会出来るような設定になっていた筈だけど……多分そういうのもよくわかっていないんだろう。
俺もそうだったし。
妙な親近感も手伝って、俺はその加入希望者と会ってみる事にした。
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